表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
25/37

01-23 欠けた者達

01-23 欠けた者達

Ver1.1




 運竜によって引かれる荷車に揺られる事、約2日。


 アースラー山脈より東側の交易の中枢を担う町――セントルサウートで受け取った追加の指示に従った少女は“魔眼”を使って自分が乗っている事を隠しながら運竜便を乗り継ぎ、迂遠な周り道の末にこの道を進んでいた。


 エクスリックス王国の中央やや南寄りに位置するセントルサウートからジェフスティア侯爵の直轄領へと進む道。


 その道に入った事で漸く自由を得た少女は布で隠していた銀髪を空に晒し、目的地である“塔”を見上げる。


 少女の視線――微かな憂いを伴う瞳の端に映る銀緑の髪は彼女の特異な才能を示すものであり、同時に娶るなり囲うなりして子を成させればを望みえる限りの魔術の才を一族の血に加えさせ、そこから続く氏族全ての繁栄を約束する証でもあった。


「……ですが、そんな色眼鏡を掛けない人も居ましたね」


 自分を縛るエクスリックスの常識――疎ましいと感じならも自分自身の魔術(ちから)の根底を支えている(いろ)の一房を手で弄ぶ少女の脳裏に、最近になって協力関係を築いた仏頂面が浮かびあがる。


 竜の里で育った為か表情筋も竜のように凝り固まってしまっている彼は、戦闘に関わる事以外では何を考えているのか分からない人物である。


 しかし、誠実であろうとする信念は確かであり――寝込みの女性(じぶん)を襲わないとなれば相当な堅物と言えるだろう。


「…………」


 “(もくてきち)”が見えてきた事による憂鬱の中で少女が連想してしまった先日の出来事――ノース・クラウンでの治療を思い出した彼女は恥ずかしさと自らのはしたなさに眉を(ひそ)める。


 仕事ではない状況下に置いて、密室で男性と2人きりになる。


 それは事情を知らない者が知れば破廉恥と後ろ指さされてもおかしくない行動であり、今にして思えば思慮の足りぬ行為であったと恥じる少女はそんな感情と共に『無意味に彼を試した』という後ろめたさに苛まれ、その事実から逃げるように目を覆う。


 そう――先日の治療の後に寝入った少女は、いつぞやの砂漠の夜の時のような無策で事を起こした訳ではなく、もしも彼が手を出せば“切り札”をもって主導権を取る準備を済ませた上で『釣り』を行った。


「…………ですが、それは発動しませんでした」


 そう呟いた後、今も服の下にしまい込んでいる“切り札”に触れた少女は、はたと『自分には髪以外の魅力が無いのではと』思い至り、顰めていた眉の歪みが更に酷くなる。


「…………背、短いですし――ぁあ、そう言えば言動を(たしな)められた事も何度か……」


 そうして少女の思考をかき乱す感情――彼女が生まれて初めて得た相手を想う情動――にも気付けぬ彼女は見当違いな思案を捏ね回し、袋小路に入ってしまったそれに頭を抱える。


 彼はどんな時も真摯な瞳で自分の事を見ているが、果たしてその目は自分をどう捉えているのか。


「……なのに、私は右も左も判らない人を相手に大人げない態度を――あ、それに最近は再編成のごたごたで失礼な態度を取った事も……」


 そんな年相応の情動に苛まれている少女が気付かぬ内に、彼女を乗せていた荷車の揺れが収まる。


「G系フレームチューナ・ファスエルが応対します。――ラフィーア様、運竜便は本機の前に到着致しましたが――どうかなさいましたか?」

「…………ファスエル? ……あ、いえ――何でもありません」


 足を止めた運竜の後方。


 開かれた荷車の扉から彫刻のように整った容姿をした女性が自分の事を覗き込んでいる事に気が付いた少女はハタと正気を取り戻し、明らかに反応の遅れた言葉と共に立ち上がる。


「そうですか。――本機内の指揮所にてゼフィリア様がお待ちになっております」

「………………はい」


 その抑揚の乏しい声と青髪の長身を前にした少女は“塔”から出られなかった頃を思い出し、同時に浮かんだこの場から逃げ去りたい感情を押さえつけた彼女は眼前にあるソレを見上げる。


「……2ヵ月ぶりに、なってしまいましたね」


 それはエクスリックス王国に3柱存在する遺物の1つであり、魔術を究めた序列3位までの血統が占有を許される権威の象徴にして、王国の鉄鋼業を支える術鋼等の産出地。


 そして、少女の目の前に聳えるこの1柱は彼女の家でもあった。






 エクスリックス王国の中央東端に位置するセントルアーバ基地。


 そこに停泊中の潜砂艦(フライア)の格納庫は、今日も騒音に溢れていた。


「――――」


 その渦中――機竜の装甲である術鋼を叩く音や魔導鋼線を裁断する音が支配する場所において、緑髪茶眼の青年はただ只管(ひたすら)に魔石の生成を続けていた。


 周囲の工兵達が動き易さを重視した服装によって槌を振るい裁断機を押さえているのに対し、青年は魔導鋼線で編まれた鎖帷子に外衣(サーコート)という場違いな装いであった。


 その明らかに浮いている格好のまま、周囲からの視線を気にする事もなく土の魔石を生成し続ける青年――グラン・サウスココル大尉はただの魔術師がするような仕事を淡々と続けていた。


「しっかし……戦隊長というのは案外暇なのかねぇ」

「――副官からは『戦闘に参加していない為に仕事がない』だけだと聞いています。……加えて、『こんな無理な再編成が行われていなければ、作戦前の書類作成の為に部屋で缶詰にされています』とも」


 そんなグランの横にいる老人――エリオード・ゲノーモス技術大尉は「はっはっは、嬢ちゃんなら言いかねないな!」と笑いながら受け取った土の魔石に工具を当て、魔石砲の弾とする為の“刻印”を彫っていく。


「――――」


 人間の感情を“色”として読む事の出来る“(まじゅつ)”を持ち、それを持って未だに慣れない『人間の世界』を生きるグランにとって、“目”が効力を発揮しないドワーフ(エリオード)と対峙する事は『未知』という脅威に晒され続ける行為となる。


 しかし、戦いに明け暮れた竜の里での生活により『未知(きょうい)からただ逃げるだけでは良い結果が生まれない』事を深く刻み込まれているグランにとって、『未知』とは踏破すべき対象であり、ソレを理解して無害化するべく、彼は敢えて元凶(エリオード)の近くに身を置いていた。


「……ま、お前さんの実情は知らんが、実験に必要な物を用意してくれるんなら儂としても助かる所だ」

「――此方から持ち掛けた話ですので、これぐらいは……」


 そのエリオードを知る為の切っ掛けを得るべくグランが始めたのは新戦術に対する実験協力とその材料提供であり、魔術師が行うような魔石生成(ざつむ)を行うグランは自分の言動にも注意しながら対象(エリオード)を観察し、副官(ラフィーア)とこの男との間にあった未知の理を探り続けていた。


「しっかし、魔石砲の弾の色を変えたいとは……面妖な事を考えたものよのぅ」

「――――先日の対空戦闘の折、放たれている弾がどの機竜が撃ったものなのか判らなかったもので――視覚的にそれが判れば、命中率も向上するかと考えました」


 エクスリックス王国が独力で生産・運用出来る長距離兵器として開発された長砲型魔石砲はウミーシュ一二型(ていさつき)を墜とせた事から対空砲としても使用出来る事が証明された。


 しかし、その戦果は幸運に寄る所が大きく、フラジールに引き抜かれる前にそれを成した古参兵に意見を募った所、撃っていた彼等も自分が何処を狙っているのか迷ってしまうような使い難さを感じていた事を確認できた。


 副官がセントルアーバを離れて仕事が無くなっていたグランは保留としていたその問題と『未知』への兼ねる形でエリオードの元を訪ね――今に至る。


「案としては確かに面白い。――だが、長砲型は元々履帯破壊用に作った物になるんじゃから、弾を変えれば違った問題も出てくるぞぃ?」


 そうして実験用対空魔石弾の準備は始まったのだが――その長砲型の開発設計者が言う通り、この新しい弾には問題もある。


 魔石弾の候補の1つである風の魔石に“刻印”を施した物は、砕けた際に周囲を害する暴風を生み出す。


 この魔石片を伴う暴風は対人殺傷には十分な効果を発揮するものの戦車のような装甲目標には無力であり、比較的防御力の薄い履帯ですら相当な幸運がなければ破壊する事が出来ないとされている。


 それに対し、グランが作っている土の魔石を魔石弾とすれば履帯を破壊するには十分な威力を発揮できるとされているものの、対人殺傷能力に関しては直撃させなければその効果を発揮出来ない事が予想されており、火の魔石よりも使い勝手で劣る事が確定している。


 加えて土の魔石は作れる者が限られているという制約もあり、火の魔石を主な弾薬に据えたエクスリックス王国の方針は魔石兵器の最適解であったと再認識するような実験結果も出ていた。


「承知しています。――ですので、腕部に持たせる魔石砲は通常弾とし、これを対戦車戦での主力とします。……前回や前々回でも、接近戦でなければ連邦の戦車群は倒せなさそうでしたので」


 しかし、グランが提案したこの2種類の魔石を弾として使用した際の最大の利点はその威力ではなく、火の魔石と明確に異なる色彩を放ちながら飛翔する事にある。


「……長砲型の魔石を変えるのも各小隊の指揮官候補――と言うよりも長距離射撃に適性がある者の機竜だけとし、その異なる色の弾道を目印とする事で集弾率を向上させる。――お前さんの狙いはそんな所かのぅ」

「――――」


 グランが全てを話さずとも彼の思う事を察してくれる流れは、優秀な副官(ラフィーア)がいる彼にとっては慣れた事態である。


 同時にこういった会話は優秀な人間を相手にしていなければ起こらない事をグランは理解しており、眼前の技術士官(エリオード)がラフィーア並みに頼りに存在である事を認識したグランは自分の目的である『先日の問題』へと思案を移す。


 先日のラフィーアとエリオードは互いに“色”を解する事が出来ない筈なのに言葉を介さない意思疎通を成していた。


「――――」


 その切っ掛けは恐らく今の会話にあり、それを前にしたグランは『優秀な人間同士である事』が先日のようなやり取りが成功する条件に当て嵌まるのだろうかという仮説を立てる。


「思い付いてみれば単純な話じゃが、その着想はなかなか面白いのぅ――もしや“風盾”もお前さんの閃きかい?」

「副官の魔術的な素養があってこその成果です。――風と言えば、色違いの魔石(たま)……風の方は生成しなくてもよろしいのですか?」

「風の方はお前さんよりも作れる人間がいるからのぅ……心配にはおよば――っと、来たようじゃな」


 そんなエリオードの言葉にグランが視線を振れば、近づいている事は“目”が教えてくれていた“色”の薄い気配を、彼は自分の瞳で捉えに掛かる。


「――准尉?」

「おぅ、搭乗者を外されたまま腐らせておくのも勿体ないのでな。儂の権限で魔石生成を命じておいた。……ザニエル准尉、生成した魔石はそこに置いておけ」

「……了解しました」


 そこに居たのはつい先日までグランの部下だった色の薄い青年――ザニエル・サウスウート准尉であり、グランよりも色素の薄い緑の髪と同じ(みどり)の瞳を彼に向け、驚きながらも“決意”の色を滲ませたザニエルは返答と共に前へと歩き出す。


 1ヵ月前の戦車群との遭遇戦の折、機竜となって最前線にいたザニエルは乗機に敵戦車の狙撃を受けた事で左足を失い、機竜の搭乗者から外れる事となった。


 そんなザニエルは今も機竜搭乗者用の軽装服を身に纏っており、左右で足音の異なる歩みを続けながらエリオードの指定した場所に抱えていた大箱を降ろす。


 戦場には死が溢れており、生き残れたとしても消えぬ傷を負う事は珍しくもない。


 グランもそれを熟知しており、その損害(ザニエル)の事を思い悩む事は軍規が許さないと理解しており――そんなグランの淀みを目敏く見破ったラフィーアからも『……気にしては駄目ですよ』と釘を刺されているが、それでも後ろめたさから相対したくない人間となっていた。


「――――?」


 しかし、グランが里では味わう事のなかった『感情』を覚える中、彼は先の戦闘の前に見た時よりもザニエルの保有魔力の上限が大分低くなっている事に気が付く。


「――――義足、か」


 しかし、その引っ掛かりに考えを巡らせたグランはすぐにラフィーアから教えられていた『人間の世界』に溢れる道具に気付き、その答えが呟きとして洩れる。


 機竜や前身である運竜という術具がある事からも判る通り、失った四肢を魔導で補おうという発想は随分と昔からあったとの事で、魔導鋼線で組まれた義手や義足は多く普及しているらしい。


 複雑な動きを要求される義手は人間の腕の代用に足り得る段階にはないらしいが、要求される構造が単純で出力さえあればいい義足は、その機能だけを見れば人間の足と遜色ない能力を有していると教えられていた。


 しかし、そんな優秀な術具にも欠点があると聴かされており、駆動に多くの魔力を必要とする事からそれなりの才能を有する者にしか施術出来ず、術後もその維持と駆動によって魔術行使に影響が出る程の保有魔力量の低下が発生すると教えられていた。


「――――む?」


 そんな教えられた事への復習を頭の中で終えたグランは、しかし、眼前に居るザニエルの歩き方に別の違和感を覚えるも――。


「グラン大尉殿。――お時間、よろしいですか」

「――なにか?」


 その引っ掛かりは当のザニエルからの言葉によって遮られ、彼の発した思わぬ提案にグランの気付きは思考の隅へと追いやられる事となった。






「――――」


 ラフィーアの居ない自分の執務室に拭い得ぬ違和感を覚えながら、グランは先程招き入れた客――否、自分の指揮下から離れたばかりの部下を前に迷っていた。


 ザニエル・サウスウート准尉。


 先日フラジールに引き抜かれ、同艦の機竜隊長を務める事となったウェックス特務中尉の同期であり、『あの時』までは同じ階級だったグランの元部下。


 しかし、『あの時』――ファルストリア連邦軍の戦車群との遭遇戦の始まりにおいて戦車砲の直撃を乗機の胴体部に受けた事でザニエルを収めていた機体は大破。


 破壊された機竜の主要部は回収され、現在は新兵の予備機として使用されており――ザニエルも命こそ取り留めたものの砲弾と機竜の構造体によって左足を潰され、今は魔術師として魔石の生成や術具の修繕に従事していた。


「――――――」


 そして、今グランの前にある書類は機竜搭乗者への復帰を希望する旨が記載された要望書であり、現在の所新兵ばかりのフライア機竜隊にとってもザニエルの要望はそう悪い話ではなかった。


「――確認する。貴官の左足は魔導鋼線式の義足であり、保有魔力量に問題を抱えている……いや、結論で言おう。――次に墜とされた場合、死亡する可能性が他の人員よりも高い」


 先にも述べた通り、魔導鋼線で組まれた義足は人間の足と遜色ない能力を発揮する優秀な物であるが、稼働と維持に少なくない量の魔力を消費する。


 同時に、自分の足という魔力の生成・保有に纏わる身体の一部を失った事が重なっているザニエルの保有魔力量は大きく低下しており、通常の兵であれば出来る事が出来ない可能性が高い。


「理解しています」

「――確認する。状況を上げてみろ」

「了解しました。――まず、機体破損時となりますが……保有魔力を出し切った後であっても、通常の搭乗者であれば身体に支障が無い限り容易に脱出が可能となりますが、自分の場合には魔力不足によって義足が動かず、そのまま戦死する可能性があります」

「そうだな。それが最大の問題だ。――他には?」

「――何らかの状況によって機竜を降りて戦う場合においても、保有魔力量の減少は持久力の低下につながり、それが原因によって落伍し、そのまま敵勢力に食われる可能性があります」

「――――状況は理解しているようだな」


 自分の認識に間違いが無い事、その問題をザニエルが覚悟している事に目を瞑りながら、グランは黙考する。


「――機竜隊の定数は足りている。貴官が異動する必要はない筈だが?」

「前線を知る人間が不足していると耳にしました」

「――――」


 言葉だけでは疑問が残る動機を前にしたグランが“目”を使えば、ザニエルから滲む“決意”と“意地”の“感情(いろ)”が見える。


 人間の若者――否、竜も含めた全ての生物の雄は張り合うのが常とグゥエルナーは言っていたが、目の前にいる人間(ザニエル)の動機は同期であるウェックスに対する対抗心なのだろうかとグランは仮設を立てる。


「――」


 先日の戦闘に置ける損失は『上層部から与えられた命令』により『上層部から与えられた人員』が損失したものであり、『グランの責任は限りなく薄い』とラフィーアは言葉にしていた。


 だが、ここでザニエルの行動を認めれば『次の状況』におけるその生死の責任はグランに大きく傾いたものとなり――その事実を前にした彼は若干の戸惑いを覚える。


「――――」


 グランが慣れ親しんだ世界は、自分の判断の全てが自分に返るものであり――自分の判断によって他の命を奪う事はあっても、他の運命を左右する事は無かった。


「副官――いや、待て……少し、考える」


 その戸惑いを前にしたグランは『既に心にある答え』に裏打ちを加えようとするも、それがつい先日決めたばかりの自分の想いを否定する考えであると思い至った彼は洩れ出た自らの言葉を否定する。


 この案件に関わる最適解は、既に決まっている。


 だが、その裏打ちの言葉が欲しいとグランは考えてしまったものの、『人間の世界』の理――今のグランが行わなくてはならない責任は彼が背負うものであり、それが戦隊長(しごと)であればラフィーアの言葉を求めてはならない。


「――判った。貴官の搭乗者復帰に向けた動きを取らせてもらう。恐らく通ると思われるが、再び戦場に立った後、必ず生き残って任務をこなせ」

「……っ、ありがとうございます!」


 そうして下したグランの決断に、ザニエルは“喜”の“感情”に溢れた敬礼と共に踵を返し、異なる足音を残しながら退出する。


「――――」


 その背を見送りながら、プロブ大佐に送るのに必要な書類はなんだろうかと思案を巡らしたグランは、ふと先程の格納庫で頭の隅に追いやられていた疑問の答えを得る。


「准尉の歩き方は――君の歩き方と似ていたのか」


 今は誰も居ない左斜め前。そこからグランを眺めるように観察し、彼が思い悩めば微笑みと共に誘導し、彼の行動が自分自身の願いに沿う様に策を巡らす協力者の姿を、彼は幻視する。


「――――戻るのは……あと一週間程先、か」


 その幻の最後に、グランと別れるラフィーアが見せた“彼の理解が及ばなかった感情”を思い出した青年は、『今頃どうしているのだろうか』という竜の里で感じた事のない情動と共に書類に取り掛かった。






 生まれが何であろうと――例えそれが反逆者の類であろうとも、忠誠を誓えば登用し実力を示せば囲い込む実力主義者。


 誰もが羨む美貌と由緒ある歴史を持ちながらも社交界で華を争い策を手繰る事を嫌う変わり者の引き籠り。


 それらはジェフスティア侯爵を表す陰言であり、大多数の貴族とは懸け離れた思想を持った一族でありながら、それを覆して余りある魔術の才能と時代を先取る術具の開発力によって落ちぶれる事のない名家。


 とはいえ、そんな俗世とはズレた一族の人間であっても自分の寝室には気を使っているようで――寝台にいる少女から見渡せる『相手』の調度品は上品さと清楚さとが合わさった品々が並んでいた。


「…………っ、ぁあ――」


 そんな穏やかさすら感じさせる女性の寝室に、くぐもった少女の声が響く。


「――相変わらず、月1回位で食べたくなる身体ね?」

「…………女性が、言う言葉では……ないですね」


 自分に降りかかる言葉にそんな憎まれ口を返した銀髪の少女は、自分の上に跨っている金髪の女性に対して反抗の意思をありったけ乗せた視線を向けていた。


「……それに、演出が過剰です」


 少女の右手を掴み上げ、その指先を唇で弄ぶ金髪の女性――世界最強の魔術師である彼女は気紛れが過ぎる存在であるが、ソレの今日の気分は少女にとっては好ましくない(ハレンチな)方向性らしい。


「でもねぇ……私が呼び出さないと来てくれないんじゃ、まるで娼婦を呼んでいるみたいで気分が悪いのだけど?」

「……っ」


 それは言葉や形を変えて繰り返されるいつもの遊びだが、そんな何気ない言葉が何故か今の少女の心の深い所を震わせた。


 身体を与えて、対価を得る。


 今の少女と金髪の女性との関係は、彼女が発した言葉の用途とは異なるものの相手に欠けているモノを少女が補っているという根源的な意味合いにおいては同じものである。


「…………」


 今、少女が晒されている現実は彼女の魔力生成が安定した頃(8ねんほどまえ)から幾度となく繰り返されている行為であり、金髪の女性から似たような言葉を向けられた事もあったが――何故か、今日は気恥ずかしさが勝って来る


「一応、同じ家の人間なのだから、用事が無くとも私の所に来てくれると嬉しいのだけど? ――あと、今の貴女が気になってるっぽい人間と同じで、私にも隠し事は通用しないわよ?」


 そんな少女の動揺を見越してか、金髪の女性はその紅い瞳で少女を見据えながら新しい話題を放り込む事で少女の変化を楽しもうとする。


「……っ、そんな人なんて――? …………いえ、隠し事が出来ないとなると、竜士様の事ですか?」


 少女は金髪の女性に逆らう事が許されない身ではあるが、それでもこの女性の前に立つ時は『いずれ関係を切ってみせる』と意気込んでいたのだが、何故か今日に限っては動揺が収まらず、その“揺らぎ(いろ)”が女性を楽しませる。


「あら、自覚が無いのかしら?」

「…………頼りになる計画の協力者で、軍務上の上官です。……貴女から見れば、ただの末端の竜騎士――いえ、魔導騎士ですよ」


 少女から見たこの女性はどう考えても人間の猛毒であり、好き好んでこの“塔”に引き籠ってくれているならそのまま未来永劫出てこない方が人類の為であると少女は考えている。


 それがこの難物と10年過ごした少女が出した答えであり、それでも自分の願いの為に仕方なくこの女性が持つ力を借り、その代償として言われるがままの事をしているものの少女の結論に変わりはない。


「人間は面倒くさいわねぇ……あぁ、私を悩ませたお詫び兼保存食として、コレは貰っておくわよ」


 そんな会話の最中、勝手な物言いを口にした金髪の女性は寝台の端に畳んでいた大きい方の布飾り(リボン)をつかみ取り、自分の胸元へと手繰り寄せてしまう。


「……待っ――大きい物は、作るのが大変なんですが……」

「それじゃ、今度から元になる布飾りはこっちで量産しておくわ。お代は半分ぐらいを“入れて”返してくれればいいから。――んぅ、良い匂いね」


 少女の魔力に染まった緑色の幅広な布飾りに形の良い鼻に当て、その残り香を嗅ぐ仕草は認めたくはないものの大変絵になっており、この瞬間を絵に切り取る事が出来ればちょっとした商売になるかもしれないと生家の業が少女の脳裏を過ぎる。


「……っ。……待って、布飾りも無いのにこれ以上吸われ――」


 その一瞬、少女の注意が金髪の女性から離れた隙に彼女は少女に覆いかぶさるようにそのしなやかな身体を近付け――。


「ええ、だから根こそぎ貰うわ」


 少女の首元で囁かれた言葉を最後に、金髪の女性の唇が少女の首に触れる。


「――――っ!?」


 右手の先のような端部ではなく、身体の中心。


 首から下にある身体の保有魔力を頭へと巡らせる起点(くび)で魔力を止められ、その大半を奪われた少女の視界は暗転し、微かな悲鳴と共にその小柄な身体が痙攣する。


「大分薄れているけれど、悩みと疲労が出ているわね。――眠っていなさい……って、もう聞こえてないわね」

「…………」


 暗く濁った少女の視界の中、歌うような女性の声が揺らめく少女の意識に響く。


「――だめ押しもしておこうかしら……ファスエル、眠りを深くする薬草の類があったでしょう? 持って来なさい。それと、忘れない内に出来上がった鎧と――あとは、可愛い兄様に術鋼をどこかから横流すよう連絡を――」


 その定かではない意識の中、少女は自分の目的の物が届けられる事を確かに聞き届け、感覚を手放した少女の顔は静かに微笑みの形を取る。


「(…………目的の物は、手に入りました。…………あとは、あの信頼できる人の所に、戻―――)」


 それは少女の意地が成せる業だったが、金髪の女性が撫でるように少女の頬をなぞった事で、その思考を繋ぎ止めていた魔力を失った少女の意識は深い眠りへと沈んでいった。






「――よい人間に出会えたみたいね」


 食後の甘未――僅かずつ生成される生まれたての魔力を指先で掬いながら、ゼフィリア・T・ジェフスティアは弟子の変化に感嘆にも似た呟きを洩らす。


 弟子の貞操を弟子が望む者に捧げられるようにするべく、弟子がそうなるように仕向けた事をゼフィリアは否定しないが――この娘は異性のほぼ全員を敵として認識している。


 属性が薄いながらも高い魔力を有する銀髪は子を成そうとする女にとって生れ出た子供の才能を約束する祝福でもあるが、自由を謳歌しようとする女からすれば呪いともなる。


 そんな難儀な髪を持った弟子は、異性を敵視して警戒しなければ『自由のある人間』として生きられなくなる可能性が極めて高い事から、ゼフィリアはそう仕向けながら弟子の技量を伸ばしていた。


 しかし、そんな捻くれ者でも自分自身を掛金に出してもいいと思えるような人間に出会えるらしい。


「自分で気付けてないのが滑稽……違うわね、頭が良いくせにそんな経験がないから、自分がやりたい事も判らずに戸惑っているのね」


 不本意ながらも交わした親友との約束――義理立て程度の心算だったとはいえ10年も同じ人間を見ていれば嫌でも理解は進んでしまうもので、ゼフィリアは弟子の考え方を当人以上に理解していた。


 ゼフィリアが愛したのは弟子の母親であり、自分がこの人間に目を掛け、魔術を教えながら遠目に守っているのは彼女との約束を果たしているに過ぎないと彼女は自分を定義している。


 故に、弟子が自分の手から離れていく事をゼフィリアは好ましく思っているが――しかし、長く付き合ってしまえば愛着が出てしまうのは彼女にも判っており、努めて遠くに置く事で『長く見ていたい』という願望に蓋をしていた。


「――もう、人間の名前を覚えるような事はしたくないものね」


 もう10年も前――第2次会戦があった時に居なくなってしまった、自分が最後に名前を覚えた人間の後ろ姿を、彼女は幻視する。


「自分勝手で――面倒くさい『人間の世界』になんて関わらずに引き籠っていたかった私を外に引っ張り出したくせに……私が助けてあげると言ったら、勝手に出て行って、勝手に死んで……」


 そうしてあの忌々しくも愛おしい人間を思い出したゼフィリアは、降って湧いた苛立ちの腹いせにそんな彼女が遺した宝物の魔力を少し強引に捻り出してから飲み込む。


「――――まぁ、代金はこうして今も貰っているのですから、良しとしますか」


 やはり甘みが増したように思える弟子の魔力を嘗めとると、ゼフィリアの勝手な溜飲はいくぶんか下がり――同時に失神している娘の身体が震えたような気がしたが、いつもの事なので彼女は気にしない。


「――それに、あと5年もすれば私の代わりをしてくれる人間が出てこなくても、自分で自分を守れるようになるでしょうからね……」


 そう言って終わりを想像したゼフィリアは今し方飲んだばかりの魔力(あじ)が恋しくなり、もう一度嘗めとろうと思うも視線を向けた先の顔色が悪くなっていた事から伸びていた指を引っ込める。


「――もうすぐ離れるというのであれば、今度からはじっくり味わうとしましょうか」


 そう言って後ろ髪を引かれる指を自分の唇に当て、自分の寝室を弟子に明け渡したゼフィリアは何処で寝ようかと考えながら魅惑的なその身体を伸ばしに掛かる。


「3番艦(フライルー)の艦橋に行って、あれの調整でもしながら…………あ」


 そう呟きながら寝台から遠ざかっていた細くしなやかな足が、唐突に止まる。


「機会があったらだけど――こんな難儀な娘を射止めた人間を見にいくのも楽しいかもしれないわね」


 そんな独り言を最後に、穏やかな視線を弟子へと向けたゼフィリアは「おやすみ」と、我が子に囁くような言葉を最後に寝室の扉を閉めた。



運竜:

 機竜の前身となるエクスリックス王国製の術具にして、王国での輸送手段において馬車と競合している移動手段の1つ。

 馬車よりも高価だが魔力を有する者であれば運用・保全費用が安く済み、不整地に対する踏破力にも優れる事から山間部や荒れ地に近しい場所で多く普及している。



2020/11/07 Ver1.0:実装

2021/03/25 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ