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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
砂地を駆ける為に     (承)
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01-15 彼の見る敵兵

01-15 彼の見る敵兵

Ver1.2




 逸れた砲弾をグランの目が追えば、機竜を構築する術鋼と魔導鋼線が散乱する惨状が見て取れ――つい先程の金属の断末魔(だいおんきょう)が僚機の被弾によるものだったという事実が視覚的に証明される。


 死はいつでも傍にいる。それが戦場であれば、尚の事。


 それはグランの思考の根幹にある認識であり、損害の確認を済ませた彼の身体は次に成すべき(さくてき)へと向く。


『……ウェックス准尉、機体を車列と並走する形に――西を向いて、“風盾”が動いている事を確認しなさい』


 僚機が脱落した衝撃にもう1人の部下(ウェックス)(すく)んでいる中、乗機の拡声器から響くラフィーアの声が彼を強引に動かし、准尉を狙っていた第2射があらぬ方向へと飛んでいく。


「――手間を掛けたな」

『……いえ、出過ぎた真似をしました』


 初弾のような結果を出せなかった敵の戦車砲(しゅほう)であるが、その鋭い砲撃は今尚続いており――“風盾”に逸らされた砲弾の幾つかが彼等の守るべき車列に損害を与えているものの、その攻撃が収まる気配はない。


 車列(みかた)の保護よりも機竜(こちら)の排除を優先したファルストリア連邦側の思惑は対空戦車が撃破されている事を察しての行動と考えられ、ここまで接近しているとなれば多少の被害が出る事は承知の上なのだろうとグランは推察する。


『……竜士様、決断を』

「――――残りの対空戦車は此方でやる。君と准尉は戦車への対応を取れ」


 そんな中、最後まで生き残らなくてはならない指揮官(グラン)乗機(あし)。そこから発せられた含みのある言葉にウェックスは声も出せぬ緊張から機体を震わせていたが、続くグランの言葉はより明確な動揺をその機体(しんじん)に示させた。


『……御一人で大丈夫ですか? ……私達は軍隊ですので、ウェックス准尉を『使う』手も許されますが』

「車列を足場にすれば此方1人の剣でも対空戦車に届くし、無視されたのならばそのまま牽引車両(もくひょう)を潰せる」


 機体越しにも判る程の困惑を見せているウェックスに対し、ラフィーアは含ませていた言葉を(つまび)らく事で上官(グラン)に応え、1人を死地に追い込む意図を明確にする事で対案を示すものの、グランは自分の方針を覆さない。


「それに対し、此方だけでは戦車まで届かない上、機竜も単独では“風盾”があっても複数の戦車には対応出来ない。――考える余地はないだろう」


 そんなラフィーアにグランは自分1人が残る事が最善である理を加え、自分を試すように向けられている乗機の青い水晶眼(ひとみ)を見据える。


 技量はあるが武装が削られている乗機(ラフィーア)と標準装備の新人が戦車を担当し、生身のグラン1人が対空戦車を担当する。


 この割り振りはグランが明確な勝算を持って組んだものであり『この程度の事はラフィーアも理解している』と彼は認識していたが、自分の協力者は自ら泥を被る事で部下達からの信頼が自分に向くようにしているとも考えていた。


「――すまないな」


 その過分な献身を心苦しいと思いつつ、グランは言葉と共に竜剣を乗機の右足に巻かれた剣帯に納めながら自分の騎士剣を抜き、乗機の背に足を付ける。


『……ご武運を』

「お互いにな。――第2小隊と一緒に、早めに迎えに来てくれ」


 そんな言葉を最後にグランは乗機と並走する車列――それを構築する貨車の1両――へと跳躍し、抜き放っていた騎士剣の連閃でその外壁を切り裂きながらその内部へと飛び込んだ。






「――――」


 貨車の土台から響く振動――車列の先頭を走る牽引車量の負担を減ずる為に配された車輪の震えを感じる中、グランは自らが形成した開口部から離れながら“目”に集中し、戦場の“気配(いろ)”を探る。


 まずは、近く――以前の襲撃時には貨車にも多くの敵兵の気配があったものの、グランが今回乗り込んだ車列に漂う人間の気配は薄く、“目”を凝らして察せる範囲を伸ばしてみても敵が発する“意識(いろ)”の残滓は牽引車両の前後にしかなかった。


 そんな自分に都合の良い状況を前にしたグランはこの状況(けねん)を頭の中で回し――10数秒の黙考の末、前回の荷物は『人員』だったのだろうという順当な答え漸く行き着いた彼は目下最大の難問に思考を移す。


 別れた部下達の“気配(いろ)”は車列から離れていっており、ラフィーア達を狙っている主砲の脅威(ながれだま)もなくなった事から左手側に脅威はない。


 そして、右側には残る3両の対空戦車の“気配(いろ)”があり、それ等が発している“意志(いろ)”は困惑――恐らく、離れていくラフィーア達を追うか、このまま車列の護衛を続けるべきかを迷っているとグランは認識する。


「――さて」


 そんな状況の中で敵対空戦車隊をここに押し留め、可能ならば撃破するのがグランの役目であり――そうであれば、最初にする事は示威行為と決まっている。


「――っ」


 幸いな事にグランが居る貨車の近くには対空戦車(それら)の内の1両の気配があり、彼は鋭く短い一息と共に放った騎士剣の連閃によって開口部を形成し、そのまま躊躇なく跳躍する(そとへでる)。


「…………!?」

「――1人」


 その勢いのまま車列と並走していた対空戦車の1両、その砲塔へと騎士剣を突き込んだグランの刃は頭を出していた敵兵を刺殺し、それを確認した彼は空いた左手で車体の取っ掛かりを掴む事で自らの身体を固定する。


「――1つ」


 そうして身体の固定に使わなくなった騎士剣を引き抜いたグランは、逆手に返した剣を啄木鳥(きつつき)が嘴を振るう様に操る事で足元の車体を蹂躙し――組み付いた対空戦車が制御を失い、迷走を始めたのと同時に車列へと飛び退る。


「――――っづ」


 その距離は行きよりも遠く、一息では跳び切れずに幾度か砂地に足を付ける事になったものの車列を捉えたグランは貨車との間合いを測る暇すらも惜しむように側壁へ跳躍。


 衝突するような勢いをもって開口部を作ったグランはその有り余る速度を入った先の壁と激突する事で相殺し、打ち据えた背中の痛みが思考を乱すよりも前に車列の進行方向へと走り出す。


 その先には貨車の壁しかなく、グランは再び騎士剣を振るう事で道を作るものの飛び出した連結部にも扉はなく、手摺で区切られた板床が左右に広がっているだけの光景は視覚的に行き止まりである事を強調する。


「――っ」


 しかし、差し迫った脅威の前に立ち止まっている暇はなく、脳裏を掠めた直感に従ったグランは板床の左側から前へと飛び出す事で次の貨車の板床までを飛び越え、着地の衝撃が抜ける暇すら惜しむように床を蹴って前へと跳び続ける。


 それを3度繰り返した時、轟音と衝撃がグランの背後に響き渡り――その連続した爆圧(よは)に怯む事なく跳び続ける彼を追うように鳴り続ける破砕音は、彼が6両目の床板に足を付けた所で漸く鳴り収まる。


「――――流石に、躊躇はしないか」


 そうして過ぎ去った自分の背後(おと)を流し見たグランはその光景に冷汗が滲むのを感じつつも、しかし努めて冷静に言葉を紡ぐ事で動揺を霧散させる。


 グランの目に映ったのは残る2両の対空戦車が撃ち放った砲火によって破壊しつくされた貨車の成れの果てであり、土台以外の構造体が消し飛んだ貨車群(それら)を確認した彼はファルストリア側の考えを今後の指針に組み込む。


 残る2両は自分達の護衛対象である車列の一部ごとグラン(じぶん)を排除しようとした。


 それは車列に収められた補給物資を失う事よりもグランが居る事の方が脅威であると認識した事の証左であり、その事実は敵戦車隊と対峙しているラフィーア達の後方を確保するという彼の最低限度目標が達成された事を意味する。


 あとは脅威(じぶん)がまだ生きている事をファルストリア側に示しながら連邦の防護対象である牽引車両を脅かす事で彼等を拘束し続け、可能であれば2両とも排除するのがグランの役目となるが――これを生きて達成する為には頭をひねる必要がある。


 そうして思案を巡らせるグランに対し、残る2両の対空戦車は生死を確認できない彼の事を警戒してなのか車列から距離を取り始めており、“目”に映る“意識(いろ)”から見て完全に離れる心算はないようだが直接切る以外に攻撃手段のないグランにとってその距離は大きな課題となる。


「――――」


 そんな重要な局面で、ふとグランの鼓動が妙な動悸を刻む。


 車列に1人で乗り込んでからの対空戦車の撃破、もしくは足止めを狙うのは最善の策であり、あの場に居た全員が生き残れる可能性はこれ以外には無かったとグランは断言できる。


 だが、今にして思えば共に戦う存在が居ない状況はグランの人生の中でも数える程しかなく、死が近くにあるのは彼にとって珍しい事では無かったが、自分の行動に他人の生存の可否が掛かっているという未知の体験が妙な緊張となって指先を震わせる。


「――――いや、そうでもないか」


 その緊張が何の意味も持たない隙を作ろうとした時、そんな震えを否定する思い出がグランの脳裏を(よぎ)る。


 もうずいぶんと昔の事になるが――グランが騎士剣を拾ってもいなかった幼い頃、満足に飛べもしない内にシキタリに反した外竜の対処を任された事があった。


 今にして思えば、それはグゥエルナーがグランに課した竜剣の訓練だったのだろうが、1人で竜を切という恐怖を思い出したグランは背負っている状況こそ違うが戦う相手はあの頃と似ていると思い至り、その慣れが震える指を握り直させる。


 奇しくもあの時に切り捨てた竜も2体であり、その頃のグランの体格に合わせていた竜剣も小さく、竜息を撃てる敵の射程が長い事も似通っていた。


 今回にあっては車列内に居る敵歩兵という余分な要素があるものの、自分の力と相手の脅威との差は当時と殆ど変わりがなく、遮蔽物として利用できる車列の貨車も竜の里の巨木として当て嵌めれば彼の既視感は更に増す。


「――先ずは貨車の中に居る敵兵の排除、か」


 そうして幼き日の経験をなぞる事に決めたグランは最初の方針を確定する。


 車列の薄壁に潜み、息を殺しているグランの最大脅威は敵兵経由で対空戦車に自分の位置を補足される事であり、25mmの掃射を受ければ竜血石の不可視の障壁と“構造強化”の“刻印”が施された金属鎧の守りを持つ彼であっても死以外の道はない。


「――いくぞ」


 目標は幾つもあり、達成に至る道筋も多岐に渡るが――自分が死ぬ可能性は25mm(それ)しかない。


 死に至る可能性に溢れていた竜の里に比べればなんとも恵まれていると心内で呟いたグランは、次の貨車に向かうべく足に力を込めた。






 方針を定めたグランが貨車の左脇を飛び続ける事、10数両。


「…………本当に来るのか?」

「……対空戦車(マダラント)からは警戒せよとの連絡が来ている」

「無駄口を叩くな。……敵に悟られる」


 車列の先頭を走る牽引車両の巨大さが目に見えて判るようになった頃、貨車間の板床を跳び続けていたグランが今までの貨車とは様式の異なる車両を捉えたのと時を同じくして、会話と思しき言葉が彼の耳朶を震わせる。


「――――」


 その発生源は、今し方グランの視界に入り始めた貨車とは様式が異なる車両。


 その変化に足を止めたグランが“目”を使って探りを入れれば、次の貨車の先にあるその車両との連結点――様式の異なる車両には前後方向にも扉があるらしい――の縁に身を隠すように数人の人間が潜んでいるようで、奥の方にも微かな“気配(いろ)”が見えた。


 足を止めた事で“身体強化”を緩めたグランは、息を整えながら様式の異なる車両――確か人間を載せるのは客車というらしい――の様子を探り、貨車越しに聞く敵兵の状態を調べる。


「…………襲撃してきた敵は救援に来た教導中隊の方に行ったんだろ?」

「……魔導兵が車列に取り付いたらしいが……さっきの音、マダラントの掃射だろ? もうくたばってるんじゃないか?」

「黙って狙っていろ。1人で張れる弾幕じゃ、エクスリックスの魔導兵は止まらないんだぞ?」


 グランの耳に届く会話は戦闘とはあまり関係のないものであり、それは戦場にあっては迂闊に過ぎる行動ではあるものの、同じような忠告をグゥエルナーから受け続けた思い出がある彼は敵兵(かれら)を笑う事は出来ない。


「――――」


 だが、唯一憐れむとすれば――忠告(それ)が根付く機会に恵まれたグランに対し、彼等にはそれを省みる機会が無い事だろう。


「――っ」


 “情動(いろ)”と耳に届く口調から客車に伏せている敵兵が油断している確証を得たグランは自分の居る所からの目算を定めると“身体強化”を強めながら敵兵の懐へと跳躍し、騎士剣を引き絞った体勢で彼等の前に滑り込む。


「――!?」

「……なっ!」


 そのまま振り抜いたグランの一閃は壁となっていた客車の扉ごと敵兵達を両断し、その剣閃を途中で引き止める事で貨車の右側に破壊の痕が現れないよう工夫した彼は止めた剣を後ろに引く事で構えを変え、奥に控える残1人へと騎士剣を突き込む。


「――――」


 竜剣に慣れたグランにとっては心許ない騎士剣であるが、人間を害するには過剰な刃は最後の1人の盾となっていた客車の壁ごとその身を刺し貫き、まだ意識のあったその思考(あたま)を切り上げによって断ち切ったグランは、壁を割って自由になった剣を置いていく程の勢いで床に伏せる。


 今のグランにとっての最大の脅威は車列の外にいる対空戦車であり、敵兵と接触したとなればその観測情報を元に25mmで狙われる可能性がある。


 グランの奇行はその危惧に備えた姿勢であり、竜血石に通す魔力を強め、自らの姿勢が定まった後に振り下ろした騎士剣に“風盾”を纏わせた彼は来るかもしれない砲弾の雨に備える。


 グランとラフィーアが気付くまで廃れていた事から判る通り、人間の魔力で行使する“風盾”では小銃弾(7.62mm)すら防げない事は歴史が示しているが、竜血石の障壁と“刻印”が施された金属鎧とを重ねれば命を拾える可能性はある。


 グランの行動はそんな儚い希望を狙ったものであったが、伏せた彼の目は代わり映えのしない客車の絨毯とその床を汚していく血の流れを映し続け、耳は車列が進む音を感じ、足は床からの変わらぬ振動を身体に響かせる。


「――まだ狙われてはいない、か……?」


 五感から得られるものに変化がない事に思わず心情を洩らしてしまったグランは“目”を使って五感では測れぬ“気配(いろ)”を読もうとするも、それが“色”を見せるよりも早くに反対側の曲がり角から顔を出した敵兵と視線が交差してしまう。


「――っ!」

「居たぞ、まだ生きてやがるっ!」


 こうなればグランに考える暇はない。


 間合いが開いた状態で発見された以上、対空戦車の射撃が始まる前に敵兵を黙らせなければ命の無いグランは通路の先――彼が今居る所とは反対側に引っ込んだ敵兵を追って走り出す。


 “身体強化”を伴ったグランの加速は鋭く、折れ曲がった通路の先から現れた銃口から吐き出される銃弾を竜血石の障壁で弾きながら進む彼は僅か数秒で客車の過半を越えるが――。


 しかし、その足元に幾つかの金属塊が転がってくる。


「――?」


 勿論、そんな不審物(もの)で足を止める愚を侵すグランではなかったが、ソレが爆発したとなれば話は別であり――真下からの衝撃に転がされた彼は通路に充満した黒煙の中に紛れ込む羽目になる。


「っ――面倒なものを……」


 竜の里で培われたグランの“目”は相手の魔力や情動(いろ)を察する魔術であり、周囲の“意思(いろ)”を見る事で攻撃の予兆を察する事が出来るが、連邦の武器はその過程に魔力が伴わない為に『知らない武器』に対応するのは不可能に近い。


 とは言えグランが受けた衝撃はいつぞやの演習で受けた榴弾砲よりも弱く、突破されなかった竜血石の障壁が立ち込める黒煙を突き抜けてくる銃弾を弾き続けている事から彼自身に傷はない。


「――――っ」


 爆発の残滓が漂う中に居る為に視界こそ塞がれているが、その隙に体勢を整えたグランは“目”で次の敵兵の状況を掴むと黒煙を割って前に出る。


「……っ!? 手榴弾でも無傷かよ!」

「――下がれ、火力を集中する」


 そうして煙を割ったグランに驚きの声を上げた敵兵は号令と共に下がり、通路の先から覗いていた銃口が消えた事で彼は更に加速する。


 『面倒なモノを使っているのは其方で、毒突きたいのは此方の方だ』


 それが通路を走るグランの脳裏に走る思考であったが、ご丁寧に予兆を教えてくれた敵兵の内容(ことば)を警戒するべく竜血石に通す魔力を強めた彼は相手が待ち構えている筈の連結点へと踏み込む。


「――づっ!?」


 小銃弾や先程の金属塊程度であれば突破できる。


 そう高を括って躍り出たグランであったが、その慢心を穿つような衝撃が彼を背後へと打ち飛ばす。


 その一撃は中々に苛烈であり、グランは自分の迂闊さを呪うものの続く小銃弾は竜血石の障壁で弾かれている事から彼自身の被害はそこまで大きくない。


 同時に、戦場で動きを止める事以上の間抜けはなく――まだ動くのに支障の出ていないグランは左肩から響く痛みを無視して前に出る。


「ば……化物めぇぇ!」


 自らの力が通用しない現実を前にした者が発する怨言(ことば)を前にしたグランは、しかし聞き慣れた怨嗟に動揺する事もなく跳躍。


 先程自分を傷付けた強烈な一撃を避けるべく行った上方からの急襲(それ)はその発生元と思しき長銃持ちを刺殺するに至り、そのまま騎士剣を巻き上げる事で回転切りへと繋げたグランは扉の左右に張り付いていた敵兵を両断し、客車の奥に佇んでいた者と対峙する。


「…………小銃は効かず、手投げ弾や対戦車銃(25mm)でも決定打とならない。――エクスリックスの魔導騎士とは、聞きしに勝る化け物だな」


 気配から相手の技量を認め、騎士剣を構え直したグランの耳にその敵兵の声が届く。


「――連邦の騎士か」

「いや、しがない輸送課の小隊長だ」


 グランの問いに自嘲気味な言葉を返しながら、小隊長と名乗った敵兵が剣を抜く。


 敵兵の口調は意気のない砕けたものだが、その気配は険呑極まりなく――決壊を待つ瀑布のようなそれを前に“目”を光らせたグランは、魔術に類する力を感じられないその眼光を正面から見据え返す。


「……っ!」

「――」


 グランが人間を対象とした剣技を苦手としている事もあり、敵兵との技量差は同等か相手が勝る。


 しかし、常に最善(ぜんりょく)を思案するグランに気負いはなく、敵兵の繰り出した何の付与もない唐竹(きりおろし)に“構造強化”を施した騎士剣を“身体強化”の膂力で振り抜く事で合わせる。


 結果は一瞬。


 敵兵の短めの片刃はグランの騎士剣と接触した瞬間に陶器のように割れ砕け、刃という守りを失った敵兵はグランの横薙ぎに左腕を深く切り裂かれ――流れるように放たれた袈裟切り(にのたち)によって寸断され絶命する。


「――――惜しいな」


 切り捨てた敵兵――指揮官であったのなら士官と言った方がいいのだろうか――の亡骸を前に、グランは思わず本音を洩らす。


 この敵士官と対峙した時に感じた気迫はグランがこれまで対峙した魔導騎士のそれを凌駕しており、その身が魔力を有し、刃が“構造強化”の類を持つ魔導剣の類であれば、その境地に至った武技を披露する事で記憶に残らぬ雑兵として終わる事もなかっただろう、と。


「――――」


 そんな感傷を振り払うように周囲を見渡したグランは今更ながらに客車の作りを捉え、まるで食堂のような場所だなと思う。


 同時に先程衝撃を受けた自分の身体を検分し、『まだ動ける』事を確認したグランは“目”を走らせる事で残りの敵兵の動向を探ろうとするが、その目論見はどうにも上手くいかなかった。


 それというのもファルストリアの人間が発する魔力(いろ)が大概において無いに等しいのに対し、グラン等が所属するザックバール派遣軍の目標である牽引車両がそんな連邦の物とは思えぬ程の強大な魔力(いろ)を発しており、その光に紛れてしまう事で個々の識別を難しくしていた。


「――――」


 しかし、それでも丁寧に見直しを続ければ人数は把握出来なくとも凡その目星を付ける事は可能であり、残る敵兵の多くが感じている“感情(いろ)”も見る事も出来た。


「この色は、恐怖……だが、戦人がここまで動揺しているのは珍し――」


 精査を重ねた“魔術”が導き出した意外な状況を思わず洩らしたグランは、しかし“(さくてき)”に集中した事で今更のように『それ』に気付き、弾かれたように床を蹴る。


 その跳躍の過程で急ぎ騎士剣を構えたグランが目指すのは、この客車の隅にある長机で仕切られた一角。


 物音1つしなかったその隅には1人の人間の気配があり、戦場で警戒を解いた自分の迂闊さを呪いながら騎士剣に“風盾”を纏い直したグランは、先程傷を負った長銃を避けるべく取った上方からの刺突を突き込もうとするが――。


「――なっ!?」


 “目”を通さぬ己の瞳が捉えたソレを前に、グランは長机に伸ばした足を食い込ませる程の急制動によって身体を押し止め、その行動は騎士剣の切っ先がソレに触れる事を阻止するという最善の結果を残した。


 食堂のような場所に居る、武器を持たない、給仕服を着ている人間。


 人間の世界に来て間もないグランに客車の内装からこんな存在が居る事を察しろというのは無理な話ではあったが、戦人でないのであれば“目”で見ても害意が無い(みつけられない)のは当然であり――剣を振るう前に『刺してはならない存在』を前にしている事に気付けた幸運に彼は感謝する。


 武器を持っているならば敵兵や賊兵として処理できるが、力を持たぬ無辜の民を切り捨てる事は軍規に反する。


 その保護対象が連邦の民にも当てはまるかどうかの記述は無かったが、粗を探そうと思えば竜に対する記述も無く、軍人が民を守る剣であり殺すだけの蛮刀でないとするならばこの給仕と思しき連邦の女性を切ってはならないとグランは結論付ける。


「――――」


 同時に浮かんでいた『いっその事、武器を持ってくれていれば』という唾棄すべき思考がある事を恥じたグランは、戦闘終了後に協力者(ラフィーア)に確認を取る事を心に決めながら思考を次に進める。


 残敵は車列外に残る2両の対空戦車であり、これは牽引車両攻略を妨げる障害にして放置するには危険過ぎる難敵であると共に、車列内の敵兵を排除した事で新たな動きが発生する可能性もある。


 そして、この給仕の例を他に当ててみれば、ここより先の車両にいる人間の“気配(いろ)”が戦人とは思えぬ“怯え(いろ)”が強い事の説明もつき――ここから先に居る人間は、全てが切ってはならない存在である可能性もある。


「…………」


 思案を回しているグランの目の前には、突き付けられたままの刃を前に整った顔を恐怖で凍り付かせた給仕が変わらずそこに居り、“目”で見る“感情(いろ)”もグランが申し訳なる程の恐怖に満ちていた。


「――――」


 対空戦車をここに縫い付ける事には成功している為、車列外の彼等に動きが無いのであればここでラフィーア達を待つという選択肢もあるが、対空戦車が攻勢に転じた場合にはグランが対応出来ない可能性が生じる上に連邦の兵が連邦の民を殺すという悲劇も発生する。


「――――――使うか」


 敵を倒さなければ、安全は保証されない。


 思案を捏ねくり回した結果、そんな当たり前の事実に行き着いたグランは騎士剣に添えていた左手を自分の胸に向け、その奥に仕舞い込んである“鱗薬”の入った袋を金属鎧の上からなぞる。


 残りは10幾つと心許ない数であるが、竜の里を出てから使う機会に恵まれたのはただの1度きりであり、その唯一の機会も『力を見せろ』という特異な事例であった事も鑑みれば里の外で“鱗薬”を使うような機会は無いと考える事も出来る。


「武器を持たねば殺さないが、邪魔をすれば切り捨てる。――そのまま端に居ろ」


 比較的長い黙考を終え、方針を確定したグランは忠告と共に給仕に突き付けたままだった騎士剣を離し、行動に移る。


 まず後顧の憂いを断つべく牽引車両側の扉に近付いたグランは、それを打撃で歪ませた上で“構造強化”の魔術を施す事で開閉を封じ、術式維持の楔として風の魔石を添える事で牽引車両側からの増援による失敗の可能性を低減させる。


 そうして足場を固めたグランは最初に突破した後方の客車へと立ち戻り、物言わぬ亡骸が並ぶそこで懐に仕舞い込んである黒い鱗状の薬――グゥエルナーが作った“鱗薬”の1つを飲み込み、意識を集中する。


 起点はここからであり、為すべき事は“鱗薬”の魔力が尽きる前に対空戦車2両を無力化し、車列に戻る事。


「――――」


 集中し、息を整え、“鱗薬”が効き始めた事によって滲み始める異質な魔力を騎士剣と竜血石に通したグランは、とにかく迅速である事を最後に思い、鋭い吸気と共に対空戦車(みぎ)側の壁を切り刻む。


「すまんな」


 そうして車列の外にまき散らされた客車の構造物に紛れるよう、足元にあった敵兵の亡骸を形成した開口部から外へと蹴り飛ばしたグランは前の客車へと駆け戻る。


 走り出したグランの背後に無数の25mm弾体が突き抜ける轟音が響き渡り、対空戦車が彼の狙い通りの動きを行っている事を横目に確認した彼は敵が掃射を行っている場所から離れた所に新たな開口部を形成。


「――――」


 今度は自らが飛び出す事で見当違いの場所への射撃を続けている対空戦車への疾走を開始する。


 最初に開けた開口部からの死者への冒涜に至るまでの行動は車列から距離を取っている対空戦車(もくひょう)に接近するまでの時間を稼ぐ為の策であり、得られた時間から勝利を手繰り寄せるべく、“遠見”を使わなければ豆粒のようにしか見えない目標へむけてグランは走り続ける。


 そんなグランに対し、彼が目指している対空戦車はその突進に気付いていないのか砲身は囮として開けた開口部を向いたままだった。


「――っ」


 その望外の状況を好ましく思いつつも、グランは“風盾”を纏わせた騎士剣の切っ先を残るもう1両の対空戦車へと向け直し、砲弾が殺到する可能性が高い方向への守りを固めながらも走り続ける。


 そうしてグランが狙う対空戦車が漸く砲塔を動かし始め、彼に気付いていたもう1両が阻止弾幕を張り始めた頃――グランは目標をその間合いに収める。


 繰り出す初手は、“身体強化”を最大限に付与した跳躍。


 そのあからさまな急襲に対し、狙われた対空戦車は車体を横に逸らす事でグラン共々その刃を回避しようとするが、彼の目論見は危険極まりない25mmの射線から自分を逸らす事にあり、砂塵を巻き上げながら砂地に落ちた騎士は旋回する方針が自分を捉える前に突き込むべく地表からの急襲を仕掛ける。


 その張り付くようなグランの動きを前にした対空戦車は距離を取ろうと車体を振るものの、それが実を結ぶより前に彼の騎士剣が車体の左側にある履帯と車輪を深く切り裂く。


「――――っ」


 そうして迷走を始めた対空戦車が態勢を立て直すよりも早く、鋭い跳躍によってその車体に組み付いたグランは25mmが据え付けられている砲塔に騎士剣を突き込む事で自身の速度を殺し、穿った刃を振り上げる事で構造体を断ち切ってからの振り落とし(にのたち)で束になっているその砲身を切断する。


「――次」


 グランの“目”は足元の対空戦車越しに“意識(いろ)”が残っている事を捉えており、この車両の戦力を完全に殺しきれていない事は彼にも判っていた。


 しかし、1両に対してそう多くの時間を割けないグランは戦闘力を奪った事で良しとして砲塔(あしば)の残骸を蹴り、騎士剣の切っ先を残る1両へと向け、刃に纏わせた“風盾”で身を掠める至近弾を逸らしながら走り出す。


「――――届けよ」


 “鱗薬”の効力はまだ持つ筈だが、元が竜の魔力であったとしても人が扱えるそれで行使している“風盾”が25mmの直撃を逸らせる可能性は低く、元になった術式が忘れられていた実情を鑑みれば竜血石の障壁との重ね掛けでも真面に受ければ終わりだとグランは考えていた。


 加えて“鱗薬”の効果時間も竜の里での経験則に基づくグランの目算であり、製造主であるグゥエルナーの言葉ではない事から自分の能力以上の魔術行使を続けている今の状態を何時まで維持できるかの確証はない。


 そんなグランの苦しい内情を知る由もない最後の対空戦車は急制動からの精密射撃を採り、自らの移動による振動から解放された25mmが接近しようとする彼に襲い掛かる。


 その正確さを増した弾体に、グランは横方向への位置移動を織り交ぜる事で坑じようとするが――。


「――っ」


 エクスリックスを追いつめたファルストリアの火力をその程度で躱せる筈もなく、幾つかの衝撃がグランを襲う。


 被弾――否、それは“風盾”によって逸らされた上に竜血石の障壁で止められた残滓が“構造強化”を施された金属鎧を叩いたものであった。


 しかし、『そんなもの』ですら鎧を砕くだけの威力があり――砕けた鎧の破片が身体を圧迫する痛みに顔を歪めながらも、グランは前に出る。


 この幸運に、次はない。


 それを確信したグランは賭けに出る事を即断し、“鱗薬”から得られる魔力を頼りに竜の里で作った手製の魔術を騎士剣に編む。


「――行け」


 そうして手筈を整えたグランは、自分の唯一の武器である騎士剣を“投擲”する。


 本来の投擲(それ)は人間が身一つで成せる遠距離攻撃であるものの威力はファルストリアの火砲と比べるべくもなく、同じ人間が振るう物でも切り払えるような代物だ。


 しかし、グラン渾身の“魔術(とうてき)”を施された騎士剣はそんな理に反し、吸い込まれるように空を奔り対空戦車の砲塔に突き刺さる。


 そのあり得ない刃に驚き怯んだように砲火が途切れた隙を突いたグランは一気に距離を詰め、逃げに転じようとしていた対空戦車に取り付く事に成功する。


「――――」


 砲塔に刺さった騎士剣を掴んだグランはそれを振り払うように切り上げ、敵の攻撃手段(25mm)が収めたそれを斜めに切断した彼は流れるように持ち直した刃を足元に突き刺す事で対空戦車の左側にある履帯を破壊する。


「――最後だ」


 そうして対空戦車(さいだいきょうい)の行動手段を破壊したグランは即座に離脱を図り、戦闘の過程で随分と離れてしまった車列に戻るべく走り始める。


 グランはこの戦場に置ける問題を全て排除出来た。


 しかし、車列と離れてしまった現実はなかなかに厳しく、その現実は“身体強化”を付与したグランの足であっても走り去ってしまう前に取り付けるか微妙な位置にあり、置いて行かれた場合にどうするべきかを彼が考え始めた瞬間、車列の最前部に複数の爆発が発生する。


「――――」


 その盛大な爆炎の中にあっても尚、グランの“目”は牽引車両が発する莫大な魔力(いろ)に変わりがない事を捉えるものの前部の制御室を失ったと思われる巨体は横転するように動きを止め、そんな先頭の急停車に付いてなかった客車や貨車群(こうぞく)が追突と横転を繰り返す。


「爆発は榴弾砲――それに、あの魔力(いろ)は……」


 その悲惨な連鎖音が砂上に響く中、グランの“目”は牽引車両の先――操縦室(もくひょう)を破壊した部下達の気配(いろ)を捉える。


「――――優秀な同胞が居ると楽が出来るのは、人間の世界でも同じだな」


 エクスリックスとファルストリアとを遮るザックバール砂漠の熱、そして“鱗薬”の副作用が出始めた事で朦朧(もうろう)とし始めた思考の中、グランは在りし日の思い出を眺める。


 立場は変わり、グゥエルナーの指示を受けながら共に戦っていたグランは今、預けられた部下に指示を発しながら戦う立場にいる。


「――――」


 その状況の多くは協力者(ラフィーア)が用意したものだと思われるが、それでも自分が恵まれている事に変わりはない。


 そうして発生した待ち時間(ゆうよ)は『グゥエルナーにとっての自分はどちらだったのだろう』という余分な思考をグランの脳裏に過らせる。


 それは最早確認のしようが無い事であり、同時に今の自分が知ってもどうしようも無い話である事は判っていたが――それでもグランは、走り寄る灰色の竜を視界の収めながらもそんな過去を想い続けていた。


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2020/05/09 Ver1.0:実装

2020/09/18 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。

2021/03/25 Ver1.2:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映

      (1.1は未実施装のままだった為欠番)

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