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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
33/37

01-31 魔女の手駒達

Ver1.0




 グランが率いる班が帰還し、最後の監視班が強硬偵察(つぎのさくせん)に向けた夜間警戒を続けている頃――フライアの機竜格納庫は喧騒の只中にあった。


 それは監視作戦に対応するべく背部武装を外していた機竜を本来の姿に戻す為の修羅場であり、整備兵達は次の出撃までに作業を完遂させるべく工具を操り(つち)を振るっていた。


 素人目に見ればただ武装を付けるだけの作業に見えるものの、その実態は砲身の駆動や照準に用いる大小様々な魔導鋼線の接続に加え、導通等の調整も行うそれは膨大な作業量となる。


 そんな難題に挑む整備兵達の意識は張りつめており、気晴らしで訪れた格納庫でその熱気を眺めていたグランは解決の糸口を見出したが為に裏目(おもし)となった自分の方針(しあん)を仕切り直すべく、今夜の作戦計画を思い返す。


 今から3時間後、夜明けも見えぬ夜の中でグランを含めた選抜魔導騎士13名とそれを運ぶラフィーアの機竜(ベネイア)は“目標”へ急襲し、あの巨大な塔の内部調査を目指す。


 それに対し、障害となるである連邦側の状況はこれまでの監視によって常駐・巡回する戦力は存在しないと判断されており、今作戦行動中に偵察機(ウミーシュ)の姿を見る事も無かった事から派遣軍(こちら)の動きは察知されてはいないというのが大勢を占めていた。


 しかし、それでもこの地域が敵勢力圏のただ中である事に変わりはなく、作戦計画においてはグラン等偵察班の突入後に増援が出現すると想定し、その回収には先程合流した3番艦(フライルー)の艦載機竜隊も加えた戦力が出迎えを行う手筈となっている。


 尚、“目標”に接近中の調査班や母艦(フライア)群の露見を避ける為に緊急時以外の発光信号(じょうほうでんたつ)を禁じられており、全てが作戦計画に沿った形での推移となる事から時間的な制約は厳しいものになると予想されていた。


 とは言え、自分の目で“目標”の動向を捉えていたグランもまた状況を楽観視しており、彼が知る“霊廟”の居住性を考えればそれと似ている“目標”の内部に常駐している敵が居る可能性は極めて高いと踏んでいるものの、今作戦の問題は別の所――。


 事を済ませた帰艦時にこそが難関であると考えており、闇夜にも砂漠にも慣れていないであろうフライルーの艦載機竜隊の引率が主な仕事になるのだろうとグランは想定していた。


「――――まぁ、悪い事ではないが」


 そんな予想を思うグランの脳裏には少し前の自分達の光景が過ぎり、右も左も判らなかった頃を懐かしんでいる彼の耳に格納庫の床を叩く靴の音が入る。


「――――」


 “色”が見えない事から近付いて来るのがあのドワーフであると判断したグランが瞼を開くと、その視線の先には彼が予想した通りの人物がいた。


 エリオード・ゲノーモス技術大尉。


 セントルアーバ基地の魔術師長であり、その肩書通り卓越した刻印彫りの技術を持つ彼は数日前にも接触した補給(フライルー)に便乗する形でフライアへの乗艦を果たしており、その剛腕を存分に発揮する事で整備兵の負担軽減に勤めていた。


 グランとしてはなぜこんな場所(ぜんせん)に出張って来ているのだろうと思う人物であるが、そんなエリオードのお陰で地雷に対する魔石弾(たいこうさく)の作成や機竜の換装作業が予定よりも早く進捗しており、整備兵達からは喜ばれているようだった。


「――お疲れ様です」

「おう。――もう起きていたんじゃな」


 “色”が読み難い相手を前にしたグランが微かな緊張を覚えながら敬礼を送るとエリオードは返礼で応え、休息を取って強硬偵察に備えていたグランへの労いを続ける。


「北から渡された天幕の具合はどうじゃった?」

「――非常に有用な装備かと」

「ほぅ……まぁ、どっちにしろ北の連中が作った奴だからバラして調べるんじゃが――あぁ、そういえば実験用の対空魔石弾。2番艦(フラジール)の連中から『使える』といった報告がきておるぞ」


 グランとしては緊張を強いられる言葉の訓練(やりとり)ではあるものの軍務上の会話であれば今の彼でも卒なくこなす事が可能であり、幾つかの必要な前置きの末に『なぜエリオードがここに居るのか?』という本題に切り込む。


 先にも述べた通りエリオードは安全な基地でその技術を振るう事で派遣軍の屋台骨を支える立場にあり、そんな重要人物が前線に出てくる事にグランはぬぐいきれない違和感を覚えていた。


「あのおっかない別嬪さんの勅命では逆らえんよ。――まぁ、渡りに船でもあったのは確かじゃがのぅ」

「――? 態々――いえ、基地魔術師長である貴方が最前線に用事があったのですか?」

「お前さん達のように好き好んで戦場に行こうとは思わんが、わしの余命からして『今回の』で終わらせられなければ結果を知る事は出来ぬからのぅ……」


 だが、その疑問への応えにはグランが思いもしなかった動機が含まれており、思いもよらぬ言葉に彼が危なっかしい応えで応じるとエリオードはその内容をも詳らかにする。


「――――」


 この長きに渡る戦争を再開させる事なく終わらせたい、終わった先を見たい。


 それは『人間の世界』に住まう人間の凡そ全てが大なり小なり抱いている“(ねがい)”であり――。


「それに、娘と孫の為にあのおっかない別嬪さんに恩を売っておきたいし、命がある内に戦争終結を見ておきたくもあるから出来る事はしておきたい。――ま、結局は打算じゃよ」


 常識(それ)に続いたエリオードの感情(ことば)はグランが納得を得るのに十分な理論であり、満足のいく答えを得た彼はその緩みから話の内容へと意識を向ける。


「――お孫さんが居らしたのですね」


 竜の子はグランにとって身近にある存在であるものの人間のソレは資料だけでしか知らない存在であり、その実体を知りたいと願った彼はその未知の存在へと話を向ける。


「ああ。……オードフィアはノーセンバム子爵家に唯一残された跡取りでな。大事にされている筈じゃよ」

「――――」


 そんなグランの言葉を受けたエリオードは“魔力(いろ)”の薄いドワーフをしても“色”が見える程の感情を見せ、相手の予想を超えた変化を前にしたグランは“霊廟”で読んだ物語にあった『祖父母が孫に甘い』という理は事実なのだろうと認識を深める。


「ま、エリーゼの方は慣れない人間の家に女手一つという事もあって苦労しているようじゃが……あのおっかない別嬪さんの庇護の下、慣れない領地運営に勤しん筈じゃよ」

「――でしたら、娘さんに付いていた方がよろしいのではないのでしょうか?」


 そうして止まりそうになり老ドワーフの孫話に耳を傾ける中、グランは続けてグゥエルナーの考えが人間の世界でも通用するのかを確かめるべく言葉を差す。


 苦しい状況にある“姫”に対し、それ以外の個体が子の保護に参加する。


 グランがその可否を里の“姫”達に聞いた時、『自分の無能を示されているようで嫌』という“想い(いろ)”を返されていた。


 しかし、そんな想いを返しながらも“姫”達は『他の竜はしないがグゥエルナーはそうしていた』と“想い(よろこばしいいろ) ”を揃えており『人間の世界』ではどうなのだろうという純粋な好奇心により疑問であったのだが――。


「ふむ……ドワーフと人間の子と聞いてソレか。――どうやら本当に人間に疎いようじゃのぅ」


 しかし、そんな緩みに対するエリオードの言葉はそれまでの陽気が幻であったかのように冷めざめとしており、雑談(そうてい)とは明らかに異なる声音を前にしたグランは自分の認識を改めながら警戒を強める。


「――何の話でしょうか?」

「いや、老婆心からちょっとした常識 を教えようと思っただけじゃよ」


 “色”が読めない為にその本心を窺い知る事は出来なかったが、続けられた言葉はグランの警戒を引き下げるモノであり――そこから続けられた言葉は意外にすぎる話だった。






「――――――つまり、人間の血や体液が毒になると?」

「正確には、その生物が扱える以上の魔力が含まれた物体に触れ続ける事が、それ以下の魔力しか持たない生物にとって危険である。――と言うのが正しいかのぅ」


 エリオードの語るのは彼の娘――エリーゼというドワーフの女性に降り掛かった運命(めんどうごと)


 その顛末と共に伝えられたのはグランの知らなかった『人間の世界の常識』であり、彼の確認(ことば)にエリオードは僅かな修正を加えこそすれども衝撃的なその本質を覆す事はしなかった。


「――――」


 グランは人間が子を成す方法にそこまで詳しく知らなかったが、エリオードの話から察するに人間の増え方は竜の里の周囲にいる狩猟対象(どうぶつ)と同じように雄個体が雌個体に直接的に個体情報を注ぐ方式のようだった。


 そして、魔力を殆ど持たないドワーフにとって人間の雄個体情報(たいえき)が有害であるという事実がありながら、里においての『“祭”のようなモノ』の結果としてエリーゼはノーセンバム子爵の『(めかけ)(?)』という立場に収まったという事だった。


  “(あいて)”の生命を脅かすような問題がありながらも“祭”を行った事に疑問を覚えたグランであったがその考えは『人間の世界』でも間違ったものではないらしく、当時のエリオードはその結果に異を唱えてノーセンバム家に挑んだらしい。


 しかし、力及ばずに捕らわれたエリオードはノーセンバム領の法によって裁かれる寸前の所をゼフィリアに救われ――それどころか胎内にある魔力に苦しむ彼の娘もまたゼフィリアの手によって保護され、生死の境を乗り越えた母子はその魔女の庇護の下でノーセンバム家を継ぎ、王国の端部を治めているらしい。


「(――――(『人間の世界』の揉め事は大仰になる事が多いのだな)」


 エリオードが語るいくつかはグランの理解が及ばない事柄であったが、彼にとって必要なのは話の前半(それいがいの)部分――。


 上位の魔力に由来した物体の毒性に関わる話であり、それは竜に纏わるモノが人間を含めた生物全てにとっての毒となる現象を裏付ける事象なのだろうと青年は結論付ける。


 そうして思案を巡らせるグランの脳裏を掠めたのは何時ぞやの協力者(ラフィーア)の表情であり、“鱗薬”を知った時の彼女がああも自分の事を心配していたのは今の理が関係していたのだろうと彼は当たりをつける。


「(――自分の協力者が毒を飲んでいれば止めもする、か)」


 それは当然の理論ではあるが、それが『謀殺する心算であった』と口にした人間の行動であるのだから『人間の世界』は驚きに満ちている。


だが、そんな協力者(ラフィーア)の変化はグランが『人間の世界』で良好な判断を下せている証左であり、その変化を認識した彼の中にふと沸き上がった未知の情動が、青年にこの場にそぐわぬ表情(えみ)を形作ろうとする。


「――――」

「ワシはお主等とは違うドワーフで、娘をその欲望で死の淵に立たせた人間を――どちらかと言えば嫌っておる」


 そんな場違いな衝動をグランが抑える中、エリオードは彼が接触(はなし)してかけてきた理由を投げかけてくる。


「じゃがな、それでもセントルアーバの魔術師(みじゅくもの)どもは好きじゃし、嬢ちゃんの希望が叶う事も願ってもいる」


 本題に入ったエリオードが続ける言葉は彼自身の在り様を言い表しており、なぜ自分にそんな事を伝えようとしているのかグランが思案を深めていると――。


「お前さんはどうじゃ?人間は好きか?嫌いか?」

「――――」


 その最中に転がり込んできたのはグランの中に残る問題の芯を穿つような問い掛けであり、不意に投げ付けられた求めに彼は言葉を失う。


「――――――上から預けられた戦力です。運用するだけの駒に感情を持つ必要もないかと」


 そのまま時が止まったような沈黙を続けたグランであったがエリオードからの追求(しせん)が緩む事はなく、答えを求められている事に窮した彼は軍務に沿った題目(もんだいのさきおくり)を唱える。


「――――」

「――――」


 その言葉(はぐらかし)を前にしたエリオードは岩石のように刺々(とげとげ)しい眼光でグランの事を射抜き続けており、自分の発言に問題がある事を自覚している彼は自分の言葉によって得られたその(すき)に思案を重ね、未だに定まっていない答えを考え続ける。


 そう――昼間のラフィーアとの会話で漸く自覚した事であるが、グランは『人間の世界の指標』以外にも機竜隊長(ザニエル)竜騎隊長(バールゴート)といった切り捨てる事を考えたくない人間がいる事を認識してしまった。


 しかし、里において一度取り交わした方針(シキタリ)を何の理由もなく反故にする事は許されない行いであり、グランが抱いているこの情動はあの不愉快な法廷の後に自分で定めた指針に反する思いとなる。


「――――――」


 グランがそんな問題に悩む中でもエリオードの追求(にらみ)は続いており、次の作戦の発動まで時間もある事から逃げる口実もない。


 結果、グランはザックバール派遣軍にとっては重要な存在であるエリオードを、自分にとっては切り捨ててもいい存在であると定め――。


「――定められた方針を一月たたずに翻す事を……人間がどう思うか、ご存知でしょうか?」


 その切り捨ててもいい他人(エリオード)で『人間の世界』の常識を量る事に決めたグランは自分が抱えている矛盾(もんだい)(つまび)らかにする。


「…………なんじゃ、抱えておったのはそんな事じゃったか」


 そうして絞り出されたグランの難題に、エリオードは呆れを伴った吐息を零す。


「我ら野郎どもが愛してやまない存在にして理解出来ない存在でもある女方を見てみろ、山の天気のようにコロコロと感情や意見を変えているじゃろうに」


「それは、そこに居るだけで求められる“姫”――いえ、確固たる価値を持っている者の特権です。能力(ちから)で優位性を示さなければならない存在には当てはまりません」

「……そうじゃな。故に、覆さない事は信用という優位性(ちから)の礎となる。――じゃがな」


 里においては“姫”が求められなくなる事は無いのだが、グゥエルナー曰く『人間の世界』ではよく起こると聞き知っていたグランがエリオードの意見に反論すると、老ドワーフはそれを認めながらも言葉を続ける。


「顧みて己を変えることもまた、真っ当な存在がだけが出来る判断(ちから)じゃと、わしは思うとる」

「――――」


 そうして続けられた言葉は『間違えれば極刑か放免の2つしかない』竜の里においては存在しない現象(いみ)であったが、魔力を持たない老ドワーフは“意志(いろ)”すらに滲ませた明確な“確信”を示し、グランは未知の理である寛容(ソレ)を理解するべく思案を巡らせる。


「必要がないなら切り捨てればいい、どうでも良いと言うのであれば捨てる心算で試せばいい。お前さんは、まだ若――いや、人生の三分の一は超えてしまっておるが、まだ半分以上は残っているんじゃからやり直しも出来るじゃろう?」


 そんな中で続けられた理論は『人間の世界』に出て初めて知った『人間の常識』であり、『人間』の寿命は60年とされ、事実として王国の有史以来65才を越えた者は居ないとグランは聞いていた。


 そして、その人間の寿命(じょうしき)と共に提示された打開策は中々に強引な意見であったが、この半年近くでグランが得たモノを考えれば不可能ではない良案のように感じられた。


「――――」

「……ま、それ以前の話になるんじゃが――周りを見てみろ。その方針とやらで疎遠になった者は居るのかぇ? 取り返せない者がおるのかぇ?」


 そんな自身の変化にグランが言葉を発せられないでいる中、エリオードはグランが見落としていた現実を言葉にする。


「――――そうか。――いえ、そうですね」


 それは至極単純な問い掛けであったが、そんな簡単な事さえ見えていなかった自分に気付いた彼は、今頃になって自分が得た仲間達に意識を向ける。


 グランが言葉にしたように彼等は上から与えられた部下であるが、それでもグランが求めれば話ぐらいは聞いてくれるだろうという確信がある。


 里においては『時間を割いてくれる(それ)』だけでも得難い存在であり、グランが切り捨てられないと認識しているように、彼等もまた自分の事を必要としていると思うことも出来る。


「――――」


 それを調べるのは無粋だが、そう信じる事は正しいように思えた。


 同時に、その縁を切り捨てるような言葉を発しなくて良かったと強く安堵したグランは昼間にもそう結論付けていた『結論を急がない』事を強く再認識しつつ、自分が定めた方針が間違いであったと認め―― 。


「御忠告、ありがとうございました」


 エリオードに最大限の敬礼を送ると共に、グランはようやく自分が定めた里での常識(シキタリ)を撤回する事ができた。


「わしが思っていたよりも役に立てなかったようじゃがのぅ。――ま、それでも足しになったんなら来た甲斐があったわい」


 そう言って身を振ったエリオードは幾つか歩みを進めてから思い出したように返礼を送り、それを見送ったグランもまた次の作戦に備えるべく歩き出す。


 もっと話をして、味方を作ろう。


 それが『人間の世界』での正しい行動であり、自分で決めた里の常識(シキタリ)に反してしまった事はグランとしても遺憾ではあったものの『人間の世界(この場所)』で目的(シキタリ)を果たす為には人と関わる事を避けて通れない。


「――苦手であろうとも、そうせざるをおえないのならば……やるしかないのだからな」


 そうして今日得た感覚を確かめる事を心に決めたグランは、意識を差し迫った現実へと切り替える。


 あと少しで今日が終わり、明日が始まる。


 そうなれば此方が実施する強硬偵察が開始され、此方の優位は確認されているものの“目標”内に居るであろう敵との戦闘は必ず発生する。


「――――奴を殺さない限り、此方に選択肢はないのだからな」


 自分のシキタリを果たす為の前提条件は『死なない事』であり、絶対という言葉のない戦場から生きて帰るべく、グランは自身を最適な状態とするべく魔力を巡らせていった。






「――わしの手は要らんかったようじゃのう」


 自分が最前線(こんなところ)にまで足を延ばす事となった目的(あいて)から離れていく老ドワーフは、その対象である元竜騎士(グラン)に感付かれないであろう所にまで離れてから自分が無駄足を踏んだ事を言葉に零す。


 エリオードがグランに伝えた話は決して嘘ではないものの、老ドワーフがこの場に居るのはその言葉だけが理由ではなく――その主だった動機はグランと話す事にあった。


 先程グランにも述べた通り、エリオードはエクスリックス王国(ノーセンバム)に反逆を企てた重罪人であり、何の後ろ(りゆう)もなくジェフスティア領の外に出れば殺されても仕方のない人間(ドワーフ)である。


 しかし、あのおっかない別嬪さん(ゼフィリア)に降った結果、エリオードはジェフスティア領内で生きる事を許され、その代価として(のみ)(やすり)を彼女の望むままに振るっていた。


 そして、そんなエリオードが後ろ盾であるゼフィリアの意向に逆らえる筈もなく、『南での事を気にしているみたいだからそれとなく手を回しておいて』という他人の機微に大雑把なドワーフに向けるとは思えぬ難題を成功させるべく足を延ばしていたのだが――。


「変われば変わるのが女の常道ではあるがのぅ……」


 しかし、ゼフィリアが気に掛けていた問題の大凡は既に嬢ちゃん(ラフィーア)の手によって取り除かれていたようで、エリオードは僅かに残った後始末を付けることしかできなかった。


「――――」


 自分の髪色しか見ない王国の人間を毛嫌いしていたラフィーアが男に入れ込み、それどころかその悩みを解いているなど幼少の頃を知るエリオードからすれば考えもしない事だった。


「――長く生きてみるのも、良いもんじゃのぅ……」


 自分が生きた証の先にある孫の顔を見れた事に比べれば些細な事だが、それでも驚きは人生における甘露であり、それが喜ばしい事であるなら言うことはない


 そして、幸か不幸かゼフィリアが気に掛け、ラフィーアが入れ込んでいるとなれば娯楽(わだい)に事欠かないのは確かであり、これからも痛快な事をしでかしてくれる事だろう。


「――――」


 と、そんな痛快な予想を思案の端に浮かべた瞬間、エリオードの背中にぞわりとした予感が通り過ぎる。


「――まさか、のぅ……?」


 ゼフィリアが“塔”に引きこもっているのはこの世界で思い付く娯楽を全て経験してしまったが為であり、今の彼女はそのつまらなくなった世界に新たな色彩を加えるべく、他の魔術師達が訝しむ程に新技術開発へとのめり込んでいた。


 それがエリオードから見たゼフィリアへの認識であるが――。


 世界に対して無頓着ではあるが、それ故に娯楽(めあたらしいこと)に目が無いゼフィリアが気に掛けている存在の大一番を見に来ないなんて事があるのだろうか?


「――――」


 エリオードの脳裏に走った気付きは彼の後ろ(ゼフィリア)の事を正しく穿っていた。


 しかしここは連邦領の只中であり、いかに常識外れな彼女であっても易々と闊歩できる場所ではない。


「だがのぅ……」


 状況が否定しても拭えぬ気付きに妙な予感を覚えながらも、エリオードは自分の仕事へと戻っていった。


2021/10/08 Ver1.0:実装

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