第11話 たぬたぬ 4
たぬたぬは神さまから言われたように、祠のなかで大人しくしていました。
祠の中にいれば不思議とお腹は空きません。
体がないから、というのもあるでしょうけれど。
おばあさんが美味しそうなお芋を持ってきてくれても、嬉しいな、とは思いますが、食べられなくてガッカリということはありません。
ちょっと不思議です。
でもそれだけです。
日々はゆるゆると過ぎていきます。
時々、おばあさんがやってきて、確認するように祠へ話しかけてきます。
『たぬたぬ。ちゃんとそこにおるか? わしが死んだら、一緒にじーさんのところへ行こうな。それまで、そこで大人しくしておるんじゃよ』
たぬきは尻尾をゆぅらゆぅら揺らしながら、コクコクとうなずいて聞いていました。
変ですね。
うなずいても、おばあさんには見えないのに。
たぬきは、なんとなくうなずいてしまうのです。
おばあさんはしたいことを済ませると、サッと家の方へと戻っていきました。
いつものことです。
帰ってしまったからといって、たぬたぬが寂しくなるということはありません。
『たぬたぬはぁ~、待ってまぁ~す』
その日が来て、おばあさんと一緒におじいさんのところへ行ける日を、たぬきは楽しみにまっていました。
そんなある日のこと。
家の方から鋭い悲鳴が上がりました。
おばあさんの声です。
『あぁ、おはあさんの危機です。助けないと。助けないと……』
たぬたぬは神さまの言ったことも、おばあさんの言ったことも全て忘れてしまいました。
『おばあさんっ。おばあさんっ』
気付いた時には祠から出て、昔住んでいた家へと走っていました。
辿り着いた家では、おばあさんが出入り口付近で化け物のような生き物たちに襲われています。
助けないと!
たぬたぬは、思いました。
ですが力を持たないたぬきにすぎないたぬたぬに、そんな大それたことができるでしょうか?
できるかどうかは分かりません。
やるだけです。
たぬたぬは、化け物たちに向かって行きました。
祠から出た幽霊のたぬたぬは、なぜかとても強かったのです。
化け物たちを退治して、おばあさんを助けることができました。
ですが……。
おばあさんがたぬたぬを見る目は、以前のものとは変わっていました。
たぬきがぽてぽてと祠に戻ると、ちょうど神さまが休憩しに来ていました。
『あぁ、たぬたぬ。祠から出てはならんとあれほど言ったのに。あぁ、たぬきよ。お前、あやかしになってしまった』
こうしてたぬたぬは、あやかしになったのでした。
『なんということだ。なんということだ』
『神さま。落ち着いてください』
たぬたぬは、あやかしになったといっても、ここにいますよ?
何も変わった感じはありません。
相変わらずかわいいですし。
たぬきですし。
幽霊とあやかしで、そんなに違いがありますか?
『あやかしでは、あの世に行けぬ』
『なんですって⁉』
たぬきは驚いて、屁をこいてしまいました。
失礼。
『あやかしはな、たぬきよ。この世に留まるしかないのだ』
『……ぇ~……』
たぬきの口から屁のような溜息が漏れました。
神さまは複雑な表情を浮かべて、たぬたぬを見下ろしているだけです。
たぬきはしょぼんとして、祠の中へ腰を下ろしました。
あやかしとやらになってしまったのですから、祠から出るわけにはいきません。
あの世にも行けなくなりました。
『おじいさん……』
あの世でおじいさんに会うことはできなくなりました。
『おばあさん……』
あの世におばあさんと一緒に行くことはできなくなりました。
おばあさんは、あの後も何度か祠にお供えを持ってやってきましたが、たぬたぬに話しかけることはなくなりました。
やがてお供えを持ってくることもなくなり。
少し経ってから、おばあさんの幽霊が祠の前にやってきました。
おばあさんは何も言いません。
たぬたぬは、祠から出ません。
しばらく祠の前に立っていたおばあさんの幽霊は、溜息をひとつ吐くと、どこへともなく消えていきました。
あれから何年たったでしょうか?
春も、夏も、秋も、冬も巡っていきましたが。
ときどき神さまが立ち寄る以外は、たぬきはずっとずぅ~と一匹きり。
祠で過ごしていたのです。
そう、あの日までは――――




