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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
27/37

01-25 彼等の居場所(後)

01-25 彼等の居場所――次の戦場は

Ver1.1




「…………忘れる所でした」


 そうして語られた面倒事――エクスリックス王国の地政学を語り終えたラフィーアは、ふと思い出したような呟きを零してから席を立つ。


「――――?」


 その動きを前にしたグランの目は部屋の端へと歩き出したラフィーアの姿を追うものの、彼の“目”は自分の副官が言葉を零すより前に洩れ出した妙な“色”を見極めようと魔力()を凝らしていた。


「……竜士様と出会った時にお預かりしましたグゥエルナーさんの鱗ですが、加工が終了していたので帰るついでに持ってきました」


 そんなグランの視線の中に居るラフィーアは、彼の思惑とは裏腹にいつもと変わらない声音で部屋の端に置かれていた木箱に手を掛け、相当な重さがあるのか“風舞”の魔術まで使ってそれを持ち上げてから青年の近くへと戻ってくる。


「――ほぅ」


 グランの側へと運ばれ、封を解かれた木箱の中にはグゥエルナーが遺した鱗で拵えられた鱗鎧(スケイルアーマー)が収められており『自分を待っていた』ような“魔力(いろ)”を発している鎧を前に、彼は思わず吐息を洩らす。


 表面の色は“構造強化” の“刻印”が施された術鋼――グランが今使っている金属鎧と同じ色に染められているものの、魔道鋼線で編まれた鎖帷子に組み付けられている竜の大鱗は盟友(グゥエルナー)のそれに間違いなかった。


「……注意事項は2つ――いえ、一応3つです」


 鎧に見入っているグランから離れ、先程と同じ場所に座り直したラフィーアは彼を気遣うような“色”と共に『人間の世界』に疎い青年が注目せざるおえなくなる言葉を向ける。


「――聞かせてくれ」

「……まず、それが竜麟の鱗鎧である事は隠しておいてください」


 その思惑通り、盟友の遺品や見え難くなった“別件(いろ)”への思案を中止したグランはラフィーアへと意識を向け、そんな協力者(グラン)の反応に満足気な“感情(いろ)”を含ませた彼女はグランも引っ掛かりを覚えていた件に触れる。


「――――鎧の表面の意匠はそれに因るのか。……意図を聴いても?」

「……竜鱗の鱗鎧は端的に言ってとても高価――いえ、原材料や加工技術の観点から作られる事自体が非常に稀であり、同時に有用な装備です」

「――そうだな」


 そうして始まったラフィーアの言葉はグランでも判る常識であり、その『当たり前』を前にした彼は拍子抜けしたような相槌で通す。


「…………そして、これは私達人間の性質と言えるものですが……自分と同じような境遇に居る優れ過ぎた者に対しては嫉妬を思い――裕福な者は自分よりも下位と思う者が自分の持っていないモノを持っている事を許せません」


 しかし、そんな『当たり前』から始まったラフィーアの話は一気に辛辣なモノへと姿を変え、グランですら眉をひそめる中、彼女は淡々と語り続ける。


「……そういった嫉妬や羨望から来る軋轢や圧力を避ける必要があるとあの人は判断し、術鋼製に見えるような仕上がりにしたようです」


 まるで他人事のように自分達(にんげん)の事を語るラフィーアの“感情(いろ)”は北風のように冷めており、視線もグランではなく何処にもいない誰か(おもいで)を見据えているように見えた。


「――――」


 その言動――自分達と同じ存在をそこまで扱き下ろせるラフィーアの理論(かんがえ)。そこに至った経緯に興味を覚えるグランであったが、差があればいがみ合うという生物の(さが)は里でも起こっていた事であり、今の話の本題である鎧に偽装を施した意図への理解は早かった。


「――――『人間の世界』では、特別な者は排斥される時がある。グゥエルナーも言っていた事だな」

「…………そうですね。……自分の益にならない存在を害そうという深層心理があるのは確かですので――竜士様風に言うと、『人間の世界』の面倒事を避ける為の処置……と言ったところでしょうか」

「――――」


 グランの考えはグゥエルナーから聞かされていた『人間の世界』に対する注意事項に沿った内容であり、それを『人間の世界の指標』からも確認できた意味は大きいと考えたグランは、鎧の正体を隠し通す事を強く心に決める。


「――なるほど、状況は理解した」


 抜きんでた力を持つ個体は警戒されるのが常である


 それは里に居る“霊廟の主”を見れば明らかであり、彼のように他の竜に『関わられなくなる』ような事が自分に降りかかれば、今の職務に支障が出ると事なのだろうとグランは認識する。


「……ありがとうございます。……ですが、鎧の防御力は確かですので、竜血石の障壁と鎧の防御力と併せれば戦車砲の直撃でも原型を留めていられるかも知れませんよ?」


 そうして終わりつつある陰鬱な話の最後に、ラフィーアはグランでも判るような間違いを口にする。


「――――戦車砲を受けたとすれば、衝撃で『中身』は挽肉になるのではないか?」


 その意図(まちがい)に迷ったグランであったが、これが上官や先任が言っていた『冗談』の使い方であると推察した彼が『努めて軽い口調』で返答すると、ラフィーアはニヤリとした笑みを浮かべる。


「……ご存知であるならばもう1つの説明の手間が省けますね」

「――――」


 得意げなその反応から自分の推察が正しかったと認識したグランは静かに安堵しつつ、北風のようだったラフィーアの“色”が緩んでいるのを確認した彼は先程の辛辣な内容は副官にも堪える話だったのだと察し、暗い話が終わった事に息をつく。


「……グゥエルナーさんが遺した物ですが、過信しないで確りと避けてくださいね」


 そんな中、言葉を続けたラフィーアからは釘を刺すような視線とグランの身を案じるような“色”が発せられる。


「――――」


 こういった端々での“気遣い”に感謝を覚えるグランであったが、その心地よい“感情”の影に隠れた“色”――ラフィーアが鱗鎧の事を思い出した辺りから時折滲み出ている“感情”に漸く当たりを付けた彼は“目”に通す魔力を強める。


「――もう1つは?」

「…………竜士様はグゥエルナーさんとの相性が良い筈ですので、大丈夫だとは思いますが……竜麟の鱗鎧を着用していた人間は、60歳より前に死ぬ事が多いそうです」


 同時に、その“色”を探る時間を欲したグランが最後の注意事項(こうもく)を促すと、ラフィーアは幾ばくかの逡巡を挟んでからそんな情報を口にする。


「――――竜の魔力の影響か」

「……ご存知なのですか?」

「――ああ。……似たような物を知っている」


 グランが知るソレは竜の里の外縁――葬送を許されなかった竜の死肉を口にしてしまったり、腐敗した末のモノを養分としてしまった動植物の末路であり、それらの理を頭の中で纏めた彼はその記憶を言葉とする。


「――同じ種から懸け離れした能力を発揮し始め、同時に行動や習性等にも異常を来したりしているのであらば……此方が里で得た知識と同じものなのだが?」

「……鱗鎧を所持していた方々は『やんごとない方々』が多いので、揉み消された記録が多いそうですが――調べた記録によりますと、末期は相当に悲惨なものだったと」

「――――そうか」


 人間と動植物という違いはあれども『生物』という括りは全て同じであり、自分の記憶と同じ症状であった事の確認を取る事の出来たグランは合わないモノを身に着けてしまった者達の末路は同じであると再認識する。


「……竜士様は、大丈夫なのですよね?」

「この鱗鎧――グゥエルナーが此方の事を害そうとしないでいてくれる限り、此方がああなる事は無いな」


 そもそも葬送を許されていない事かして竜としては不本意な事であり、死しても尚残る高濃度の魔力(むねん)を知らずに食してしまった動植物に関しては運のない存在と断ずる他はない。


 そしてラフィーアが例に挙げた鱗鎧の所有者達も、恐らくは同じような末路を辿った竜から剥ぎ取った品か竜の意思とはそぐわぬ形で引き取られた鱗鎧(モノ)と長く接し、その高い魔力に毒されてしまった者達なのだろう。


「…………そうですか」

「――――」


 そんな時間稼ぎ(ざつだん)の末、協力者が“感情”の端に隠している“色”の正体を確信したグランは、何故ラフィーアがそんな“色”を発しているのかに思案を移す。


 ラフィーアが鱗鎧の入っていた木箱に意識を向けた辺りから時折発している“気配(いろ)”は、気付いてしまえばグランが里で見た事のある“(もの)”たった。


 それはグランの手によって子を切り殺された“姫”が覆らない(シキタリ)を受け入れられるまで発していた“色”。もしくは年の浅い“姫”が面倒な竜に惚れ込まれていた時のような“色”であり――。


「――――少し、頼み事をしたい」


 嘗ては自分に向けられていた“感情(いろ)”――グランとしても出来れば近づきたくない“色”に触れる事に恐怖しながらも、ラフィーアの協力者である自分はそういった“悩み(いろ)”を看過してはならないと考えた彼はグゥエルナーから言われた教えを部分的に破る事を決意する。


「…………? なんでしょうか?」

「――グゥエルナーからは禁じられている案件だが……話だけでも聞いてくれるか?」


 だが、その決意の先に出た言葉は“色”に触れる躊躇いとグゥエルナーの言葉に反する葛藤によって長過ぎる前置きとなり、普段より慎重な協力者(グラン)の言葉運びを前にしたラフィーアもまた僅かな“警戒(いろ)”を見せる。


「…………判りました。……お聞きします」


 ラフィーアの反応は普段とは異なるモノを前にした人間が取る当たり前の反応であったが、確認を常に問うグランの姿勢に慣れていた彼女は、僅かな黙考を挟んでからその大仰な前提を受け入れる。


「ありがとう――――君の“色”を詳しく見たい。頭に触れる事を許して貰えるか?」

「…………」


 そうして了承を得たグランが本題を告げると、前置きを付けるにしてはあまりにも単純な本題にラフィーアは拍子抜けしたように小首を傾げる。


「…………行動としては、触れるだけで――私に掛かる魔術的な要素はないのですね?」


 その呆気に取られたようなラフィーアの仕草を前にしたグランは何故か自分の緊張が緩むのを感じ、協力者(グラン)の緩みから自分の所作を自覚した彼女は咳払いを挟んでから魔術師らしい質問を発する。


「ああ。――君に影響が出る事は無い」

「……判りました。……触れるだけでした、構いません」


 それは魔術師の基本――彼等が契約の次に恐れる効果不明の魔術に対する確認であり、その是非にグランが応えるとラフィーアの中に残っていた“警戒(いろ)”が見えなくなる程に薄れていく。


「…………あ、事前に相手に了解を取る事は正しい手順ですので、他の人にする場合にも確認は取ってくださいね」


 了解を得たグランが席を立った時、ラフィーアはふと思いついたようにそんな言葉を重ねる。


「ああ、判った」


 それは成人して久しい筈のグランに向けるには似つかわしくない助言であったが、それをすんなりと受け入れた彼は姿勢を正したラフィーアの瞳――自分を見上げる緑色の視線が揺れないよう少女の耳の上辺りに右手を添え、“目”に集中する。


 グランの“目”は竜のそれと同じように様々な“感情(いろ)”を映す。


 今、ラフィーアの表層にちらつく“色”は彼女らしくない“不信”と“不安”の色であり、いつもであれば全てに挑み、聞き届けるように開かれている“意思”の“強さ(いろ)”には幾分かの陰りが見え、塞ぎ込むように閉じられているようにも見える。


 故に、里で見た時は自分や周囲へと向けられていた“不信”や“不安”の“感情(いろ)”こそ持っているものの、ラフィーアが持つその“色”は彼女自身に向けられている“もの”である。


「――――」


 その事実――ソレ等の“色”が自分に向けられていない事に何故か深く安堵したグランは、その原因を察するべく彼女の奥へと“目”を向ける。


 そうして“目”が辿り着くのは、グランの目の前にある綺麗な“色”の本質。


 『人間の世界』では魂と呼ばれているその場所は、表層にらしくない“感情(いろ)”が混じっていたとしても“魔力(ほんしつ)”は変わっていなかった。


 同時に、その“色”に混じっている“感情(よぶんないろ)”へと“目”を凝らしたグランは、それが“祭”の最中に泥沼へと叩き落とされた竜が自分の鱗の汚れを気にしていた時に発していたような“色”である事をつきとめる。


「(――――命の危険があるような問題ではなさそうだな)」


 今のラフィーアの状態は、協力者が失われるような事態を示しているものでは無い。


 その確証を得られたグランは静かに吐息を洩らしながら“目”を緩め、自分の目で見上げている緑色の瞳を見る。


 何をされているのかが判らないが故の微かな不安を湛えている瞳。


 先程“目”で見た“魔力(ほんしつ)”のように美しい瞳を見つめ返していると、グランは自分の中に『伝えなければならい』という今までの人生で浮かんだ事のない欲求が浮かびあがってくる。


「――何があったのかは知らないが、君がそんな弱気で居る事は似合わないと思う」

「…………?」

「君の“魔力(いろ)”も、君の形も綺麗なまま変わりはない」


 グランの手によって視線を逸らせないラフィーアはその唐突な言葉に疑問の“色”を浮かべるが、それを見越した彼は言葉を続ける。


 『人間の世界』にあっては、竜の里のように自分の感情の全て相手に伝える事は出来ない。


 グランは『人間の世界の指標(ラフィーア)』と離れている間もバールゴートやエリオードへの観察を続けていたものの、彼は自分が望む答え――『人間の世界』での言葉の正しい使い方には辿り着けていない。


 しかし、『人間の世界』では経験や慣れが言葉の『不出来さ』を補っているという仮説を持つに至っており――。


「――そんな不安に怯えているような“色”ではなく、いつものように世界全部を敵に回しているような“色”でいてくれた方が、此方も落ち着く」


 その仮説を信じたグランは自分の想うままの言葉をラフィーアに伝え、竜の里での語らいのように、自分の感情が正しく彼女に届く事を願って言葉を向け続ける。


「…………」


 そんなグランの努力――彼以外からすれば見当違いに近いソレ――はある意味で実を結び、グランの“目”に映るラフィーアから幾つかの“色”が消え、いつもの彼女に近い“色”へと戻っていく。


「――――っ」


 しかし、グランの目はそんな好転よりも拙いモノ――自分を見上げるラフィーアの瞳の端に集まる光るモノを捉え、その水分が意味するモノに彼は背筋が凍りつかせ、その衝撃はトカゲのような無表情にも動揺というヒビを入れる。


 里から出る前、グランはグゥエルナーから幾つかの注意事項を聴いていた。


 その内の1つを言葉に訳せば――『男性に対して涙というモノを発生させても気にするな。しかし、女性に対してソレを発生させたならば、非常に面倒な事になる事を覚悟しろ』、となる。


「――――」


 ラフィーアの状態がグゥエルナーをしても『面倒な事になる』と言わしめたものへと変化してしまった事を認識したグランは緩んでいた思考を戦闘に際するものへと一気に引き上げる。


 グランはまず、許しを得ていた右手を放し、1歩下がる事で間合いを取る。


 面倒な事――つまるところ『脅威』は『排除』が基本であるが、グランにとってラフィーアは既に掛け替えのない協力者であり、グゥエルナーとのシキタリを果たす為には切られる事も切り捨てる事も許容できない存在である。


 となれば『人間の世界』ではよくある『和解』を提示するのが最善と考えられるが、状態が変化した『原因』が判らないのであれば『対策』のしようがない。


「――――――」

「……あ、いえ、なんでもありませんので――あの、そんな警戒をされなくても、大丈夫……です、はい」


 グランがその20年前後の生において最も悩ましい問題に苦慮して立ち竦む中、その対象であるラフィーアは瞳の端に集まっていた涙を手で拭き取り、彼女らしくない要領を得ない言葉でグランの警戒を宥めようとする。


「……いえ、違いますね――――そう。……部屋に入る前にノックをするのは良いですが、部下であっても女性の部屋であれば入って良いのは応えを聞いてからです」

「あ、ああ……それはさっきも聴いたから判っ――」


 しかし、そんな言葉の途中から口調を居直るようなソレへと変貌させたラフィーアは既に終わっている筈の話をほじくり返し、持って来た時の繊細な動きとは打って変わった粗々しさで持ち上げた木箱をグランに押し付ける。


「……お薬、ありがとうございました」


 そのまま“風舞”まで使ってグランを部屋の外へと押し出したラフィーアは、取って付けた様な一礼を最後に、扉を閉じてしまう。


「――――」


 事態の急変に釈然としないものを感じるグランであったが、グゥエルナーをしても『面倒な事になる』と言わしめていた窮地から離れられた事を認識した身体は、彼の感情とは裏腹に安堵の息を零す。


「――――なんにしても、検証が必要だな」


 得られた情報は非常に少なく、何故『面倒な事』から脱する事が出来たのかもグランには判らないが、判らない事を判らないままにしておけば必ず命に関わる。


 短い生しか持たない人間では『その危機』が訪れる前に人生を終える事もあるとグゥエルナーは言っていたものの、その楽観を信じて無事に済んだ事はグランの人生に置いて一度も無かった。


「――とは言え、相手が『人間の世界の指標(きょうりょくしゃ)』となると……手札がないな」


 閉じられた扉の前で木箱を抱え直したグランは身を翻し、宿舎の窓口目指して歩きながら思案を捏ね回す。


 グランの認識において、ラフィーアは『自分達の願いの為の協力する』という『契約』を交わした時点から『人間の世界の指標』――裏切られても納得出来る相手として位置付けている。


 それは『人間の世界』の常識に疎いグランがこの世界で安全に生きる為に巡らした策であり、同時に判らない事の全てをラフィーアの判断に丸投げする彼の甘えでもあった。


 しかし、ソレが揺らいでも尚『契約』を深めようとすれば自分自身で『指標』を持つ必要が出てくる。


 『竜の友、竜騎士、相応しく、目指し、学べ』


 『――我は、グランを、助ける。グランは、自分、得ろ』


「――――あぁ、そうか。……グゥエルナーは、これが見たかったのだな」


 そんな甘えを捨てなければならない現実に悩む中、グランは漸く盟友の言葉を理解し――果たせなかった契約がまだある事を認識した彼は、静かに目を伏せた。



2020/12/26 Ver1.0:実装

2021/03/25 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映


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