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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
銀緑の少女を護るモノ  (転)
24/37

01-22 攻勢準備(後)

01-22 攻勢準備――刻印彫りの鬼

Ver1.1




 グランがふと思い返した顛末の区切りが付いた時、彼等は既にフライアの艦内通路を抜け、機竜格納庫へと足を踏み入れており――。


「……なにか?」


 その思い出の中に表れた“表情(いろ)”を思い出したグランが右後ろに控える本人(ラフィーア)に視線を飛ばすと、運悪く彼を見上げていた彼女と視線がかち合ってしまう。


「――――――機竜隊の新人を叩き伏せる件……今後も新人が入る度に行うのか?」


 その唐突な出来事を前に返答を詰まらせたグランであったが、彼は幸いにも捻り出せた話題によって向けられた指摘を逸らしに掛かる。


 その話の大本は戦隊長となったグランが行った最初の教導――魔導騎士として身一つで砂上に立つ彼に対し、新人が乗る機竜3機を向かわせるという過酷な訓練の必要性を問うものであった。


 それは何時ぞやのグラン自身の御披露目――彼の戦闘力を知らしめるついでに古参の搭乗者達を従える事を目的とした芝居――の焼直しであり、ラフィーアがやれと言うのならば意味があると考えた彼は、この再編成の最中において既にそれを何度かこなしていた。


 しかし、いくらグランをしても機竜の小隊を1日毎に撃退するのは中々骨の折れる行為であり、前の時に『次も行うのか』と問うた際に『冗談です』と言って否定した事を覆したラフィーアの真意を知りたいと思っているのも確かであった。


「…………なにか、会話の振り方がいつもと違う気がしましたが……まぁ、いいでしょう」

「――――」


 自分の言葉に真実が含まれている事から上手く誤魔化せると踏んでいたグランであったが、しかしラフィーアの第一声は追及の重ね掛けであり、“目”を持っていないのにも関わらず真を見通せる鋭さを前にした彼の背に妙な汗が流れる。


「……既に竜士様は有用な士官として認知されていますので、真っ当な人事であれば個人としての戦闘能力を誇示する事で権威の足しにする必要性はありませんでした」


 だが、その後に続いた協力者の言葉はグランのトカゲのような無表情に『不審』という硬さを混ぜ込ませるに十分なものであり、彼はそんな必要がないと思いながらも“目”に通す魔力を強める。


「――相手が新人故に余裕はあったが、それなりに命賭けなんだが?」

「……承知していますが、今回はその余裕――竜士様の恐ろしさを新兵に叩き込む事を目的とし、お願いしました」


 グランの確認に対するラフィーアの静かな“感情”は彼に無駄な事をさせたのでは無い事を証明しており、それを認めた青年は“目”に通す魔力を緩める。


「……戦車群を相手にしても突っ込める経験を持った人員が1小隊分でも残っていればお願いはしなかったのですが――示されている性能では『出来る』と記されていても、人間がそれを行うには自分の目や体で感じた経験が必要です」

「――――そんなものか?」

「……竜士様は理知的な癖に意外と蛮勇が過ぎる御方ですが……初めて戦場に出た時になら、恐怖ぐらいは感じたのではありませんか?」

「――――」


 ラフィーアの指摘にグランは竜の里で迎えた『最初の時』を思い返してみる。


 今にして思えば『無駄な事を考えていたな』と嘗ての自分を他人の様に語る事が出来るが、それが昨今では乗り越える事に戸惑いを覚えなくなった『恐怖』であったのだと考え至ったグランはラフィーアの言葉に一定の納得を得る。


「……人間は、その恐怖を1人で乗り越えられない事が多く――その相手が自分の命を乗機ごと奪ってしまうような戦車となれば、逃げても殺されると判っていても逃げてしまう者も出るでしょう」

「――なるほどな」


 続いたラフィーアの言葉に自分の時はどうだっただろうかと記憶を思い返したグランは、その時の自分の背後にグゥエルナーが控えていた事を思い出し、『師はいつも居てくれたのだな』と心に思い出を描いた彼は口元に浮かべる。


「……その恐怖は先を走ってくれる者達が居れば大分低減されるのですが……それが出来る古参組(じんざい)が居ない以上、戦車に勝る恐怖を味方に置く事で彼等が初陣で使えなくなる事態を避けようと画策しました」

「――――」


 そんな思い出を上書きするように続くラフィーアの種明かしを前に、グランが左右へと視線を振ると彼女の策略の効果が発生する。


 グランが格納庫の左側に視線を向ければ、工兵から機竜の講義を受けていた新兵が相手を放り出す形で敬礼を送って来ているのが見て取れ――。


 グランが格納庫の右側に視線を向ければ、運んでいた荷を投げ捨てるような勢いで敬礼を送る新兵の姿が映る。


「――――大丈夫なのか、アレは」

「……竜士様は彼等の後に立たず、前に出て彼等を守ってしまうのでしょう? ……でしたら誤解はすぐに尊敬へと変わり、優秀な部下になってくれますよ」


 歩みを進める2人の左右から届く怒声と絶叫――グランはすぐに判りそうなその原因を考える事を止めた――を聞き流す彼が疑問を投げ掛けると、今の騒動で更に騒がしくなった格納庫の中でも届く静かな声が彼の耳朶を振るわせる。


「(――――今回はこれでよしとしよう)」


 そんな周囲の惨状と相反する微笑みを前にしたグランは、静かな諦めと共に認識を改める。


 この頼りになる副官に任せきりすれば『結果は上手く行く』がその過程において問題を生じる事を漸く理解し始めたグランが自分の判断(せきむ)から逃げない事を心に誓う中、格納庫の中でも最も騒がしいと彼が認識している『目的の人物』が彼の視界に入り始める。


「――おぉ! ようやく来おったかぁ!」


 そのままグラン等が歩みを進めていくと彼等をここに呼び出した『目的の人物』も2人を視界に収めたらしく、まだ距離があるというのによく響く声が格納庫を震わせ、そのあまりの声量に彼の隣を歩く副官は眉を顰める。


 フライアの艦内は布幕で仕切られた艦外の格納庫よりも“自在の風”による冷風が効いている筈なのだが、その快適さを無視する程に暑苦しいこの老人がグラン等の目的の人物であり、そんな彼は巨大な槌を2人に向けて突き出していた。


 小柄であるが故に筋肉の小山が歩いているような印象を受けるこの老人の名は、エリオード・ゲノーモス技術大尉。


 アースラー山脈の西側の一部に住まう、人間に近しい魔術を使えぬ種族――ドワーフである彼は魔術を使えぬ基地魔術師長として名が通っているセントルアーバの有名人でもある。


「…………身体は小さいくせに、声だけは相変わらず大きいですね」

「おぅ! 背丈の事はどっこいどっこいな嬢ちゃんに言われたくはないが、声と筋肉がなければ鍛冶など出来んのでな!」


 そう言ってから何が楽しいのか豪快な笑い声を上げたエリオードは親指による指差しによって格納庫の端へとグラン等を誘う。


 そうして歩き出したエリオードを追ったラフィーアの言葉通り、孫が居てもおかしくないような年齢に見える彼の背丈は女性としては小柄に分類されるであろうラフィーアと同じ位でしかない。


 これはドワーフの種として特徴の1つであり、先にも述べた魔術を使えぬ体質と合わせてエクスリックスの日常に溶け込んでいる『人間の世界』の常識であった。


 そして、筋力はありそうだが魔術に弱そうなエリオードが基地魔術師長の役職についているのは政治的な理由でも他勢力の干渉から来るお飾りでもなく『正当な能力』があるからこそ、その重職に従事している。


 重ね々ねになるが、ドワーフは種としての保有魔力量が極端に少ない事から魔術を使えない。


 しかし、彼等は魔力を通す前の“刻印”を含めた物理的な金属加工や細工を得意としており、中でもエリオードは『刻印彫りの鬼』と呼ばれる程の生ける伝説であり、その技術をもってセントルアーバを支えている人物である。


「……“刻印板”――“風盾”の原板作成ではお世話になりました」

「おぅ、なかなかに面妖な細工だったがのぅ……弟子の頼みとあれば気張りもするさね」


 そんなエリオードの先導の元、機竜や予備部品で溢れる格納庫にポッカリと空いた隙間のような休憩場(ばしょ)へと案内された2人の内、ラフィーアが簡素な礼を彼に向けると老人は楽しげな口調で先の仕事への所見を述べる。


「……貴方の弟子になった心算はありませんが」

「そうじゃったかのぅ……あのおっかない別嬪さんに遊ばれてやさぐれているどこぞの嬢ちゃんに“刻印板”の彫り方を教えたのは何時じゃったか――最近物覚えがとんと悪くてのぅ」

「…………基礎の基礎の基礎でしたので、余計なお世話でしたね。……あぁ、そうそう――その恐ろしいあの人に処されそうな所を助けてあげたのは、どこの誰だったでしょうか」


 そう言い交わしてから薄っすらと笑い合う2人を前に、グランは心持ち距離を取りながらその様子を窺う。


 グランの“目”に映るラフィーア“感情(いろ)”は明るい色合いであり、口では敵と判断した相手に向けるような言葉を向けてはいるものの、彼女の本心はエリオードの事を悪く思ってはいないように感じられた。


 しかし、ラフィーアと対峙している相手――『人間の世界』に居る内は配慮した方がいい上官(エリオード)の“色”はとても読みづらく、そんな人物に対して『無礼な言葉遣い』を向ける彼女に不安を覚えながら、グランは彼等の観察を続ける。


 グランの“目”がエリオードに効き難い理由は彼の――否、彼等ドワーフの保有魔力量が少ない事に起因しており、『人間の世界』では不興を買う可能性があると判っていても竜の里で得た“(ソレ)”を頼りにしているグランからすると彼は対応しづらい相手となる。


「しっかし、何か言い忘れてたような……あぁ! 遅まきながら昇進おめでとう、じゃ!」

「…………ありがとうございます」

「いやいや、その年であれだけの“刻印”を描ける奴を放置するとなれば、中央の連中は相変わらず無能の巣窟じゃと思っておったんだがのぅ……」


 そんな事情から文字通り“目”を潰されているに等しいグランが僅かに身を引いて警戒する中、ラフィーアとエリオードは年の離れた友人のように階級の差を(はばか)る事のない会話を重ねる。


「…………そんな些事を言う為だけに、竜士様を呼び出したのですか?」

「訓練と称して回されたばかりの機竜を盛大に切り飛ばした若造に小言を言いたかったのもあったが……なんじゃったかのぅ……」


 しかし、エリオードがグランへの不満を口にした瞬間、ラフィーアの発する“気配(いろ)”が不満げな方向へと傾く。


「……竜士様は『上手く切って』くださった筈ですが?」

「確かに面倒くさい所は避けているんで新米の教材には最適なんじゃが――どこの戦線でも足りてない機竜。それを4日で12機も再調整送りにするなんて事を聞いたら他所が泣くぞぃ?」


 そんな“色”を知る由もないエリオードはラフィーアの小言に理論で応じ、彼の言葉を補強するように休憩所の前には次の仕事も判らぬ新米工兵達が資材を抱えたまま右へ左へと走り回っていた。


 その過剰とも言える人員は今回の惨状(さいへんせい)を教訓であり、今のフライア格納庫はフラジールに続く艦の為に用意された新人の訓練場となっている事の証であったが――。


「――――」


 グランとしてはそんなフライアの現状よりもラフィーアの悪い(きのみじかさ)が表れ始めている事を危惧し、いつでも彼女を止められるように注意しながら2人の事を眺め続けていたのだが――。


「あぁぁっとぉ!」


 そんな中、何かを思い出したらしいエリオードの瞼がカッ見開かれる。


「そうそう今回納品された“刻印板”にこんな手紙が同梱されてたんだったぃ!」


 そうして辿り着いた答えを口にしたエリオードは機械油(くろずみ)と金属片がまぶされた封筒を取り出し、渡された物の惨状にも見慣れているらしいラフィーアは差し出されたそれをすんなりと受け取る。


「……封が開いていますが?」

「納品書かと思ってのぅ。――とはいえ、中身は『これ以上欲しいなら、一度戻ってきなさい』と書いてある紙っぺらが一枚だけだったが」

「……流石はドワーフ。……他人宛ての手紙を覗いたという罪悪感も無いのですね」


 受け取った封筒を確かめたラフィーアはそんな棘のある言葉を挟みながら手紙を読み進め、手紙の『何も書かれてない』部分を指で丁寧になぞっていく。


「――――」


 重ね々ねになるが、敵対していない相手にそのような言葉を向ける事は止めた方がいいとグランは考えていたが、それを向けられている相手――“色”を読めぬ年嵩のドワーフはそれを気にした風もなくラフィーアの様子を眺めていた。


「筆跡から察するに送り主はあのおっかない別嬪さんじゃろぅ? こんな短文にそんな大仰な封筒を拵えるなんぞ、人間は随分と大仰なんじゃなぁ」

「――――」


 そして、そんなグランの視線の中、エリオードが言葉として表したラフィーアへの返答は怒りを伴わないものであり――グランにはその理が判らなかった。


 今の協力者(ラフィーア)が発している言葉は鋭く、晒されれば害意を覚えるものだ。


 しかし、“色”が見えない為に心で思っている事を察する事が出来ない筈のエリオードは、何故感情を荒立てずにいられるのだろうか。


「(――――『人間の世界』は、判らないな)」


 理解出来た事が増えたとしても次々に判らない事が生まれる世界。


 その事実は竜の里と変わりがなく、里で得た常識が使えないグランからすれば神経ばかりがすり減っていく世界でもある。


「――――」


 ラフィーアが手紙を調べている中、里の中であろうとも外であろうとも学ぶ事に果てがない事を認識したグランがその事実を前に吐息を零す中、彼女は受け取った手紙の最後に魔力を通した指を当てて文字を描く。


 すると手紙は魔術契約書(スクロール)のような魔術を発現させ、唐突に発生した魔力の流れによって喧騒に溢れていた格納庫内に一瞬の静寂が通り過ぎる。


「うぉぅ……!? それはスクロールじゃったのか」

「…………竜士様、少しお暇を頂かなければならなくなってしまいました」


 そうして何らかの効果を発現した魔術の残り香の中に立つラフィーアが、ゆっくりとグランに視線を向ける。


「――――っ」


 その姿――人間の目で捉えたラフィーアの姿に変化は殆ど無い。


 しかし、人間においてはグラン以外が見る術を持たない“感情(いろ)”は今までにない変化を見せており、彼をしても見た事のない“色”が青年の背を強く粟立たせる。


 グランが『人間の世界』に入ってから今日に至るまで、彼は自分が知らない“色”を見かける事が何度かあった。


 しかし、目の前で急変したラフィーアの“色”に対し、グランの意識は戦場に近しい所にまで警戒を強めており、戦いにおいて最も大切な情報(モノ)を見通すべく、彼は信頼する“(まじゅつ)”に有らん限りの魔力を通す。


「――それは……大丈夫なのか?」


 そうして薄っすらと光すら帯び始めたグランの“目”が見据えるラフィーアの“色”は不安や恐怖、助けを乞うような“感情(いろ)”に近く、グランが言葉を失ってしまいそうな窮地であっても啖呵を切れそうな彼女がそんな“色”を見せるとなれば尋常な事態ではない。


「……先程のスクロールはただの意思表示のようなものですが……『了承』と記した以上、もう各所に手が回り始めているでしょう。……逃げようと思っても、もう逃げられません」


 しかし、加速度的に認識を改めているグランに対し、彼の問い掛けに返されるラフィーアの応えは断片的に過ぎ、竜の里で交わされるシキタリとは異なる『人間の世界』の意思疎通は、この短時間において全てを見通すには適していない。


「――――」


 故に、グランは聴いた言葉を考え、“目”で見た“色”で予測し、次に聞かねばならぬ言葉を練る。


「――此方が言いたい事は、命令や軍規といった物理的な制限の事ではなく。――それを成そうとする君自身……いや、君がこれから向かう場所の安全――と言えば良いのか?」

「…………?」


 しかし、未だに『人間の世界』に慣れていないグランの言葉もまた要領を得ず、協力者であるラフィーアをしても意図が読めずに小首を傾げ、長く沈黙していたグランの急変に疑うような視線を向けるエリオードの状態を前にしたグランはその無表情を微かに歪める。


 シキタリを深めれば全てを共有できる術を知るグランからすれば、『人間の世界』に溢れる言葉は数だけは多い癖に想いを語るには拙すぎる。


「――――どちらにしろ、此方だけでは戦場に出られない。……護衛の類がいるなら、大佐に掛け合って――」

「……大丈夫ですよ」


 ならば、時間を掛けてその真意を読み解き、協力者(ラフィーア)の憂いを断つのが協力者(じぶん)の務めと考えたグランの提案を、彼女は静かに制する。


「…………母の友人――いえ、家族に会いに行くだけですから」


 そう続けたラフィーアに、グランの意思は届いていない。


 しかし、グランの“目”が映すラフィーアの“感情(いろ)”には確かな“感謝”があり、“目”を持たぬ彼女が意味の纏まらなかった自分の言葉から意思を汲み取れた事――。


 その理が判らないグランにはラフィーアの決定を覆すだけの言葉が無く、それを見送る事しか出来なかった。




2020/10/17 Ver1.0:実装

2021/03/25 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映


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