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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
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01-24 彼等の居場所(前)

01-24 彼等の居場所――暗雲

Ver1.1




 エクスリックス王国中央部、その東方――ザックバール砂漠と接する位置に広がる同派遣軍の拠点、セントルアーバ基地。


 その敷地内を歩く緑髪の青年、グラン・サウスココル大尉は珍しい事に仕事以外の目的をもって歩みを進めていた。


 魔術契約書(スクロール)の効力を付与された手紙によって何処かに呼び出され、セントルアーバから離れていた自分の副官。


 そんな副官(ラフィーア)がセントルアーバに戻っているかもしれないという話を耳にしたグランは手早く朝食を済ませ(そのばしょからはなれ)、女性用の居住区へと足を伸ばしていた。


 気が急いている事はグランにも自覚があるものの、特に急ぎの案件を抱えている訳では無い。


 だが、そんなグランを急かしているのはセントルアーバでの協力関係が始まってからずっと近くに居た副官が居ない事への妙な違和感であり、その足は彼が気付かぬ内に徐々に早くなっていく。


 その歩みの先にあるのは境界によって外部と区切られた基地内であるのにも関わらず、それとは別の境界によって囲われている場所である。


 グランの知る物語の多くがそうであったように、エクスリックス王国においても戦人を構成しているのは男性であるが、王国の軍属には竜騎士や魔術師という人間以外の要因によって選別される兵種があり、これ等には性別の差がない。


 だが、そんな例外的な存在が居るエクスリックス軍にあっても数十年前までは女性を基地に入れるような事はせず、遠方から魔石のみを輸送する事で済ませていたらしい。


 しかし、女性の竜騎士が増え、機竜の性能向上によって魔術師自身がその保全に関わるようになると分業は現実的ではなくなり、グランの視界の多くを占め始めた境界(へきめん)で区切られた女性用の居住区が造られるようになったとの事だった。


 そして、風紀と規律の都合上から女性用の居住区は司令部並みの厳格な警備・管理体制が敷かれており、その厳重な受付を済ませたグランは監視役として付けられた上等兵(じょせい)と共にラフィーアが預かっている個室へ向かう。


 2人が目指す場所は宿舎の上層階であり、数少ない士官用の個室が与えられているラフィーアは今、出先から持ち帰った物品の荷解きを行っているらしい。


「こ、こちらとなります……」

「――そうか」


 気弱な監視役――否、どういう訳か委縮しているような“感情(いろ)”を見せている上等兵に疑問を抱きながらも、グランは階段の先を見る。


 監視役の先導によって辿り着いた個室の扉はグランが預かっている宿舎と遜色ない様式であり、下の階とは明らかに異なる『差』を前にした彼は『『人間の世界』はなんとも世知辛いのだな』と思いつつ、廊下を満たす静けさに朴訥なノックの音を響かせる。


「――――」


 しかし、返事がない。


 続けて扉を叩くのは失礼に当たる時があるとラフィーアから聴いていたグランはそれをせず、静寂の中で反応を待つが――それでも返事がない。


「――――――」


 そんな中、もう一度戸を叩くべきかと思案したグランの脳裏にラフィーアが別れる間際に見せた“色”――。


 “不安”のと助けを乞うような“願い”を混ぜた、思い返しても形容し難い“感情(いろ)”がグランの脳裏を過る。


 その“色”の意味が未だに解らないグランではあるが、それを見たのはもう2週間も前の話であり――今の無応答とは関係がないと頭では理解できている。


 しかし、一度思い浮かんでしまったその“色”の思い出はグランの思案に妙な想像を抱かせ、未だに無い反応が彼の動揺を増長させる。


「――――――入るぞ」


 そのまま続く無反応の中、不安を抑えられなくなったグランはついに扉を開けてしまう。


 そうして開かれたグランの視線の先には、目当ての人物(ラフィーア)がいつも右足だけに履いている拘束衣のような靴下を履こうとしている姿が視界に飛び込んできた。


「…………」


 扉の先に居るグランを見るラフィーアは、彼が見た事のない驚きの表情と共に“無心(めずらしいいろ)”を滲ませ、ただ呆然と青年の事を見つめていた。


「――――」


 それに対し、グランは“目”ではなく自分の目に映る色――ラフィーアの白い肌と比べれば醜悪さが際立つ赤と黒と歪な肌色が合わさった痣――竜膜で組まれた靴下の内側に隠されていた彼女の右足(きずあと)を見据えていた。


 グランの視線を縫い付けているソレは刺突や切断に打撃痕すらも混ぜた無数の傷跡を一つに集約した様な痕であり、固まった血のような赤黒さを滲ませるソレは今し方負った傷のような痛々しさを覚えさせるものだった。


「グ、グラン大尉殿。僭越ながら申し上げますが……女性の部屋に入る時は応えを待ってから――」


 そんな無言の対峙の中、グランの背後から上等兵の声が届くものの2人の硬直は解れる事は無く――その内情が『驚愕』と『分析』という異なるものであったとしても、改善にはそれから幾分かの時間が必要だった。


「――1度戻る。この建屋内を動く時は上等兵の同行が必要だな?」

「え? あ、はい。その通りで――ひゃぁ?」


 しかしその硬直も無限に続くものではなく、『分析』を終えたグランは協力者としての責務を果たすべく、上等兵(じょせい)であっても必要ならば触っても良いとグゥエルナーから言われている足と背中を起点として彼女を抱き上げ、身を翻す。


「――すぐに戻る、しばらく待っていてくれ」


 そうして動きを取り戻したグランに対し、未だに硬直から抜け出せていないラフィーアにそう言い残した彼は“身体強化”すら掛けた全速をもって宿舎を走り抜ける。


「後でまた通る。対応方法は任せる」


 建屋内を疾走するグランの速さに目を回した上等兵を受付に預けたグランはその速度を維持したまま自分が預かっている自分の部屋へと疾走する。


「――――あの薬なら、恐らく……」


 グランの持つ数少ない私物――竜の里から持ち出した内の1つを思い浮かべたグランは、その用法と効果を思い返しながら基地を走り抜けた。






 そのような問題を含んだ再開からしばらくして――。


「…………今更ではありますが、竜士様が最初に学ぶべきは一般常識だったのかもしれませんね」


 グランが預かっている個室と同じように家具自体は少ないものの、手製と思しき術具や身を飾る用途と思しき小物が仕舞われた子机等から生活感は感じられる部屋。


 そんな部屋の中心にある比較的大きめな机の前にグランを座らせたラフィーアはその対面に腰掛け、自らが淹れた茶を傾けながら恨みがましい視線を彼へと向けていた。


「反省はしている。――だが、その失敗は今回提供した(もの)であれば十分償えるとも認識しているが……間違っているか?」

「……遺憾ではありますが、正しい認識です。……とは言え、今後は気を付けてくださいね」


 グランの“目”に映るラフィーアには自らが隠していた傷跡(みぎあし)を見られた事に対する“衝撃”が抜け切っていないような“感覚(いろ)”を発していた。


 しかし、私物(くすり)を持ってラフィーアの部屋にとんぼ返りしたグランがまず最初に渡した薬にはそんな“感情(いろ)”を治めるだけの効果があったようで、グランを見ている彼女の“色”にはもう“怒り”に近しいものはなかった。


 尚、この部屋への案内を2度も任された先程の上等兵は――。


『……大尉とは1時間程打ち合わせを行います。……この場に残りたいと言うのであれば無理強いはしませんが、貴官が聞くとまずい話もしますので命を賭けたスクロークを書いて頂きますが?』


 と言った脅しのようなラフィーアの言葉によって退去させら(おいはらわ)れており、今この場にはグランとこの部屋を預かっている彼女しかいない。


 そんなラフィーアはグランとのやりとりの最中にあっても視線を時折ずらしており、その先には彼女自身の右足――薄くなった傷跡を覆い隠している竜膜製の靴下があり、些細な変化とは言え当人にとってはやはり気になるものらしい。


「――痛みなどがあるのか?」

「…………感覚的な変化はありませんが、8年も改善しなかった痕でしたので……思う所が無いと言えば嘘になりますね」


 その仕草に対するグランの見立てにラフィーアは“感情(いろ)”の無い言葉で応え、傷跡を覆い隠している竜膜製の靴下を静かになぞる。


「……先日見せて頂いた“鱗薬”も変わった品でしたが、竜がお創りになる薬はなんというか――おとぎ話に出てくるようなものなのですね」

「グゥエルナーや“白姫”しか作っていないようだったから、他の竜も作れるかは不明確だぞ?」


 そうして続けられた竜への過大な評価に無慈悲な訂正を加えながら、グランは最後に見たラフィーアの右足を思い返す。


 グランの渡した薬は彼が里で炎息を受けた時にグゥエルナーから処方された品の残りであり、焼け付いた自分の皮膚を完治させたソレであれば協力者(ラフィーア)の傷跡にも効くのではないだろうかという青年の予想は、結果的に良い結果を残す事が出来た。


「――義足ではなかったのだな」

「…………酷い錯覚ですね」


 その穏やかな雰囲気の中、グランがラフィーアの居なかった頃に脳裏を過った気付きを零すと、彼女は心底嫌そうな“色”と声音をもってその言葉を否定する。


「――――『人間の世界』ではそう認識するのか」

「……父様や母様から頂いた身体を無下に傷付ける者を、私は好ましいとは思いません」

「――そうか。……では、右足に巻いているその竜膜製の術具(くつした)の機能と、君の状態を確認したい」


 そうしてまた1つ『人間の世界』の常識を学んだグランは、彼女の上官としてその身体の状態を確認する。


 グランの発言は軍務上の責務から発せられた命令であり、それを前にしたラフィーアは今まで語らなかった自分の状態を淡々と言葉に乗せ始める。


 幼少時に遭遇した事故によって大怪我を負い、その後遺症で右足が使い物にならなくなった為に“刻印”を施した靴下によって右足を動かしている事。


 また、事故の際に潰された部位は他にもあるものの右足以外は今の所まともに動いており、身体の状態から“身体強化”は使えないものの、“身体強化もどき”――“風舞”によって戦闘行動にも支障がない事。


 機竜の搭乗者としても、右足を動かす為に多くの魔力を術具に取られてはいるものの、生来の保有・生成魔力量が多かった事から人並みの保有量は確保できており、軍務にも支障が無い事。


「……人間としては何とか機能していますが、この髪がなければ誰も――いえ、これ以上は無用な情報ですね」

「――君の歩き方が准尉と似ていたのはその所為か」


 そんなグランには理解が及ばぬ言葉で説明を終えたラフィーアの“色”は寂しげなものであったが、必要な確認の取れた彼は副官が無用と断じた言葉を素直に忘れ、自分の納得を優先する。


「…………准尉。……准尉――もしや、ザニエル准尉の事ですか?」

「ああ――そうだな、君が居なかった間の進捗を話しておこう」


 そんな中、グランは自分の何気ない呟きからその当人にまで行き着けるラフィーアの洞察力を頼もしく思いつつ、彼はそのままは彼女が居なかった時に進めた案件の共有をするべく言葉を続ける。


 予備役に下げられていたザニエル准尉を機竜搭乗者に復帰させた上でフライアの艦載竜騎隊長に据えた事、エリオード技術大尉に対空魔石弾を試作してもらっている事、バールゴート特務中尉と進めている戦術案の進捗に機竜隊の編成。


 グランとしてはそれらの行動は妥当なものだと考えているが、協力者であるラフィーアから見て拙い判断であったのであれば個別に協議し、中止も含めた擦り合わせしなければ協力関係は築けないと彼は考えていたのだが――。


「…………実験用対空魔石弾は、その名の通り試すしかありませんが……ザニエル准尉を機竜隊長に据えるとは、また大胆な事をしましたね」


 それらの案件に対するラフィーアの反応は概ね好意的な“(もの)”であり、その反応を前にしたグランは幾分か緊張を緩める。


「正規の訓練を終えている士官であり、対戦車戦闘は経験できなかったが実戦を知っている上に戦う意思がある――どう思う?」

「……十分採用に足る案かと。……やはり、竜士様の判断に間違いはありませんね」

「――そうか」


 上官をおだてるのが部下の常であると艦長(じょうかん)大尉(せんにん)から忠告を受けていたグランであったが、彼の“目”はその聞こえが良い言葉がラフィーアの本心に近い事を伝えおり、良好な協力関係を築けた事に青年は満足げな吐息を洩らす。


「――最後に、これは最近聞いた話だが……次の作戦地域は北部では無いらしい」


 そうしてラフィーアが居なかった期間に起こった事の共有を済ませたグランが自分達の今後に関わる話題を振ろうとすると、彼女は珍しく困ったような表情を見せる。


「…………それは私に話してもよい内容ですか?」

「――? 君は此方の副官ではないのか?」


 そのあまり見ない“色”と共に返されたラフィーアの問い掛けに対し、グランが今更のような確認で返すと彼女の色が“困惑”よりも“気落ち”のような“感情”が強くなる。


「…………共有が許されるのが上級士官のみとなる情報もありますので、覚えておいてください」

「そうか。――中佐からはそういった発言を受けていない」

「……ご説明を、お願い致します」


 そうしてまた新たな『人間の世界』の常識――副官の“色”から見て重要度は高そうなもの――を学んだグランは補足によってラフィーアの懸念を晴らしながら情報共有を続ける。


 話の始まり数日前、フライアの艦橋で新兵達の監督をしていたフゥーリー艦長にグランが自分の隊の書類を提出した時の事だ。


 グランとフゥーリーはお互いに口数の少ない人物である為に書類の提出は言葉少なく終わったが、その別れ際に明日の天気を話すように先程共有した内容が伝えられた。


 グランはその内容自体は覚えたものの『人間の世界』に疎い彼はフゥーリーの意図までは把握できず、その後に基地を見回っていたプロブ大佐からも『面倒をかける』というグランには意図の判らなかった言葉と共にその補足を受けた事。


 グランとしては『噂話』程度と認識している情報の共有と、それを彼に伝えた上官らのよく判らない“色”の真意を知るべく、その全てをラフィーアに伝えたのだが――。


「…………面倒な話のようですね」


 そんな言葉を受け取ったラフィーアは、上官らと同じような“感情(いろ)”を醸しながら表情を曇らせる。


「艦長も大佐も、君と同じような“色”で話していたが……友軍(みなみ)の作戦に協力する事に何か問題があるのか?」


 その言葉はグランとして嘘偽りのない本心であったが、世情に疎い彼の言葉尻に静かに息を添えたラフィーアは幾つかの呼吸を挟んでから落ち込んでいた“色”を改める。


「……また、勉強会ですね」


 そんな見た事のある“色”と言葉――ノース・クラウで連邦の兵器や王国の魔術をグランに教えた時のような雰囲気を纏ったラフィーアはするりと立ち上がると部屋の隅に収められていた地図を抜き取り、静かな歩みで座り直すとそれをグランの前に広げた。






「……まずは、前提条件からですね」


 そう言って地図の中心、エクスリックス王国の首都であるエクストーラがある辺りを指差したラフィーアはその周辺を丸く指でなぞりながら言葉を紡ぐ。


「……10年前の第2次会戦の頃より前の時代――中央で戦力と呼べるものは王家の近衛騎士団とそれに連なる有力貴族が保有していた騎士団程度しか存在しませんでした」

「――なに?」


 ラフィーアが指でなぞった範囲は広く、グラン達が今居るセントルアーバ基地もその範囲に入っている事を鑑みれば、その頃の中央の軍事力は今と比べるべくもない状態だった事が判る。


「……ですが、その10年前から我が軍が本格投入を始めた竜騎による機動防御を担う為に中央軍が計画され、中央の大貴族であるエクスアード公爵と関係の深かった武闘派――魔術の大家であるジェフスティア侯爵家が中心となって編成されたのが私達ザックバール派遣軍です」


 そう言ってセントルアーバ基地が在る当たりを指で叩いたラフィーアは、次に北へと指先を移す。


「……次は比較的まともな組織である北方軍ですが……これはクラウサラン公爵家を中心とした北方貴族が持っている騎士団を1つに取り纏めた組織が母体となっています」


 そうして北方軍の成り立ちを口にしたラフィーアは、地図の北側――アースラー山脈よりも東側のかなり広い部分を指でなぞる。


「……今回の連邦の大攻勢は北側から回り込んでくる事が予想されましたので、中央の近衛(よびせんりょく)を解体する形で再編されていた中央軍も増派として派遣されており――それらが今の北方軍を形成しています」

「――そうか」


 ラフィーアの言葉は事務的なそれであったが、未だに先の会戦(あのばしょ)への思う所が残っているグランは、そんな説明を前にしただけでもいつもの無表情に幾つかの色を見せる。


「……竜士様が思う所もあるでしょうが、この戦力とザックバール派遣軍の尽力があったからこそ、ノース・クラウの防衛――北方の民、延いてはエクスリックス王国が持つ魔導の知識を守る事が出来たのです。……どうか、そんな顔をしないでください」

「――――そうだな」


 そんな言葉だけでは切り替えの出来ないグランであったが、その言葉に続いて勧められた茶菓子によって気を紛らわされ、湯呑に継ぎ足された茶を傾ける事によって揺らいだ感情を落ち着かせられる。


「…………最後に、南方ですが――ファルストリア連邦からすれば、これがエクスリックス王国軍となるのでしょうね」

「――? どういう事だ?」

「……数だけで見れば中央軍と北方軍を合わせた総数の3~4倍の規模があり、連邦との戦端が開かれてから今日に至るまでエクスリックスを守ってきたという無駄な矜持に生きる連中です」

「――君のその言葉の意図を確認しても?」


 しかし、平静を取り戻したグランに対し、解説を進めるラフィーアは今までとは打って変わった敵に見せるような“色”を滲ませており、その変化に驚いたグランがその詳細を求めると彼女は嫌そうに目を細めながら言葉を続ける。


「……この戦乱を起こしたのは南方のゴタゴタが始まりであり、それを詫びれもせずに『国を守って来た』なんて、どの口が言えるのだか」

「――なるほどな」


 そうして続けられたラフィーアの言葉には確かな理論があり、他にも理由がありそうだと感じたグランであったがそれ以上は踏み込まずに続きを促す。


「……あとは――中央や北に居るような魔術の大家が……居ない訳ではありませんが、術具の開発や安定供給を行えるような規模ではない事から、兵器製造の殆どが北部で行われている事から察してほしいかと」

「識字率が低いとも話していたな。つまり、北や中央の人間は、南の人間を――」

「……竜士様。……言葉の上では、それ以上は言わない方がよろしいかと」

「――君は誠実だな」


 そんな“蔑み”とも“憐み”とも思えるラフィーアの“感情”を垣間見たグランは、グゥエルナーと出会う前の頃の自分を彼女が見たらどう思うのだろうかと考えようとした所で、即座にその思案を切り捨てる。


『あんな虫のように生きている自分なぞ、見せたくはない』


 その想いは考えるまでもなく出た答えであり、なぜそんな想いを抱いたのかという自分の情動が気になったグランであったが、そんな事でラフィーアの語る講義に遅れては事だと気を引き締める。


「……中央と北も仲が良いとは言えませんが、それ以上に中央や北から見た南との関係は良くない……見る人間からすれば悪いと言えます」


 そんな言葉と共に一区切りに至ったラフィーアの説明を前にしたグランは、そのエクスリックスの内情を竜の里にあった“姫”達の勢力争いと照らし合わせ、同時に地図を見直した彼は上官らから発せられた言葉と“色”に納得したように目を伏せる。


「――――面倒事に巻き込まれた気がするな」

「……これだけでそれが理解出来たのでしたら、竜士様もだいぶ『人間の世界』に慣れてきたのですね」

「――嬉しくはない話だな」


 良好ではない関係である筈のザックバール派遣(ちゅうおうの)軍が南方軍の活動圏である戦線に向かう。


 どのような意向と経緯が絡んでいるのかはグランにも知る由はないが、『会わなければいがみ合う事もない存在が態々顔を合わせに行く』状況だと考えれば面倒事が起こらない筈がないというのは彼にも理解できた。


「――――しかし、君から聞いた内容を鑑みるに、中央や北に対して南が保有する戦力が以上に多い気がする……どうしてそこまでの開きがあるのだ?」

「……北や中央は魔術の大家になれるだけの一族が多く居を構えて居たのに対し、南は魔術体系の所為かはたまた土地柄の所為か、人口比での魔術師が少ない地域でした」

「――それに何の関係が……いや、魔導騎士か」

「…………戦う事に関しては、本当によく回りますね」


 そうして続いたグランの疑問を受けたラフィーアは静かに前置きを言葉にするものの、それだけで全容を理解した彼を前にした講師(しょうじょ)は本題を言い損ねた事に拗ねた様な表情を見せる。


 軍人――いや、戦人はそこに居るだけではなんの生産活動もしない存在であり、国家の安全を害する存在が居ないのであれば少ない方がいい。


 そして、ファルストリア連邦軍のように鉄の雨を降らせるような苛烈な火力が無い頃の戦場であれば、魔導騎士は1人であっても千の雑兵に比肩する極めて優秀な戦力となる。


「……間違いがあるといけませんので、一応続けますが――」


 そんな予測をグランが組み立てる中、対面に座るラフィーアは前置きを挟んでから彼の考えを補足するような言葉を始める。


 ファルストリア連邦との戦争が始まるよりも前であれば中央や北の有力貴族が抱えていた魔導騎士達だけで南方軍に対抗する事が出来、中央と北にも小さくない確執があった事から互いに無駄な軍拡を行わずに内政と経済の拡大に注力していた。


 しかし、ファルストリア連邦というこれまでの常識が通用しない敵勢力が発生した事でそれらの機微は意味を成さなくなり、国内の戦力均衡を考えている余裕がなくなった事。


 そして、そんな脅威に対抗するべく開発された魔導騎士(さいのう)に由らない武器――魔石銃や機竜の性能向上によって王国の戦闘の常識事態も大きく様変わりしてしまい、事態は完全に収拾がつかなくなってしまった事。


「……そんな後手後手の対応の結果が、この国での歪な戦力分布の原因です」

「――――そうか」


 要点を上手くまとめられたラフィーアの言葉はそんな内容であり、予想通りの情報を前にしたグランは面倒そうに吐息を零す。


 『同じ王国の戦力であるのならば問題にならないのではないか?』という間抜けな言葉は、『人間の世界』に疎いグランであっても流石に出てこない。


 『同じ』である事から語らい、仲間となれる存在であっても――否、同種であるからこそ仲間以外との軋轢が激しくなるのが『生きている者』全ての常であり、それは竜の里にもあった理である事からグランの理解も早く、そして正確であった。


「……魔導騎士が多い事から竜騎士の数も中央や北の方が比較的多いのですが、戦力分布を均衡させられる程ではなく、現状では本営(エクストーラ)の方針も南の横暴が通りやすくなっている状態です」

「――――」


 同時に、『砂上に居る戦車を機竜で対処せよ』という“風盾”が組めなければ実現出来なかった無謀な命令を下すような人間が発信者に居る事をグランは目を伏せ、現状では覆しようがない状況に息を吐く。


「……南で活動する魔術の一族を支援する為の生贄――もとい奴隷の売買を促進する政策等も通させたとの噂も聞きます。……私達が考える話ではありませんが、エクスアード公爵やクラウサラン公爵には頑張って貰いたい所です」

「――――」


 そんな言葉を最後に自分で淹れた茶を飲み干したラフィーアは静かに息をついてから沈黙を通し、その仕草からこの面倒な話題が終わった事を認識したグランは今の会話で習った『人間の世界』の常識を覚えながら彼女が最後に零した名前を思い返す。


 エクスアード公爵はザックバール派遣軍(じぶんたち)の持ち主であるジェフスティア侯爵の上役であり、クラウサラン公爵は先日訪れたノース・クラウ――否、北部全体を取り纏めている大貴族であり、これらは自分達の目的に利する存在と考えていいのだろうと認識する。


「(――しかし、『人間の世界』の煩雑さは里を遥かに凌駕するな)」


 基本的に他者との関わりを避けるきらいのある里にあっても尚“姫”達は静かな勢力争いを続けており、名のない竜達もそれに引っ張られる形でその諍いに参加はしていた。


 しかし、元の数が違う上に性別問わずにいがみ合っている『人間の世界』であっては、その確執の絡まり方が尋常ではない。


「――――本当に、面倒な話だ」


 そんな呟きを最後に、グランはラフィーアに倣うように目を瞑り、彼女の淹れた茶を飲み干した。




長くなり過ぎたのでまた前編・後編仕様に。

――そして、後編でも戦闘まで入れなかった……。


2020/12/12 Ver1.0:実装

2021/03/25 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映


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