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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
縁の終わりと始まりと    (起)
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01-4 銀の救い手

01-4 銀の救い手

Ver1.5




「――――」


 落ちる空の中、青年の脳裏に映るのはもう随分と昔の事のように思える光景――竜と最後に交わした調和(シキタリ)の顛末だった。


 それは青年の脳裏に幾度となく思い浮かんだ記憶の欠片であり、高々度から落ちている最中においてソレに浸るのは場違いも甚だしい事だという自覚は彼にもある。


 しかし、二度と訪れないソレは心地よく、青年は自らの記憶が呼び覚ましたソレに見入ってしまう。







 ――その日、竜は青年が里の外で受け取った紙の束を受け取り、その身体からすれば小さ過ぎるそれを器用に読み進めていた。


 翼長で言うならば人の5倍程、高さで言うなら3倍近くにもなる竜が人の片手に収まってしまうような紙を捲り、読み進める姿は何とも面妖であったが、青年の視線は竜の爪に収まる紙の束に向いており、その珍しい光景を目に留める事は無かった。


『我を、呼ぶ。驕ったな、ドードガルドの友』


 そして、その紙の束に最後まで目を通した竜は、棘のある意思(ことば)とは裏腹な“感情(いろ)”と共にグランが見た事の無いソレを放り捨てる。


「グゥエルナー、それはなんだ?」

『名、手紙。――“霊廟”、本、似る。本、違う、相手、個人。伝言、近似』


 竜の放ったそれに興味の沸いていた青年は乱雑に放られたそれらを手に取り、『手紙』の受け手である竜が『手紙』を取る自分を止めなかった事から閲覧を許されたと考えた彼はそのまま内容に目を流し始める。


 “霊廟”に保管されている本よりも指触りの良い紙に綴られた『手紙』には、里の外でよく見掛ける文字を使って十数行に亘る文章が記されており、迂遠な表現の多いそれは竜と青年を里の外――戦場と呼ばれる所に連れ出したいと書かれているようだった。


『戦場、有、熱、我、飽く。だが――』


 その『手紙』と呼ばれる物は“霊廟”の文字に慣れていた青年にとっては読み難い代物であり、青年がその内容を把握するのには幾分かの時間が掛かったが――その終わりを待っていたらしい竜は、独り言のような口調で意思を開き、青い瞳で青年を見る。


『グラン、技術。披露、無く、終わる、惜しい――加えて、グラン、連れ合い、探す、機会、必要』


 そして、微かな唸り声と共に竜は青年に左手を差し出し、その唐突なシキタリの始まりを前にした青年は近くの地面に刺し止めていた竜剣を慌てて引き抜き、その大剣を左手に持った青年は差し出されていた爪に刀身を当てる。


『今、グラン、竜騎士、なる。我、貴方、牙と翼、なり。貴方、我、友と娯楽、なる』

「判った。――それで、此方は何をすればいいんだ?」


 そして、青年の脳裏に響いている竜の意思への了解と共に、竜は空いている右手で差し出されている竜剣に意思を圧縮した文字を記し、青年と竜との間に交わされた盟約(ルール)が傷として刀身に刻まれる。


『竜の友、竜騎士、相応しく、目指し、学べ』

「判った。“霊廟”で文字を、里の外で人間の生活を学ぶのと同じだな」

『――我、グラン、助ける。グランは、自分、得ろ』

「――――すまない。グゥエルナー、自分を得ろとはなんだ?」


 青年の了解と共にルールの刻み込みが進んでいくが、青年が発した問いによって竜の手が止まる。


『竜騎士の竜、乗り手、生き様、楽しむ。友、同胞、として、グラン、共する、心地よかった。だが、今、先、我、盟友、として、乗り手、成った、グラン、楽しむ』

「――判った」


 青年の問い掛けに返された意思は、常に理路整然としていたこの竜には珍しい迷いが混じったものであったが、それは青年が自らで答えに到る事を竜が求めているのだと考え至った彼は、師であり父とも言える竜に対し、その期待に応える為に精一杯の虚勢を張る。


『グラン、進む、道。幸い、願う』


 そして、竜は青年の意地をどう捉えたのかを語る事無く竜剣への傷を記し終え、その祝福を込めた意思を最後に爪と大剣とが弾かれ、彼等が最後に交わしたシキタリが終わる。


 青年を見据えていた竜の青い瞳はとても穏やかであった事を青年は強く覚えており、里の一員として竜と共に在った今までと同じように、竜の言う『乗り手』にも相応しくなろうと青年は心に決めた。


 それが、最後になってしまった盟約の時。


 青年が今までも――そして、これからも思い返す事になるソレが、青年の全てを成す根底だった。






 ある世界に在る巨大な1つの大陸、ジャルダイム。


 そこにはこの地で生きとし生けるものが扱う魔術の源『魔素』が漂っており、それを含んだ空は過剰ともいえる冷たさに包まれていた。


 それは周囲の熱を吸収する魔素の性質による冷気であり、高度を上げれば空気と同じように密度が薄くなる筈のそれは、しかし明確な冷気をもって青年から生きる熱情すらも取り去ろうとしていた。


「まだ、死ねない――」


 その寒空の中で呟きを洩らした緑髪の青年は、整った顔形にトカゲのような無表情を張り付けている長身の騎士であり、動く事の珍しいその目元に怒りと迷いからの鋭さを刻んだ彼は、昂る土色の魔力を滲ませた茶の瞳で眼下に迫るザックバール砂漠を睨んでいた。


 この大陸の覇権を担う大国の1つ、エクスリックス王国の竜騎士であった彼の名は――グラン・サウスココル。


 今し方まで繰り広げられていた覇権国同士の一大会戦において多大な戦果を王国に齎した実力者であるが、今のグランは自らの盟友であった“モノ”を握り、行き場のない感情を抱えたまま留まる事の無い乱気流に耐える事しか出来ない存在へと成り果てていた。


「奴を……味方を撃つような奴を、グゥエルナーの最期にする訳には……」


 恩に報い、仇に報復する。


 人には法、竜には調和(シキタリ)という緩衝材が入るものの、それが理を超えても曲げてはならない法則であるとグランは教わっていた。


 そして、生を託されたグランはその教えに従って報復を果たさなければならない。


 だが――。


「――――なぜだ、グゥエルナー」


 加速度的に勢いを増していく風に揺さぶられる中、目的を持つ筈のグランは自らの盟友である竜――グゥエルナーだったモノを掴む手を離せず、動く事すら珍しい目元を歪め、答えが返ってくる事のない問いを繰り返していた。


 竜という存在は乗り手の『生き様』と『死に様』を眺める為に力を貸しており、『自分』か『乗り手』かの究極的な二者択一を前にした時、竜達は自らの『乗り手』の事を選ばない。


 それはグゥエルナーがグランを竜騎士にした時に教えられた盟約(ルール)であり、他の竜騎士も己が盟友と交わしている不変の関係の筈だった。


 しかし、そのルールを示した当のグゥエルナーがそれを破った結果として、グランはまだ“ここ”に居る。


 竜であるグゥエルナーの方が、生物としてグランよりも優れていた。

 永い時を生き、これからも生き続けられるグゥエルナーの方がグランよりも長く生きる事が出来た。

 そして、既に多くを知るグゥエルナーの方が、数多くの事を変革する事が出来る筈だった。


 だが、グゥエルナーは自らの首を差し出してもグランの生を願い、奴がその首を落として去った事で――グランはまだ生きていた。


「なぜ――」


 そんな中で重ねられる問い、募る迷いに死者が応える事はない。


 そして、生かされた命に死が迫っているというのに、道を示す(グゥエルナー)を失った事で初めて得た感覚に戸惑うグランは己の手を動かす事も出来ず、ただ言葉を重ねていた。


「――――発光、信号?」


 そんな彼の目に、明滅する光が飛び込んでくる。


 光の発生源は地表近く。


 空から落ちているグランの真下から発せられているその光は、ただ1つの疑問によって願いや情動、目的すらも縛られている彼を急かすように明滅を繰り返していた。


 そして、錐揉み状態の中にあってもよく通る明滅の信号は、グランに決断を強要するように生存に到る道筋を示してくる。


『――――生きろ、ドーラ』


「――っ」


 そして、誰が発しているかも判らぬ信号に加え、誰とも知れない名を告げるグゥエルナーの叱責(げんちょう)がグランの脳裏に響く。


 グゥエルナーの身体はまだそこに在り、近くに居るのが恐ろしくなる程の魔素を集めているものの――その魂は既にこの世に居らず、グランの背を押すその言葉はただの幻聴だ。


 だが――。


「――ああ。此方は行くよ……グゥエルナー」


 奴を生かしておく訳にはいかないという竜の誇り、師父(メイユウ)が最後に告げた名前を探さなければならないという義務。


 そして、自らの決意で迷いを砕いたグランは、グゥエルナーだったモノを掴み続けた自分の手を離す。


「――――」


 そうして手を離してしまえば里で鍛えられた身体は課せられた竜のシキタリと抱いた使命に集中し、先程の発行信号に従って盟友の亡骸から離れたグランの目に灰色の影が飛び込んでくる。


 空を蹴って高度を稼ごうとしているソレの全長は、“遠見”の目算で大凡8m。


 竜から翼を省いたような形と大きさのソレはエクスリックスの主力兵器――機竜であり、空を飛べぬ筈のそれは風の魔術を足へと絡ませる事で跳ねるように空を駆け上がっていた。


「――あんな事が、出来るんだな」


 味方の戦力ではあるものの、グランの機竜に対する認識は『竜の模造品』もしくは『その亡骸を利用する事もある人形』と言う低評価であり、取るに足らない木偶という認識だった。


 しかし、今空を駆けている機竜はグランの認識から大きく逸脱した器用さを持って彼の落下軌道に自らを重ね、目的を達したソレは上昇を取り止め、グランと相対速度を合わせるようにゆっくりとした降下を開始する。


「――――」


 正面を向き、両手両足を広げてグランを待つ機竜の姿はとても大きく見えたが、互いが暴風に揉まれる今にあっては軌道の維持に細心の注意が必要であり――その互いの努力が合わさる事で1人と1体は空の中での邂逅を果たす。


『……上昇で殆どの保有魔力を使い切りました。……生き残りたければ、機体に魔力を注いでください』


 そうして生存の可能性を掴んだグランであったが、機竜の拡声器から届く声は彼に息つく間も許さず、彼はその静かな声の指し示すままに魔術を組まない状態で魔力を放出する。


『……受け取りました。……もうすぐ地表――背中に回って、衝撃緩和を最大に』


 グランの撒き散らした魔力が何の効果も発現せずに消え去ったと同時に追加の指示が発せられ、彼は機竜の構造体を支点として這うようにその背中へと回り込む。


 風に揉まれ、形見となった竜剣が重しとなって揺れる中での移動は姿勢を保つ事すら困難を極めたが、グランはその困難を跳ね除けて機竜への騎乗を果たす。


 しかし、その困難を踏破したグランが態勢を整える間もなく、彼を墜落死へと追い落とそうとしていたザックバールの砂地がその眼下へと迫っていた。


「――っ!?」『……っ!』


 グランと機竜からの息をのむ声、そして機竜の脚部が砂地を捉えた衝撃は同時に彼等を震わせ、その後に巻き上がった盛大な砂飛沫がそれら全てを押し潰す。


 高度3000mからの落下衝撃たるや、筆舌に尽くし難い。


 だが、エクスリックスの魔導技術の粋である機竜の魔力増幅率はその現実を捻じ伏せる程に桁違いであり、機体に成された“強化”の刻印はグラン1人では成しえなかった生還を現実のものとして発現させる。


『…………生きて、いらっしゃいますか?』

「――――ああ。……感謝する」


 機竜はその半ば以上が砂地にめり込み、その首元に跨っていたグランも膝上辺りまでが砂の中に埋もれていたが、彼と機竜の主は互いが生きている事を確かめるように短い言葉を交わす。


『……外に出ます、機体から離れてください』

「判った」


 そうして続く2人の言葉は命の危機を乗り越えたにしては素っ気のないやりとりであったが、生い立ちからそれを疑問と思わぬグランの行動は迅速だった。


 まず、竜の魔力がなければ鈍と化してしまう竜剣を近くの砂地へと放り刺し、空いた腕の力だけで砂に埋もれた足を引き出してから機体の脇へと飛び退る。


 “身体強化”の魔術を用いたその跳躍は、助走もなく跳んだとは思えぬ程の高さと距離を示す。


「――ぬっ」


 しかし、そうして足を付けた先もまた機竜が落下した衝撃によって保持力を失っており、離れた先でも埋まりそうになったグランは竜剣を操るのにも使う“干渉”の応用で砂の集まりを締め固める事でその窮地に耐える。


 その最中――グランの受難をよそに、彼という障害物の居なくなった機竜はバネを跳ね上げたような衝撃音と共に背中の一部を捲り上げる。


 エクスリックスが独力で生産可能な最大戦力である機竜。


 それは全長8mにもなる金属と魔導鋼線で織られた竜の模造品であり、極端に小さな前足と大地を確りと踏締める強靭な後足を持った、2本脚で走る事を是とした機体である。


 そして、兵器であると共にエクスリックスが造れる最大規模の術具でもあるその中には、この巨体を操っている人間が居る。


 グランは先の着地の折に礼を述べていたが、『人間の世界』の習わしに則り、直に対面した搭乗者にもう一度感謝の言葉を送ろうとするが――。


「――――」


 しかし、グランの『学んだ事を成そうとした』だけの言葉は、機竜の背中から現れた銀の色に形を失い、言の葉と成る前に霧散する。


 グランの意識を縫いつけたのは、肩口に掛かる銀の髪とエクスリックス王国軍服の灰色、そして銀髪の奥に佇む横顔から垣間見えた緑の瞳。


 眼が最初に捉えた銀の髪には大小合わせて3つの布飾り(リボン)が巻かれており、巻かれた髪に含まれる微かな色素を集めたような濃い緑のリボンは、身に着けている彼女が動く度に淡い燐光を零す。


 そして、その身を包む軍服はエクスリックス軍の正規品であったがその着こなしは許される限界を試すかのように所属が混ぜこぜに合わされており、規律を第一とするのが『人間の世界』の常識だと考えていたグランの感情を大きく揺さぶった。


「――――?」


 しかし、グランが里の外に出てからそう長くはないものの、彼の記憶の中にある『規範から外れた者』に共通した雰囲気が彼女には無い事に気が付く。


 その気付きを起点に、グランは彼女の凛とした佇まいに反する無秩序な着こなしにも意味があるのだろうかと考え始めた事で、霧散していた彼の意識が戻って来る。


「…………怪我も、無いようですね」


 そうして、未知の衝撃によって掻き乱されたグランの意識がまばたきを促す中、彼が無心のままに見入っていた銀髪の恩人はその丸みを帯びた輪郭に収まる緑色の瞳でグランを捉え、自分の認識を確認するような呟きと共に機体から飛び降りる。


 それによって見下ろす位置にあった緑色の視線がグランを見上げる形に移り、言葉の端々から成人していると思われる銀髪の恩人が予想以上に小柄である事――。


 言い換えれば、年若な部下であったリーリシアとそう変わらない背丈の大人が居るという事実がグランにまた毛色の違う衝撃をもたらす。


「――っ」


 同時に、その連想はつい先程に起こった惨劇――グランが思い浮かべた当のリーリシアやバールドラ、そしてグゥエルナーが居なくなった事――を強く思い出し、その衝撃を一時でも忘れていた自分にハッと驚いた彼は、その全てから逃げるように視線を横へとずらす。


 だが、そんなグランの内情を知らないラフィーアは自責の(みちのかんじょう)に苛まれている彼に歩み寄り、その正面に立つ。


「……私は、ラフィーア・フィルトメルと申します。……貴方のお名前を教えて頂けますか?」

「――グラン・サウスココル……エクスリックス王国軍中尉だ」

「…………第2竜騎隊の隊長殿でしたか」


 そうして続けられたのはただの挨拶だったが、身長差からグランの顔を覗き込むような形となったラフィーアの所作に対し、自らを苛む感情の痛みが薄まるのを感じたグランの戸惑いは深みを増し、その身体はまるで木や石にでもなったかのように硬直してしまう。


「……どうりで、あれだけの魔素を集められる訳です」


 そして、知らず知らずの内にグランの感情をかき乱していた当のラフィーアは、グランの官姓名から何かを察し、そんな呟きを最後に立ち竦む彼の脇を抜けてその背後へと歩き始める。


「――――待て、機体を置いてどこへ行く?」

「……竜騎士様の、竜のところへ」


 それを反射的に呼び止めたグランに返された言葉は端的に過ぎ、未だに混乱の渦中にある彼ではラフィーアの目的にまで思慮が及ばなかった。


 だが、火の落とされた機竜と鈍と化した竜剣だけが残されたこの砂地に残っても何も出来ず、また女性を1人で危険のある場所に向かわせるのは里の外で教わった『道義』と呼ばれるモノに反するという知識に押され、グランはその背中を追う事が出来た。



お読み頂き、ありがとうございます。

ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。


2019/03/10 Ver1.0:実装

2019/04/03 Ver1.1:竜士× 竜騎士〇:竜士と呼ぶのはまだ先。他、微調整

2019/05/04 Ver1.2:08実装に伴う全確実施:『盟友』×『乗り手』○大誤字です……。

2019/11/11 Ver1.3:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

2020/09/12 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。

2020/09/21 Ver1.4:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

2022/11/14 Ver1.5:プロット確認のついでに誤字脱字及び調整を実施


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