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8 悪気なく追い詰めてくるじゃん

「久しいな、エシャ。少し雰囲気が変わったか?」


 エシャーサ兄上と、ガエタン殿下が親し気に話している。

 そっちはそっちで、完結してくれないかな。

 開演前の短い時間、僕は両親の後ろにコソコソ隠れ、できれば挨拶も省略していただきたい所存。


 と思うのに、ガエタン殿下の視線がこちらに向けられた。

 ぎゃー!

 僕の心の叫びが聞こえたわけではないのだろうが、その瞬間、キアノとリャニスがさり気なく立ち位置を変えた。

 

 何だろうと思ったら、リャニスがキアノに挨拶しようとしていた。

 そうか、挨拶!

 こっちはこっちで忙しくしていようという作戦か。

 普段は省略しているから、危うく忘れるところだったけど、時間稼ぎにはもってこいだ!


「久しぶりだな、ノエム、会えて嬉しい」

 昨夜も会いましたよね?

 ツッコミを飲み込んだので、返事が一瞬遅れてしまった。僕は頬に手をやり、恥じらうふりをした。


「はい、キアノ。お久しぶりですね。僕も嬉しいです」

 ここで上目遣いにチラッ!

 深層の令息モードである。


 ――って、周り!

 なんで微妙な顔をするんだよ。笑いを堪えているだと?

 え? 僕うまくできてるよね!?


 しかも、ガエタン殿下まで笑いながらこっちに近づいてきた。

「今更猫など被らなくてもよいのだぞ、ノエムよ」


 ノエム呼びに動揺していたら、うちの兄上もやってきて爆弾を投げてきた。

「おや、ガエたん。うちの弟と仲良しなのかい?」

 兄上の呼び方、なんか違う響きに聞こえるけど!?

 

 大丈夫なの、それ。

 冷や冷やしながらがエタン殿下を盗み見たけど、……なんだ?

 怒っていないどころかエシャーサ兄上を見る目が柔らかいような……。

 ガエたん呼び、嬉しいのかな。変わった趣味だ。


 ――って、ヤバ、仲良くはないって否定しそびれている。

 エシャ兄上めっ。突っ込みづらいことするの止めてください!

 こちらの混乱を見越したように、ガエタン殿下は微笑んだ。うっわ腹黒にしか見えない。背筋がぞわざわする。


「実はそうなんだ。そうだろ、ノエム?」

 僕が返事をする前に、キアノがすっと割って入った。

「兄上、ノエムは私の婚約者です。そのように親し気に呼びかけるのは、誤解を生みますので」

 キアノが話しかけている隙に、リャニスがさり気なく僕の手を引いて後ろへ下げてくれた。


 見事な連係プレーだが、ガエタン殿下は空気を読んでくれる人でもない。


「これは私とノエムの問題だ、おまえが口を挟むことではない」


 薄ら笑いを浮かべてキアノを黙らせた。

 僕と殿下の間に語れるほどの仲なんてありませんけど!?

 言ってやりたいのをうぎうぎ堪える。

 その時、チラッと視界に入ったのは、キアノの拳だ。固く握り締めらえている。

 

 うわわ、キアノ? グーで殴ったらダメだからね?


 彼はこう見えて手が早い。うちのリャニスにも警告なしにギフトで攻撃を仕掛けてきたりする。でもそれは、リャニスがサラッとかわすからだ。


 こんな人の多いところで争いが勃発したら、キアノの評価がだだ下がりだ。

 僕はキアノの拳にそっと触れた。彼の体から、少し力みが取れたかな、というタイミングで、着席を促すベルが鳴った。


 ガエタン殿下は興が削がれた様子だ。

「では行こうか」

 と、エシャーサ兄上を促した。両親もサムを連れて殿下と同じボックスへ向かう。


 それはよかったのだが、キアノにおさわりしちゃってるこの手をどうすれば?

 と思っていたら、キアノがさりげなくエスコートしてくれた。

 動作はさり気なくても、顔はちょっと緩んじゃってるぞ。うう、恥ずかしい。

 そしてリャニスは不服気。それでも何も言わず席まで案内してくれる。


 僕らの席は、ガエタン殿下たちの隣のボックス。

 少なくとも観劇中は、気を抜いていられる。

 僕はほっと胸をなでおろした。




 舞台が始まった。

 しばらくは楽しく見ていたんだけど……。

 なんか、知った顔が出てきたな。

 銀髪は染めて灰色にしているみたいだけど、顔の造形までは変えられない。

 あの、モブらしからぬイケメンぷりは……イレオスでは。

 謎の新人俳優って、イレオスなの!?


 彼、わけあって一時期トルシカ家に滞在していた。だから、役者で身を立てていたのなら、我が家で噂になっていてもおかしくない。

 でも僕の侍女たちはそんな話――するわけないか!

 彼女たち、母上の信者だった。


 ううう、これは僕の情報収集能力を試されていた気がするな。

 気づいてましたよって、態度をとっておこう。


 余計なことばかり考えていたせいで、話の中身は残念ながらあまり入ってこなかった。


 観劇を終えて、エシャーサ兄上の瞳がいつも以上にキラキラしていた。

「いやあ、期待の新人と言われるのもわかるネ! 非常に美しかった」

 うっとりとつぶやいたかと思うと、唐突におかしなことを言い出した。

「じゃあ、楽屋へ行こうか」


 なぜ!?

 声には出さなかったはずだけど、兄上は僕を見てニコッと笑った。


「だってあれはイレオスだろう? ノエムもくるよネ!」

「僕ですか?」


 さも当然という感じに言われてハッキリと動揺してしまった。

 兄上はパチパチと瞬きする。


「ノエムは舞台に立ちたいのだろう?」

「それは……! いえでも、兄上たちも積もる話がおありでしょうし――」

「遠慮などするな。ついてくるがいい、ノエム」

「そうそう、弟を邪険に扱ったりしないよ!」


 兄上ぇ。悪気なく追い詰めてくるじゃん。

 

「それでは私どももご一緒させてくださいませんか」

 父上!

 助けてもらえるのかと一瞬期待したのだが、ガエタン殿下は正論で父を撃破した。


「それはいけない。エマ殿が行っては大騒ぎになってしまう。遠慮してくれ」

「そうですね。ではエシャーサ、私たちは先に帰っているよ」


 ちょーっ! 父上もうちょい粘って!

 願いもむなしく、両親はサムを連れて離脱。


 そこでキアノが一歩進み出た。


「ああ、キアノはここで待て。ぞろぞろ行っては迷惑になる」

「ノエムを一人で行かせられません」

「エシャがいるではないか。それに私もいる。それでは、頼りにならぬと?」

「そうは言っておりません、ただ――」

「黙れ、キアノ」


 弟を立場で黙らせるの良くないと思うよ!

 だが僕は、悔しそうに視線を下げるキアノを見て却って覚悟が決まった。

 ここは、自分で何とかするしかない。


「ガエタン殿下、せっかくのお誘いですが、ご遠慮させてください」

「なぜ? ノエムはアレと親交があっただろう?」

「いいえ、僕よりはリャニスの方がよほど。そうだ、エシャーサ兄上、リャニスをお連れください」


 ごめんよ、リャニス。

 チラッと視線を交わすと、彼はかすかに頷いてくれた。

 褒めてもらえそうな雰囲気ですらある。

 

「私が来いと言っているのだ。他の者は要らない」


 えー、横暴!

 うまく躱したと思ったのに。

 あと使える手は……。


「いくら兄上と一緒と言えど、殿方ばかりのところに行くのは……」


 なんせ僕、どっちかというとご令嬢扱いに近いからね。

 けど、これも実兄がいるで封じられそう。

 かくなる上は、あっちも暴走しそうではあるけれど、一人で行くよりマシ!


「せめてライラを連れて行くことをお許しください」


 するとそばで控えていたライラが、すっ飛んでくる。

「お呼びでしょうか、坊ちゃま」

 僕はニコリと笑ってガエタン殿下の返事を待った。


 彼はライラをじろりと見た後、「まあいいだろう」と折れてくれた。

 よ、よかった~!


 彼らが歩き出し、ガエタン殿下のねっとりした視線が外れると、僕は思わずプルっと身震いした。

 とっさに口元をぐっと抑える。


 僕がポメ化を堪えたとわかったのか、ライラが心配そうにこちらを見た。

「いざというときは抱えてね」

 僕はライラにこそっとお願いする。

 そうなったら、全力で逃るしかない。


 それにしても、ガエタン殿下はなぜ、頑なに僕を指名するんだろう。

 ま、まさか――!

 彼はポメ化した僕のファン!?


 ……んなわけないか。


 現実逃避してみても、不安はぬぐえなかった。

 






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