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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
32/37

01-30 砂漠に潜む

Ver1.0




 砂漠(ザックバール)を焦がす容赦ない日差しの下、うねる熱砂に紛れるように貼られた天幕に潜む兵士達は遥か先に(そび)える巨大な建造物への監視を続けていた。


 彼等はファルストリア連邦領にまで進出したエクスリックス王国側の戦力であり、機竜3体と魔導騎士3人を1つの括りとして組まれた監視班は他の班との輪番体制の下で“目標(ソレ)”に対する24時間監視を継続していた。


「――――やはり、似ているな」


 そんな兵士達の1人――今の時間帯の部隊長であり、この地に展開している戦力(フライア)の戦隊長でもあるグラン・サウスココルはこの地に訪れてから幾度となく重ねている呟きを零す。


 十数km先からでも天高く聳える“目標”はグランの知る『人間の世界』の常識とは隔絶した存在感を示しており、彼は視界に入る度にソレに“霊廟”の面影を重ね、その謎に思いを馳せていた。


「――そして、誰一人としてその存在に驚く者は居ない、か」


 同時に、どこに危険が潜んでいるかも判らぬ『人間の世界』の常識を量っているグランは天幕の端々で監視任務を続けている部下達にも“目”を向け、今回で最後となる『確認』を済ませる。


 グランの“目”に映る彼等は今回の作戦に際してセントルアーバから借り受けた魔導騎士(せんりょく)であり、彼等が“目標”に向ける“色”は『見るのは初めてだが知識としては知っていた』といったような“感情(いろ)”であった。


 そして、編成を変える事で対象(じんいん)を変えて見てもその結果に大差はなく――それらは王国内に“目標”に類するモノが存在している事を示していた。


「――――」


 グランもフライア級の存在からして薄々と気が付いていたが、“霊廟”に類するモノは『人間の世界』において“遺物”という形で根付いており、ファスエルを見た時に連想した“霊廟”と同質のモノの実在が信憑性を帯びてくる。


「――まぁ……どこかに正解があるにしても、今ある情報では解けそうにない問題だが」


 “霊廟”に近しい存在であるセカードに聞けば何らかの情報が得られるかも知れないと思うグランであったが、“遺物(それら)”に纏わる謎は彼が成さねばならないシキタリに関わらない情報であり、知る意味のない疑問でもある。


「(――――少し、下がるか)」


 そのどうしようもない疑問にかぶりを振ったグランは、手の届く所で“目標”を監視している機竜(ラフィーア)に下がる旨を伝えてから天幕の内側へと移る。


 ――――事の始まりは、あの不愉快な法廷より2週間後。


 サウスウートでの謹慎から解放されたグランはファスエルの端末と別れ、無事にセントルアーバへの帰路につく事が出来た。


 しかし、原隊から1ヵ月程遅れてセントルアーバに到着したグランを待っていたのは休む間もない次の任務であり、彼の復帰を待っていたかのように準備を整えていたフライアが出発したのが10日前の事。


 そして、与えられた次の任務はザックバール砂漠の東端――ファルストリア連邦の勢力圏の只中での偵察作戦であり、グランとその部下達は作戦地域に到着してから今日までの1週間、“目標”への監視を続けていた。


「――命令書を読んだ時点では、熱死の危険性も覚悟していたのだが……」


 今回の作戦に関するグランの心象はその呟きの通りであったが、降り立った現場はその想像を一蹴する環境が用意されていた。


 北方より提供された新術具(そうび)――“自在の天幕”。


 それは天幕に施された“遮熱”の刻印と中心に据えられた“自在の風”を合わせる事によって得られた恩恵であり、この魔道具が提供されたからこそ本作戦が立案・実施されたという副官の推察は間違いではないのだろうとグランは考える。


 尚、連邦側でこれだけの快適さを求めるとなれば浮揚装甲機関車――今も他の部隊(フライア)が付け狙っているであろう車列を牽引する大型車両のような設備を持ち込むしかないとグランは聞いており、王国側の魔導技術に感謝していた。


 とはいえ、ザックバール程の自然の猛威に抗うとなれば必要になる魔力も莫大であり、竜晶(グゥエルナー)を持つラフィーアの機竜(ベネイア)以外でこの天幕を稼働させれば3時間程度で内包する魔石を使い潰してしまう状態にある。


 それは今作戦に持ち込まれている機竜が戦闘に使えない事に他ならず――万が一、戦車を含めた機械化部隊の急襲を受ければ交戦はおろか退却もままならない状況にある事を示していた。


 しかし、その危険性を受け入れてでも調べる価値があの“目標”にはあり、本作戦にまつわる全てがソレに関わっている事もまたそれを証明していた。


「――“目標”が発する“魔力(いろ)”が濃すぎて中を見る事は出来ていないが……“色”から察するに“目標”が運用されていないのは確かなのだろうな」


 天幕の中心に腰を下ろしたグランは煮詰まった思案を解すようにこの1週間の成果を思い、その片手間に携帯食料と水分を補給する。


 今回の作戦の第一段階である監視に求められているのは“目標”に常駐している連邦の人員はどれほどいるのか、兵員を留めているのならばどの程度の戦力であるのかといった次の作戦の可否を判断する情報の収集にあった。


 そして、それを成している監視班が暇を持て余している事からも判る通り、“目標”の動きは非常に緩慢なものとなり、今の所の“目標”の状態は王国側の都合がいい状況にあるように見て取れた。


 尚、他の2組は既に昼の休憩を済ませているらしく、天幕の中心には機竜と接続された“自在の天幕”の中枢である術具のみが鎮座し、“自在の風”が織りなす静かな風音(ねいろ)を奏でていた。


「――――」


 その静寂は滞っていたグランの思案を加速させ、部下達に気が向いた彼が天幕の端へと視線を向ければその“目”は他の2組の“感情(いろ)”を映す。


 それらの“色”は多少弛緩しているような感情が滲んでいたものの、次の作戦において自分達が突入する“目標(あいて)”という事もあるだけに1週間という慣れを経ても最低限の士気は保っているように見て取れた。


「――まぁ、他人の事は言えないか」


 かく言うグランも納得の見えない疑問への思案を続けながら監視を続けている事から人の事を言えない状態にあり、索敵を疎かにするような事をしないように注意せねばと心に決めながら乗機(ラフィーア)の元へと戻る。


「――――」


 とは言え、天幕の中心から離れるにつれて“自在の風”の効力が弱まっていくものの“目標”に動きはなく、持ち場に残っていたラフィーアもまた離れた時と変わる事なくソレを見据えていた。


「(――――――あれは、何だったのだろうな)」


 持ち場に戻ったグランもまた副官にならってその代わり映えのしない砂地に“目”を凝らすも、“目標”を眺める彼の思考は内側へと傾いていく。


 そうしてグランの脳裏に残る難題達の中から浮かんで来たのは、もう一月も前の話になるサウスゲートでの出来事――南方の最前線に関わった彼が垣間見た南方軍の凶行であった。


 民間人への攻撃は軍規で禁じられている以前に無駄でしかなく、そもそも戦場でそんな事をしている余裕はない。


 しかし、あの場に居た彼等は嬉々としてソレを成し、抵抗する力を持たぬ連邦の人間を切り捨てていった。


 それを成せるのは理論の及ばぬ憎悪(かんじょう)が成せる凶行である所まではグランでも理解が及んだものの、実行した彼等が軍規や警告を無視してまでそれを続けた理由が彼には判らなかった。


「(――『感情のままに動くのが生物であり、理論を持って理を成せるのが知恵ある生物の証であるが――それでも尚、感情から逃れるのは難しい』、か)」


 その言葉はグゥエルナーから伝えられた感情を何度も聞き直す事で確定させた師の考えであり、その理の通り竜でも外竜になる事があるのだから人間――自分や部下達、そして『人間の世界の指標(ラフィーア)』もそうなる時があるのだろうかとグランは仮説を立ててみる。


「――――」


 そうして思案を深めたグランの脳裏に浮かぶのはラフィーアの身勝手――彼女の逆鱗にバールゴートが触れた事で決闘にまで至った顛末――であったが、そんな物騒な思い出の中でも“目”に映る副官には眺めていたい“(いろ)”があり、彼はソレに人間への憧れを見出していた。


 しかし、そんなラフィーアも南方の事は心底嫌っているようであり、もしもその感情と状況が重なれば彼女や他の部下達も南方に関わる人間への虐殺に移るのだろうかとグランは飛躍した夢想を浮かべる。


「(――――あまり、見たくはないものだな)」


 その勝手な想像は考えたグラン自身の感情を害し、自分で自分の“色”を沈めた彼は傍らに伏せる翼を持たない鋼の竜へと視線を向ける。


 “自在の風”に満たされた機竜の中は“自在の天幕”が無くとも快適な環境にあるらしいが、休憩時には自らの手足動かせる自由を求めて機竜から離れる搭乗者が多い。


 しかし、そんなグランの観察結果に反するように、ラフィーアは愛機の中に留まる事が多い。


 それにどんな意図があるのかはグランには判断の付かない事だが、“目標”を見据える鋼の横顔から人の感情を読み取る事が出来ないのは確かであり、此方から話し掛けなければ作戦中に言葉を交わす事も無いだろうと1人楽観していると――。


『…………竜士様。……少し、宜しいでしょうか?)』

「――っ、何か見つけたか?」


 置物のように“目標”を見据えていた機竜(ラフィーア)が唐突に視線を振り、その予想に反した声にグランが身を震わせて驚くとその反応に驚いた副官もまた機体を震わせる。


『……いえ、何かの異常を捉えた訳ではないのですが……最近、お話しする機会がありませんでしたので――作戦中に申し訳ありません』


 思案(よそみ)を深めながらも“目”をもって「異常なし」としていたグランはラフィーアの声に慌てて視線を巡らせており、そんな協力者の動揺から状況を察した副官は端的な説明によって場を収めにかかる


「――――そうか。……他の連中も話ぐらいはしている。索敵に支障が出なければ問題にはしない」


 その配慮に気まずさを覚えつつも胸を撫で下ろしたグランは取り繕いで応じながらも速やかに動揺を鎮めていく。


「(――――サウスゲートに纏わる件関しては、『人間の世界の指標』としている 彼女自身に聞いてしまえば解決する。だが……)」


 そんな驚きと動揺を経ても尚グランに残ったのは自分を悩ませている疑問とその解決策であり、その答えを実行に移してしまえばこの問題にある程度の納得を見る事が出来ると彼は確信していた。


 しかし、その疑問を呈した結果、『自分の予想が現実』となってしまう事を嫌ったグランはそれを言葉とする事を(はばか)り、沈黙したまま視線を逸らしてしまう。


「(――逃げていても、脅威を排除できないというのにな)」


 里での経験を思いながらもそれを実行に移せない自分に戸惑いと疑問を抱きながらも、グランはその問題を避けるように“目標”へと意識を向けていく。


『…………竜士様、バールゴート特務中尉とはお話になりましたか?』

「――――?」


 そんな先送りが実を結ぼうとした矢先、意を決したように切り出されたラフィーアの言葉によってグランの思考が疑問で埋まる。


 それが人の名前――恭順の意思を見せた事で自分の竜騎隊長(ぶか)という立場に収まっている少尉(とくむちゅうい)――であるとグランが行き着くまで少々の間が必要となり、何故今この場で彼の事が出てくるのかに至っては答えを出す事が出来なかった。


 ――――否。1つ、思い当たる節があった。


「――何か、あったのか?」


 そう――ラフィーアが話題に上げた貴族(かれ)は彼女に害をなそうとした経歴があり、猶予を与えられたのにも関わらず再び軍規に害を及ぼしたとなれば配慮は消え、排除せねばならなくなる。


「――――」


 あの不愉快な法廷に続く面倒事を前にしたグランが『人間の世界』はなんとも悪意に溢れていると暗い“感情(いろ)”に沈む中、機竜(ラフィーア)はグゥエルナーと同じ青い水晶眼で自分に意識を向けた彼を見据え――。


『……南方での件ですが――『独力で解決しようとせずに情報を共有して当たるべきでした』と、悔やんでいるようでしたので』


 グランが知り得なかった、未知の情報を口にした。


「――どういう事だ?」

『…………特務中尉の報告と艦橋での話を統合した上、私の推察も混じった内容となりますが――』


 グランの考えたソレは任命した自分にも塁が及ぶ想定であったが、ラフィーアがすらすらと紡ぐサウスゲート奪還作戦の裏で起こっていた顛末は衝撃的な内容であった。


『――――確証がなく、また事実であった際の憂いを自らの手で断つべく艦長のみにその謀略を伝え、艦橋で待ち構えていたとの事でしたが――南方組が艦橋に来なかった為に証拠を確保出来ず、結果としてご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ない、と』


 最後にそう続けたラフィーアが発する“色”は静かに凪いでおり、つい先日までバールゴートに向けていた不信の“感情(いろ)”が抜け落ちているように見て取れた。


「――――」


 その変化はグランにとっても好ましいものであり、同時に自分がバールゴートに向けてしまった謂れのない不信を謝る事を心に決めるものの――。


「――――――友軍指揮官の計画的な暗殺……そんな事が、許されるのか?」


 それでも竜の(こきょう)での最大の禁忌であり、『人間の世界』でも忌避されていると思しき『味方を討つ』行為が個人の判断ではなく組織の決定として行われた事に対する衝撃は大きかった。


『……南の連中――いえ、南に住んでいる連中に適切な判断を求めること自体が無意味ですよ』

「――――君は、よくそんな人間と契約を結ぶ気になったな」


 その衝撃から漏れ出たグランの言葉に対するラフィーアの反応は辛辣なものであったが、仄暗い場所から抜け出せていない彼の感情は副官が言い直した意図を的確に手繰り寄せる。


 グランのサウスココルの性が示す通り、彼またラフィーアの言う南の人間の1人であり、知らなければ『ただの名前』で済んだそれも、意味を知ってしまえば彼女が自分を協力者とした判断に疑問を感じざるをおえない理由となっていた。


『…………竜士様相手に嘘や妥協は毒でしかありませんので、率直に申し上げますが――最初はグゥエルナーさんの竜晶を使えるのが竜士様しかいなかった事への妥協であり、もしも竜士様が南の人間と変わりがないようでしたら……時間を掛けて、ゆっくりと謀殺する心算でした』

「――――そうか」


 そうして続けられたラフィーアの告白は殺伐としたものであったが、今のグランから見ればそれはひどく妥当なものであり、その判断に感情は動かなかった。


『……驚かれないのですね』

「南の事を知った今、君と同じ立場で考えれば――此方も似たような選択をするだろうからな」


 グランが重きをおいている里のシキタリは味方を殺す事を禁じているが、そのシキタリはシキタリに反した者を許す事を是とはしていない。


 ただ、最初から破る心算(つもり)で契約を交わすのはどうかと思う感情はグランにもあるものの、あの時に取り交わした約束すら守れないとなれば理はラフィーアの側にあるだろう。


「それに――指揮官の死因は後ろ弾が多いのだろう? ならば、君の判断は間違っていない」


 そうして知り得た新しい見方を自分が抱える難題に当てればその色は変わり、グランにとってはあれほど難解であった問題も新しい側面を見せるようになる。


 今し方聴いたフゥーリー中佐への計画的な後ろ弾が南の蛮行である事に変わりはないが、艦長にはその悪意以上の信頼があった事から今も彼は生きているという仮説を立てる事が出来る。


 そして、その仮説はグラン自身にも当てはめる事ができ、自分にも一定以上の信頼があった為にあの不愉快な法廷(うしろだま)から逃れる事ができたのだと彼は推察する。


「――――」


 そう考えればあの不愉快な法廷に纏わる全ての折り合いが付き、ラフィーアにも気兼ねなく話せる内容となった疑問(それ)を彼女に向けると、グランの『人間の世界の指標』は楽しげに同意を示す。


『…………奇抜な意見ですが、的を射った考えではありますね。……それにしても、なんだか久しぶりにお話しできた気がします』

「――そうか」


 そうして言葉を重ねるラフィーアに対し、グランはあの不愉快な法廷の後に定めた対策を半月と経たずに覆さなければならなくなった事に沈み、“色”のない言葉と共に目を瞑る。


 ラフィーアと初めて出会った時にも当てはまるが、余裕のない状態にある自分が下した判断は間違いである事が多い。


 それに対し、バールゴートやザニエルを指揮官に据えた判断は同じような独断ではあったものの良好な結果を得られており、その違いは問題に掛けた時間にあるのだとグランは推察する。


「(――――あまり、根本的な解決ではないが……)」


 その気付きと成功例を思案に乗せたグランはあの不愉快な法廷の後に仮で定めた方針を改め、本来の即断即決を避ける考えに舵を戻す。


 とはいえ、先のような非常時においてはそんな余裕等ある筈もなく、定めたグラン自身も現状では当てにならない方針であると考えているものの、格子が無ければ次の対策も立てられない事から心許なくなった以前の自分のままで生き残る術を考え始める


『……最後にお話し出来たのは――サウスゲートから帰還した辺りでしたか』


 そんな先行きの見えない状況に沈むグランに対し、ラフィーアは沈黙を避けるように言葉を重ねる。


『……南方での面倒事で何か思う所があったのかもしれませんが、軍務上の話ぐらい――』

「――――サウスウートでも会っているぞ?」


 その饒舌さはグランに若干の戸惑いを感じさせるものであったが、そんな中でも事実以外を良しとしない彼はその小さな認識のずれに訂正を入れる。


『…………え?』

「ひどく疲れている様子だったので、話も出来なかったが……覚えていないのか?」


 あの不愉快な法廷の後と言う事もあってグランも平静とは言えない状態であったが、それでも記憶に残っている所感を言葉に乗せると、その当事者であるラフィーアは機体を震わせる。


『…………もしかして、私がその時に何か失礼な事を……?』

「いや、そも意識があるかも定かではなかったのだが……何も覚えていないのか?」


 そうして覚えのない自分を説明されるラフィーアは明らかな動揺を示し、微かに機体を震わせながら返された彼女の問いにグランが応え(ことば)と確認を重ねれば、明確な肯定(ちんもく)が返ってくる。


「――――そうか」


 その現実を前に、グランは静かに天を仰ぐ。


「(――“姫”も楽ではないのだな)」


 里での“白姫”達に時折起こる不調を知るグランは人間でもそうなのだろうと予想はしていたものの、自分と近しい人間の症状を前にしたグランは自分では体験しえないであろう状況を前に彼女等への認識を改めた。






 グランが誤解を深めた一幕があれど、自分の身に起こった衝撃的な経験(かこ)から持ち直したラフィーアは自身の協力者が開けた距離を埋めるように言葉を重ね――。


『…………あぁ、もう夕方ですね』

「――そうだな」


 『人間の世界』を知る為に人間から距離を取る事としていたグランの内なる決め事はそんな協力者(ラフィーア)の言葉の数々によって崩され、それを取り直そうとした彼の意思もまた1時間と経たずに無力化されていた。


「――――」


 僅かな隙間からスルりと入り込む、その手腕――。


 グゥエルナーの言った『“姫”と争えるなどと思わぬ事だ』という真理の一部を垣間見たグランは教えられた教訓への認識を深めながら目を瞑る。


「(――――君がすごいのか、人間の女性という種が優れているのかは……検証が必要か)」


 そうして成す術なく撃破(?)された事実を深く刻んだグランは、それ以外にも得られた変化に思案を回す。


 他者と話す事が有意義である事はグランも理解していた。


 しかし、ただ話をしていただけで脳裏に潜んでいた難題達がどうという事のない問題に見え始めるという体験はグランの想像を大きく超えた出来事であり、彼の価値観を変質させるに十分な結果であった。


「(――――――不思議なものだ)」


 出来ると思わなければ出来る事も成功しえない事は、里での実体験としてグランの根幹に根付いていた。


 しかし、まさか言葉一つにこれほど力があるとは想像もしていなかったグランは自身の変化に驚きつつ、それをもたらしてくれた相手に視線を向ける。


「――まぁ、どちらにしても……」


 自分がラフィーアを『人間の世界の指標』と定める事が出来たのは幸運であると同時に間違いではなく、その関係を続けたままシキタリを成す為には失敗し(死な)ない事が肝要であり――無理を平然と通そうとする彼女にも気を払わねばならないのだろう。


「――喫緊の課題は、“目標(アレ)”の内情か……」


 撤収作業を続けている部下達の背後を警戒している機竜(ラフィーア)を眺めていたグランは呟きと共に視線を振り、ザックバールを赤色に染めていく夕陽に照らされた塔を睨む。


 外部に連邦側の戦力を確認出来なかった事から強硬偵察(つぎのさくせん)はまず間違いなく実施される。


 だが、“目標”が“霊廟”と似ている事から、その内部には『人間の世界』では測れぬモノが存在していてもおかしくはない。


「――――」


 今では戦隊長(それなり)の立場に収まっているグランであるがハッキリとした理由も無く作戦を止められる権限はなく、“霊廟”や“塔”の実態を説明しきれぬ彼では“塔”を知る者が定めた“目標”への要望を覆す事も出来ない。


 であれば万全の状態で臨むしかないと決意を固めたグランは撤収作業を終えた部下達を見渡し、“鱗薬(おくのて)”に触れながら母艦への帰路についた。



2021/08/28 Ver1.0:実装

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