第6話 修司
オレは恵まれている。
オレの父さんと母さんは死んだ。
高校卒業間近のことだった。
死因は交通事故だ。
この世には、オレだけが残された。
父方の親戚はいないが、母方にばーちゃんとじーちゃんがいた。
オレは天涯孤独になんてならない。
だからオレは恵まれている。
親族が少ない分、じーちゃんとばーちゃんとはちょくちょく会っていた。
オレたち家族の家からばーちゃん家までは車で、法定速度を守れば40分。
捕まらないギリギリの速度で走って信号に引っかからなければ30分。
スープは冷める距離だが、遠くもない。
普段から付き合いのある親族がいるというのはいいことだ。
オレが呆然としている間に、葬儀も、手続きも、終わっていた。
両親の乗っていた車は大破していたが自損事故だ。
責めることができる相手方はいない。
だが保険にしっかり入っていた両親は、オレが困らないだけの現金を残してくれた。
自宅もある。
ローンで手に入れた小さな家は、両親の死をもって返済の必要はなくなった。
オレは恵まれている。
お金に困ることも、路頭に迷うこともない。
自宅で呆然としながらも受験に立ち向かったオレを、ばーちゃんとじーちゃんが支えていくれた。
情けなくも希望大学は全て落ちても、オレには支えてくれる人がいた。
孤独じゃない。
でも父さんも、母さんも、ここにはいない。
オレの両親は仲が良かった。
だからって夫婦仲良く同時に死ぬことはないだろう?
だからって、死んでしまった人を責めたって仕方ない。
自宅で引きこもっていたオレを、ばーちゃんたちが引きずるようにしてこの家へ連れてきた。
去年の春のことだ。
オレは母さんが使っていた部屋を自室として与えられた。
何もないガランとした部屋だ。
だってこの部屋にあった母さんの荷物は、オレたちの家にある。
布団と小さな書き物机だけがある部屋を仕切る扉は、心もとない木枠の扉だ。
小さなガラスと障子が張られた木枠の扉には鍵すらなくて、簡単に開く。
オレは木枠の扉で仕切られた部屋の中に引きこもった。
扉の向こうには廊下がある。
その向こうは、土がむき出しの庭がある。
太陽の光はガラスと障子を通って、オレが引きこもる部屋にまで届いた。
春は夏に変わり、夏は短い秋を通って冬になる。
暑かったり、寒かったりする部屋には、ばーちゃんがやってきては扇風機を置いたり、じーちゃんがストーブを置いたりした。
オレはただボーとして、その部屋にいた。
食事は、ばーちゃんがお盆に載せて持ってきた。
ボーとしたままのオレは、それを食べたり、食べなかったりした。
ばーちゃんも、じーちゃんも、何も言わない。
ただ気づかわし気な気配を漂わせるだけで、オレは何も聞かれなかった。
何の強制もない。
オレは恵まれている。
隙間風が入ってくる部屋で、オレが完全な孤独になることはない。
オレは恵まれている。
それは分かっていた。
ただ体が動かない。
気持ちが動かない。
風呂には入ったり、入らなかったり。
それでも怒られることもない。
誰かの視線を気にする必要もなく、気兼ねすることもなく、オレはただ息をしていた。
大学受験をする気も起きないまま超えた冬。
春の日差しがガラスと障子を通って室内に差し込み、暖かな春の隙間風が入ってきて、なんとなく外に出てみようと思った春。
それは今朝のことだ。
散歩に出て、祠を壊して、もののけたぬきを拾ってくる羽目になるなんて思ってもみなかった。
オレはふと思う。
父さんと母さんがたぬたぬを見たら、どんな反応をしただろう。
そして疑問に思う。
だけど何でここに、父さんも、母さんも、いないんだ?
おかしいだろう?
腹が立つ。
腹の底がカッと熱くなって怒りがこみ上げる。
でも誰に対して?
何に対して?
オレは恵まれている。
暴れたくなる気持ちを、呪文のように『オレは恵まれている』という思いで封じ込めて。
代わりに浮かび上がる疑問を見つめる。
なぜここに、父さんも、母さんも、いないんだ?
止まってしまった箸でつまんだタケノコの天ぷらを、パクリとたぬたぬに食べられて、オレはハッと我に返った。




