真実を知るたった一人の兵士
「ちょっと!あんた一体どうしたって言うんだい!」
体がガタガタと震えていた。机の上には一口かじっただけのシカの肉が転がっていた。
「病院へ行くよ!一応この肉も持っていこう」
その母親は子供を担ぎ、病院へと走って向かっていった。
「か……お……か……」
「苦しいかい?!しっかりするんだよ!もうすぐ病院に着くからね!」
子供はまともに言葉を発することができないほどだった。
「見えた!病院だよ!」
しかしそこには悪夢のような光景が広がっていた。
「う……あぁ……」
ゾンビのようにのたうちまわり苦しむ男。
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
それを見て泣き叫ぶ子供。
「はぁ……はぁ……」
息を切らし、今にも死にそうな表情をしている女。
病院の前にはたくさんの国民が倒れていた。
「これは……どうなってんだい……!」
「みなさん!順番です!お呼びするまでお待ちください!」
看護師や医者が無理やり病院に入ろうとする人たちを必死に玄関先で押さえている。
「あ?なに呑気なこと言ってんだ!こっちは息子が死にそうなんだよ!」
「うちは嫁が苦しんでんだ!先に病院に入れろ!」
いつもは心優しいはずの国民たちが、血相を変えて病院に押し入ろうとしていた。とても同じ人間には思えない。
「ちょっと何事だい?!」
「わかりません!ただ、先ほどから体調不良を訴える人が増える一方で……私たちにも手が負えません!」
なんだいそれ……この国で一体、何が起きているっていうんだ。
ーー王宮内。
「パグラス国王!」
リランは国王の元へ走って向かっていた。
「パグラス国王!どこにおられますか!」
「なんだリラン騒がしいぞ」
「あ!今、国民が大変な目に……」
「は?」
パグラスは驚き、王宮の窓から街を見下ろした。
「な、なんだあれは……どうなってんだ!」
そして少しにやけた。
「わかりません!」
「おい!ドラムボタン!」
「はい」
「お前、街へ行って国民の様子を少し見て来い。どう動くか考える」
ドラムボタンはパグラスの指示通り、街へ向かっていった。
ーー街の病院。
「なんの症状なんだこれは……こんな即効性のある毒見たことないぞ……」
医者は処置の術がなく、頭を抱えていた。
「これは何事ですか?!」
「あ、ドラムボタン様!」
「わからないです、先ほどから原因不明の体調不良を訴える方がたくさん……」
ドラムボタンは地面に横たわっている男をゆっくりと起こし、事情を聞いた。
「どうした?何があったんだ?」
男はゆっくりと口を開く。
「わ……わかりません……シカの肉を……かじったら突然……」
「シカの肉?」
一人の女が声を上げた。
「多分これだと思います!」
女はビニール袋に入ったシカの肉をドラムボタンに見せた。
「これは……ポイズンスネークの毒だ……。しかも、ポカ属の取って来た肉じゃないか?普段はこんな色していないはずだぞ!」
「ポカ属……?!」
その場にいた国民たちはざわつき始めた。
「他にこれを食べたという者はいないのか?!」
一人の男が手を挙げる。
「シカの肉ではないが、私の娘はポカ属が取って来たサメを食べて苦しんでいる!」
「うちもそうだ!」
「私も!」
次々と声が上がる。
「じゃあ、これはポカ属の仕業だっていうのか?」
国民たちは憶測だけで噂を始めた。
「そんな、でもポカ属はずっと私たちと仲良くやってきたじゃない!」
「そうだよ!こんなことする理由がない!」
ポカ属を擁護する声が上がる一方で、
「でも……国王を殺したのはポカ属じゃないか!」
「そうだ!あいつら何か企んでるんだ!ポカ属を許すな!」
過激的な言動に走る国民が多くいた。
「そんな!ポカ属には友達もいるのよ!」
「じゃあ人殺しをするような種族とお前は暮らせるのか?!」
「それとこれとは別じゃない!」
「じゃあ今この場所を見てみろよ!」
「え……?」
国民たちは広場を見渡す。
「今ここに倒れてるのは現に俺たち人間だけじゃねぇか!」
「確かに!」
「ほんとだ!じゃあやっぱりあいつらは何かを企んでるんだ!」
「いや、俺たちを殺して、自分たちの国を作ろうとしてるのかもしれない!」
憶測で広まっていった噂は、徐々に国民の心を蝕んでいき、架空の事実へと形を変えていく。
「あんな奴らと一緒に暮らせるか!」
「そうだ!この街からポカ属を追い出すんだ!」
「うぉぉぉぉぉぉ!」
人々は武器を持ち何も知らないポカ属へと襲いかかっていく。それが友人でも、それが恋人でも……狂気に満ちた人間の心を止めることはできなかった。
ドラムボタンはその光景を目の当たりにして、高笑いをした。
「ふふっあっはっはっ!哀れだなぁ!人の心を操るというのはこうも簡単なのか!」
ーー王宮内。
パグラスとクディアは人間がポカ属を襲っている様をただじっと見つめているだけだった。
「始まったな」
「どうやら成功したみたいだな」
「しかしまぁポカ属の取ってきた食料に毒を盛るとはあいつも考えたもんだな」
「街の見回りに行ったついでにこっそり毒を仕込んでいるなんて誰も想像つかんだろう」
二人は大きな声で笑い合った。
「何がおかしいんだ貴様ら!」
その話を部屋の外で聞いていたリランが血相を変えて、怒鳴り込んできた。
「おっと……聞かれてしまったか。まぁいい、お前も勧誘するつもりだったんだ」
リランはパグラスに剣を向けたまま仁王立ちしていた。
「俺たちと一緒に人間が幸せに暮らせる国を作らないか?」
「は?」
リランは言葉を失った。
パグラスの言っていることが全く理解できなかった。
「察しの悪いやつだな。ポカ属を追い出して人間だけの世界を作ろうって言ってんじゃねぇか」
「んな……何を言ってんだ!」
リランは剣を強く握りなおした。
「パグラス……お前がやってることの意味がわかってるのか?!」
「生意気な口だなぁ……わかってるとも。別に悪いことではないだろう?」
なんの悪びれもないようなパグラスに苛立ちを隠すことができなかった。
「貴様!ダリア国王の意思を継いで国王になったんじゃないのか!この国は、世界から少しでも差別が無くなればと、他種族を受け入れ、世界平和の第一歩を踏み出そうとしてたんだぞ!」
パグラスは呆れたように笑った。
「兄貴の意思?はっ!バッカじゃねぇの!」
「なんだと!」
「そもそも俺はあいつの意見に反対だったんだ。他種族を受け入れる?ポカ属ですら気持ちが悪いのに、それ以上に他の種族を受け入れるなんて。あーあ殺しといてよかった」
リランはその言葉に驚いた。
「まさか……国王をお前が……?!」
「そうだが?言ってなかったか?」
「お前の理想のためだけに……国王が……国民が巻き込まれたっていうのか!」
パグラスは高笑いをした。
「あーっはっはっはっ!今更気づいたってもう遅い!」
「このクズ野郎!」
リランは剣を捨てパグラスに殴りかかる。
「炎花一輪!」
その瞬間、リランの目の前が真っ白に光った。
「え?!」
自分が技を繰り出したはずなのに、いつの間にかパグラスの攻撃がリランの腹部に食い込んでいた。
「はっはー!」
リランは勢いよく吹き飛んだ。
ガシャーン!
王宮の扉が真っ二つに割れた。
「げほっ……!はぁ……はぁ……」
リランは自分のお腹に手を当てた。
確かに殴られた感触はある。
「何が起きたかわからない様子だな!それがわからない限り、俺には勝てねぇぞ!」
リランは手で円を作り、パグラスに向ける。
「なんだ?まだやるのか?」
「炎球!」
炎の球が次々と飛んでいく。
「ふん……なんだその攻撃は!」
再びリランの目の前が真っ白に光る。
リランはあまりの眩しさに目を背けた。
「なんなの……は?」
目を開けると自分が炎の球が全て消えていた。
「どういうこと……」
「もうやめておけ。敵わないだろ」
「くそっ!」
リランは落ちていた剣を拾い、パグラスへと向かっていく。
「待て!」
リランの真後ろで男が声を上げた。
「お前……ドラムボタン……」
「ふふ……真実を知ったようだな」
「そうだ!お前らグルだったんだな!今ここで殺してやる!」
「おいおい、女性がそんな言葉を使ってはいけないよ?それに、お前は俺たちを殺すことはできない」
ドラムボタンは捉えていた女性をリランの目の前に投げ飛ばした。
「うっ……」
「ちょっと……あなた大丈夫……」
「リラン……」
体は傷だらけになり、今にも消えそうな声をしていた。
「え?!チョウチョ!」
「あ?お前ら知り合いだったのか?」
「おい、どうするパグラス!」
パグラスは不敵な笑みを浮かべている。
「そうだな……お前は俺たちの秘密を知った、そしてこいつはお前の友達だ」
リランはパグラスに剣を向ける。
「こうしよう、お前がこの秘密を国民にバラさないのであれば、こいつの命だけは助けてやろう」
街では人間たちがポカ属を襲っている。
友達か、この国か……。
リランはその場に剣を捨てた。
「わかった……秘密にしておこう」
「ほう!国民より友人の命を取ったか!国の兵士が聞いて呆れるわ!」
リランは俯き、唇を噛んだ。
「リラン……」
「大丈夫……」
「おい!この虫を牢屋にぶち込んでおけ!」
こうして、パグラスたちに踊らされた国民たちはポカ属を迫害した。
国王たちが国の安全を守ってくれたと、パグラスたちを讃える声が多く、いつしか人々は王宮をイエローネーションの中で上級国民を表す言葉、ポーハイと呼び、その周りを一般市民の居住区を表す、ポケ、そしてポカ属が暮らす街をプロテアと呼ぶようになった。
さらには、人間たちはポカ属に何をしても良いという条例まで作り上げ、街の子供たちはポカ属をおもちゃのように扱い始めた。
歯向かってきたポカ属は殺しても良い。いつしかそんな常識すら芽生え、この街では、ヒエラルキーが確立されていった。
ーー時は現在に戻る。
「そうだったのか……」
「とにかく私はポカ属と人間が仲良く暮らしていたあの頃に戻りたい……また友達と笑い合いたい!」
リランはポロポロと大粒の涙を流す。
「この国に来たばっかりのあなたにこんなことを言うのは酷なことかもしれないけど……私一人じゃどうすることもできないの……」
リランはカーペットを強く握りしめた。
「だから!一緒に戦って欲しい……お願いします……」
必死に頭を下げるリランをアリアはただ見つめていた。




