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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
砂地を駆ける為に     (承)
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01-16 変革を見る者達

01-16 変革を見る者達

Ver1.1




 砂塵と熱風、逸れた砲弾が時折巻き上げる土煙が立ち煙るザックバール砂漠の砂上を、2体の灰色が疾走する。


 それは装甲と魔道鋼線で組み上げられた偽りの竜であり、エクスリックス王国の主力兵器である機竜(2たい)は、人の身を遥かに超える巨大な後ろ足で砂地を蹴り、自らを狙う戦車を目指して走り続けていた。


『――早い』


 その後ろの方、先行する隊長機を追うウェックス准尉は自らを大きく上回る駿足に思わず声を洩らす。


 榴弾砲を載せていないだけは説明が付かないその速度は、搭乗者であり優れた魔術師でもあるラフィーア少尉の魔術に因るものと思われる。


 しかし、それよりもウェックスが驚いているのはこれまでの戦訓を鑑みれば2倍以上の機竜(かず)で当たらなければ勝てないとされる戦車に狙われながらも一切足を緩めず、猛然と進み続ける胆力にこそ空恐ろしさを感じていた。


『――っ!?』


 そんな正気を疑う疾走にウェックスが付き合わされている中、此方の突撃から離れるように後退していた敵戦車群が急停車し、狙いを絞るように砲身が動いたかと思えばそれらの一斉射が放たれる。


 動くものには早々当たらない。敵の狙いは先行する隊長機。そして此方には対空戦車相手にその能力を示した“風盾”がある。


 そんな幾つもの理由を盾に、ウェックスが止まりそうになる乗機の足を前へと押し出す中――敵方から放たれた砲弾が隊長機に殺到する。


 機竜1体を相手に撃つには、過剰に過ぎる火力。


 故に、いくら火砲の命中率が悪かろうとも何発かは当たっていなくてはおかしい砲弾の雨に晒された隊長機は、しかし何事もなかったかのように吹き上がった粉塵を突き破り、その異様を前にした敵戦車隊は申し合わせたように後退を再開する。


『……勝てるのか? 本当に……?』


 そんなあり得ない光景を前に、ウェックスの口から言葉が洩れる。


 牽引車両攻略の障害である対空戦車の片側を排除し、あとはその目標を破壊しつつ反対側の対空戦車群を撃破すrば帰還できる。


 その順調な進捗の最中にザニエル准尉が墜とされ、その衝撃にウェックスが狼狽している間に特務大尉(たいちょう)が1人で車列に乗り込み、残る2体の機竜(じぶんたち)だけで砲撃を加えた敵戦車郡に突撃する事が決まってしまった。


 見通しのいい場所で戦車に発見された場合、攻勢を仕掛けても同数以上の数を有していなければ懐に入る事は出来ず、また撤退に転じたとしても逃げ切る事は不可能である。


 それはウェックスやザニエルが座学で学んだエクスリックスの戦訓(じつじょう)であり、特務大尉の決定はウェックスの理解を超えた命令だった。


 しかし、今尚続いている突撃はそんな常識を覆し、たかだが2体の小戦力でありながら13両もの戦車に食らい付こうとしていた。


 そう――接近するにつれて敵が此方の6倍を超える陣容だったのが判明した事も、それらが放つ最も命中率が高い(まちかまえた)状態での斉射を4度も切り抜けた事も、随分と前に起こったように思えてしまうが――敵戦車群は、もう此方が撃てば当たる距離にいる。


 あと僅か。そう、本当にあと僅かで機竜の間合いに戦車を捉えてしまう。


 ウェックスの眼前にある状況は彼の理解を突き抜けたままだったが、偽りようのない距離と“風盾”が敵砲弾を逸らす事実は確かな現実として彼の前にあり――。


『飛んだっ!?』


 次の瞬間、エクスリックスとファルストリアの認識を激変させる、決定的な瞬間が発生する。


 それは急停車を掛けた戦車群からの5度目の一斉射から始まり、砲が火を噴くのを待っていた隊長機が砂地を蹴った事で――遂に、此方側が戦車を間合いに捉える。


 殺到する砲弾への回避と、急襲に至る為の足掛かりの両取りを狙って行われた隊長機の跳躍。


 その鮮やかすぎる行動に戦場が硬直する中、隊長機の魔の手が戦車群の内の1両に撃ち下ろされる。


 上空から短く連射された25mm(ソレ)は隊長機の落下軌道に居た戦車の天蓋装甲を貫通し、内部を跳ねる徹甲弾が中に収まる乗員と弾薬を傷付け、誘爆に至った弾薬の火が車両の隙間という隙間から噴出する。


 隊長機の魔の手はそれだけに留まらず、着地と同時に両腕を振り上げた同機は左側に居た車両には25mmを側面に穿ち込む事で1両目と同じ末路を辿らせ、右側に居た車両には足回りに魔石砲を叩き込む事で履帯(きどうりょく)を破壊する。


 それは正に、2国間にあった『砂上に在る戦車に機竜は勝てない』という常識が変わった瞬間であった。


『……っ、拙い』


 計らずもその瞬間に立ち会う事となったウェックスであったが、隊長機から遅れていた為に今一番危うい場所に居る事に気が付いた彼は乗機の足を早める。


 機竜の基本戦術である乱戦に持ち込む事に成功した隊長機が機首を左に向けた事で、後ろに居るウェックスの目標は自分の正面方向(みぎがわ)に居る4両となった。


 しかし、まだ『機竜の間合い』に踏み込めていないウェックスは今、敵の独壇場に収まった状態にある。


 そして、ウェックスが狙う敵左翼や隊長機が狙う敵右翼が望む最善は、ウェックスの乗機が突入を果たす事によって起こるであろう混乱を避ける事であり――結果、敵戦車群の全ての火砲が彼に指向される。


『うおぉぉぉわぁぁ!』


 正面の4両から噴き上がった発砲炎、そしてウェックスの左側の視界の端から届く光。


 総数9両からの砲火に死を覚悟したウェックスであったが、彼の乗機に増設された“風盾”は正面から殺到した砲弾を逸らし、横合いからの砲弾(ひかり)を運よく足で切り抜けた機体は彼共々前へと走り続ける。


『……抜けたっ!?』


 そうして『生き残れる筈のない状況』を抜けたウェックスはそのあり得ない事実に身体を震わせるが、訓練によって叩き込まれた経験は手順通りに乗機を動かし、その右手と左手に括り付けられている魔石砲と25mmを前へと指向し、発砲する。


「――っ、しまった正面からじゃ……!?」


 しかし、機竜から放たれた赤い軌跡と弾丸の風切り音はその重厚な装甲に弾かれ、その表層で砕かれた魔石の炎を纏った戦車は怯んだ素振りも見せずにその長大な砲をウェックスの方へと向ける。


 先程よりも正確に、躱しようのない距離でそれが火を噴いた瞬間――ウェックスは背筋を震わし硬直する事しか出来なかった。


 しかし、最悪の状況に無策が重なっても尚、機竜が新しく得た“風盾”の“刻印板”が発する守りは従来機であれば『中身』まで潰されたであろう直撃弾すら逸らし、無傷の機体は慣性のままに前へと進み続ける。


「なんて、性能…………っ!?」


 その防御力に呆然とするウェックスであったが、この魔術の力が正面にしか向いていない事を思い出した彼は隊長機に倣う様に乗機を跳躍させ、動き出そうとする戦車に向けて25mmを撃ち下ろす事で人生初の戦果を挙げる。


「いける……いけるが――」


 着地し、間髪を置かずに乗機を走らせたウェックスは、知らず知らずのうちに湧き上がってきた確信(じしん)を洩らす。


 身を以て体感した“風盾”の優位性は揺るぎないものであり、正面で対面しているならば戦車であっても負けはない。


 それが理解出来てしまえば焦って無駄撃ちした25mmが惜しくてたまらなくなってしまうウェックスであったが、どんなに後悔しても使った弾丸は返ってこない。


「どうする――どうする……?」


 魔石砲の残弾(ませき)はまだ十分に残っているが、戦車の上面や側面装甲を抜く事が出来る25mmは撃ててあと1連射。


 そして、機竜が持つ最大火力である榴弾砲は発砲前後に機体の動きが鈍る為、半包囲されている今の状態で使えば“風盾”の防護範囲外を狙われる可能性がある上に当たる確証もない。


 加えて、ウェックスに確かな自信を(もたら)した“風盾”も無尽蔵に使用出来るものではなく、導入されたものの機竜の稼働時間を減少させたこの“刻印板(そうび)”は効果を発揮すればするほど乗機の保有魔力を消費する。


「――――」


 希望は確かにある。


 だが、その(きぼう)を以てしても敵は多く、厳しい状況に竦んだウェックスがただ漫然と回避挙動を取っていると、その横合いから飛び込んできた『灰色』の色彩が視界の一部を占める。


「な、んで――!?」


 ウェックスが驚く中、その『灰色』は彼から離れようとしていた敵戦車の下側に自らの右腕を差し込み、潰れた腕を楔にして押し上げる事でそれを横転させる。


『……っ、まさか、もう敵の右翼を潰して……?』


 その『灰色』――敵右翼に向かった筈の隊長機は、今し方横転させた戦車の上方側に回り込むと開閉出入口を蹴り破り、他の機竜にはない青い色の水晶瞳でウェックスを一瞥すると即座に離脱を掛ける。


「――っ、そうか!」


 その光景にウェックスが視線を左に振れば、隊長機が突入時に履帯を潰したまま放置していた筈の戦車がその隙間という隙間から炎を噴き上げているのが見て取れ、その視覚的な補足によって彼は隊長機を操る上官(ラフィーア)の意図を理解する。


 装甲で覆われた戦車に対し、魔石砲では履帯を破壊する事――それも上手く当てる必要がある――しか出来ないが、ああして開口部を開けてしまえば内部を加害し、無力化できる。


 ラフィーア少尉が隊長機の魔石砲(みぎうで)を潰してまでそんな示唆をウェックスに伝えたのかにまでは思慮が及ばなかったものの、安全な有効策を理解した彼は横転した戦車へと乗機を駆け寄らせると隊長機が抉じ開けた開閉出入り口からその内部へと魔石砲を叩き込む。


「――よし。……?」


 結果、砲身の先から火を噴いたのを皮切りに隙間という隙間から炎を吹き出し始めた戦車を横目に捉えたウェックスはそのまま視界の端を駆け巡る『灰色』――隊長機の動きに疑問を覚える。


 ウェックスを支援した隊長機はその行動で捻じ曲がった右腕を気にもせずに敵左翼へと飛び込み、縦横無尽に駆け回る事でかく乱に徹しているように見えた。


「――――まさか」


 敵の側面に張り付けたのに『攻撃をしていない』という不可解な行動を横目で追い続けたウェックスは、ここに至って漸く答えに辿り着き、降って沸いた重圧によって治まっていた震えが再び鎌首をもたげるのを感じ始める。


 ウェックスが操る機竜が榴弾砲を主砲に据えているのに対し、隊長機は元竜騎士であるグラン特務大尉(たいちょう)を『主兵装』として運用するような改装が施されている。


『この……!』


 簡潔に言えれば隊長を乗せていない隊長機は既に戦闘力を失っており、ラフィーアの動きはまだ攻撃手段が残っているウェックスが動き易いようにしているのだと理解した彼は回避機動を続けながらもその役割を果たすべく周囲に視線を巡らせる。


 動いて敵を排除出来なければ死ぬ。圧倒的な動きを見せている隊長機が居ても状況は改善しない。


 その事実を漸く認識したウェックスはあえて目立つように動いていた隊長機を狙う戦車を発見し、大胆にも停車した状態で狙いを絞っていたソレに相応の報いを与えるべく、彼は自分にとっても賭けである榴弾砲を発砲する。


『――っ、クソ!』


 しかし、簡素な照準しか持たない榴弾砲はウェックスが乗機の足を止めて撃ったのにも関わらず狙い通りの方向に進まず、静止目標に向かって放たれた砲弾はその車体よりも右側にある地面に着弾し、その戦車を覆い隠す程の爆炎を噴き上げる。


 至近弾となった榴弾の爆風は転輪や履帯を傷付け、ウェックスが狙った戦車は機動力を封じられたものの砲塔が残っている為に無力化はされていない。


 そして、榴弾砲を受けた戦車がまだ生きているとなればソレを持つウェックスへの警戒は素早く周知され、いずれ隊長機が戦闘力を失っている事にも気が付かれれば全ての火力は彼に向く。


『――――っ!?』


 ウェックスが悪態をついたのはそれらを理解しての事であり、そんな最悪の想像が彼の動きを鈍らせる中、横合いから殺到した複数の砲弾が乗機を掠め、驚いた彼が視線を振ればいつの間にか戦場から離れ、横隊を組み直していた4両の戦車がその視界に飛び込んでくる。


 同時に、左側がお座なりになっていた事に気が付いたウェックスは同じような事になっていた右側へと視線を振れば、陣形を組み直した敵右翼とは反対方向に後退しようとする敵左翼を攪乱し、その足を止めている隊長機の姿が見て取れた。


『――――』


 戦力差は2対7。


 残り7両――内1両はウェックスが先程使用した榴弾砲によって足回りを破壊されている――であり、此方側がこれまでに撃破した数もまた6両である。


 これだけでもエクスリックスの戦訓と鑑みれば凄まじい戦果であり、此方がほぼ無傷である事も加えれば『残るはたかが半数』と虚勢を張る事は出来てもその壁は異様に厚い。


『どうする……どうする……!』


 榴弾砲を戦力と考えるならば殲滅出来る可能性は残っている。


 だが、それを発砲するにはウェックスも乗機の足を止める必要があり、左右のどちらを撃つにしても“風盾”の守りがない背後を敵に晒す恐怖が、機竜に同化する事で感覚を失っている筈の手足を震わせる。


 そして――榴弾砲を使わないにしても、左右どちらかの敵に近づこうとするだけでも『残る敵に背後を晒す』事に変わりが無い事にも、ウェックスは気付いてしまう。


「っ…………!」


 それに気が付いてしまったウェックスは判断に迷い、つい先ほど自らが足回りを破壊した戦車を始末した所で行き足を失い、ただ漫然と回避行動を取り続けてしまう。


 それは経験が浅い新兵であるが故の過ちであり、無理からぬ事ではあったものの――戦場がそれを許してくれる筈もなく、ウェックスがなんの判断も下せぬ中でも状況は悪化していく。


 まず、離脱を目論んでいた敵左翼の2両が敵右翼の支援砲火によって隊長機を振り切り、これによってファルストリア側の挟撃態勢が確立されてしまう。


 結果、両翼からの火線の集中に耐えられなくなった隊長機が敵左翼を追う事を諦め、同機を操るラフィーアが回避行動に専念した事でウェックスが居る所にまで押し戻されてくる。


 そうして訪れるのは、ウェックスと隊長機の双方が戦車の挟撃の網に閉じ込められるという『終わり』である。


『…………詰んだ』


 隊長機が万全であれば左右それぞれに別れてからの突撃という初撃の再現を目指す事も出来たが、隊長機が攻撃力を失い、それが敵方に割れている可能性が高い今となっては、どう動いても戦闘力を持っているウェックスに火力が集中する。


 『隊長機が攪乱している内に敵右翼に突っ込むべきだっただろうか』


 『自分の(はいご)を危険に晒してでも足止めしている隊長機と合流して敵左翼を殲滅するべきだったろうか』


 その『終わり』を前にウェックスの全ての熱が冷え、凍り付いた彼の思考は手遅れになった今頃になってから幾つもの『手』を浮かび上がらせるが、ここまで来てしまえばもうどうしようもない。


 頼りになる守りであった“風盾”を持っているが故に、楽には訪れない緩やかな死――徐々に増えていく細かな傷を数え衝撃に耐える中、それが発生する。


『なっ――』


 距離を離した状態でウェックス達を挟撃している敵右翼――砲撃を続けていた4両の斜め後ろから赤い軌跡(ませき)が殺到し、それらの赤が生み出した破片と炎が履帯を破壊していく。


『あれは――』


 ウェックスが驚きながらも乗機の目線を細めると、“遠見”を備えた乗機の水晶瞳が背後に聳える2本の砲身が目立つ僚機達の姿を捉える。


『第2、小隊……』


 それは車列を襲撃する前に隊長が分離させた3体の機竜であり、ウェックス達が牽引車両の無力化に失敗した場合の後詰となるべく回り込ませていた部隊だった。


 前回も成された部隊の分散化――各個撃破される愚を犯そうとする隊長の判断に、ウェックスは疑問を抱いていた。


 しかし、今この瞬間において、第2小隊は何の危険も無く戦車の間合いをすり抜け、その後背を突くという最善の状況を成した僚機達は初撃で足回りを砕いた敵右翼に止めを刺すべく前進を開始する。


『……くそっ!』


 自分の未熟さ、そして自信の根幹を成していた教本(せんくん)が役に立たない状況に唾を吐きながら、ウェックスは機首を右に向ける。


 その視線の先には既に敵左翼の足を止めるべく走り去る隊長機の背中があり、ウェックスもそれを追う。


 味方の数が増え、その分の弾も増えた。


 それは即ち後の事を考える必要が無くなった事に他ならず――機竜の間合いから逃れようとする戦車に追い縋り、その天蓋装甲へと残りの25mmを撃ち下ろしたウェックスは隊長機が足を止めた最後の戦車に向けて榴弾砲を浴びせ掛けた。






 その十数時間後――ジャルダイム大陸の中央、アースラー山脈の東側に築かれつつあるエクスリックス王国軍拠点セントルアーバ基地。


 整備を急いでいる基地と言えども日が落ちる頃ともなれば作業の手は止まる。


 そうして訪れた宵闇の静けさの中、紙をめくる静かな音が執務室の中に響く。


 エクスリックスにおいて一般的な建築様式である黒塗りの木材と白漆喰の壁材で形作られた部屋には2人の男性がおり、一人は今し方届いた速報を読み進める事でその静かな音を紡ぎ、残るもう一人はまるで家具か置物と見紛う程の不動をもってその背後に控えていた。


「戦車13両、対空戦車6両を相手に3体で互角以上の状況に持ち込み、増援の3体をもってこれらを殲滅する。……中々に痛快だな」


 その中心に座る壮年の男性――ザックバール派遣軍の拠点であるセントルアーバ基地を預かるプロブ・ゴルトランド大佐は、帰還中のフライアから届いた速報を楽しげに読み進めながら言葉を洩らす。


 つい先程届けられた速報に記されている戦果は、先の会戦より前のエクスリックスで考えれば凡庸と切り捨てられてしまうようなものだ。


 しかし、それは竜騎が戦線に張り付いていた頃の話であり、砂漠においては負け続けていた機竜が単体で成した結果となればその評価は一変する。


「あの『お転婆』の戯言を聴き、試しに乗ってみた甲斐があったというものだ」


 そう言っておどけるプロブ自身、特に竜騎という兵科を嫌っている訳ではないものの手塩にかけて育てていた兵科(きりゅう)が活躍していると聞けばその心内は推して知るべくといったであり、撤収までの報告の全てを読み終えた彼の思考はその立役者に向く。


 ラフィーア・フィルトメル少尉。


 少尉という範疇を遥かに超える能力と魔術技量、機竜への深い造詣を持ちながらもその銀髪(さいのう)から大嵐級の諸問題を引っ張ってくる派遣軍の頭痛の種。


 その全てをプロブは認識していたが、階級の差からその姿を視界に入れた事は数える程しかない。


 しかし、基地を預かる立場ともなればその『裏』にもある程度の察しは付けており、プロブも自身の裁量に納まる範囲での融通を効かす事でその行動に制約が掛からぬように配慮はしていたのだが――。


「……まさか、これほどの戦果に繋がろうとはな」


 この苦しい戦局を凌ぐ一助にでもなればというプロブの温い見通しに反し、出た目は連戦連勝に大金星を加えるという異様な結果が転がってきていた。


 最初の戦果は竜の友と呼ばれる異色の元竜騎士(グラン)の力であり、プロブの認識も『個人で戦局は変えられないが、使える機竜隊が在るのは良い話だな』といった程度のものだった。


 しかし、今回齎された報告によれば戦車隊撃破の戦果(すうじ)は強化された機竜単体での成果とされており、その結果は砂漠という戦場でも機竜は戦車に対抗できる光明を示し、竜の力を借りなくてもファルストリアと戦う事が出来るという可能性をも生み出していた。


「この“風盾”という魔術を“刻印”したという術具――効力はどの程度かな?」

「基地魔術師長とラフィーア少尉が共同で提出した報告書によりますと、砲兵部隊との検証において3枚で対空戦車の25mmを、5枚で戦車が運用する75mmを逸らす事に成功したという実験結果が得られた、との事です」


 そうして思案の先を今から未来へと変えたプロブが参謀へと話を振ると、黙したまま彼の右後ろに控えていたラスター少佐が提出されていた仕様を読み上げる。


「効力は正面方向に限定されるとの事ですが、25mmを200発、75mmを10発撃ち込んでも機能に問題が出なかったとの事です。……書類だけでは私も信じられませんでしたが、実戦で証明されたとなれば頼もしい限りです」


 彼はプロブよりも2回り近くも若い参謀であるが、その思考や言動は如何なる時にも冷静そのものであり、無表情で何を考えているのか判り難い為に周囲からの受けが悪いのが玉に瑕ではあるが今後が楽しみな有望株としてプログが重用している部下の一人である。


「……そうだな」


 とはいえ、機竜による戦車撃破の報はそんなラスターをしても平静ではいられない程の事であるようで、普段の彼を知る者が見ればさぞ驚きそうな程に言葉数が多くなっている。


 そして説明を聞いているプロブも似たような心境であり、彼は参謀の脳裏にも浮かんでいるであろう未来に思いを馳せる。


 ファルストリア側が得意とする射撃兵器を逸らす、魔導の術。


 それを成すのは人間の理が届かぬ竜の力ではなく、突出した個人の魔術(さいのう)でもない。


 エクスリックスに住まう大多数の人間が作り、使用する事が出来る魔導技術の産物――即ち容易に量産できるソレは全ての機竜に普及させられる事を示し、運用方法を確立できれば戦場の常識を一変させるだけの衝撃を持っている。


「久方ぶりに聞く良い話だ。――それに、これで漸く優遇する理由もできた」


 そんな実現可能な青写真に区切りを付けたプロブは、その未来を現実にする為の行き方を組み始めるべく思案を巡らせる。


 能力の優れた下士官の要望に将校が応える。


 先見の明がある将校であれば成果のない者を優遇する事も珍しくはないが、あの『お転婆』は優遇すること自体に危険が伴う存在であり、つい先日までのプロブは手を出したいが深入り出来ないというもどかしさの中にあった。


「ラフィーア少尉を本格的に重用すると? 閣下、それは――」

「ラスター少佐。革新的な兵器の開発に貢献した者、多大な戦果を挙げた者を部隊諸共優遇するのはおかしい事ではないだろう? それが『どこの馬の骨とも知れぬ者』であったとしても」


 先にも述べたように才能があっても成果がない者に期待する例はあってもおかしくない事となるが、成果を出した者を採りあげない事は正道に反する行為となる。


 とはいえ、性格の不一致などの諸問題から成果ある者を優遇しない事も多々あるのが人の世であるが――ジェフスティア侯爵の下で動くザックバール派遣軍に連なる者がそんな事をすれば、厳正な処罰か追放の対象となりかねない。


「――それと、訂正はしておくか……わしが配慮するのはグラン特務大尉であり、その部下達が自由に動けるようになるのはわしの与り知る事ではないよ?」


 同時に、あの『お転婆』にまつわる件で行き違いがあっては取り返しが付かなくなる可能性もある為に、プロブがあえて自分の方針を明確にするとラスターは意外にも驚いたような顔を見せる。


「まさかとは思いますが……閣下ともあろうお方が、あの方の正体に気付いていないと――」

「ラスター少佐。わしはそれを『聞く事が出来ない』」


 そしてプロブが張った『予防線』に対しても迂闊な事を口走りそうになったラスターに対し、プロブはその口を制しながら明確な絶対条件を言葉にする。


「『聞いてしまえば』わしは『知っている』事になってしまい、あの『お転婆』にまつわる諸々の責任を持たなければならなくなる」

「しかし、それでは――!」


 そうしてラスターの言葉を制したプロブは自分の方針を改めて口にするものの、感情を表に出さぬ性質であった筈の参謀から届いた熱の籠った言葉に、プロブは静かに息を()く。


「我々ザックバール派遣軍の所有者たるジェフスティア侯爵は、お歴々の中では大変珍しい実力主義の権化である事は承知しているな?」


 取り扱いの難しい案件故に、この参謀に対して態々口に出した事は無かったと自問したプロブは話の手始めとして自分達が置かれている環境を口にする。


「それ故に、わしや基地魔術師長――そして、レイル大尉やグラン特務大尉のような『実力しかない者』が重用されている。……あの聡明な所有者もあの『お転婆』がここに居る事を『知っている』以上、余計な詮索をしなければ万が一戦死しても我々に累は及ばない」

「ですが、それでも彼女は……!」


 声を大にして語れる内容ではないが、今までにこの方針を明かしたプロブの腹心達はここまで説明すれば大体の事を察してくれたのだが、若いながらも優秀なこの参謀は尚も食い下がってくる。


「あの『お転婆』をその本来の立場にある者として扱えば、そんな存在を死中に向かわせた責任を取らされる。与えられた目的を達成し、預けられた兵を一人でも多く生還させるのが指揮官の役割だが、その全てを生かす事は出来ず――君にも守るべき家族がいる。余分な事をしている余裕があるのかね?」


 そんな反応を前にしたプロブは口調を自分の矜持に反するものへと変え、ラスターが本来持っている冷静な思考を取り戻させるべく戦場の現実に幾分かの脅しも混ぜて真理を説くと、参謀は息を飲んで押し黙る。


 先の会戦での敗北によって派遣軍が再編される前、ジェフスティア侯爵領の中央隊の一部を任せられていたラスターは侯爵の口添えで中央の下級貴族の娘を娶る幸運に恵まれたらしい。


 柄にないラスターの熱意はそんな中央への縁によるモノなのだろうとプロブは当たりを付け、同時にその動機(ねつ)の発生元である参謀の愛妻が第二子を身籠っている事も策に入れたプロブの言葉は十分な効果を発揮したらしい。


「わしも、君も、あの『お転婆』の事は優秀な魔術師であり、秘書官である事以上を『知らない』。――優れた戦力である事も示した事から、可能な限りの優遇をせねばならない存在にはなったが……それ以上の事を『知らない』のであれば、ジェフスティア侯爵もあの『お転婆』に何があっても我々を咎めんよ」

「――――」


 言葉だけを取れば切り捨てる心算であると思われかねない言動であるが、プロブも才ある者は安全な後方で『特別な者』にしか出来ない事に専念してほしいという考えを持っている


 だが、同時に好き好んで前線に向かってしまう変わり者の為に自分の命を賭ける程のお人よしではない。


「――幾つか、昔話をするとしよう」

「…………?」


 とはいえ優秀な参謀との間に軋轢を残して基地の運営に支障が出れば目も当てられない事を知っているプロブは、派遣軍の闇を元手に開いてしまった隙間を塞ぎに掛かる。


「あの銀髪(いろ)の魔力に魅かれ、搦め手で我が物にしようとしたのかエクスアード公爵への請見に動いていた将校が、何故かお目通りが叶う寸前に着任したての頃の不祥事を暴露され――責任をとる形で南に飛ばされた事があった」


「…………?」

「あとは――その銀色(さいのう)を惜しんだのか強権を巡らせて後方に引き籠らせようと画策した上級士官が何人か居たが、揃いも揃ってジェフスティア侯爵直々に南への転属を命ぜられ――南の連中に使い潰されたり、這這(ほうほう)の体で逃げ帰って家を継いだのも居たな」


 ジェフスティア侯爵の派遣軍に居た事からも判る通り、ここから姿を消した彼等は無能な人材ではなかった。


 しかし、そんな彼等が残した成果は身の丈以上の銀色(もの)を得る為に『自己の研鑽』ではなく『言葉を弄する』という行為が『何者か』の逆鱗に触れるという経験則だけであり、北や中央と軋轢のある南に回された彼等が日の目を見る事は恐らくもう無いのだろう。


「……そうそう、渦中の『お転婆』自身も使えない士官を度々潰していてな。――こちらは揃いに揃ってお歴々と縁深い連中ばかりで事後処理に苦労したものだ」


 そうして編入組であるラスターが知る由もない派遣軍の闇を前に絶句しているのを眺めたプロブは、駄目押しとして自身の経験を添える。


 先に述べた件も含め、最終的にはジェフスティア侯爵が全ての後始末を付けていた事から、プロブはあの『お転婆』がこんな場所に居る事からして派遣軍の膿を取り除く為の芝居なのではないかと疑っているのだが、その真偽の程は彼をしても追えていない。


「わしもあの『お転婆』には末永く活躍して欲しいと考えている。だが――」


 しかし、その法則を掴んだプロブはこの場所を終の住処と定めていた。


 その『何者か』が忌み嫌うのは言葉だけで全てを済まそうとする者であり、大言壮語や大きな間違いを犯してしまったが巻き返そうと走っている者、栄華を築きはしたが現状維持に走る(ちからつきた)者等は他の走っている者の邪魔さえしなければその立場は保障される。


 それは経験則であるが、才有る者の力を伸ばす事を喜び、人の(さが)である派閥を作りたがる(あしのひっぱりあい)を忌避するその思惑はプロブが好ましいと思う理想であり、その『何者か』がジェフスティア侯爵である確信はないものの、この派遣軍の闇を含めたそれを是とする彼もまた変人の類であった。


「素行に問題を抱えていた優秀な士官がそれを御せる上官の下に収まった。今はそれを素直に喜び、彼等の(もたら)した希望に喜ぶのが最善だろう」


 そう言いくるめたプロブは持ったままであった速報を静かに降ろした。





お読み頂き、ありがとうございます。

ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。


2020/06/07 Ver1.0:実装

2020/09/18 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。

2021/03/25 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映

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