01-35 再召喚
Ver1.0
竜の声に慣れている筈のグランですら耳を塞ぎたくなる程の絶叫と共に、強烈な“激情”を伴った炎息が夜の砂漠を突き抜ける。
発現した光は紛う方ない炎息のソレであったが、奴を狙ったと思しきそれは大きく逸れ――その目を眩ませる程度の事しか成せなかった。
しかし、その声と自身を狙う炎息を警戒した奴が“銀色”への止めを諦めて距離を取ると、それを追うように放たれた2条目が回避に動いた奴の影を射抜く。
「――――」
その光景、この不可解な状況に驚いているのはグランも同じであり、奴に向かっていた彼の足もまた僅かに緩む。
竜騎の投入は王国側の作戦計画には存在しておらず――そもそもとして、竜騎は夜に行軍する事はあっても攻勢に出る事は稀である。
それは闇の中で炎息を放つ竜騎が明らかに不利であるという現実を鑑みての戦訓であり、両軍を通しての常識であった。
しかし、その定石に反する炎息の光を前に、王国側の竜騎を警戒した奴の注意が上に向く。
「――――っ」
それを好機と見たグランは“隠形”を行使したまま奴への距離を詰め、その横合いから切り掛かる事でその半身を狙う。
グランの打ったそれは“身体強化”と“隠形”という相反する魔術を重ねた上で相手の虚を突いた、奇襲としては至上の一撃であったのだが――。
「――ぬっ!?」
しかし、奴は半身を反らしながら騎士剣を合わせる事でソレを受けとめ、互いがその姿を認識する。
「――(間違いない)」
これ以上とない奇襲を止められた事に驚きつつも、グランは眼前に映る“魔力”に確信を得る。
まさかこんな所で会えるとは思いもしなかった自身の目的――グゥエルナーと共に空で死ねず、不慣れな『人間の世界』に居残らなければならなくなった原因を前にした彼はその激情のままに攻勢を強める。
対する奴の反応は凪のように白けたモノであったが、眼前で暴風のように吹き荒れているグランの剣を危なげなく止めるその姿にはある種の余裕すら感じられた。
「ふん……!」
「――――っ」
――あの空での結果は竜騎士としての技量ではなく、味方を巻き込む事を是とした奴の考え方にある。
故に、真面に当たる事が出来ていればグゥエルナーが死ぬ事は無かった筈であり――幸運にも次の機会があるならば殺す事は出来る。
それがグランの考え抜いた推察であったが、現実として相対した奴の剣技はグランのソレを凌駕しており、この僅かな数合によってそれが判ってしまった両者は意味の異なる吐息を吐く。
地上においては竜騎士としての力量差に意味はなく、この場においては自身が劣勢である。
そう結論付けたグランは強引な押し込みによって鍔迫り合い弾き、奴の追撃が届く前に一気に間合いを離した彼は、自身の意識や身体の動かし方――自らの“魔力”に至るまでの全てを、『人間の世界』で生きる為のモノから竜の里で自身を生かしたモノへと差し替える。
「――っ」
その初手は踏み込みと同時に見当違いの方向に“目線”を飛ばす事から始まり、グランの目測通りに意識をそちらに向けた奴の後ろへと彼は回り込む。
そこから抜き放った一閃が防がれそうになれば自身の剣を留め、手応えが無い事に揺らいだ奴が体勢を立て直す前に距離を取ったグランは再び“目線”を飛ばす。
目論見通り、2度目ともなれば警戒する奴を尻目にその視界の外へと跳び――横や後に注意を向け奴の真正面へと跳び戻ったグランは突きを刺し込む。
『――それは騎士の戦い方ではない』
その言葉は『人間の世界』で自身の技術を披露した時に言われた事であり、『人間の世界』に在る内はソレに従うようにとグゥエルナーからも言われていた。
だが、今のこの闘い方こそが人間よりも遥かに優れた竜と戦い続けて来たグラン本来の在り方であり、調和に反したモノに終わりを与え続けた刃が遂に奴を捉える。
「――――」
「ぬっ……!?」
それは浅い一撃であったが、しかし2人の間にある天秤がグランの方へと傾いた証左であった。
「――――っ」
同時に、“鱗薬”の時間切れがいつになるか判らぬ彼はこのまま押し切るべく、左手で掴んだ砂を触媒に魔術を発現させる。
「……ぐっ!」
その砂をあらぬ方向に放うれば質量のある“似姿”となり、その魔術にまんまと引っかかった奴にグランが突き込めば騎士剣は確かな手応えを返す。
「――――」
「ぬ、ぐぅ……」
一撃を加えたグランがすぐさま距離を取り、事態の急変に追い付けていない奴の足が倒れている“銀色”の方に向く。
奴にとってのそれは、ただ間合いをずらす為の所作だった。
しかし、無意識とはいえ攻勢よりもその阻止――動きの鈍った奴の後背を突こうとしていたグランの剣が正面からの払い抜けに変わったのを見た奴は、明らかにその“意識”を変える。
最初は測るように、奴は“銀色”へと足を向ける。
それは意味の無い無駄な動きであったが、他愛のないその所作に得も言われぬ脅威を感じたグランは剣を合わせる。
そして、先にソレを理解した奴が強引に倒れ伏したままの“銀色”に向かおうとすれば、グランが考える間もなくその身体は相手の後背を突く事なく阻止へと動く。
――――そうして、2人の間にある天秤は再び反転する。
「――ふ」
「――っ」
切っ掛けこそ偶然であったものの、グランの僅かな所作から足枷の存在を見抜いた奴はそれを最大限に利用する事でグランの動きに制限を掛け、剣技で勝る事実を最大限に活用する事でその首を獲りに来る。
対するグランは自分本来の技量を用いれば押し返す事が出来るのが判っていても、“銀色”へと走られればその前置きが無駄になる事から“銀色”を背に足を止める他になく、不利な状況に身を置き続ける。
“銀色”を捨てれば獲れる。“鱗薬”の時間もどれだけ残されているか判らない。
しかし、“銀色”と交わした契約に反するという理論と、それとは異なる未知の感情がグランにその手段を選ばせず、距離を離せない彼は奴の純粋な剣技に押されていく。
「――ふん!」
「――くっ!?」
振り下ろした剣と受けに回った剣が激突し、火花を散らす鍔迫り合いの中で零れた吐息が、再び反転した二者の状況を如実に表していた。
“銀色”までの猶予は既に乏しく、勝利を確信した奴から“感情”が滲みだすのを捉えたグランが目元を歪めた瞬間――眼前に巨大な膝蹴りが突き抜けた。
「――なに?」
それは水晶瞳赤く煌めかせた機竜の一撃であり、機竜の常識を超える速度さ――。
否、“隠形”と“構造強化”も織り交ぜた形で繰り出された蹴りをもろに受けた奴は綺麗な放物線を描き、遥か遠くの砂地へと落ちていく。
「――っ!」
そのあまりにも呆気ない幕切れに呆然としていたグランの“目”と耳に“痛烈な色”と絶叫が届き、それに驚き、見上げた彼の“目”が炎息の光に染まる。
夜の砂漠を照らす炎息の光。
それは、本来その機能が無い筈の機竜の口腔で編まれ、本物の竜であるかのように放たれた竜の力であり、グランのように敵の“色”を読んで放たれた炎息は周囲に存在する連邦兵を正確に焼いていく。
しかし、想定もしていない魔術行使によってソレを発現させている機竜の機体は赤色化を始めており、炎息の光に最も触れている口腔部分は半ばから溶け始め、竜を模倣した頭部の意匠は歪な鉄塊へと成り代わっていく。
だが、それでも目覚めた魂は『使い慣れた』炎息を止める事はなく、元から散発的だった連邦側の火線が目に見えて減り、逃げるように途絶えた所で漸くその光が途切れる。
『――――』
そうして周囲を見渡すように首を振る機竜――。
否。口を模した装飾は融解し、首に至るまでの構造体を熱で歪ませた得体の知れない『竜』は忌々しげに遠くの敵を見遣った後、倒れたまま微動だにしない“銀色”をその小さな両手で抱き上げる。
「何を――っ、待て!」
そのひどく丁寧な所作に警戒心が動かなかったグランであったが、ソレが西へと機首を向けた瞬間に放った彼の言葉を置いていくように、ソレは西へと走り出す。
「――――っ」
事態は既にグランの身で把握出来る範疇を越えてしまっているものの、迷いによって立ち止まる事が是とならないのを里で叩き込まれている彼の身体は動き、近くに転がっていた“銀色”の欠片を掴むと同時にソレの後を追う。
「――くっ」
その最中、遅れて表れた指揮官としての理性が信号弾の存在をグランの脳裏に過らせ、騎士剣を収めた彼は撤退を意味する赤玉と異常を知らせる黒玉を夜空へと投げ上げる。
「(――この行為は、敵前逃亡になるのだろうか)」
指揮官が、兵士がなんの命令もなく戦場を離れる事は責任を放棄する行為であり、恥ずべき行動である。
それは『人間の世界』で馴染んだ軍規にある内容であり、今のグランの居場所においてシキタリに準ずる指標となるソレに反するのは命に関わる事態となりえる。
そして、倒れた“銀色”を庇おうとした自身の“感情”は今も理解が及んでおらず――そもそもとして“銀色”は既に死亡している可能性が高いというのに、自分は何故、破られた契約よりもシキタリを――。
「――っ」
グランは追い付いてきた理性が考え至ったそれらを否定するように握りこんでいた最後の黒玉を夜空に放り、全力で砂地を蹴る。
“銀色”の死は容認できない、まだ確定していない事を定めてはならない、その生への可能性に至る努力を諦めてはならない。
――そう、例え“銀色”が他人の姫であろうとも、“銀色”は此方にとって必要な存在である。
全ての条理をその不条理で捻じ伏せたグランは、その身を縛るしがらみを振り切るように“身体強化”を編み、夜を奔る風のように足を早めた。
あれから、どのくらい走ったのだろうか。
砂地に残された“銀色”の欠片を掴み、自らの騎士剣を鞘に収めながら信号弾を放り、“鱗薬”が切れた事による前後不覚を“鱗薬”の追加によって凌ぎ――走り去った得体の知れぬ竜に追いつき、その背に飛び乗った。
そこで判ったのは、“銀色”がまだこの竜の腕の中に収まっていた事。
その“魔力”が在り続けている事から、自身と契約を交わした“協力者”にまだ息がある事。
そして、この竜を動かしているのがなんなのか、判らないという事。
「――――」
それを調べようとし、断念せざるを得ない事となった自身の右手にグランが“目”を向ける、そこには“自分の色”が微かに見て取れた。
それはこの竜――その身体となっている愛機の中身を調べようとした結果であり、本来ならば搭乗者の出入口となる背中の開閉口を開けた際に溢れ出した赤い“魔力”に晒されたグランの右手は一瞬にしてその機能を失う事となった。
しかし、左手で“銀色”の欠片を掴んでいる以上、ソレ以外に自由に動かせる手段のないグランは痛みすら失った右手で開閉口を閉じる他になく、幾分か長い試行錯誤の末に今へと至る。
「――――」
そして、敵前逃亡に近い形とはいえ戦闘区域から離れる事は出来たものの、状況は悪い。――否、極めて悪いとグランは認識している。
“銀色”の“命”が有り続けている事から自分の左手が持っている欠片が協力者の手首か足首である事は確かとなった。
しかし、負傷してから幾分かの時が経っているのにも関わらず竜の足跡に薄っすらと“銀色”の魔力が残されている事から“銀色”の出血は止まっていないと考えられる。
それは“銀色”に残されている時間が限られている証左であり、加えてこの竜が西に向かって走っているのは都合がいいとしても、此方の位置を知るよしもないフライアとの合流は絶望的といえる。
そして、機竜の足では王国領に届くまで何日掛かるか判ったものではないという現実もある。
「――――」
あと十数分もすれば王国での治療となれば必須となる“銀色”の欠片は使えなくなり、その四肢を治す為には竜の里まで赴き“白姫”に願うしかなくなるが――。
果たして、“銀色”はそれまで生きていられるのだろうか。
「っ、なんだ?」
思うだけでも背筋が凍るような予想とその『あり得る未来』を忌避する自分自身にグランが困惑する中、その混乱を増長させるような振動と魔力が砂中より浮き上がり、走る竜に並走し始める。
「――――潜砂艦?」
砂に潜れ、かつ竜とですら比べ物にならない魔力を発する存在を知るグランは突然浮き出た『ソレ』に対して自然とその名を零すものの、彼の“目”に映る“光”には見覚えがない。
否、それ以前にこれまで“見て”きたフライアやフラジール、フライルー等と比べればあまりにも少ない“魔力量”はそれらとは違うモノである事を示しているようにも見て取れるが、“色”以外で世界を見る術を失っているグランにはそれ以上の事は判らないというのが正しく――。
「――っ」
そんな中、用を成さなくなった目でも感じられる程の光が並走する何かから放たれ、その内の1条がグランの乗る竜へと向く。
『居た! ベネイア! 聞こえているわねベネイア! 私よ、貴女をこの世界に呼ぶのに手を貸したゼフィリア・T・ジェフスティアよ!』
その差し込まれる光の中、聞き覚えのある名乗りがグランの耳に突き刺さる。
何らかの術理によって拡声していると思われるその声はグランの全身を震わせる程の威力があり、新たに加わった音という衝撃に彼が顔をしかめる中、竜はその激音に応えるように足を緩める。
『貴女の乗り手を助けるわ! こっちに飛び移りなさい!』
そうして、何を顧みる事なく走っていたような竜は続けられる言葉に従うように跳躍し、潜砂艦よりも小さな“光”を発している『何か』の上へと静かに着地する。
『いいわ! ファスエル、緊急措置の準備を――』
その衝撃と共に拡声された声が途切れ、“目標”にあった扉を開けた時のような音と振動が響いたかと思うと見覚えのある“色”がグランの“目”に映る。
「――――あぁ……やはり、そうか」
“目”も眩む程に華々しい“魔力”と、濃い“魔力”を持ちながらも“感情”が希薄な見覚えのある存在。
何故こんな場所に居るのだろうか、彼女等を乗せてきたこの潜砂艦のようなモノは何なのだろうか。
思い始めれば疑問は尽きないものの、自分よりも優れた存在が“銀色”を迎え入れる様はグランの緊張を切るには十分な状況であり――。
「――――?」
ふと、意識を失ったグランは動きを留めた竜の背に倒れこみ、その身体はゆっくりと目を閉じていった。
2022/9/3 Ver1.0:実装




