01-20 二人の世間知らず(後編)
01-19 二人の世間知らず(後編)
Ver1.1
「…………さて、本題です。……人の身で遠方にいる対空戦車をどうやって撃破したのか……続きを教えていただけますか?」
そんな無言の攻防からひとしきりの時間を置き、グランの動揺を眺めて(たのしんで)いたラフィーアはその区切り(ことば)によって“意識”を切り替え、彼に話の続きを促す。
「――――――ああ」
そんな協力者の娯楽に付き合わされ、大分疲弊したグランもその言葉によって心持ちを立て直し、本題が魔術を付与した騎士剣を投げたと伝えた所で“鱗薬”の存在を悟られ、本筋から盛大に脱線した事を思い返した彼は吐息と共に言葉を纏める。
「――――さっきの“鱗薬”によって魔術行使と戦闘を両立するのに必要な分の魔力を確保した後、此方が“投擲”と呼んでいる魔術を使って騎士剣を投げ、損傷を与えた事で怯ませ、その隙に接近する事で間合いを詰め、要所を切って無力化した」
「…………その術を作成した経緯や効力をお聞きしても?」
「ああ」
そうして再開されたグラン渾身の説明を聴き終えた協力者の要望に彼は快く応え、百聞は一見に如かずの理に従って“投擲”の魔術を自らの騎士剣に編み込みながら求められた内容を語り始める。
物を投げるという行為は人間が最初に扱ったであろう遠距離攻撃手段であり、人間が扱える物が限られる竜の里で手数を増やす必要のあったグランがソレに手を伸ばすのは当然の帰結だった。
だが、魔術的な強化を施したとしても竜を相手取るには石や小刀程度では牽制にもならず、ある程度の有効打を狙う為には騎士剣程の重量物を当てる必要があった。
とは言え、竜剣と騎士剣に加えて投擲用の長物を持ち歩くのは現実的ではない上、当たっても決定打にならない物に余力を取られる訳にもいかない。
しかし、グランが竜の友としての職務を果たす際、まず確実に距離を取って炎息を使おうとする外竜と動ける状態で対峙し続ける為には遠距離での牽制手段の獲得は必須事項であった。
そんな特異な事情。人間の世界においては発生しえない問題に直面したグランは、有り余る時間と研鑽をもって竜という初動は遅いが空も飛ぶ相手に重量物を当てる為の試行錯誤を繰り返し――この世でただ1つの、変質的な魔術を編み出した。
「……分類的には風の魔術になりそうですが、効果は完全に概念魔術ですね」
「――やはりそうなるか」
そんな経緯と共に描かれる術式を見分していたラフィーアは目の前で仕上がりつつある“投擲”の魔術に対する見解を口にし、その予測しえた言葉にグランは吐息を洩らす。
「……事象を定める項目が入っていませんが――こんな状態でも動くのは、これを作ったのも使うのも竜士様だからでしょうね」
そうしている内にグランが描き終え、魔力を通せば発現する状態となった術式に目を凝らすラフィーアはそれが描かれている騎士剣の刃に頬を当てる程にそれを凝視し、その子細を目で確かめる。
「……『投げた物は何かに当たる』という概念に『何かとは相手である』という拡大解釈を加え、あとはただ『当れ』『当れ』『当れ』という想いを何重にも……強固に組んだ魔術」
そうやって“投擲”の全てを見取ったラフィーアは静かにその本質を呟く。
「……狙った物に吸い込まれるといった事象はありませんので、必中を成そうと思えば当然の帰結なのでしょうけれど――この魔術……問題が2つほどありますね?」
そのまま呆れとも感心とも取れる“感想”と共に“投擲”を解析し終えたラフィーアは、製作者であり運用者でもあるグランが知らない筈のない問題点を言い当てる。
「――――やはり気付くか」
「…………どう考えても人間の魔力では発動させられないような術式である事もそうですが……これ、対象に当たるよりも前に『何か』に当たると追尾が切れますよね?」
「――正解だ」
そうして続けざまに“投擲”の問題点を指摘されたグランは、今日の道すがらで知り得た『協力者は人間の平均よりも優れている』という仮定を再認識し、彼女への評価を更に高く修正しながらその言葉が正しい事を白状する。
「……あと、通常状態でも空気に『当たって』いる事からその効力は徐々に減衰し、雨等の荒天時に使用すれば発現した効果を維持出来る距離は更に狭まる。……合っていますか?」
「――――ああ」
とは言え、他人からの影響を受けにくい(どんかんな)グランと言えど、自らが作り上げた術式の粗を隅から隅まで抉られれば響くものがあり、その静かな呻きを感じ取ったラフィーアも追求が過ぎたと思い至って静かに目を伏せる。
「…………可能なら実演して頂きたいのですが、さっきの鱗薬を使わないと行使できませんか?」
「――――」
そうして漂った間の悪い沈黙の後、ラフィーアは意図して話題を変えようと言葉を発し――グランはその配慮を有難いと感じながらも、彼女の提案が実現可能かどうかを黙したまま検討する。
「――今の状態では、そうなるな」
「…………戦場ですので、使わなくてはならない時はあると思いますが――先程の薬は、なるべく使わないで欲しいですね」
「――――?」
脆弱な人間の力を増強する術を封じる、もしくは選択出来る戦術の幅を狭めるようなラフィーアの言葉にグランは眉を顰める。
「一粒ずつ使うならば、君との契約に支障はない筈だ」
「……友人の身を案じるのは、人として当然の事ですよ」
「――――そうか」
そのよく判らないラフィーアの要望に現実的な反論で返したグランに対する彼女の“感情”は棘のようであり、人間の世界に疎いグランは協力者の心内に生まれたその静かな怒りの理由が判らなかった。
「――――ありがとう」
しかし、敵意に類する“感情”でありながらも心地よい感情がある事を不思議に思ったグランは、同時にこの感傷は大事にしなければならないものだと強く想い、その意味がよく判らないまま礼を返す事によって答えを先送りにする。
「…………代替えの魔力ですが……魔石ではどうでしょうか?」
そんなグランの内情を知る由もないラフィーアもまた慣れない配慮をした事への気恥ずかしさから彼の先送り(たいおう)に乗り、現実的な提案へと話題を変える。
「小石をいくら使っても途切れてしまっては集中が――」
その好ましい流れに感謝しながらも、グランはラフィーアの提案に苦言を呈する。
人間が作る魔石は形のない魔力を物質化させる魔術であり、人間がよく使う術を行使する分にはそれ1つで丁度事足りるような都合の良い物であるが、新しい物を継ぎ足す度に意識を持って行かれる都合から1つで行使できない魔術には向かない品でもある。
優秀な魔術師であるラフィーアが知らない筈のない理を口にした彼女の真意に疑問を覚えたグランが改めて少女に目を向けると、変化に乏しい表情が驚きによって見開かれる。
「……こちらでも、ですか?」
グランの視線の先、ラフィーアの両手に収まる魔石はグランが言葉を失っている最中にもその大きさを増していき、最終的には彼女の頭ほどの大きさにまで拡大する。
「――ここまでの大玉は、初めて見たな」
「……この宿(?)は何故か魔素が多いので――比較的楽に生成できました」
「――――そうか」
場所が良かったとラフィーアは言うが魔石の生成速度と大きさは行使する施術者の才能に影響されるとグランは聞いており、彼は先程更新したばかりの評価を更に修正ながらこの大魔石で足りるかどうかを思案する。
「――やってみよう」
「……ありがとうございます。……術の対象はこの枕で、私に向かって全力で投げてください」
そう言って近くにあった枕と生成した魔石をグランへと手渡したラフィーアは腰掛けていた寝台から離れ、部屋の端まで移動する。
「――――」
自身が持つ最大の隠し札を枕に行使する事に何とも言えない感情が過ぎったグランであったが、協力者を相手に実演する以上刃物を使う訳にもいかず、考えてみれば丁度いいその対象に向けて術を組み始める。
「――――行くぞ」
そうして、グランが名前の知らない感情と共に預かった大魔石を溶かしきった所で“投擲”は完成し、彼は言われた通りに全力を持って枕を放り投げる。
ソレは“投擲”に加えて“身体強化”も重ねたグランの全力投擲であり、その過程は枕という投げるに向かない物体を豪速へと加速させ、『指示された通り』に目にも止まらぬ速さとなった枕は部屋の端で待ち構えるラフィーアに向かって突き進む。
「……御(ON)」
「――っ、何?」
しかし、ソレが小柄な体に直撃するかと思われた瞬間、いつもの詞と共にラフィーアの姿がかき消える。
それは比喩や錯覚ではなく、いつぞやの決闘の時にも使った“身体強化もどき”行使した事による現象であり、たかが枕に対して大人気なくも全力を傾けたラフィーアの回避行動による結果であったが――。
「……っ」
しかし、グランの“投擲”はそんな策を食い破り、部屋の端から端までを一息で移動したラフィーアを追って軌道を捻じ曲げた枕は組まれた魔術の術式通り、その端正な顔へと柔らかな衝撃を叩きつける。
「……本当に、付いて来ましたか」
その威力を使い切り、顔面から落ちた枕を受け取ったラフィーアはその結果――予想はしていたものの起きるとは思えなかった事実――に驚きを隠せないような呟きを零す。
「――――もっと広い場所なら“投擲”の効果が減衰され、違う結――」
そんな衝撃を与えてしまった事に何とも言えない後ろめたさを感じたグランが動揺を和らげる為の言葉を口にしようとした瞬間、“身体強化もどき”まで加えられた豪速枕が彼の言葉尻を塞ぐ。
「……枕投げ、という遊びです。……一度やってみたか――」
その発射元。目をつぶって感慨深そう(たのしげに)呟く協力者の顔に、再び枕が直撃する。
「――そういう事は合意を得てからやれ」
それが善意であっても何の兆候もなく行えば嫌がらせと変わりなく、人間の世界の先生であれば判っている筈の事をグランは指摘する。
「こんな、君らしくもな――」
同時に、そんな判っていない筈のない事を行ったラフィーアに対し、何故か苛立ちを覚えたグランが更にそれを追及しようとすると――その顔に理想的な軌道を描いた枕が再度直撃する。
「……打ち返されたという事は、合意したと取りますよ?」
「――――」
交渉の言葉が力によって反故にされたとなれば、あとは終戦まで走るしかない。
「ふんっ!」
「……ふふ」
そうして、“身体強化”の膂力で投げられ、“身体強化もどき”によって飛ばされる枕の応酬が始まる。
グランが放り、真っ直ぐに飛ぶ枕を躱しながら掴み、その威力を殺しながらラフィーアは魔術を組み上げ、彼女は完成した“身体強化もどき(まくら)”をグランへと投げ返す。
「――――ぬ」
“身体強化”による力押しの枕がその小柄な身体をなかなか捕えられないのに対し、“身体強化もどき”が施されたラフィーアの豪速枕はグランの頭を的確に捉えてくる。
その差は2人が使っている魔術の差にあり、自身の保有魔力だけでは“投擲”を使えないグランが“身体強化”だけで枕を投げているのに対し、ラフィーアは施術対象を加速させる“身体強化もどき”によって枕自体を加速させており――戦術の広さ(なげるきどう)からくる優位は圧倒的だ。
「――だが、それだけではないな」
投げた後に軌道をある程度曲げられる魔術。
しかし、それは“投擲”ほど融通が利くものではなく、『投げる前に思い描いた軌道に枕を乗せられる』だけの魔術がよく当たる理由は施術者が目標の動きを読んでいる事に他ならない。
「――遊びでも、学べる事は多いな」
その苛烈な枕の精密狙撃を受ける中、グランは思う。
これまでの協同によってラフィーアが自分の癖を読んでいる節もあるが、こうも的確に枕を当ててくるのは彼女が持つ才能の発露であり――それを以てしても当たらない対空射撃は、本当に難しい行為なのだろうグランは考え至る。
「…………私の、勝ち……ですね」
そうして繰り広げられた、才なき者が羨む技術をふんだんに取り入れた――大人げなくも壮絶な枕投げはラフィーアが優勢のまま推移し、保有魔力を使い果たした彼女が枕を抱いたまま床に座り込み、壁に身を預けた事で幕を閉じる。
「――相手がいる限り、戦闘の終わりを決めるのは……」
まだ余力のあるグランはその宣言を否定するものの、相手が攻撃手段を持ったまま保有魔力の枯渇で寝入っている事に気が付いた彼は諦めたような吐息によって戦闘の継続を諦める。
「――――楽しかったな」
終わってしまえば『何を向きになっていたのだろう』という感情がグランの脳裏を占めるが、これまでの生において『こんな事』に縁の無かった彼はこの初めての経験に思わず言葉を洩らす。
竜の友となる前の頃――人の里では今日の糧を捜し歩く蟻のような生活をしていたとグランは思う。
それとは一転し、竜の里は少々の諍いが起こっただけで人間なぞ簡単に消し飛ぶ場所であったが、学ぶべき『知識』と鍛えるべき『技』を得るには適した世界だった。
そして、『知識』と『技』を持った状態で再び訪れた人間の世界は、蟻のような生活とは無縁の――様々な“経験”に溢れた、想像だにしなかった世界だった。
「――――」
それらの“色”を思い返せば、グランの中心を占める調和――この世界の戦乱によって刈り取られた盟友との経験すらも押し流そうとする程であり、自分をここに戻す事を強く望んでいたように思える師は、どこまで考えていたのだろうかと考えを馳せる。
「――――この判断は、まだしてはならないものだな」
しかし、その思案が始まろうとした瞬間、グランは調和に触れかねないその思考を中断する。
恩に報い、仇に報復する。
人には法、竜には調和という緩衝材が入るものの、それは曲げてはならない法則であるとグゥエルナーから習い、自分でも考え至ったソレを成さないという選択はグランにはなく、その本懐の枷となるものは自分の想いであっても排除しなければならない。
「――」
そうして、人生初の全力を出した遊戯を切っ掛けとして始まった長い黙考から抜け出したグランの眼前には、力尽きた状態のまま座り込み、枕を抱いて壁に寄り掛かっている協力者が居た。
「――――」
その姿を前にしたグランは、『ラフィーアに近づいた時に発生する動悸』が離れている状況でも刻まれた事に疑問を覚えつつも、壁を枕に床で寝入っている協力者の体調を考える。
部屋の温度に問題はなく、そのままにしておいても支障はないと考えられるが――。
「――そのままにしておくのは、『道義』に反する……か?」
しかし、放置する事は人間の世界で教わったソレに反すると判断したグランは、グゥエルナーからの教えにおいて触れる事を許されている女性の部位に手を回す。
「これで……っ」
これまでの経験からラフィーアに近付きすぎれば自分の身に妙な動悸が発生する事は覚悟出来ていたグランであったが、その小柄な身体を持ち上げたと同時に走った思わぬ衝撃に、彼はその無表情を歪ませる。
「――動きはするが、治っているとは言い難い……か」
ラフィーアの言葉を信じるなら、優秀であるらしいフライアの船医ですら治せなかった傷を改善させた彼女の治療は、恐らく人間の世界にあっては素晴らしいものなのだろう。
しかし、いくら似たような光であったといえども竜と人が成す事を比べるのは流石に酷であり、“白姫”の治療の後のように身体を動かした自分の非を認めたグランは左肩を痛めぬようにゆっくりとした動作でラフィーアを寝台に降ろす。
「――――人間が死にやすいのは、どこも変わらなのだな」
それと同時に、グランは人間の世界に放り込まれてから数えきれない程に行って来た認識の調整――人間の世界で生きて行く為の考え方を正していく。
竜の里は死の危険で溢れていたものの、即死さえ避けられれば生を繋げる事は可能であった。
しかし、人間の世界にあっては危険こそ少ないものの小さな傷を負っただけでも死の影が見え始め――四肢を失えばその機能は2度と戻ってこない。
「――――」
人間の世界において幾つかの戦場を越えてなお、原型を留めている自分の身体。
そして、先の戦闘で死には至らなかったものの左足を失った部下の事を思えば、グランが改めた正しいと認識され、その教訓は強く彼の意識に刻み込まれる。
「――――」
強大な生命を有する竜ですら竜の友で処断できるのがこの世界であり、竜に比べれば数だけが多い人間なぞ――自分が目を閉じた次の瞬間に大量死の憂き目にあってもおかしくはないのだろうとグランは己が至った認識を感情で補足する。
「――嫌な話だな」
そうして考え至った結論を言葉で否定しながらも、互いの命を潰し合う戦場に身を置く事も考えれば十分起こりえる話であるとグランはもう一度考え、自分が下した認識は決して間違ったものではないと彼は再認する。
しかし、今の自分のすぐ近くに居り、寝台で身を休めているラフィーアの姿を目で捉えたグランは、その理論的には正しい理を間違った考えであると否定する。
それが身勝手な願望である事はグランも重々承知していたが、どんな理や正しさを思案に入れても、彼がこれまで見てきた“色”が長く在り続けて欲しいと願わずにはいられず、そうならないのは世界の間違いであると考えてしまう思考を止める事が出来なかった。
「――――人間の世界は、不合理と不可解な事が多いのだな」
グゥエルナーならこの想いや考えにも応えてくれたのだろうか。
「――いや、これもダメだな」
グランが竜騎士となる時に交わした調和の通り、自らの手で『自分で学び』、自らの手で『自分を得て』、それらの答えを今は亡き盟友に奉じなければならないのだろう。
「――人間の世界は、本当に面倒事が多いのだな」
そうして新たな難題を認識し、抱える事になったグランはその思慮にゆっくりと耽ていった。
ここまで読み進めていただき、ありがとうございました。
01のプロット段階では『起承転結』の『承』が終わった所となります。
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2020/09/19 Ver1.0:実装
(幕間の実装に伴い、一覧の更新日と実際の作成日が異なる)
2021/03/25 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映




