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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
36/37

01-34 少女の願いが叶う時

Ver1.0




「…………頼もしいものですね」


 自分達の目を眩ませていた探照灯の光が途切れ、幾多の銃声が響き始めた夜の砂漠を眺める銀髪の少女から思わず感嘆の言葉が洩れる。


 これまでの戦訓によって王国側が物量への対処法を学んだように、連邦側もまた王国の突出した個人戦力への対応を確立している。


 それは最前線にいる自分達が身を以て理解している事であったが、今の連邦側はグラン1人の突入を許しただけで大きく壊乱し、その混乱は後続が居る可能性のある“目標(かんしたいしょう)”への警戒を緩めるという愚を犯す程に深刻だった。


 もしもこれが魔導騎士群による同時突撃といった常識的な行動であればここまでの混乱に至る事は無かったのであろうが、それが単身による凶行でありつつも嵐のような暴威となれば誰でもああなると考え至った少女は静かに目を瞑る。


 魔導騎士という破格の戦闘能力に、竜鱗の鎧という大凡の攻撃を通さない防御力を持った個人。


「……私達も動きますよ」


 そんな御伽噺のような力に晒される事になった連邦側への憐れみを意識の外へと追いやった少女――最前線に立つグランの協力者であり、その副官でもあるラフィーアは静かに命令を下す。


 その命令の下、大きく数を減らした光を突っ切って“目標”の入口から飛び出した彼女等は戦場の音を背に南西へと走り始める。


 混乱しているとはいえ何条かの光を遮った事から『察知されなかった』という幸運は無い筈であり――その万が一あったとしても、それはそれでグランに負担が集中してしまう事から彼女等にとっても都合が悪い。


「……待ち伏せ班は散開を開始。……くれぐれも、撤退信号を見逃さないように」


 そんな思惑を表に出す事のないラフィーアは預けられた部下に次ぎの命令を発し、東側へと散っていく彼等を横目に追いながら自身は“目標”の南西側に埋めてある愛機の元へと走り続ける。


 今散開した彼等は先行しているグランが後退に転じた時に追って来るであろう敵兵を狩り倒すのがその役目であり、ラフィーアが愛機に乗り込むまでの無防備な時間を稼ぐ為の盾でもある。


「……伝令班は行動を開始。……此方に行軍中の機竜隊の半数は新兵です、接触時に誤射を受けないように注意を」


 そのまま走り続け、1つの建物の外周とは思えぬ距離を駆け抜けたラフィーアは残る部下の半数をそう言って送り出し、自分の役目へと目を向ける。


 ラフィーアの仕事は自分の『願い』とグランの『形見』が埋め込まれている機竜(ベネイア)を使える状態とし、それを使って彼を援護する事であり――残る部下の役目は、そんな自分を守る事となる。


「……急ぎましょう」


 そうして周辺警戒を直掩の2人に任せたラフィーアは“目標”周辺の砂の中に紛れさせている魔導鋼線を探し、探り当てたソレを自分の首に着けたままの術具に繋ぐ。


 それが自立的な行動が不可能な機竜を再起動させるべく仕込んだ手立てであり、ラフィーアは自分の魔力と繋がった愛機に向けて一連の手順を入力する。


 その瞬間、目の前にある砂が微かに盛り上がったような気がしなくもないが、所詮は遠隔操縦である以上ラフィーア達は機竜が自力で這い出して来るのを待つ以外の事が出来ない。


「…………」


 時間にすれば僅か数秒の出来事であるが、自分にしかできない役目を果たした後の静寂の中、ラフィーアは敵中に単身で突入している協力者の事を思う。


 連邦側の散兵戦術は王国よりも遥かに進んでおり、一度の接触で排除できる敵の数はそう多くない。


 加えて圧倒的なまでの多勢に無勢。いくら竜鱗の鱗鎧による防御力があろうとも連邦側の魔導騎士に集られればあの優秀な協力者といえども倒れる事になるだろう。


「…………機竜が起動できるようになるまでの間、隊長を支援します」


 自分自身と機竜の安全の確保――軍人としての自分に割り振られた任務を達成するだけであればこの場に留まるのが正解である。


 しかし、あの得難い協力者を失う事を恐れたラフィーアはそう決断する。


「……後続の機竜隊と合流し、撤退するのが今の戦闘目的ですが――隊長を置いて撤退する事は出来ませんし、敵の魔導騎士は機竜にとっても脅威となります」


 そうして続けた言葉は的を射ってはいるものの、少女の欲を満たす為の言い訳であり――。


「……私達は機竜が起動可能になるまでの間、前線に進出。……敵魔導騎士の一部を誘引して隊長の撤退を支援すると共に、待ち伏せ班への得物を用意しながらこの場に戻ります」


 その欲を命令として発した彼女は魔石銃を構え、東方に展開する連邦側に向けて魔石を投射する。


 王国でも指折りの魔術師であるラフィーアをしてもグラン程に“魔力(けはい)”が読めない事から、この暗闇の中で連邦側を探る手段は経験に依るものが大きい。


「……移動します」


 そんなラフィーアが導き出した最初の攻撃先は感じられる魔力(グラン)が戦っている場所よりも更に先――敵後方への間接射撃であり、呼吸2つ分の時間で弾倉1つを撃ち切ったラフィーアは部下への指示と共に走り出す。


「…………そろそろ良いでしょうか」


 星明りしかない暗闇の中では敵はおろか味方の位置を計る事も難しく、連邦側の発砲炎と魔導騎士(グランやあいて)の魔術行使による残滓で状況を読んでいるラフィーアにも詳しい戦況は見えていない。


 しかし、自分の協力者(グラン)は先程の長距離攻撃によって自分達の意図を読んでいるとラフィーアは考えており、2つ目の弾倉を彼への直接支援に回す事を決めていた彼女は銃口をグランの魔力が感じられる辺りに向ける。


 魔石弾は魔導騎士が常に張っている“防壁”には通じないのにも関わらず、魔術を知らぬ者には致命的な被害を与える。


 その特性を存分に生かすべく放たれた2射目は目測に違わずグランの周囲――彼を中心とした半径50m程の範囲に降り注ぎ、展開していた敵歩兵の一部を焼く。


「……移動します」


 夜の戦場に加わった身体を焼かれる絶叫によってその効果を確認したラフィーアは迅速に射点の変更を図る。


 盲撃ちである為に耳で聞くよりも効果は薄い筈だが、自分達が別方向からも攻撃を受けている事を認識した連邦側の動きは変化するだろう。


 ――ですが、未だに支援と言うには浅い。


 しかし、それでもそう自分に言い聞かせたラフィーアは、次の攻撃で引き付けた敵を“目標”周辺に潜んでいる待ち伏せ班に押し付ける算段を考えながらグランの戦場へと近付いていく。


「…………む」


 そうして高く盛り上がった砂の稜線を背に戦場を見遣ったラフィーアは、視線の先の惨状――“遠見”の応用で目にしたグランの戦場に思わず眉を顰める。


 “遠見”に映る1人の元竜騎士(まどうきし)は降りかかる銃弾の嵐を無視するような足運びで展開する連邦歩兵小隊へと突入し、その一瞬後には敵兵(それら)を元にした血の雨を撒き散らした彼は迎撃に現れた連邦側の魔導騎士へと視線を振る。


 接近しつつある難敵を前にした彼は左手に番えていた敵騎士(だれか)の騎士剣を見当違いな方向に“投擲”してから迫る敵騎士を迎え打つ構えを取り、それを見た敵は“騎士剣(ソレ)”が自分に向けられなかった事に安堵と戦意が入り混じった狂相を浮かべながら加速する。


 “投擲(ソレ)”を知るラフィーアは、敵の魔導騎士が思った事――あの魔術を向けられなかった敵騎士の感情を理解出来たが、同時に予測できた結末を前に目を瞑る。


 次の瞬間、迎撃に打ち上げた彼の剣と敵騎士が振り下ろした強撃がぶつかったと思しき激音がラフィーアの居る場所にまで届くものの、魔力の残滓も含めた戦場の気配はその一合によって静寂へと変わる。


 その結果が判っていたラフィーアが“遠見”を再開すると、グランの“投擲”した騎士剣が背中に突き刺さった敵騎士の姿が目に映り、死体(それ)を蹴り飛ばした彼は自身の背後に回り込もうとしていたもう1人の敵騎士へと一気に距離を詰める。


 その事態に少なくない隙を見せた次の敵騎士を一息で切り伏せた彼は敵が手放した騎士剣(つぎのや)を左手に(つが)えながら砂漠の奥へと跳び、再び無数の血を夜空にまき散らす。


「…………アレを、また使っているのですね」


 その一方的な状況を目の当たりにしたラフィーアは、魔導騎士の攻撃力と鱗鎧による防御力を遺憾なく発揮するグランの技量に晒される連邦側を憐れみながらも、自身の忠告を無視した協力者の判断に僅かな苛立ちを零す。


 グランが編み出した前例のない魔術である“投擲”――付与された物体を狙った存在に当てようとする概念魔術――は人の身に収まる魔力で扱える術ではなく、行使には竜が創った劇薬である“鱗薬”が必要となる。


 ラフィーアとグランの契約は互いの目的を果たすまでの関係であり、あの“鱗薬(げきやく)”も直ちに命に関わるものではなく、優秀な戦士である彼が必要であると判断したからこそ使っているのだと考える事は出来た。


 だが、ラフィーアの中で理解が追い付いてもその内には未知の感情が居座り続け、その行動に対する理由のない怒りに目元を険しくした彼女は“遠見”の先に居るグランを睨み続ける。


「…………我は咎人。……なれど、正しい光を知る者なり」


 とはいえ、自分の身に起こった理不尽な感情に引っ掛かりを覚えこそすれど、成さねばならない事を放置する程凡庸でもないラフィーアは身の内にあるソレに蓋をし、唄と共に魔術を組むとここまで来た目的を果たすべく狙いを付ける。


「……御(ON)」


 そうして解き放たれた炎息の魔術はグランの後背を突こうと回り込んでいた敵魔導騎士の1人を貫き、敵戦力を待ち伏せ班に誘引するという目的を果たしたラフィーアは直ちに踵を返す。


「……ベネ――機竜の所まで下がります」


 炎息の光は闇夜の中では隠しようがない事から自分達に追手が掛かるのはまず間違いなく、追い縋るソレ等は戦果を欲しがっていた待ち伏せ班に任せる事を決めていたラフィーアに迷いはない。


「…………」


 とは言え、猛威を振るうグラン1人にすら手こずっていた連邦側からすれば、彼にだけ構っていられなくなったのは大きな問題となる筈であり――もしかすると、一時的に撤退して態勢の立て直しを図ろうとするかもしれないとラフィーアは考える。


 そうなれば、戦果を欲していた待ち伏せ班には申し訳ないものの部隊全体(じぶんたち)としては万々歳な結果となり、安全に後続と合流・撤退する事が出来れば言う事はない。


「…………?」


 順当な戦闘推移にそんな楽観を考えていたラフィーアであったが、思わぬ方向からの“魔力(けはい)”にその足を止める。


「……む」


 そうして“遠見(しせん)”を振った先で捉えたのは隠れるように“目標”へ進む一団であり、隠し切れていない魔力の反応からして魔導騎士の集団である事に違いは無いだろう。


「……この進行方向と移動経路――味方を囮に私達の裏をかこうとしていた?」


 それを見て、その目的に思い至ったラフィーアの口から思わず言葉が洩れる。


 彼女達が言えた義理ではないが、重要な戦力を囮とした戦術の効果は絶大であり――発見した敵の進行路はグランとラフィーアが想定した範囲からも外れている事から待ち伏せ班の壁も無い。


 加えて、先に発見出来たとはいえ比我の距離は既に魔石銃で狙える距離にあり、離脱や迂回は不可能に近い。


「……遭遇戦に入ります。……戦端を開いた後は散開し、遅滞戦闘に努めるように」


 敵の魔導騎士を連れたまま機竜の元に向かうのは論外であり、意図しない接触ではあったがこの難敵を先に発見出来た事が幸いであると考えたラフィーアは彼等を迎え撃つ方針を発しながら魔術を組む。


 互いの距離は“遠見”を使えば夜であってもその仔細が判る程であり、魔術を編む自身の魔力を察知した敵騎士達の“遠見”が此方側を捉えた事を察したラフィーアは触媒である布飾りを印象付けるように炎息を放つ。


「…………直掩のお二方、よろしくお願いします」


 気付かれた後ではあったものの、まさか炎息を撃たれるとは思っていなかった敵騎士の“防壁”を抜いた魔術は彼等の内の1人の利き腕を潰す事に成功し、その成果を認めたラフィーアは次の指示を発しながら後ろへと退がる。


 “風舞”も全開にしたラフィーアの後退は味方を盾に逃げたと見られてもおかしくない行動であったが、その判断は敵側にも分散を強制する為の手段であり――直掩の2人もまた左右に大きく距離を取りながら敵を待ち構える。


 常識的に考えれば寡兵側が更に戦力を分散させる判断は各個撃破を容易にさせてしまう悪手である。


 だが、魔導騎士の質は王国側に分がある事から2対7よりも1対3前後――自分の方にも追っ手が付けば数の差を質で覆せると考えたラフィーアの判断は、しかし彼女も予想しえなかった方向に実を結ぶ。


「…………まさか、私の方に4人も付くとは」


 いつぞやの決闘騒ぎで示した通り魔術師と魔導騎士との戦力差は絶対的な差があり、それに照らし合わせれば割り振る戦力は1人でも十分に過ぎる。


 そんな常識から逸脱した連邦側の戦力割りは先程の炎息を警戒しての判断なのだろうとラフィーアは考え、その予想を超えた敵戦力に驚きつつも下手に引き延ばせば一息で惨殺されると結論付けた彼女は初手から全力を振るう。


「……っ!」


 その始まりは布鎧の下から抜き取った短刀の投擲であり、手製の術具でもあるソレには“風舞”の事象魔術を刻印している事から魔導騎士の“防壁”をすり抜ける事が出来る。


「――――ふん」


 しかし、瞬く間に敵騎士へと迫った短刀はあっさりと切り払われ、闇夜の中へと消えていく。


「…………」


 それはあまりにも成果の無い結果であったが、それでも次の短刀を番えるラフィーアを見た敵の魔導騎士は嘲るような表情を浮かべ――。


「……“御(ON)”」


 それが完全な笑みとなる前に振り抜かれた彼女の短刀は、その細指から離れた瞬間に敵騎士へと到達、下卑た間抜け顔のまま自身の胸に刺さった術具を見た敵騎士はその表情のまま惰性で飛び転がっていく。


「……“御(ON)”」


 そのままもう1人に追い打ちをかけるべく、ラフィーアは3本目の短刀を放つ。


 『光となるよう』にという概念魔術を彫り込んだ手製の術具はその結果を正確に発現し、同僚が倒れた事に動揺していた2人目の命をあっさりと穿つ。


「…………」


 魔導騎士を倒した2本の術具はラフィーアの銀髪から溢れる光の魔力を織り込んだ自信作であり、予備はもうない。


 もっとも、例えあったとしても相手が手練れであったとすれば対処出来てしまうのが魔導騎士の恐ろしい所であり、眼前の敵集団に投擲の類はもう通じないと考えなければ命は無いであろうとラフィーアは自分を戒める。


 とはいえ、格下である筈の魔術師相手に魔導騎士が2人も倒したとなればある程度は警戒する筈であり、ここで一時的にでも後退してくれれば都合が良かったのだが――。


「……これでも退がっては――くれませんか」


 遠距離戦を主軸とする魔術師を相手に距離を取る方が危険と判断したらしい残りの騎士達は警戒を強めながらも急襲を継続する。


「……それならば」


 鋭く間合いを詰めてくる3人目の敵騎士に対し、ラフィーアは布鎧の下から引き出した弾倉の中身(ませき)をばら撒く事で応じつつ、可能な限り距離を取る。


 次の瞬間、迫っていた敵騎士の周囲に散った魔石が介入術式によって一斉に爆発し、ラフィーアの頬にまで迫る熱と砂塵が敵騎士の姿を覆い隠す。


 その火力は相手が連邦の歩兵集団であれば丸ごと焼き殺せるだけの威力がある筈だが、炎息に至っていない魔術の類では魔導騎士の“防壁”を突破できない。


 そんな現実の通り、何事も無かったかのように砂塵を割って飛び出してくる敵騎士を見たラフィーアは『焦ったような表情』を浮かべながら魔術を組み、先と同じ術式を組み込んだ弾倉を敵騎士に投げ付ける。


 魔導騎士を最強の個人戦力たらしめている“防壁”の強度は確かであり、魔術の類であれば炎息、物理現象であれば12.7mm以上の重火器でなければ有効打を与えられない。


 その事実を身を以て体験したばかりの敵騎士はラフィーアが放った弾倉に幾分かの警戒を示したものの対応は直撃を避けるに留め、彼女へと迫る足は緩めない。


「……っ!」


 しかし、いくら威力が届かなくとも爆炎と衝撃は確かにそこにあり、放った弾倉の爆発が敵の魔導騎士の目と耳が塞いだその一瞬を狙ってラフィーアは転進。


 敵騎士を襲う衝撃に紛れるように一気に肉薄した彼女は、その勢いのまま最後に残った短刀を相手の胸へと突き入れる。


 刺し込んだソレ――1本目と同じ術具の刻印を使用する事で鎧や骨の抵抗を振り抜き、その命を断ったラフィーアは力を失った術具を捨てながら後方へと跳躍する。


「…………まだ付いてきますか」


 此方も装備の多くを注ぎ込んだとはいえ戦力の大半を失えば流石に後退するだろうとラフィーアは考えていたのだが、そんな彼女の思惑に反して最後の1人は足を緩める事なく距離を詰めてくる。


 先の3人の後に居た事から指揮官か臆病者――どちらにしても無理をしないような人間が向かって来る事に疑問を覚えながらも、ラフィーアは向かって来る敵騎士に魔石銃を向け、“風舞”で退がり続けながら魔石弾の投射を開始する。


 そんな彼女の牽制に対し、最後の1人は一瞬回避するような動きを見せたものの自分に向けられたのがただの魔石と判ると“防壁”で弾く方針を採り、一気に間合いを狭めてくる。


「……速い」


 その足捌きは先に倒した3人よりも鋭く、そんな手練れが何故後ろにと思うラフィーアを他所に、思案の中であっても彼女の両手は訓練によって沁み込んだ手順通りに撃ち切った弾倉を放り捨てる。


「……我は咎人。……なれど、正しい光を知る者なり」


 そのまま流れるように次の弾倉を愛銃に差し込んだラフィーアは、先の牽制による相手への仕込み(おもいこみ)を起点とした次の手を編み始める。


 集中の為に唄いはするものの、その見掛けは先程の銃撃の焼き直しであり――弾倉に布飾りを吸い込ませる等の特異な行動は挟ない。


 しかし、ラフィーアが構えるその銃身には最後に残った大布飾り(まりょく)の大半を注ぎ込む形で編み上げた炎息が詰まっており、彼女は先程の通常射撃と同じ所作になるよう意識しながらソレを開放する。


 過剰とはいえ弾倉から威力を供給する正当な手順とは異なり、銃身全体から供給された異常な魔力は愛銃を構築する刻印を壊す事からこの魔石銃はもう使えない。


「…………っ!」


 そうしてラフィーアが放ったのは、自分の力で得た愛銃を捨てる覚悟と共に撃った渾身の魔術であったが――。


 『炎息を使う際には布飾りを使う』という諸動作を見ていた彼等なら引っ掛かると見込んだその奇策を、迫る敵騎士は『来る事が判っていたよう』に躱し、回避で崩れた態勢を立て直しながら鋭く踏み込んでくる。


 必中を期するべく粘っていた事でラフィーアは既に魔導騎士の間合いに入ってしまっており、その危機を前にした彼女は“構造強化”の魔術を掛けた愛銃をその進路上に放り捨てながら後ろへ飛ぶ。


 結果、“風舞”も加えて強引に身体全体を引いたラフィーアの影に連邦騎士の白刃が通り過ぎ、自分を両断せんとした刃が左へと振り抜かれた事を見やった彼女は愛銃を盾に九死に一生を得たと確信する。


「…………使うしかありませんね」


 振るわれた刃筋も見えない剣速を前にしたラフィーアの背筋に嫌な寒気が通り過ぎるものの、最後の大布飾り(のこりかす)すらも消費した“風舞”で得た距離によって仕切り直しに成功した彼女はそう決断する。


 “自分の杖”を使う。


 それが追い込まれたラフィーアの決断であり、魔術師として生きてきた10年分の重みをここで捨てなければ命が無い事を漸く理解した彼女は布鎧の下に残っていた弾倉をばら撒き、それらを介入術式で自爆させる事で更に距離を取る。


 もう他に武器は残っていないが、“自分の杖”であればこの状態でも魔導騎士に拮抗出来る筈であり――時間さえ稼げば、直掩として預けられた優秀な2人が側撃を入れてくれる。


「……っ」


 自分の魔力を嫌いながらもその力を信じるラフィーアは爆炎を割って追撃して来る魔導騎士を目にしても絶望しなかったが、彼女の右手はいくら掴もうと思っても背中に隠している“自分の杖”を取ってくれなかった。


「……?」


 その不可解な状況を知覚した瞬間、自分の左側がやけに重いと感じたラフィーアであったが――それ等を確かめる猶予を持たない彼女は利き手ではない左手を背中に回し、着地と同時に迎撃に動こうとする。


「……ぁふ、ぇ?」


 しかし、地面に着いた衝撃を打ち消せなかった身体が崩れるように倒れ、それに引かれた自分の髪と広く散った血飛沫を最後にラフィーアの意識は途切れた。






 ――――そう、少女は最初から誤認していた。


 いつぞやの経験――バールゴートとの決闘において、相手が油断していたとはいえ協力者に準ずる能力を持つ魔導騎士を相手取っても自分は勝利する事が出来た。


 であれば、臨戦態勢にある魔導騎士と対峙したとしても、『負けはする』が『ある程度』は拮抗できると才溢れる少女は認識してしまい、現実は『その通り』の結果を彼女に齎した。


 それは『ある程度』の時間が、少女の認識よりも早かっただけで――すぐ近くで手練れの力を見ていたのにも関わらず『頼もしい』と思うだけで止まってしまっていた、彼女の失敗であった。






「――――」


 戦場の端に“その色”を見つけたグランは脇目も振らずに“目標”の元へと駆け戻っていた。


 奇襲の類を避けるべく広げていた“目”に映った“忘れもしない色”――不慣れな『人間の世界』に自分が留まらねばならなかった理由にして、成さねばならぬ調和(シキタリ)の対象。


 まさか地上で相見える事になるとは思いもしていなかったが、自分の戦う目的を見つけたグランはこの地を決戦と定め、何の迷いも無く2つ目の“鱗薬”を口に含み――。


「邪魔だ」


 その進路上に居た敵歩兵群を瞬く間に切断し、横合いから切り掛かって来た敵魔導騎士を視線すらも合わせずに一閃、背後から追撃してくるもう1人の敵騎士には左手に番えていた騎士剣を“投擲”する。


 “目”の幾分かを警戒に回しているもののグランの意識は奴1人に固定されており、近くに転がっていた敵の騎士剣を左手に番えた彼はすぐさま疾走を再開する。


 奴を含む敵騎士の集団はグランが攪乱していた連邦側の主力とは大きく離れた経路で“目標”に向かっているように見えた。


 その流れは味方を盾に自身だけが目的を成す動き――『あの時』と似たような形であり、連邦側の主力と協同すれば此方の突出を挫く事も出来たであろう行動を取らなかった事に奴の性根を確信したグランの芯が怒りに染まる。


「――――死ね」


 “鱗薬”の連続使用の所為か狭まる視界の中、“目”とそれが見る“色”を頼りに奴へと走るグランはソレが“投擲”の間合いに入るとすぐさま番えていた騎士剣を放る。


「――っ! あいつは、また……!」


 そうして迫る“投擲”に対し、奴は自分の後を走っていた“色”を蹴り飛ばす事で身代わりとし、その後の断末魔(けっか)を気にする事もなく“銀色”の方へと足を速める。


「させるものか……!」


 その“銀色”――途中で支援が入った事には気付いていたものの、未だにこんな前線近くに留まっているとは思ってもいなかった――に気が付いたグランは自分の中に生まれた未知の焦燥(かんじょう)に困惑しながらも地面を蹴る。


 グランにとっての“銀色”は『人間の世界』における指標であり、現時点においての彼女の損失は埋まっている機竜の放棄に繋がる。


 否。そんな『人間の世界』の事よりも、今ここでシキタリを成せる事よりも――“銀色”を失う事が恐ろしい。


 身を焦がすその激情に駆られて足を早めるグランの進路に“奴”の一団から離れた魔導騎士が割り込み、振り上げた騎士剣を穿ち落としてくる。


「邪魔をす……っ!?」


 その真っ直ぐな唐竹にグランは鱗薬2つ分の魔力も混ぜ込んだ“身体強化(りょりょく)”で騎士剣を合わせるものの、音の速さにも至りそうな剣と勢いは敵騎士の剣に殺され、鍔迫り合いに持ち込まれる。


「――そうか、赤髪……」


 それは何時ぞやに“銀色”が開いた勉強会で教えられた『人間の世界』の理の1つであり、“鱗薬”の力があっても押し切れない事に驚きながらも相手の特性に思い至ったグランはすぐさま力押しを諦め、方針を改める。


 まず押し切られる事を承知で砂を蹴り上げ、砂を浴びつつも体勢を崩した自分への追撃を差し向ける敵騎士から一気に間合いを離したグランは剣の持ち方を自分の本来の形へと差し戻す。


 人間よりも遥かに優れた存在を相手取っていたグランの技術は速さに重きを置いており、完全な形を取ればその剣線は相手の力と交わらなくなる。


 今はまだ『相手に受けられる事』を考えた形――『人間の世界』の剣に寄せた型ではあるが、自身が持ち得る最速の技術を注ぎ込む準備を終えたグランは今し方離した距離を一気に踏み抜ける。


「――っ」


 しかし、突き抜ける風のように殺到したグランの一撃に対し、敵騎士はするりと剣を合わせ、それが2度3度と続いた事で相手の力量を把握したグランは目元を歪める。


 今は止められてはいるが、いずれ突破できる。


 それは確かな確信であったが、同時に主戦場でグランが切り伏せていた魔導騎士達とは比べるべくもない技量の持ち主がこの状況で立ち塞がる現実を前に、彼の中で蠢く疑念と焦りが加速する。


 そうしてグランが手間取っている間にも状況は進み、“銀色”が敵騎士2人を落とし、彼女の直掩に付いていた部下達と敵騎士達が接触したのと時を同じくして、強烈な光と共に少女がもう1人の敵騎士を脱落させる。


 見えぬ視界の中、“色”で剣戟を紡ぐグランは切り結んでいる敵騎士の“色”越しに“銀色”と奴が接触するのを“見た”所で、漸く彼の剣が相手の反応を超える。


「――づぇぁっ!」


 魔力の性質による剣速の差と“鱗薬”による膂力で強いた圧力はその剣を捌いた後に引き損ねた敵騎士の一部を切り飛ばす結果を齎し、グランは体勢を崩したと思しき“(それ)”を流れるような二の太刀をもって両断する。


 その瞬間、“目”に映る“銀色”の一部が切り飛ばされ、血飛沫のように“色”飛び広がったかと思うとその場に倒れ、動かなくなる。


「――っ」


 その“色”と結果が意味する事を認識したグランが息を飲み、その感情のままに今ある唯一の攻撃手段(じぶんのつるぎ)を“投擲”するべく魔術を編むのと時を同じくして、奴の“色”が騎士剣(とどめ)を振り上げようとする。


 “投擲”はシキタリに届く。だが、“銀色”の命は助けられない。


 その現実を前にしたグランにシキタリを果たせる充足感はなく、“霊廟の主”と対峙してしまった時よりも恐ろしいと感じる未知の感情が彼の思考を凍り付かせる。


「――っ!? 此方の知らない、竜の“色”……?」


 その感情に引っ張られて止まりそうになる身体を戦人の意地で動かしたグランが“投擲”を発動させようとした瞬間、機竜を埋めた方から“魔力の込もった咆哮(りゅうのこえ)”が響き、その“感情(いろ)”を伴った光が戦場を突き抜ける。


 それは愛し子を傷付けられた母親のような絶叫であり、削り消えていく身体の痛みに耐える悲鳴のようでもあった。


2022/8/27 Ver1.0:実装

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