01-28 軍法会議(前)
Ver2.0
『何故、この魔女がここに居る』
サウスゲートの失陥によってエクスリックス王国の東南端に位置する拠点となったサウスウート。
その中心部に位置する南方軍司令部で開かれた軍法会議。その検察側に立つ壮年の男性――サウスコールナー大佐の脳裏を占める感情はその一言につきた。
“塔”を占有出来るだけの才能を示す金色の髪に、質の高い魔力を帯びた濃く深い赤瞳。
それらを収めた眉目は嫋やかでありながらも凛とした意思を滲ませており、整った顔形は見る者の目を否が応にでも集め、それが異性のものとなれば緩やかな衣服の上からでも判る程のしなやかな曲線が視線を縫い留める。
大佐の目に映るのは才と色を兼ね備えた妙齢の美女である事は確かだが、しかしそれが決して自分の物にならない政敵となればその印象はガラリと反転し、凡庸な自分を明確に表しているような忌々しい存在となる。
それが大佐から見たゼフィリア・T・ジェフスティアであり、この難敵を前に南方の正義を通すべく彼は感情を張る。
「サウスゲートでの敗北の原因はグラン大尉の独断にあり、その責任は明白である」
その言葉は南方の正義を体現したものであり、大佐は南の意向を現実の物とするべくゼフィリアを睨む。
今作戦の初動において『砲台群の無力化に成功』との一報を耳にした大佐は、ソレを成したのが露払い(たまよけ)として引き入れた中央の駒である事に不満を覚えつつもサウスゲートの奪還成功を確信した。
『本命の作戦が済むまで潜砂艦から離れてくれればいい』というのが彼等に対する大佐の認識であったが『表向き(サウスゲート)の作戦』も成功させられるならば言う事は無く――この時点での状況は全て大佐の目論見通りに動いていた。
しかし、王国側の予想を遥かに上回る素早さで連邦領からの敵増援が動き、サウスゲートに突入した大佐直轄の兵達が撤退を選択しなかった事で彼の持ち込んだ手駒の多くが市内に取り残される事となった。
そして、『表向きの作戦』の後詰めとしてサウスウートから出撃していた南方主力部隊も迎撃に出た連邦戦車隊を突破する事が出来ずに敗走。
結果、南方軍が中央をも巻き込んで行った『表向きの作戦』は主力の無為な損耗と市内に突入した魔導騎士隊の壊滅という散々な結果に終わり、完膚なきまでの敗北となった。
とはいえ、大佐が南方公爵に立案・奏上した『今作戦の本命』は中央の虎の子であるフライアの奪取――『表向きの作戦』によって同艦の艦載戦力を空とし、新兵ばかりで構成されている艦橋を押さえる事でその指揮権を南方のモノとする事が目的であった。
平地では戦車に劣る戦力であった筈の機竜をソレ等と対等の戦力にまで引き上げた“風盾”。ザックバール砂漠全域を作戦領域とする事が可能な潜砂艦。
ソレ等は王国の守り手である南方が持つべき力であり、その有用な戦力を無為に独占する中央や北方の行動はエクスリックス王国の未来を閉ざす行為となり、大佐の作戦は持つべき者に持つべき力を与える南の正道であった。
しかし、複雑怪奇なフライアの艦内構造は同艦艦長の拘束に動いた大佐達の行動を阻み、我々(みなみ)の行動に呼応すれば中央側の領土をくれてやると口約束を掛けていた艦載竜騎隊長も動きを見せなかった事で彼等が艦橋へ侵入する事は最後まで叶わなかった。
「(あそこまで上手く動いたというのに……何故、こうも――)」
温存していた南方軍を危険に晒す可能性があっても本作戦の決行が許されたのは今後の戦局を左右する技術等を南の物に出来るとされた為であり、何の成果もなかったとなれば南方公爵が大佐の処分に動くのは火を見るよりも明らかであった。
「(――しかし、まだ手はある)」
大佐の軍歴と爵位からすぐさま首が飛ぶ事はないと彼は考えているが、座してこの状況を流せば未来が断たれるのは確実であると考えた南の重鎮はその破滅を回避するべく策を進めた。
まず『表向きの作戦』の責任はサウスゲートから唯一生き残ったフライア艦載機竜隊――その戦隊長であるグラン大尉に向ける事で処理。
もちろん、その責任を回避しただけで南方公爵の怒りを収められるとは大佐も考えてはいないが、グランが抱えている不相応な銀髪を同時に確保し、ソレを公爵に献上すれば先の失態を帳消しに出来るのは確かであり、状況によっては覚えが良くなる可能性すら出てくる。
そうして次善の策を整えた大佐はそれらを実現するべく中央へ帰投中のフライアをサウスウートの近傍へと接岸させた上でその全てを拘束。
そのまま大佐の一族が治める同市内で軍法会議を開き、サウスゲートから唯一生き残った部隊である事を根拠に敵前逃亡の罪状をもってグランを公訴。
この南方においてはその内容が覆る事はなく、身代わり(グラン)の処分が決定した後、中央や北方の追及が届くよりも早くに銀髪を確保して南方公爵に献上する事でソレ等の追及と失態の責から逃れる。
それが大佐の描く絵図であったが、体裁だけを整えた『結果の決まっている』軍法会議において予想外に過ぎる存在が弁護側に立った事で彼の計画に暗雲が立ち込める。
王国に3柱しか存在しない“塔”を占有しているジェフスティア侯爵家の1人にして、エクスアード公爵からザックバール派遣軍を預かっている魔女。
他にも『世界最強の魔術師』と言う大仰な二つ名を持っている存在ではあるが――今の大佐にとっては、ソレが自分の明確な敵となっている事が問題となる。
爵位は大佐と同じ、もしくは相当位である事からそれだけで見れば押し切る事も不可能ではないが、ザックバール派遣軍の総監というゼフィリアの立場がソレを許さない。
同時に、軍法会議で出された結論は南方の真実であるものの、中央や北部では大凡において覆され続けた現実が大佐の目論みに立ち塞がっていた。
そのような中央の横暴は何れ正さねばならない現象ではあるが、現時点で是正する事が不可能な事象であり――大佐としては何としても此処で決着を付けなければならない。
「――では、中央法廷に上訴する事を提案します」
「我々の告発は軍規に則ったものであり、また多忙な中央にこのような些事を持ち込むべきではない事から上訴は無用である」
その決定打はまだ見出せないものの、上訴は拙いと大佐は声を荒げる。
「(あの時フライアの艦橋にさえ入れれば、全てが正しく収まったものを……)」
既に覆しようがない計画を未練がましく思い返しながら、大佐はこの膠着を覆す手段を考え続けた。
『…………危なかった。ここ暫くの間で覚えがない程に、危ない状況だった』
南方が仕込んだ『茶番劇』の弁護側に立つ金髪赤眼の女性――ゼフィリア・T・ジェフスティアは喉元を過ぎた事でどうでもよくなった危機感を、そんな思い(ことば)としてから掃き捨てる。
ゼフィリアは新鋭術具の開発で名を馳せる事で“塔”を占有するジェフスティア侯爵家の1人であり、彼女自身もまた優秀な魔術師として多くの新機軸を生み出し、最近では“塔”が漸く開示した遺物であるフライア級の解析を行っていた。
そんなゼフィリアが南方に姿を表しているのには彼女のもう1つの立場――ザックバール派遣軍の総監として動かなければならない状況が発生した事により、面倒事を嫌う気質とは裏腹にその火元へと踏み込まねばならなくなっていた。
「(――本当に、なんで私はこんな所に居るのかしらね)」
心の中で感情を言葉としながら、希代の魔女は南方の意味不明な理論で煮立った自分の頭を冷やすべく、聞きたくもない理を並び立てている大佐に視線だけを向けて思案にふける。
先にも述べたようにゼフィリアは術具開発を生き甲斐とするジェフスティア家の1人であり、そんな彼女が1軍の総監に就いていること自体が異様な状況であるが――それには勿論理由があった。
王国歴が定められてから300年近くの時が流れた現在、王国内にも人間として在るべき軋轢は積み重なっており、それらは反乱やそれに類する事件として世に表れていた。
それらの問題の多くはジェフスティア家とは無関係なものであったものの、まるで事件の方からゼフィリアに寄って来ているかのようにソレ等の揉め事は彼女を巻き込み、嫌々ながらもそれらを解決していった結果として彼女は多くの私兵を囲っていった。
私兵達は経歴においては問題のある者ばかりであったが便宜を図った雇い主への高い忠誠心と事件を起こせるだけの能力を持っており、経緯はどうであれ中央有数の戦力を有していたゼフィリアは縁のあった中央公爵より軍の新設を命ぜられ――彼女は今の立ち位置に収まっていた。
しかし、そうしてザックバール派遣軍を組み上げたゼフィリアであったものの本心では『そんな些事』に時間を取られる事を心底嫌っており、私兵達に軍の采配を丸投げした彼女は新鋭術具の開発とフライア級の調整に全力を傾ける毎日を送っていた。
端から見ればソレは危うい采配であったが、ゼフィリアを慕う私兵達はザックバール派遣軍を上手く運用し、結果として彼女はエクスアード公爵からの命を果たしていた。
そうして趣味に没頭していたゼフィリアであったものの、連絡手段すら断って放置していた私兵の1人であるプロブ大佐から手紙が届いた事で彼女は眉を顰める事となる。
届いた手紙を要約すれば『南方からの圧力によって南方軍の支援を行う事となりましたが、承知しておりますか?』といった内容であり、それには中央の政治情勢や実施予定の作戦における幾つかの問題点が添えられていた。
軍務にすら関わりたくないというのに政治に触れるなど以ての外と考えていたゼフィリアはそれを適当に流す心算であったのだが、その渦中に『あの子』が関わっている事を知った魔女はそれまでの対応からは考えられない『自発的な』動きを見せる。
まず、ザックバール砂漠の中心部でのフライア級4番艦を使った実験を早々に切り上げさせた上で“塔”へと帰投させたゼフィリアは、自前の術具をサウスウートの近くに潜伏させて南方の様子を窺い始める。
『南の作戦が成功しようが失敗しようが、何もなければこのまま侯爵領に帰ればいい』
そんな心持ちを抱きながら自前の潜砂艦の中で従者達とフライア級に対する議論と検証を重ねていたゼフィリアであったが、南方軍がフライアの拿捕へと傾いた事で彼女は速やかに動き――サウスウート内へと乗り込んだ事で現在に至る。
「サウスゲートに突入した魔導騎士隊が連邦市民を虐殺した事は軍規に違反すると思われますが、それを咎める事なくフライア戦隊長を告発する事は問題があると考えます。それについてはどうお考えですか?」
そうしてサウスウートの司令部に踏み込んで弁護側に立ったゼフィリアは、発言する機会を得ると同時に中央であればそれだけで審問が終わりそうな正論を投げる。
王国が採用している法律や軍規は西方の大樹海から齎された森人の遺物を参考に作られており、理論としては王国の在り方や歴史よりも数段優れたものが採用されていた。
「――――サウスゲートでの戦闘は本件とは無関係であり、弁護人は本件に関わる発言を行うように」
「――では、作戦進行についてお話ししましょう」
しかし、如何に優れた法律であろうとも使う側に守る気が無ければ意味は無く、自分の発言が効果を成さなかった事で南方の意図を理解したゼフィリアは方針を改める。
「――南方軍の主力は迎撃として現れた連邦戦車隊を突破出来ずに撃退され、サウスゲートを奇襲した南方別動隊……特務魔導騎士隊は連邦側の増援を発見した被告人の警告を無視して連邦市民の蹂躙――いえ、南方側で言う所の戦闘を継続」
提出された資料を思い返したゼフィリアはよくこの状況でよく公訴する気になったものだと思いながも、弁護側の責務と自分の要望を果たすべく言葉を続ける。
「それに対し、被告人が率いる隊は当初の予定になかった攻撃目標への襲撃すら押し付けられた結果、魔石の底が見えており――危機を知らせる信号弾も無視された事から止む無く独断での撤退を実施した。……これが間違った判断であったと?」
「結果として取り残された特務魔導騎士隊は壊滅している」
「先に挙げた通り、被告人は連邦側からの増援を発見した折に異常事態を告げる信号弾――黒玉を3つ使用している上、撤退時には赤玉を3つ使用する事でその旨を周知している。それを無視したのは特務魔導騎士隊では?」
「――――南方部隊の行動は本件とは無関係であり、問題があるとすれば別個の機会によって処分される」
資料にある部下の判断は自分がその場に居れば同じ事を成すであろう最適な行動であり、ゼフィリアは『自業自得よね、これ』と続けたかった感情を今居る場所の意地で抑えたものの、南側から返ってきた正義を前に言っておけば良かったと後悔する。
「――敵前衛の排除、敵防壁の排除。そして市街内部の残敵の排除まで行った結果、僅かな魔石しか残されていなかった被告人の隊に、南方軍主力を撃退した連邦主力部隊とナーセキンからの敵救援部隊の相手をするのが正しい選択であったと?」
「栄えある南方軍の勇士は皆その選択を行い、英霊となった」
「――――」
中央や北方なら通るであろう説明を発するゼフィリアに対し、大佐の言葉は相手を納得させる理がなく――その不毛なやり取りを前にした彼女は苛立ちを募らせていく。
「――では、中央法廷に上訴する事を提案します」
結果、この件に突っ込んだ目的自体を捨てる事にしたゼフィリアは『本当に面倒くさい』と心の内で毒突く。
優れた魔導騎士を多数有していた中央に怯え、争いを好まない西方や魔力を持たない東方に威張り散らす事で精神の安定を(じそんしん)保っていた結果、南方の土地柄が歪んでいった事は300年前からの観察で理解はしていた。
だが、そんな歴史もゼフィリアから見れば『仲間内で足の引っ張り合いをして潰しあっているから成長しないのでしょう?』と掃いて捨てたいのが本音であった。
しかし、エクスリックス王国の成立から今日に至るまでの南方の腐敗を正そうとすれば民族浄化並みの刷新が必要となり――そんな面倒事に関わる心算のないゼフィリアは自分の希望を引き下げる事で彼等と関わる事を止る方針へと舵を切る。
「――――」
正直な所、正式な手順に沿って中央法廷に回してしまえばグランの無罪が確定する事はゼフィリアにも判っていた。
しかし、それをそのまま流してしまえばフライア級の艦載戦力の扱いに慣れた士官を数週間間――長ければ半年近くも無為に拘束してしまう事に繋がり、それは同級の戦力化を急ぐザックバール派遣軍の計画に支障を出しかねない事態となる。
故に、そんな勿体ない事態を避けつつ『あの子』の安全を確保したいゼフィリアは南方から妥協案を引き出すべく動いたのだが――。
「我々の告発は軍規に則ったものであり、また多忙な中央にこのような些事を持ち込むべきではない事から上告は無用である」
「(――――よし。半径1km位の人間を全員殺して、私も死んだ事にして60年ぐらい雲隠れしよう)」
想定を遥かに上回る茶番に耐えきれなくなった彼女は、目を瞑った瞬間に思い付いた魅力的な案を検討する。
原因の判る死傷であれば大量殺戮であっても調査は及ぶが、数十秒という短い間に無数の人間が死ねば原因究明など出来よう筈もなく――ゼフィリアが持っている“第4魔術”であればソレを実現出来る。
『ミユキとあの子の所為で人の世に関わる羽目になっているけれど、私はそもそも人間に関わる事を避けていた。そう、ここで雲隠れしてもミユキに会う前に戻るだけ――』
そんな理論を立てるゼフィリアは、しかしその理を言葉とした瞬間から実行する気が崩れていくのを感じていた。
「…………あぁ、面倒くさい」
この国難の中で唯一の攻撃可能な戦力を監督しているゼフィリアが状況を投げ出せば王国の早期滅亡は不可避となり、“塔”ごと連邦に亡命するにしても趣味を再開出来るようになるまでどれだけの時間が掛かるかも判らないと彼女のまだ冷静な頭脳は予想する。
加えて、その短慮ながらも魅力的な思い付き実行しようものならこの場に居る被告人も殺さねばならなくなる。
そうなれば母親に似て肝心な所で鋭い『あの子』は必ず真実に迫り、自分を討つ為に追ってくるだろうとゼフィリアは考え至り――何より、『この程度』の事で友人との約束を反故にするのが癪に触った彼女は方針を改める。
「弁護人、今の発言は――」
「“黙りなさい”」
そうして自棄の先で力押しへと舵を切った世界最強の魔術師は言葉を弄する事を辞め、“魔眼”を発動させる。
「――――あ」
その絶大な才能によって織り成される魔術は抗う事の出来ない強制力となり、ゼフィリアは法廷の中心へと歩を進めながらこの場に居る全員に視線を振り、視界に入ったそれらを自分の支配下へと置いていく。
“魔眼”。
それは使い熟せるだけの技量があろうとも定着させられるかは運次第という魔術であり、普遍的に学べる技術ではなく生まれ付いた特性とでも言うべき才能であった。
しかし、そんな不公平な術でありながらもその効果が世界に与える影響は大きく、無秩序に行使すれば魔術師への偏見を生みかねないソレを危険視した“塔”持ち(ゼフィリア)の発議によって協定が結ばれ、王国において“魔眼”の類は禁呪に指定されていた。
とはいえ、面倒な交渉を纏めるのに都合が良い自分の“魔眼”を封印する心算などゼフィリアにはなく、彼女は自分の発議で禁呪に指定した後も痕跡を残さないようにソレを使い続けていた。
ゼフィリアが得たのは支配系の“魔眼”であり、破られる事が無ければ如何なる要望も掛けた人間の責任において実行させる事が可能となる魔術となる。
しかし、対象の意思と懸け離れた要望を通せば“魔眼”を解いた後にも違和感が残ってしまい、その違和感と“魔眼”とが結びつけば禁呪を使用した罪となって施術者に反動が返ってくる面倒な術でもある。
「ねぇ、教えてくれるかしら? 貴方はどこまでなら許容できるの?」
とは言え、その理を熟知しているゼフィリアは審問長や他の関係者、僅かな傍聴人の意識を縫い留めたまま対象達の内情を丁寧に探り、自分の要望を通せる限界を調べて回る。
「――そう。じゃあ、次は貴方ね」
そうして捏造に等しい罪をグランに被せたい大佐から違和感を覚えない(ことばにできる)譲歩案を聞き出したゼフィリアは、次に審問長へと“魔眼”を移す事でその判決を確定させ、周りに居る監視員にも“魔眼”を向けた彼女はその結果を各々の頭脳に結果を植え付けて回る。
「面倒ね……本当に」
ゼフィリアの思考の端に居る『友人の形見』が獲得したような魅了系の“魔眼”――対象の感性に訴える事で相手の意思そのものを溶かしてしまえる力が自分にあれば、何度も掛け直すような手間を掛けずにこの茶番を終わらせる事が出来たと彼女は考えていた。
しかし、取るに足らない羨望は残るものの自分が得た才能で戦い、それを伸ばす事で世界を豊かにするのが人間の在り方であると教えられ――自分も人間であると『教えられた』魔女は面倒な後始末を継続する。
そうして“魔眼”を振るうゼフィリアはふと意志ある者の視線を感じ、流した視線を一点に定める。
「――――」
話し合いを捨てて法廷の中心に立つゼフィリアを見据える茶色の瞳。
その視線はゼフィリアの行動をつぶさに観察しており、息遣いすら見落とす心算がなさそうな真剣さと『こんな場所』に連れてこられた事への微かな怒りが混ざり合った“視線”を前にしたゼフィリアの口元が自然に笑みの形を取る。
「(あぁ、こいつが……)」
『あの子』が気に掛けている、『あの子』の身勝手な贖罪を果たすのに必要な鍵を使うのに必要な人間。
その経歴は人間の身でありながら竜の里の所で竜の友をこなせるだけの実力者であり、同時に『あの子』をしても『博識』と言わしめる程の人物というのがゼフィリアの知る全てとなる。
「…………」
ゼフィリアが“塔”で学んでいるように、彼もまた“塔”の残滓に触れていたとすれば『あの子』が下した評価も納得のいく話であったが――よもや自分の魔術に抗ずるだけの力を持っていた事に気を良くしたゼフィリアは青年への観察を続ける。
「(顔立ちは――まぁ良い方なのだろうけれど、表情に乏しいのは少々頂けないかしら?)」
それがゼフィリアの目で捉えたグランへの評価であり、自分の魔術に耐えられる人間を見れただけでも此処に来た価値はあったと彼女は認識を改める。
「…………っと、先ずは役目を果たしましょうか」
『あの子の趣味はこういうのなのか』と場違いな思慮を回していたゼフィリアはいつの間にか止めてしまっていた“魔眼”を動かし、本来の目的を仕留めに掛かった。
2021/05/15 Ver1.0:実装
2021/08/27 Ver2.0:読み直しの結果、分割化(あと、誤字脱字調整)。




