かくして人は王となる
お久しぶりです。
相変わらず不定期ですみません。医療関係の仕事をなんとか廻してましたがなんとか生きてます。
そして本当にすみません。また合間をいただきます。
お許しください。
それではまた。
簡素な部屋でありながら、それでも置かれている調度品は、その者の地位と生まれをおもんばったものが置かれたそこに、男は座っていた。
数ヶ月前には考えられない事だがそれに対する不満などないという風に彼は静かにそこに居た。
華美な装飾が施された部屋は、もう必要ないのだ。
彼は、もう王子ではなくなってしまうのだから。
“久しいな”と形ばかりのあいさつをして、控えていた侍従を下がらせた。
これから話す事を、まず最初に伝えなければならない相手だったからだ。
カウチにしては堅そうだが、機能性はありそうな椅子。
部屋の奥には大きな執務用の机があり、その上にはたくさんの歴史書が詰まれていた。宗教書もあるが、その内のいくつかは、開かれた後がない。
この勉強嫌いがよくもまぁ、変わったものだ。
これも彼女が送り込んだ人材が頑張ってくれたおかげだと思うと複雑だったがそれでもこれでこいつは、自身の愛するものを守る力を手に入れる事が出来るのだろう。
「王位継承位を白紙に戻した」
「はい・・・」
久方振りに逢う弟は、まるで別人のように大人しく、僕の言葉を受け入れていた。
「元々兄上のモノです。何ら問題はないでしょう?」
「そう思うのか?」
「はい」
「そうか、少しは執着があってもいいかと思うが」
「そんなものありませんよ。元々は兄上が王となる筈だったのに・・・バーミリオン家が勝手をして」
「・・・そう教えられて生きて来たのか?」
続く言葉を遮ったのは、ただ聞きたくなかったからだ。
それは弟を納得させるために告げられた事で本来は全くもって違うし、なによりもこの子は真実を知らな過ぎた。
「何から話したらいいか、分からないな。・・・お前が国を救ってくれた事でお前を押す人もいた。だがな、やはり」
「バーミリオン伯爵家をないがしろにしたことが最大の要因との事ですが、本当は違うのでしょう?」
「あぁ・・」
やっと自身の立場を理解し始めたらしい弟の視線は変わらずまっすぐに俺を見つめる。
これが、彼女の功績だ。
さて、本当に何から話したらいいのか迷い、そして久方振りに逢った弟の変わりようにどうしたらいいのか判断できずにいる。
控えめなノックの音に其れが誰かすぐにわかり、入る許可を与えた。
たった一人残ったジェインが僕とそして弟に紅茶を淹れて持って来てくれたのは助かった。さすがに長年僕に仕えてくれているおかげか、タイミングがいい。
芳醇な香りが部屋を満たし流れる様に紅茶を淹れ始めたジェインについお前は、いつから侍従になったとそう問いたくなったが、その時ではない。
「シルヴィ・・いえバーミリオン伯が・・・好きな香りですね」
「そうだな」
趣味が幼い頃から変わらない少女は、この香りをよく纏っていた。他のオシャレを気にする少女たちがどれだけ流行の香水をまとい、流行のドレスを着ようと彼女は、変わらずにこの香りを好んでいた。
紅茶の香りが好きなのに香水でわからないのは嫌だと笑っていた少女は、もうこの城にはいない。
それでも懐かしさに心が少しだけほぐれる。
「どうぞ」
カップが置かれた後に、慣れた仕草で口に入れる。
婚約者という関係で彼女の紅茶を最も多く口にしたのもまたこの弟だと思うと少しだけ悔しくもあったがとにかく今は、話を進めないといけない。
「兄上が此処にいらした理由を・・お聞きしていいですか?」
「どういう意味だ?」
「たかだか、僕に王位継承権が無くなった事を伝えるためにここに来る必要はないでしょう?」
「たかだかと言えてしまうのか・・・お前は」
あまりに王位に執着がなさすぎる。彼にとって玉座というのは、そこまで煩わしいものだったのだろうか。
それを口にするのは少し怖くて、彼の様子を見れば淡々と言葉をつづける事しか俺には出来なかった。
そしてあまり時間がない事も確かなのだ。
「急を要する案件であることはわかってますよ。城内の様子がおかしい事ぐらいわかります。兄上」
「そうか・・なら話が早い。お前には・・人質としてルーンに行ってもらう事になった」
「はっ!?」
「まぁ・・行ったとたん殺される可能性もありうるが、あのバーミリオン伯の叔父だ。お前をどう利用するか予測がつかない。だが父上の首を差し出した所でどうにもならんこの状況をお前が好転できるなら」
「兄上?」
「俺はお前を殺さないで済む」
「あの・・・兄上?」
理解が追い付いてないというのがありありとわかる表情を浮かべた弟につい言葉が続いた。
「お前がここ1年で起こした全てをお前自身の命で贖うことを許そうと思う」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味だ」
「僕で戦争を終わらせると?」
「いや・・・お前が戦争を始めるんだ」
俺を見たまま固まった弟は持っていたティーカップを落とした。
ガチャッと嫌な音が響いた。
まぁ、確かにこの反応が正しいだろう。
「どういう・・・いえ兄上は何をお考えですか」
「そうだな、お前にしかできないことをお前がすればいい」
「どういう意味いえ、兄上は彼の国と戦争を起こして勝てる気でいらっしゃいます?」
「そうだ」
「その勝算をお聞きしてもいいですか?」
「・・・お前だ」
「全く持って意味が分かりかねますが、僕が殺されることでこの国と彼の国の戦火の口火を切るというなら僕はそれを全力で阻止します」
「ほう・・・」
「バーミリオン・・いやシルヴィアは、戦火を望んでいなかった。それは僕でも知ってます」
「だろうな」
「なら兄上は何故シルヴィアの意思を」
「お前が言うなっ!!」
それ以上は続けさせるか。
シルヴィアが何を望んでいるかなんて知っているさ。あの子はいつも誰かのために民のためにそして王家のために全てを犠牲にしてきてくれたのだ。
王妃候補であったというのに、牢に繋がれ、果ては暗殺されそうになっても国を王家を守るために動いてくれていたのを僕が知らないとでも思うのか。
あの子が母上へアカリ様を助けて守って欲しいといいに来たと母から聞いた時。
俺達が出来なかった事を彼女がやり遂げたことをお前は知っているのか?
「あの子が望む未来を阻み続けたのはお前だ。・・それでも足掻くのが僕だ」
この1年という期間を僕は無駄にした訳じゃない。
だからこそ。
「いいか・・あの国と刃を交えるのはきっとこれが最後だ」
王になるなんて・・・そんな事。
考えて来なかった。弟が生まれて、弟の運命を知って。
嘆き悲しむ母のために僕は、王ではなく臣下になると決め、この国を影から支えられるようにとずっとそう思ってそう生きてきた。
だが・・もう僕は。
「次期王として最初の命だ・・・その命を国にささげよ」




