虫の町 プロテア
もうどれぐらい歩いただろうか。そんなことすら、もう覚えていない。今、どうやって足を動かしているのかすらわからない。
国は今どうなっているんだろうか……偽りの平和に酔いしれているのだろうか……。
「そんなことは……どうでもいいか……とにかく何か食べないと……」
森だというのにキノコ一つ見つからない。ましてや川もなく、雨もしばらく降っていないため水すら飲めていなかった。
「お腹もすいた……喉も乾いた……お父さん……お母さん……」
ザザッ!
「あぁ……」
足を滑らせてその場に座り込む。もう立ち上がる気力すらない。アリアはその場に寝転がって目を閉じた。このまま終われるならそれはそれで良いかもしれない。もう苦しい思いをしなくて済む。
「おい!大丈夫か?!少年!」
なんだか声が聞こえる。どこか遠くの方で誰かが僕を呼んでいる気がする。
「少年!聞こえているのか?!」
虫……。虫が僕のことを呼んでいるのか。ん?虫…………?
アリアは、突然目を開けて起き上がった。
「おぉ。無事だったか。何回も声をかけてたんだぞ」
「は?」
これは夢か?目の前でクワガタが喋ってる……。
アリアは目を擦りもう一度よく見る。
「どうした?」
……いや、クワガタだ。クワガタが喋ってるんだ。クワガタが喋ってる……?
「え?!クワガタ?!」
「いや遅っ!」
「待って待って!」
「疑問に思うことはいっぱいあるだろうが、まずは、今君が一番疑問に思ってることを答えてあげよう」
おぉ……物分かりのいいクワガタだな。
「なぜ二足歩行で歩いてるかだろ?それはだな……」
「いや、それじゃねぇ!」
「わからない!」
「わかんねぇのかよ!もういいわ!」
「どうもありがとうございましたー」
「そうじゃねぇよ!勝手に終わんな!」
クワガタは手を広げ、首を横に振り、ため息をついた。
「なんだってんだうるさい奴だな」
そのなりで、二足歩行が最初の疑問なわけねぇだろ!
「なんで喋れるか、だろ?まずは」
クワガタは納得いかない表情を見せた。
「最初にそれ?ナンセンスだわー」
いちいち鼻につく奴だな。
「ちなみに俺がなんで喋れるかというとだな、俺は昆虫と人間のハーフなんだ」
アリアは理解できずその場で固まった。
「何そのハーフ」
「一般的にポカ属と呼ばれている」
「それを聞いてもポカ属ねぇとはならんのよ」
「じゃあお前はポカ属を初めて見たというのか?」
そりゃ見たことねぇ奴の方が多いだろ!と心の中で思いながら頷いた。
「そーかそーか」
クワガタは嬉しそうに笑った。
「じゃあ俺の町にこいよ!小さいけど歓迎するぜ?」
まぁ、この状況だ。一人でいるよりクワガタといた方が身のためかもな。
「わかった。よろしく」
二人はクワガタの住む町へ向けて歩き出した。
「ちなみに気になってたんだけどさクワガタって昆虫だよな?」
「お!詳しいな!そうなんだよ!」
「だったら、腕?足?が6本ないとおかしくないか?」
「いい質問だな!そこは実は人間なんだ!だから手足合わせて4本しかない」
いや……そんな自信満々に説明されても……。
「クワガタの部分はこのツノと羽かな?」
「羽?」
「そう!俺は空を飛べるんだぜ!」
「まぁ……クワガタだし……」
アリアは当然だろという顔をした。
「なんだよその顔は!お前らなんて空も飛べないじゃないか!ばーかばーか!」
アリアは無表情でクワガタの首を絞める。
「わー新しい技思いついたー。必殺、虫の息」
「わかったわかった!バカにした俺が悪かったから手を離してくれ!」
クワガタはその場で息を切らしながら四つん這いになった。
「お前……はぁ……恐ろしいな……そうだ……ちょっとの間逆らわないようにしよう……」
「そうしろ……」
そう言いアリアも地面に倒れ込んだ。
「なんだお前。限界なんじゃねぇか。家までおぶっていってやるよ」
「すまねぇ……」
アリアはクワガタの背中に乗っかった。
「せっかくだ、空飛んで行こうぜ!」
「おぉ?」
クワガタは羽を広げ、バタバタとはばたかせた。
「あ、ちょっと待て。お前名前なんていうんだ?」
今ここで聞くか?!
「……アリア」
「そうか!俺はクワガタ!よろしくな!」
そのまんまだな。
「じゃあアリア!いくぞ!」
「おぉー?!」
体がふわっと浮き上がり、あっという間に森の木よりも高いところまで飛んだ。
「おぉ……すげぇな……さすがクワガタだ」
「だろ?一気に行くぜ!」
クワガタは猛スピードで空を切っていった。
「あそこだ!俺の町!帰ったらすぐ飯作ってやるからよ!もうちょっと我慢しろよ!」
クワガタは町に向かって猛スピードで下降し始める。
「あ、やべ!止まらねぇ!あぁーーー!!」
「おいおいおい!」
ズドーンッ!という音とともに二人は地面に頭から突き刺さった。
「てめぇ……覚えてろ……」
「いやぁ……生きてたから……結果オーライ……」
ーークワガタの家の中。
「さっきはすまん!さぁたくさん食べてくれ!」
アリアの目の前には見たことのない肉やスープがたくさん並んでいた。
「これなんだ?」
「ワニ!」
「これは?」
「クマ!」
「これ……」
「シカ!」
アリアは顔をしかめた。
「お前ら何食ってんだ?」
「俺たちの主食はこんな感じよ。虫だからな!」
「理由になってねぇし」
「俺たちって、ここにはクワガタ以外にも虫が?」
「あぁ基本的にみんな虫だ。家の外見てみろよ」
アリアが玄関から外を覗くとそこには、カブトムシや蜂、カマキリなど多種多様な虫と人間のハーフが普通に生活していた。
「どうだ?すごいだろ」
アリアは何度も頷いた。
「この町の名前はプロテア。ポカ属が住む自然いっぱいの町さ」
「へぇ……」
「まぁとりあえず食えよ。せっかくの料理が冷めちまう」
初めて見る料理。なんだか手にするのも気が引ける。
「ガブっといけガブっと!」
アリアはワニの肉を掴み、思い切り頬張った。
「え?!うまっ!」
「だろぉ?見た目が悪いだけで味はめちゃくちゃ美味しいんだよ!」
「まだまだあるからたくさん食べてくれよな!」
数週間、何も食べていなかったアリアは、用意された料理をあっという間にたいらげた。
「お前すげぇな……」
「たとえ数週間食ってなかったとしても、俺だってこんなには食えんぞ」
「いやぁおいしかったよ。ありがとう!」
クワガタは嬉しそうに笑った。
「ちなみに、この動物はどこで買ってんだ?」
クワガタは家の外にある森を指差した。
「そこで狩ってる」
「は?買ってる……?」
「いや、狩ってる」
「は?」
アリアは完全に思考が停止した。
「あとで一緒に行こうぜ!今日の晩飯を取りに行かなきゃ」
「お、おう」
そう言いながらクワガタは洗い物を続けた。
「すげぇなぁこの生活。めちゃくちゃ楽しそうだ」
「まぁな、あることを除けばすげぇ楽しいよ」
「あること?」
その時、家の外から賑やかな子供の声が聞こえてきた。
「アリア、狩りに行くぞ。ついてこい」
クワガタの表情が一気に曇った。
今まで明るかったはずの声も急に小さくなった。
ーープロテア内のとある民家。
「ようよう!カブトムシさんよ!また遊びに来てやったぜー!」
二人組の子供が木の棒を振り回しながら、土足で家の中に入っていく。
「あ、ちょっと……」
「なんだよ?!」
大人サイズのカブトムシが小さな子供に睨まれて萎縮する。
「いえ、なんでもありません」
「じゃあ今日もやろうぜ!」
「よっしゃ!お馬さんゲーム!」
「いぇーい!……お前もいぇーいって言えよ!」
子供がカブトムシの体を木の棒で思い切り叩く。
「あぁ……すみません。いぇーい!」
「ノリの悪い奴だな」
「まぁいいじゃねぇか!ルールは簡単!この町を早く一周した方の勝ちー!」
「さいしょはぐー!じゃんけんほい!」
「よっしゃー!」
じゃんけんに勝った子供が、カブトムシの背中に乗る。
「くっそー!俺ダッシュかよ!」
「へへっ!自分のじゃんけんの弱さを憎むんだな!いくぞ!よーい……ドン!」
と同時に、子供がカブトムシの尻を木の棒で何度も叩いた。その姿はまるで競馬のようだった。
家の中からほかの住民がその様子を覗いていたが、全員が見て見ぬふりをしていた。
「おい!早く走れよ!負けちまうだろ!」
どんどん差が開いていく。
「何やってんだよ!」
「すみません……はぁ……これが私の全速力です……」
「あれれー?カブトムシに乗ってるのに遅いんじゃなーい?」
「くっそー!使えねぇな!」
子供はカブトムシから降り、思い切り蹴飛ばした。
「棄権すんのかー?じゃあ今回は俺の勝ちだなー」
「あのカブトムシ使えねぇ!あとでお父様に言いつけてやる!」
カブトムシはその場に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……お尻が痛い……」
涙目になりながら、お尻をさすっている。
子供たちが帰ったのを確認し、住民がぞろぞろと外へ出てくる。
「大丈夫かい?」
「最近あの子たちの遊びもエスカレートしてきたなぁ……」
「どうにかしないと……」
「どうにもできるもんじゃないよ!あたしたちだって殺されちまうかもしれないんだよ?!」
住民たちはため息をついた。
バンッ!
突然、森の中から銃声が聞こえた。
「おいゴルァ!カブトムシってのはどいつだぁ!」
銃を持った男が怒鳴りながら町へと入ってきた。
「やばい!ポーハイに住む人間だよ!みんなうちの中へ戻んな!」
「カブトさん!あんたが狙われてんだから早く逃げなきゃ!」
「俺はいい!カマキリさん!あんたは逃げなきゃ!」
「あぁん?お前がカブトムシだな?」
「そしてお前……俺がカブトムシを探してると知ってて、何で手助けしようとしてんだ!」
男はカマキリを思い切り蹴り飛ばした。
「キャー!」
「ぷっ!なんだお前。メスか?わかりにくい見た目してんなぁ……そして気持ち悪ぃ」
男がゆっくりとカマキリに近づいていく。
「まぁこうやって生かしてもらってるだけでもありがたいと思え、下級種族ども!」
「ちょっと!目的はそいつじゃないっすよ!」
「あぁそうだった」
男は必死に逃げるカブトムシに銃口を向けた。
「お前……俺の息子を不快な気分にさせたらしいな……虫の分際で生意気なんだよ!」
バンッ!バンッ!バンッ!カチャ……カチャ……
「ちっ!弾切れか……まぁいい。もうどうせ生きてねぇだろ」
「おい!こいつの死体持って帰って息子に見せろ。きっと喜ぶ」




