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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
砂地を駆ける為に     (承)
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01-7 再編成

01-7 再編成

Ver1.4




 ジャルダイム大陸のほぼ中央を横切るアースラー山脈。その中央東側の麓には三方を山裾に囲まれ、唯一開けている方向にはザックバール砂漠が顔を覗かせている僻地が存在していた。


 そこは人が営みを始めるには不都合極まりない場所であったが、地理的な観点だけで見ればエクスリックス王国のほぼ中央に位置するそこには今、奇妙な拠点の建築が進められていた。


 それを一言で表すならば――まるで砂漠を海に見立てたように造られた軍港、となろうか。


 セントルアーバ基地と名付けられたその場所にはご丁寧にも造船施設や付帯工場と思しき建屋の建造も進められており、事情を知らない人間が見れば規模が巨大な悪戯かトチ狂った貴族の道楽と疑う事だろう。


 しかし、立地や外見が奇抜であってもここは歴としたエクスリックスの軍施設であり、兵員宿舎や訓練場等の施設の他、魔術や魔導の工房と思しき建屋の片鱗も見て取れた。


「――――」


 そんな建築途中の建物群を抜けた先、真新しい司令部の中を1人の青年が歩を進めていた。


 体躯は長身だが細身。


 風を思わせる緑色の短い髪に岩山のように落ち着きを湛えた茶色の瞳、それなりに整ってはいるが感情を読み取る事も難しい、トカゲのように変化の乏しい顔形。


 その身を覆う装いは鎖帷子に装飾の施された外衣(サーコート)という戦に赴く騎士としては軽い守りであり、基地の中であれば妥当と言えなくもないがそれで前線に立つとすれば蛮勇と後ろ指を指されるであろう装備を纏った彼は、1人廊下を進んでいた。


 彼の名は、グラン・サウスココル『特務大尉』。


 第3次ノース・クラウ‐ウエストザックバール攻防戦に置いてエクスリックスの建国以来初めてとなる竜騎の撃墜を成した竜騎士であり、同時に盟友である竜を失った元竜騎士(まどうきし)となる。


「――――」


 身長からくる長い歩幅で堅実な歩みを進めるグランの視界は黒塗りの木材と白漆喰の壁材によって占められており、歩調に合わせて流れているその廊下は軍施設としての重厚さと王国の気品が滲んでおり、それは朴訥な彼をしても感銘を受ける程の深みがあった。


 しかし、そんな見応えの有り過ぎる廊下は、国の権威を表していると同時にがらんとした寂し気な感情(いろ)をグランに伝えており、その気配の通り、建物の外から響く槌の音や訓練の声こそ届くものの彼とすれ違う者は居なかった。


 それはこの地に人間が少ない事を示しており、ザックバール派遣軍の生き残りの編入と並列して比較的安全な西方から引き抜いた戦力による再編成の最中にあるとグランは聞いていたが、その対応がまだ身を結んでいないのがこの物寂しさの原因なのだろう。


「――余裕が無いのは、どこも同じか」


 そんなもの寂しさが残る司令部を進むグランは漸く執務室に辿り着き、廊下を満たす静けさに朴訥なノックの音を響かせる。


「――誰か?」

「グラン・サウスココル特務大尉、着任の挨拶に参りました」

「時間通りか。すまんな案内も回せずに。……入れ」


 そうして入室の許しを得たグランが硬い木製の大扉を開けると、部屋の中央に鎮座する大机の前に1人の壮年が座っていた。


 プロブ・ゴルトランド中――否、大佐。


 彼はザックバール派遣軍の前線拠点を守る防護機竜隊を率いていた佐官であり、グランがグゥエルナーと共にあった頃にも何度か顔を合わせた事のある仲となる。


 そして、その経歴からも判る通り、プロブもまた第3次ノース・クラウ‐ウエストザックバール攻防戦に関わった1人であった。


 先の攻防戦の折、ファルストリア連邦の竜騎隊と機甲師団との波状攻撃をまともに受ける事になったプロブの隊はそれを止められず、前線拠点の中枢であった“キャリア”を失った事で防衛部隊としての任務を果たせなかった。


 しかし、蹂躙戦に移行したファルストリアの猛攻を抑え、“キャリア”に関わる魔術師や工兵の脱出を成功させた上、あの死地から自らの部隊の半数以上を生存させたプロブの手腕は誰の目からも見ても明らかであり、色眼鏡で歪められなければその評価が貶められる事は無いだろう。


「ザックバールから退がる時以来だな」

「――その折は、お世話になりました」


 死を覚悟した空の下、あの銀髪の少女に助けられたグランは彼女の上官であったプロブの下に預けられた。


 そして、その過程においてグランはプロブの指揮下で撤退戦を凌ぐ事となり、共に戦ったグランもこの老年に差し掛かりつつある佐官が非常に優秀である事を認めていた。


 だが、(くつがえ)しようの無い状況だった事を理解出来ていない中央(エクストーラ)の貴族達の間には、ザックバールの前線拠点を失った上に待機中だった竜騎を3騎も失った無能の一員という風潮が蔓延しているらしい。


「ラフィーア少尉から話を聞いた時は、冗談の類かと思ったものだが――どんな手でウチに引き込んだのだか」


 しかし、どのような風潮が流れていようともザックバール派遣軍が甚大な損害を被った事による将官の損失は質・量共に覆しようがなく、プロブを含む派遣軍の責はエクスアード公爵が被る事で処遇は保留。


 加えて、グゥエルナーを失ったグランと同じように敗軍の将であるプロブもまた昇進しているのは『その役職』に該当する人員が居ない事が大きく、それもまたザックバール派遣軍の損害の大きさを物語っていた。


「――自分は竜を身代りに生き残ったような騎士です。良いように使って頂ければ」

「……そう卑下するものではない。竜騎の代わりという重責を押し付けられた機竜隊を存続させる為の『剣』になって貰わないと困るのだからな」


 そうしてプロブの口から語られる次の任務はあの銀髪の少女がグランに提示したものと同じ内容であり、彼女の言った通り、いずれはザックバール砂漠に展開している戦車を機竜で対処しなくてはならないという苦難がグランの事を待っているようだった。


「それにな――失った云々で言うのならば、わしは貴官よりも多くのモノを取り落した無能となるぞ?」


 そして、自虐に過ぎるグランの言動を諌めたプロブは撤退戦の折にも見せた地の性格を垣間見せる事で場を和ませ、グランの感情を揺らしに掛かる。


 笑いであっても蔑みであっても感情の変化は人間に活力を与えるモノであり、プロブの狙いは年の離れた戦友を励ましたいという老婆心、そしてこれから主力として使う事になるグランの健全化を図りたいという思惑による気遣いだった。


「――――あの状況を予見出来る指揮官が居るとすれば、それは悪魔かなにかの類かと」

「ふふ……。竜の友に煽てられるとはな。――本題に戻ろう」


 そんなプロブの激励にグランは率直な所感で応え、撤退戦を潜り抜けた時と変わらぬグランの朴訥さに吐息を洩らしたプロブは一息区切ってからグランをここに呼び出した本題に入る。


「貴官も知っての通り、我々は思いもしない方法で“キャリア”を失った」

「――はい」


 そうして語られた結末。覆しようのない敗北の結果にグランは頷くしかない。


 “キャリア”とは以前のファルストリアの攻勢においてエクスリックスが開発・導入した大型魔導器であり、要約すれば砂地という過酷な環境下でも竜を休められる巨大な箱である。


 この“キャリア”を中枢とした前線拠点をザックバール砂漠の中心に置く事で、エクスリックスは戦車と対空戦車の混成部隊という連邦の脅威を竜騎の急襲によって捩じ伏せ、以前の攻勢を頓挫させる事に成功した。


 しかし、今回の攻勢において以前と同様の対策を行ったエクスリックスに対し、ファルストリアの対応は苛烈に過ぎた。


「連邦が竜騎隊を運用する――貴官の活躍によって前線で運用されていた部隊を行動不能に追い込む事には成功したが、本営(エクストーラ)は他にも連邦の竜騎隊が存在する事を警戒。こちらの竜騎隊をその迎撃にのみ充てる事を通達してきた」


 プロブの言うソレは、前線拠点が失陥した後――今のグラン達が対処しなければならない問題。


 そして、それに到るザックバール派遣軍が潰走した状況を簡単に纏めれば、竜の繁殖地を持たない筈の連邦が王国の“キャリア”に類する魔導器と竜騎士を使用しての急襲となる。


 竜騎を数多く運用していた王国であったものの、まさか竜騎運用の基礎すら持たないとされていた連邦が竜騎を運用するなど想像の埒外であり、最悪でも機甲師団の襲撃を想定したしていたザックバール派遣軍は意表を突かれ、甚大な被害を被った。


 加えて代替可能な戦力で構築されている連邦に対し、竜という容易に増やす事の出来ない隣人を戦力としている王国の損害は数字以上に厳しいという現実もある。


「本営からの通達には竜騎への被害を避けたいという意図があり、今まで竜騎が担当していた戦車の対応を機竜隊が行う事との通達もあった」

「――普通に考えるなら、無謀な命令だと考えます」

「言うではないか。……その意見は正しいが、他の人員が居る時には言うでないぞ?」


 命令に反するという事は軍という組織において許されない事であるが、グランは竜の里育ちがなせる実直さによって『真面な』所見を述べ、その経緯を知るプロブもまた戦友の危うい言動を静かに諌めながらもそれを認める。


 ここで戦車と機竜の関係を説明すると、この2つの兵器はジャルダイムにおいて双璧を成す陸上兵器の頂点にして不倶戴天の天敵となる。


 射程と防御力に優れる戦車は見通しの効く平地では無敵を誇り、防御力では戦車に一歩劣るものの踏破性に優れる機竜は不整地や市街等であれば戦車の死角を容赦なく抉る。


 互いに一長一短の特性を持つ有用な兵器であり、それぞれが得意とする戦場であれば相手を一方的に蹂躙できる能力を持っている。


 しかし、過酷な環境ではあるが見通しの効くザックバール砂漠に置いては戦車の優位が目立ち、現行の機竜では竜騎の航空支援なしに戦車を打倒する事は出来ない。


 それがこの10年で示された事実であったが、アースラー山脈付近にまで進んでしまえば戦車の優位性は失われ、エクスリックスの本土を守る機竜に成す術なく殴殺される事から――この戦争は、今に到るまで膠着している。


「本土であるアースラー山脈での戦闘を避ける為、我々が不利を承知でザックバールを戦場としている事を理解しているのかと本営の連中に問いたい所だが――我々に選択の自由は無い」


 その不利な状況に更なる難題を押し付ける中央はプロブ達に討ち死にを強要しているように思えて来るが、セントルアーバに寄せ集められた元ザックバール派遣軍にはこの状況に対応できる“可能性”も預けられていた。


「貴官には対戦車部隊として再編される艦載機竜隊を率いてもらう。――他のフライア級が就役する度に人員を引き抜かれ、その都度再編されるような状況になると思われるが……各艦の隊長候補を教育する重要な任務と考えてほしい」


 潜砂艦、フライア級。


 それは魔導技術の名家であるジェフスティア侯爵から提供され、調整と模造が進められているエクスリックスの切り札である。


 潜砂艦という種別名の通り、砂漠の砂に擬態して砂地を進む魔導技術の塊であるこの船を、エクスリックスは移動可能な“キャリア”として運用する術を確立。


 加えて全長200mという巨体を持つ潜砂艦はそのサイズに似合った積載量を持ち、エクスリックスはやろうと思えば砂漠の端まで竜を安全に運び、その随伴戦力すらも迅速に輸送する手段を獲得しようとしていた。


 つまりは――ファルストリアの首都と目される東部のファルスバールか、竜の繁殖地として使用できる東南のギール山地を制圧出来るだけのフライア級を揃えられれば、エクスリックスは連邦の喉元に竜や機竜、そして歩兵という剣を突き立てる事が可能となる。


「母艦となるフライア級1番艦の艤装と最終調整が完了するまでは、機種転換と前任の第1小隊長からの引継ぎ――それと、他の艦載部隊の訓練教官をやって貰う事になる」

「了解しました」


 プロブから発せられた“事前に聞いた通り”の命令を、グランは敬礼と共に受領する。


 グランがあの銀髪の少女からその時に聞いた話では件の1番艦は漸く『試験運用』と言うものに入ったような状況らしく、『急ぎ過ぎている』とも聞いていた。


 だが、今のザックバール派遣軍に完成を待つだけの余裕はなく、出現地点を察知されない部隊による補給線への攻撃によってファルストリアに混乱と遅延を生じさせつつフライア級の運用方式と量産までの時間を稼ぐのがエクスリックスの大戦略との事だった。


「ファルストリアに竜騎士(うらぎりもの)が出た以上、今後は温存されていた連邦の魔導騎士も現れる事が十分に考えられる。――敵に回った君達が如何に恐ろしいか、機竜隊や歩兵部隊に存分に知らしめ、彼等の慢心を折ってくるといい」

「――善処します」


 そうして指揮官としての口調のまま補足事項を伝えてくるプロブに対し、グランは内心驚きながらも忠実な部下として返答する事でこの場所での本題が終わる。


 尚、プロブが最後に言い放った自分の部隊に向けるとは思えぬ言動にグランは驚いていたのだが、その変化は目の前に居たプロブですら読み取る事が出来ない程に微かなものであり、渾身の冗談が滑ったと錯覚した彼の茶目っ気を少なからず傷つけていた。


「むぅ……やはり常用せんと鈍るものか――おっと、すまんな。……これで堅苦しい話は終わりだが――竜を失ったからと言っても、貴官が竜騎士であった頃の栄誉がなくなった訳ではないのだぞ?」


 グランの着任の挨拶という本題を終えた事で思考を軍務から切り離したプロブの目線はグランの外衣――縫い潰された徽章に向いており、この歴戦の佐官は自らの誇りを自らで貶したグランの行動を咎めるような視線と共にその意図を確かめに掛かる。


「――竜と縁を結ぶ事は容易ではありません。……この戦いに置いて、自分が再び竜騎士となる事はありえません」

「――ふむ」


 その責めるようなプロブの問いに対し、グランは理路整然と“現実的な未来”を説くが、それを聞くプロブの表情は晴れなかった。


 ザックバール派遣軍が撤退の憂目にあった先の攻防戦においてエクスリックスは6騎の竜騎を失い、竜は4体が死亡。竜騎士で生死を確認出来たのはグランだけとなっている。


 そして、エクスリックスの長い歴史に置いて竜騎が潰される際に竜騎士が殺される事はあってもその逆は記録が無く、今のグランの立場には前例が無い。


「……では、新しい徽章を考えねばな」


 前例が無い以上グランが竜騎士である事を否定する規則は無いが、それでも証を自ら潰した彼の意図を察したプロブは別の物を与える事でグランの結論をぼかしに掛かる。


 プロブの心根にはグランの過ぎた自責の念を薄め、成果のある者に正当な評価を与えようとする彼の拘りであり――押し付けがましいと嫌う者もいるが、その心意気がこの老人をここまで押し上げた原動力であった。


「――了解しました」


 しかし、竜の里という特異な環境で育ったグランは相手の本心を無意識に察せる“目”が育っているものの、その分人間と関わる事が少なかった為に人の機微に疎く、上官の配慮を理解する事が出来ずにただ受容の意思を伝える事しか出来なかった。


 そして、そんなグランの内情を知らないプロブはグランの言葉を頑な意思の表れと受け取り、『そう簡単に意見を変えては竜と付き合えないのだな』と誤った認識を得たプロブは眉間に寄った皺を解しながら、諦めと納得が混ざったような吐息を洩らす。


「……貴官の実力は把握しているし、ラフィーア少尉からも『使える』との報告を受けている。――その力、存分に知らしめて来くるといい」


 そして『他の手を考えるか』と悪巧みを捏ねる子供のような執着を思いつつ、プロブは言葉によって覆しようのないグランの力を評価する事で彼に退出を促した。





お読み頂き、ありがとうございます。

ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。


2018/09/22 Ver1.0:旧02。正式には2018/08/26記入。経緯をきちんと記載した事と本人操作不備により表示と異なる

2019/03/25 Ver1.0:旧06。経緯が収まらず、1話ずらす

2019/05/04 Ver1.1:08到達に伴う、全文改修化及び見直しを実施

2019/11/16 Ver1.2:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

2020/09/12 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。

2021/03/09 Ver1.4:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

          (Ver1.3は公開しないまま1.4に入った為未実装)



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