01-33 『砂塵の悪魔』
Ver1.0
薄暗闇と静寂が支配する空洞の中、2人分の足音が静かに響く。
グラン等が足を踏み入れた扉の先もまた彼が知る“霊廟”と似た姿を見せており、損傷が無いものの薄暗いソコは静謐でありながらも来る者を拒むような雰囲気を匂わせていた。
同時に、その構造体――フライア級の格納庫を際限なく大きくしたような設え――に荒らされた形跡はなく、グランの興味の対象であった艦載機の収容隔壁も固く閉じられたままであった。
「――――」
これにより連邦側が扉を開けられなかったのは確定的となり、持ち出せれば奴を探すのにも役立ったであろう兵器に手が出せない事も判ったグランとしてはここで成すべき事は済んでしまっていたのだが――。
「…………」
しかし、この場所に興味を抱いていたもう1人はただ黙々と歩みを進めており、前を進む自分を追い抜かしてしまいそうな程の“無心”を横目に捕らえたグランはその目的が果たされるのを静かに待っていた。
「…………嫌な事を思い出させる場所ですね」
「知っているのか――ここと似た場所を」
そうして続く静かな歩みと連絡用の魔導鋼線が擦れる音の中、唐突に零れたラフィーアの呟きにグランが応えると、随分と前のめりだった彼女はついにその足を止める。
「…………私は、普通では償いきれない失敗を、2つも冒してしまいました」
そうして続けられた言葉には深い後悔の“感情”があり、その“色”と共に続いた呟きはゆっくりとラフィーアがここに居る理由を表し始める。
霊廟に似たここではない場所――ラフィーアが言う“塔”にもあるこの場所で、幼い頃の彼女はゼフィリア達が成そうとしていた『実験』を台無しにしてしまったらしい。
それが原因で ラフィーア自身もまたあの右足を始めとした深い傷を負ったのが1つ目の失敗。
そして、その汚点を払拭するべく奮戦し――与えられた幾つかの難題を解決したものの、“目標”が連邦の手に渡る切っ掛けを作ってしまったのが2つ目の失敗。
「――そうか」
それらが彼女の“色”を曇らせている理由であり、堰を切ったように続けられた言葉を前にしたグランは――しかし、普段と変わる事のない静かな呟きで応える。
「…………竜士様は、話甲斐のない人ですね」
「――他人の重みを無為に背負おうとしている君の“色”は理解できたし、それを好ましいとは思うが……契約に関わらない君の感情に水を差す意味のは本意ではないからな」
「……どういう意味でしょうか?」
しかし、心強くも繊細なグランの協力者は彼のそんな返答が不満であったらしく、その“不満”に応じた後にも言葉を求めてくる。
「此方も姿を見たのは一度しかないが、君を見ている侯爵の“色”に憎しみに纏わる“感情”は無かったし、ここが連邦の手に渡ったのも君に順わない者が作戦の意図を考えず動いた結果であり、それはそんな者を編成に組み込んだ者の責任だ」
自分に非があると語るラフィーアであるが、グランから見ればそれらは背負う必要のない理由であり、彼女自身にも告げたように、そんな些細な事にも責任を持とうとする少女の“意思”を好ましとは思っていた。
とはいえ、他人の姫であるラフィーアの“魂”を曇らせているそれらを許せないと感じる自分が居る事への戸惑いを打ち消すように、グランは目を瞑る。
――『人間の世界』は、なんとも不思議な事に満ちているものだな。
シキタリに関わらないというのに、それと同じぐらいに重く感じたその感情を沈黙によって封じ込めていると、“目”に微かな“感情”が映り込む。
「…………お手数をおかけしました。……私の案件は済みましたが、竜士様に心残りは御座いますか?」
「ここで見れるものは全て確認した。――戻るぞ?」
「……了解しました。…………扉内より扉外へ。……偵察完了、これより扉の外へ帰還します、送レ」
「――――」
今作戦が始まった頃から付けていた首輪に手を当て、術具に繋げた魔導鋼線――扉を通った時から敷設していた――を使って外と連絡を取り合う副官を眺めるグランは『便利な物もあるものだと』そのやり取りを見ていたのだが――。
「――? 何かあったのか?」
唐突に急変したラフィーアの“感情”に言葉を向けると、彼女は思いもしなかった状況を口にした。
薄暗い空洞の中を、風のような足音が駆け抜けていく。
その風は連邦側と思しき集団を発見したとの報を受けたグランとラフィーアであり、連絡用に敷いた魔導鋼線を放棄して走る2人は扉の外、部下達が待つ広間に向かって全力疾走を続けていた。
「――――」
「…………」
自身が行使できる“身体強化”の全力をもって走るグランに対し、“風舞”を駆使して追従するラフィーアの足は若干遅れ気味であり徐々にその差は開きつつあった。
その遅れを測るべくグランが横目を振れば、表情にこそ変わりはないものの“苦痛”の“色”が見て取れ、それが魔術行使の疲労ではなく右足から響く痛みによるものだと看破した彼は目元を微かに歪める。
「……きゃ!?」
「辛いなら辛いと言え」
ラフィーアは魔導騎士と遜色ない戦闘力を持つ特異の魔術士であるが、そんな才媛が魔導騎士になれない理由は覆しようのない弱点であり、その弱みを抱え込もうとする少女を抱き上げたグランは更に加速する。
「――すぐに閉めろ」
そのまま扉を走り抜けたグランは抱えていた副官に指示を飛ばしながら彼女を操作部の方へと放り投げ、そのぞんざいな扱いを器用に制御した少女は目的の場所にゆるりと着地すると扉の施錠作業を開始する。
「状況は?」
「あ、はい。外壁付近に残った人員からの報告によりますと――」
そんなグラン等の行動に驚いた部下であったが、上官が言葉を発すれば求められた情報を返し始める。
接近中の未確認勢力――否、十中八九連邦側の戦力――は東方より1つの集団として現れ、今の時点では“目標”の入口より東側を遠巻きに半包囲しているとの事だった。
「それ以上の動きは? 数や運用している兵器は?」
「そちらに関しては――」
とはいえ、そこまでは順当だった情報はそこまでであり、以後の詳細はほぼ不明。
1つの集団として、加えて淀みなく“目標”への半包囲を敷いた事から何らかの明確な目的を持った集団であるのは確かであるがそれ以上の事は判らない。
そんな要領を得ない報告を前にグランが眉を顰めていると広間を揺るがす振動が響き、扉が閉まり始めるのと時を同じくして施錠作業を終えたラフィーアが会議に加わる。
「――連邦側と思しき戦力が警戒態勢を取りながら“目標”を半包囲しているのは確実だが、詳細な敵戦力が判らない」
「…………制圧は迅速に行った心算でしたが、至急電を飛ばされたのでしょう。……方法は不明ですが」
共有した情報を前に怜悧な口元に指を当てたラフィーアは静かに黙考し――。
「……入口で警戒している人員に確認したい事があるのですが、自分が連絡を行っても宜しいですか?」
「――任せる」
「……ありがとうございます。……曹長、魔導鋼線を」
そのまま流れるように上官の許可を得た彼女はグランに報告を上げていた部下から魔導鋼線を預かり、巻いたままの首輪に差し込む。
「……ラフィーア中尉より、ジニー准尉へ。……重複するかもしれませんが、何点か確認を願います」
そうして丁寧な前置きの後に連絡を取り始めたラフィーアは情報を収集し始める。
唯一の開口部である出入口には光を当て続けられている事から目視確認による追加情報の収集は不可能である事。
“目標”を半包囲している勢力から届く音は少なく、戦車や対空戦車が動く時に発する発動機やそれに類する騒音は聞こえない事。
自分の口で確認を取ったラフィーアは晴れない表情のまま魔導鋼線が繋がったままの首輪を叩き、思案顔のまま視線を宙に漂わせる。
「……やはり、連邦――いえ、不明勢力側の構成が見えない事が問題ですね」
「何をするにしても情報が欲しい所だな。――残り時間は?」
「…………6分前に出発はしている筈ですので、到着予定は50分後ですね」
「――――」
魔導鋼線を介した会話であることからグラン等には入口側からの返信を聞く事は出来なかったが、同じ結論に達したラフィーアはグランの問いに自身の左腕に巻き付けている術具を見てからそう応える。
増援が予定通り派遣されているのであれば同数以上の戦車にも対抗出来る筈であり、その戦場が視界の悪い夜間戦闘となれば優位性は戦闘距離の近い機竜側に大きく傾く。
とはいえ、それは機竜側も状況を把握していればの話であり、何も知らぬ増援が敵と接触してしまえばそれに戦車の類が居なくとも小さくない被害を受ける可能性があり――加えて、今の増援はその混乱を増長させかねない新兵を連れている。
「――――」
それ故、増援を安全に引き入れるのであれば自分達が打って出るなりしてこの場所に敵が居る事を援側に示す必要があり――。
逆に彼等の被害をある程度無視してでも身の安全を図るとしても、その混乱の中でラフィーアの機竜だけは絶対に回収する必要がある。
それがグランの認識であるが、敵情が判らないまま攻勢に出るのは危険性が大きく、守りに徹して増援の来訪と共に撤退に動くにしても対空戦車の類が敵側に居るだけで機竜の回収が危うくなる。
「…………」
その共通認識を持っている筈のラフィーアもまた考えを巡らせるように瞼を閉じている。
「――何か策があるのか?」
しかし、その身から滲む“色”には迷っているような“感情”が見て取れ、グランはそれを珍しいと思いながらもソレに打開策を求める。
「…………此方の戦力を危険に晒す事なく、連邦側の内情を探る術があるにはありますが……」
「必要だ」
グランの問い掛けに珍しく言葉を濁したラフィーアに違和感を覚えたものの、その意図を考えるよりも現状を打開しうるソレを求めた彼は言葉を重ねる。
「………………判りました」
上官として発せられたグランの言葉を受けても尚迷いを隠せなかったラフィーアであったが、幾分かの沈黙の後、躊躇いを振り切るように呼吸を改めてから1つの魔術を編み始める。
「――?」
全力を尽くす際にうたわれる言葉もなく始まったラフィーアの魔術は“目”で見るに長く複雑な術式であった。
「――――」
そのあまりにも長い集中を前に沸き上がったグランの違和感が問いになろうとした時、「……御(ON)」という言葉と共に影のように黒い魔術が彼女の掌に浮かび上がる。
「「……?」」
「――なんだ、それは?」
部下達の困惑の視線の先にある『ソレ』の大きさは、人間の頭程度。
その身に匹敵する蝶のような翼が背に生えている以外は容姿の整った女性の姿に見えるものの――影が実体を持ったような体色は言いようのない不気味さを滲ませていた。
それは“霊廟”の中にある物語で見た妖精のような姿であり、こんな時に考える事ではないが周囲の“反応”を見るに『流石に現実には居ないのだろう』と考えていた自分の考えは合っていたのだろうとグランは感じていた。
「…………私の秘術です。……これに偵察させます」
とはいえ、魔術という形ではあれども現実にあるモノとして現れたソレはラフィーアの傍で静かに佇んでおり、術者の言葉を合図に空を蹴ったソレは出口の先へと飛び去って行く。
「……あの子の目が私の目になっていますので比較的に精度の高い情報が得られるかと。…………准尉、私の術が入口を通過します、攻撃しないように」
周囲の困惑を他所に説明と指示を紡いだラフィーア――改めて見れば保有魔力量が目に見えて減っている――は行使した術に集中する為かゆっくりと座り込み、その身に宿る“魔力”を目まぐるしく変化させる。
「――視覚情報の共有は可能か?」
「……流石にそこまでは――“目標”の外に出ました」
黒い影を編んでから目を瞑ったままのラフィーアに対し、予想もしえない存在を見た衝撃から最初に立ち直ったグランが質問を向けると、術に集中している彼女は幾分かゆっくりとした口調で報告を続ける。
「――――」
広間から入口まではかなりの距離があった筈だが、それを飛び抜けたと言うラフィーアの魔術は不明勢力の只中を飛び回っているらしく、彼女から滲む魔力は忙しなさを加速させていく。
「……戦車や対空戦車の姿はやはり見当たりませんが……不明勢力は連邦側で確定ですね。……歩兵を中心として――っ、これは魔導騎士ですか」
魔導騎士という言葉に聞き耳を立てていた部下達が緊張を示すものの、貴重な目となったラフィーアは驚きに震えた“感情”を正すとその役割を果たしに掛かる。
「……数は歩兵が100程度、魔導騎士が約20。……敵の魔導騎士が動く前に戻します」
「――――発見されたか?」
「……恐らくは。……ですが、連邦での魔導騎士の地位は低いようですから此方が考える時間はあると思われます」
「――そうか」
そのやり取りにより、未知の状況を前に過剰な緊張を帯びていた周囲の“空気”が弛緩する。
「それなら機竜隊が来るまで籠城するだけで済みそうですね」
「いや、戦車の類が居ないのならいっそ打って出て殲滅してしまえば箔が付く」
「馬鹿言え、騎士の数だけで見れば何とかなるかもしれないが、歩兵どもの横やりがある状況だと剣を合わせる前に2割は食われるぞ?」
「だが俺達が剣を振れる機会なんて、こんどはいつ来るか――」
未知という戦場にあって最も恐ろしい状況から脱した事で洩れ出た部下達の言葉を、グランは思案する。
人の身で機竜すら切り倒せる戦力――至近戦闘であれば戦車すらものともしないのが魔導騎士であるが、そこに至れる才能の希少性によって北方や中央での彼等は温存という名の冷遇を受けていた。
先日の戦闘でグランが示した通り、魔導騎士は至近戦闘を強要される市街戦等にあっては凶悪な戦力となる。
しかし、砂漠という今の戦場における魔導騎士は当て難い的でしかなく、王国がその戦闘能力を発揮出来る戦場を用意できない為に最精鋭でありながら基地警備しか出来ないという矛盾した状況が続いていた。
他と隔絶した戦闘能力を持ちながら、前線に赴く凡人に蔑まれる日々。
「――――攻勢には出る」
そんな彼等の葛藤が発露される中、グランはまず結論を提示する。
「敵に装甲戦力が居ないのであれば、後続の戦力でどうとでもなる。だが――後から来る彼等は敵が居る事を知らない上に、それに魔導騎士が含まれるとなれば無用な被害を受けかねない」
魔導騎士が敵としてそこに居る事が判っていれば――戦場がこのように開けた場所であれば尚の事――機竜に優位性がある。
しかし、敵騎士の間合いにどっぷりと浸かった状態で交戦してしまえば最悪機竜側が壊滅しかねない。
「まず、此方が1人で先行して陽動攻撃を行う。残りは副官の護衛を主軸としつつ彼女の指示に従え」
その状況を打開する為に考え抜いたグランの提案はどよめきを以て応えられる。
グゥエルナーの鱗鎧を使っている事を知らない彼等からすればグランの発言は自殺行為以外の何物でもないが、鱗鎧の存在を味方にも伏せなければならない事を考えれば単独行動は諸条件と戦果の両立を果たせる最善の策となる。
「……ケリー准尉とゴーツ准尉には機竜隊への伝令を命じます。……竜士様が戦端を開いた後、“目標”から離脱して我々の主力に状況を伝えてください」
未だに「無謀だ」や「何を考えて」といった懐疑的な言葉が零れる中、ラフィーアはその動揺を封じるように命令を発する。
「……残りは適切な所で後退する竜士様に追い縋る敵兵の排除に動いて頂きます。……とはいえ、安全に撤退する事が我々の目的です。……積極的な交戦は避け、稜線の影に隠れての待ち伏せに注力する事で敵の追撃阻止してください」
その矢継ぎ早に告げられる命令は騎士達の疑問を振り落とし、小休止によって弛緩していた彼等の目が次の戦場へと向き始める。
「……ジニー准尉、聞こえますか? ……竜士様は攻勢を決定、貴官等には本官の直掩に付いて頂きます。……作戦発動後は最後まで本官の指揮下に付いて頂きますので、宜しくお願い致します」
最後にあの腕利きと思しき“隠形”の達人2人を自分の指揮下に収めたラフィーアは、首輪に魔導鋼線を差したまま小さく息を吸い、自分に向いた魔導騎士達に視線を振る。
「……作戦開始時間は竜士様より達せられます、各員はそれまでに準備を済ませておくように」
その最後に『これで宜しいですか?』と“視線”で問うラフィーアにグランは頷きで応える。
「それでいい。――この攻勢の目的は後続の機竜隊はもとより、足として利用した機竜も含めた戦力を削られる事なく離脱し、偵察を完遂する事にある」
そうして優秀な副官のお膳立てを受け継いだグランは、自分自身からみても拙さの濃い訓示を始める。
「死んだ者を連れていく心算はないが、生きている内は引き摺ってでもフライアに連れて帰る心算だ」
グランと彼等との繋がりは前段作戦から始まったものであり、セントルアーバで顔を合わせた事のある者も居るが、本質としては急ごしらえの部隊である。
「とはいえ、此方も預かった部下を砂漠の砂で削り殺した無能と呼ばれたくはない。――無理を通す事を止めはしないが、自分の足で走れる状態のまま作戦終了を迎えてくれれば幸いだ」
しかし、それでも彼等が精鋭たる王国の魔導騎士のである事に変わりはなく、自分の拙い訓示を起点として意識の切り替えを始めた周囲の“気配”を感じ取ったグランは締めへと入る。
「作戦開始時間は40分後を目安とする。それまでに入り口で待機するように――以上だ」
その変化が最大限にまで高まるのを待ったグランはそんな言葉で訓示を終え、入口の方へと身を翻す。
その背後から望める“色”は、歩き出したグランの後に付く者、撤収の仕上げに動く者、班を組むべく纏まる者など様々であったが――その全てが次の戦場に向けて動き出していた。
その決定から幾ばくかの時が過ぎ――これからの動きによって後続の機竜隊が状況を把握し、介入するに最適であろう頃を見計らったグランは“目標”から夜の砂漠へと飛び出した。
入口で警戒を続けていた部下の報告通り、“目標”の入口側には探照灯の光が当て続けられており、それを横切ったグランは当然の事ながら連邦側に補足される。
しかし、数は1人。
加えて迷いもない直線的な動きから“目標”から脱出した守備兵では一時混乱した連邦側であったが、それが敵だと判明すれば稜線の随所から豪雨のような弾丸が降り始める。
連邦兵の主兵装である突撃銃は7.62mmの弾丸を使用しており、それ単体であれば魔導騎士が使用する“障壁”を突破する事は難しい。
しかし、物理的な現象である彼等の弾体は魔石銃の弾体のように無力化される訳ではなく、累積すれば“障壁”を削り、更に当て続ければ魔導騎士に被害を与える事も可能となる。
とはいえ、元竜騎士である事から竜血石を持つグランであれば鱗鎧がなくとも7.62mmであれば苦も無く走り抜けるのだが――。
「――っ」
耳朶の端にそれらとは異なる連発音が響いた瞬間、衝撃こそないが鱗鎧に乾いた音が響く。
12.7mm重機関砲――王国での蔑称は騎士殺し。
王国の主力が機竜へと移り変わった事で前線では姿を消しつつある兵器との事だが、“防壁”を苦も無く削る連続した火力がその音の正体であり、広間で部下の1人が口にした『2割は食われる』という言葉の理由でもある。
グランが恐れているのは新たな騎士殺し――狙撃銃として使われているらしい歩兵携帯用の25mmであるが、そのどちらにも通用する対策は足を速める他に無い。
「――――」
その教訓通り、弾丸の豪雨の中に足を緩める事無く突入したグランは発砲炎の多さが目に付いた稜線へと直走る。
対する連邦側も銃火の雨をものともせずに距離を詰めてくる現実を前に恐怖の感情が見え始めるが――どちらに取っても、彼我の距離は既にどうしようもない間合いに入っていた。
「――っ」
夜の砂漠に乱立する稜線の1つ。そこに潜んでいた小隊との接触を果たしたグランはその十数名を瞬く間に切り倒し、騎士剣に残る血糊を払うと次の小隊に向かって走り出す。
――此方の目的は、ラフィーアの機竜が動けるようになるまでの時間を稼ぐ事。
敵が歩兵だけであればグラン1人でも時間をかければ殲滅できない事もないが、それはこの戦闘の目的ではなく――そもそも彼と同等の技量を有した連邦の魔導騎士が存在した場合、その優位性は消失する。
故に、グランの目的は鱗鎧の防御力を以て戦場を掻き回し、戦火が機竜の元に届く事を防ぐ事にある。
自らが成す蹂躙戦の中、自分の定義をそう改めているグランの前に遅ればせながら到着した連邦側の魔導騎士達が現れ、彼へと鋭く踏み込んでくる。
「――――」
味方側の騎士が接敵するというのに緩まない連邦側の銃火に『地位が低いというラフィーアの予測は正しいのだろうな』と認識を確かにしたグランと、降り掛かる味方の火線を物ともせずに振るわれた敵騎士の剣とが交差する。
「(――――こんなものか?)」
純粋な剣技においては王国の魔導騎士に劣るグランが彼等と対等以上に渡り合えるのは、グランが人間よりも遥かに優れた相手するのに必要だった魔術による所が大きく――。
「――っ」
「――がっ!?」
その基礎となる技量が同じとなれば彼等にグランを止められる道理はなく、魔術によって引き上げた剣圧によって相手を吹き飛ばした彼は踏み込みによって巻き上げた砂で視界を封じ、そのまま走り抜いた青年の背に1つの両断死体が追加される。
「1対1なら負けはないが――数の差で背後を取られれば終わりか」
その一合から連邦側の技量を勘案し、“目”で周囲を見遣ったグランは自分が立たっている状況を正しく認識する。
「――使うか」
使う機会は限られると考えていたものの、こうも必要に駆られるとなれば数に限りがある事への恐怖が脳裏を掠める。
加えて、南部に拘束された際に幾つか奪われた事実もまたその危惧を強めるものの、ラフィーアの願いが達成されればグラン個人の戦力向上は意味の無い行為となる。
そうなれば“鱗薬”に纏わる杞憂は無用の長物となり――そんなものを惜しんで倒れたとなれば協力者に申し訳が立たないと判断したグランは次の敵騎士が近づくまでの間隙に小袋から取り出したソレを口に含む。
「――――」
同時に、迫り来る状況を打開する為の“投擲”の弾となる物――今し方倒した敵騎士の剣――を左手に番えた。
ファルストリア連邦にとって敗北の始まりとなった『サウスゲートの悪夢』。
数か月に渡って原因不明とされていたこの大損害は、この『中央遺跡による遭遇戦』によって原因の推察がなされるようになる。
特定呼称――『砂塵の悪魔』
この遭遇戦によって『その姿』を見て生き残った連邦兵が多かった事によって漸く認知された王国側の魔導騎士は、これ以降も連邦側に多大な出血を強いる存在となり――歴史家によっては終戦の原因と挙げる者すら現れる程の影響を発現する事となる。
しかし、この戦場に置いての『彼』の虐殺劇は、まだ始まったばかりであった。
2022/8/20 Ver1.0:実装




