01-14 変わる戦場
01-14 変わる戦場
Ver1.2
太陽の光とは異なる光に照らされたその場所は、壁や天井を占める窓のような物によって砂中からでは見える筈のない地上が映しだされた部屋だった。
エクスリックス王国の常識で量る事の出来ない、おとぎ話にも出て来ないような現象が張り巡らされた場所。
故に、ここに詰めている人間ですら理解が及んでいない部屋の中、操艦に関わっていない人員は右側の窓に映し出されている映像を睨み続けていた。
「護衛の対空戦車が増強されているな」
その場所はエクスリックス王国・ザックバール派遣軍が運用する潜砂艦の最上部であり、この巨艦を操る機能が集約された艦橋に映るそれ等は砂中を進むフライアと並走するように砂上を走るファルストリア連邦の車列であり、彼等の攻撃目標だった。
「以前の襲撃で遭遇した対空戦車はグラン特務大尉の竜剣、もしくはバールゴート准尉の竜が使用した炎息によって破壊されていましたので、連邦は竜騎士による襲撃と考えたのでは?」
「……ふむ」
艦橋の中心、フライアの内と外の全てを眺められる場所に座るのはこの艦の長であるフゥーリー中佐であり、その外周を占める窓の近くには同艦の航行を支える各部門の責任者が持ち場に付いていた。
そして、フゥーリーの後ろにはフライアが持つ戦力の統率者である2名、艦載竜騎隊の隊長であるレイル大尉と機竜隊の隊長であるグラン特務大尉が控えており、レイルの推察に艦長は短く同意を示す。
艦橋の右側に映るその長大な車列はファルストリアの一大拠点となりつつあるノースポイントへの補給部隊であり、地表を滑るように走る巨大な牽引車両と、それと比べてしまえば小さく見える3両の対空戦車が並走しているのが見て取れた。
「敵の警戒はまだ緩いようだな。――すぐに機竜隊を差し向けた方が良いと思うか?」
フゥーリーの言葉は単機で3両を排除したグランとその乗機に加え、『新兵器』が装備された彼の隊であれば撃破は容易であろうという当然の帰結から発せられたものであり、方針を提示した艦長は実際に攻撃を仕掛ける立場にあるグランの方に視線を向ける。
「――いえ。連邦側の認識を誤らせたままにしておく為にも、襲撃地点は前回と同じ――もしくはノースポイントに近い所で仕掛けた方がよろしいかと」
その提案、艦を統べる最上位官からの言葉に対し、グランは里育ち故の遠慮の無さと『士官は最善を尽くさねばならない』という教えを忠実に守った結果、異論を唱えてしまう。
命令であれば従わなければならないが、意見を求められているのであれば言葉を尽くさねばならない。
それは最初の座学の教官から今の協力者に至るまでの先人達が変わらず口にする教えであったが、自分が意見を発した瞬間から艦橋に立ち込めた“雰囲気”を感じ取った彼は自分が知らぬ『人間の世界の常識』があった事を察し、青年は遅ればせながら緊張を示す。
「……妥当だな」
だが、その中心に居るフゥーリーは先に挙げた自分の提案をあっさりと翻し、周囲の雰囲気とも反するその言葉からグランは自分が艦長に試されていたのだと確信する。
「――――」
そんなフゥーリーの行動は里の信条的には好ましくないものであったが、『部下の能力を把握するのは上官の務めである』という最近叩き込まれた理によって彼は自分の感情を割り切り、それでも残る感情をなだめすかしながらも窓に映る好ましい状況に思考の重点を置く。
グランの協力者である少女は『……“風盾”の取り付けが済みましたので、対戦車戦闘を試してみたいものですね』と宣っていたが、彼としては『本番』に至る前に“風盾”に慣れる機会を重ねたいと考えていた。
そして、周囲に張り巡らされている窓――グランが“霊廟”に居た頃ではモニターと教わった画面――に映る敵戦力は彼にとって望ましいものであり、排除対象の貧弱さに静かな安堵を洩らす。
ちなみに、そんなグランの一喜一憂は里で暮らしていた事で凝り固まったトカゲのような無表情に覆い隠されており、幸か不幸かその豊かな感情の起伏に気付けた者はこの場には居なかった。
「……牽引車の予測進路上に艦を先行させ、明朝0400から襲撃を開始する。レイル、グランの両名は回収予定地点を航海士と詰めておくように」
「了解です」「了解しました」
そうしてフゥーリーの命令を受けたレイルとグランは、敬礼と共に艦橋から退出する。
「――――」
以前の自分の立場――待機中に漂う魔素さえあれば他に何も要らない竜と共に戦場を翔る竜騎士なら、方針さえ決まればそれだけで戦場に出る事が出来た。
しかし、動くだけでも物資を消費する機竜の隊長ともなれば、戦場に向かおうとするだけでもその準備は多岐に渡る。
「――――『人間の世界』は、面倒くさいものだな」
先を進むレイルの背を見送るグランの口からそんな呟きが漏れる。
グランが里を出てから徐々に増え始めたそれは、遂には彼の口癖となりつつある言葉であり――誰の耳に届く事もない感情が廊下の中に溶けていった。
そして、その決行日。
太陽が東の空に光を灯し、夜の闇を振り払おうとしている頃――上空警戒の竜騎達がフライアから離れるのを見送ったグラン達は艦外へと降り立つ。
その部隊構築は前回と変わらず、グランが乗る都合から背部武装が無いラフィーアの乗機に、榴弾砲――強力な砲という意味ではなく広域破壊を目指した砲という意味だったらしい――を背に載せた標準仕様が2体。
そして、連邦製の榴弾砲ではなく自国で製造した長砲身の魔石砲2門を背に載せた3体の長砲型、計6体の機竜と自分自身がグランの持つ戦力となり、それぞれの機竜に入っている搭乗者も変わりはない。
尚、その全てが“風盾”の魔術を“刻印”した新装備を搭載しており、それが能書き通りの効果を示すならばあれほど苦戦した対空戦車も鎧袖一触に出来るとされていた。
『……フライアの沈降、止まりました。……無事に移動を開始したようです』
「了解だ。――こちらも移動を開始しよう」
拡声器から届く少女の声、グランの乗機の中に在るラフィーアからの報告を受けた彼は竜剣を振る事で隊に指示を発し、隊列を整えた機竜達が進出を開始する。
グラン達の現在地は牽引車両の予測位置よりもだいぶ先――距離だけで考えればノースポイントの方が近い場所に居り、先回りしているとは言え彼我の速度差を考えれば時間的余裕は少ない位置にある。
『……各個撃破の危険性を避ける為、分岐点までは可能な限り纏まって行動する事に変更はありませんね?』
「ああ」
ラフィーアの念押しにグランは短い言葉で応え、隊の動きに視線を飛ばす。
移動を開始した機竜の動きは人間でいう所の早足のような軽い動きであったが、生身の歩兵では絶対に出せない速度で6体の機竜は進出を続けている。
「――――」
そして、流れていく周囲の景色――それが美しい事は空から見下ろしていた頃から知っていたものの、それを『美しい』と思う暇が来るとは考えもしなかったその情景はグランの感情を緩ませる。
「――――今更だが……地表を進む機竜の方が快適だとは、考えもしなかったな」
『……機竜を操作している搭乗者は身体の感覚が緩くなっていますからね……中の室温が一定でなければ死んでしまいますよ』
そんな中で洩れ出たグランの呟きをラフィーアが甲斐甲斐しく拾い、それが会話の切っ掛けとなる。
「“自在の風”――だったか。……そんな魔術もあるんだな」
グランの言うそれは機竜の内部を巡っている魔術効果の名称であり、魔導騎士が乗る為の改良を施す際に水と風――場合によっては火と風――の魔石を動力源として搭乗者を守るそれにも改造が加えられ、隙間風という形で機体の背に乗る彼にも恩恵が与えられていた。
『……冷気は足りていますか? ……必要でしたら、セントルアーバに戻った際に給気口を増やしてもらいますが』
「――その分だけ君のが減ってしまうのだろう? ……こちらが空に居た時は風しかなかったんだ。それに比べれば、今でも大分恵まれている」
そうして続く会話の中で向けられた魅惑的な提案を、グランはやんわりと断る。
以前のグランが居た戦場は高空では寒く低空では熱いというは安定とは程遠い場所にあり、そこに戻りたいという感情を否定する事は出来ないが、行軍の環境だけで考えれば一定の冷風を変わる事なく受けられる機竜に彼は十分に満足していた。
『……そうですか』
「ああ。――配慮には感謝するが、君が動けなくなれば此方は目的を果たせないからな。……自分を大切にしてくれ」
そう言って好意を無下にしないという『人間の世界の文化』を真似たグランは、同時に思い付いた疑問を投げ掛ける。
「――――機竜に乗れない人間はどうやってこの熱を凌いでいるんだ? 魔導騎士なら手はあると思うんだが……」
『……魔術の心得がある方は略式の術具を持ち歩いているらしいのですが……才に乏しい歩兵や砲兵の方々は熱死と隣り合わせですね』
「――そうか」
行軍の道中でありながらも『人間の世界』の常識を仕入れるグランは、この砂地――ザックバール砂漠の過酷さを強く再確認する。
ただそこに居るだけで消耗を強いられる砂漠は戦場とするには過酷に過ぎる。
それはグランの盟友であったグゥエルナーをしても『難儀な場所』と言わしめた程であり、民の住む国土に戦火が及ぶ事を避けたいという理は充分に理解できるものの、その無理のしわ寄せを押し付けられる側の人間の事を思えば何とも言えない感情が彼の脳裏をよぎる。
『……ちなみに、連邦の兵器群には風を起こす装置はあっても冷気を発生させる装置は無いそうですので、この辺に付け入る隙があるかもしれません』
「――実例を聴きたい」
『……拠点の外に敵部隊を張り付かせる事が出来れば、此方よりも早くに自滅を狙える可能性があります』
尚、任務中の会話は軍規において禁じられているものの明記された罰則はなく、実情は上官の裁量でどうにでもなる努力目標であると認識しているグランは『常識を学ぶのは早いに越した事はない』という理の元、後ろの部下には聞こえない講義を受け続けていた。
「ノースポイントがある以上、前線と拠点との距離は連邦の方が近い。それがあっても差は埋まらないと?」
『……物資の可搬性という問題が――』
「待て。ラフィーア、上空――9時の方向」
そんな中、グランに求められるままに講義を続けていたラフィーアを遮る形で彼は空を指し示す。
その視線は2枚の板の間に人間が乗る棒を差し込んだような形の機械――フクヨウキと呼称されている連邦の航空戦力を捉えており、講義によって微かに緩んでいた意識が戦闘前の強固なソレへと切り換わる。
『…………確認しました。……複葉機――偵察、でしょうか? ……よく見付けられましたね』
グランに方位を示されたラフィーアであったがその発見までには数呼吸分の時間を要し、彼女にとっては広過ぎる空の中で豆粒にも等しい物体を見つけた自分の協力者に対し、女魔術師は機種名と軽い賛辞を重ねる。
「“遠見”はグゥエルナーに鍛えられたからな。――それで、どうする?」
そんな言葉を経緯という理で返したグランは、状況の共有を重ねながらも次の情報を求める。
あの航空戦力に対するグランの認識は『空戦能力では竜騎と比べるまでもないが総数だけは異様に多い』であり、ラフィーア曰く偵察との事だが連邦側で“魔術”を使える人間は少ない為に『まだ発見されていない』という所にまでは考えが及んでいた。
しかし、ラフィーアが発見までに手間取った『時間』は彼我の間にそれだけの距離がある事を示しており、グランとしては部隊を停止させてやり過ごすか無視して奇襲から急襲に切り替えるかの判断材料を求めていたのだが――。
『……叩き落す事を具申します』
「――できるのか? あれだけ遠いと、炎息の射程だぞ?」
その問いに対するラフィーアの応えはグランの無表情に動揺を入れる程のものであり、その意外過ぎる協力者からの提案に彼は複葉機を見上げている乗機の側頭部に疑問の視線をぶつける。
『……私と第2小隊に命じて頂ければ』
「判った。――対空戦闘、用意」
そんなグランの視線に返された言葉は確かな自信であり、彼はラフィーアの提案を受諾する。
『……榴弾持ちは周囲警戒を。……よろしいですね?』
「ああ」
その命令の下で機竜は動きを変え、単縦陣の後ろ側に居た機竜――背中から伸びる2本の長砲身が目立つ3体がグランの横に並び始め、残った標準仕様の2体は周辺を警戒するように彼等の背後に付く。
『……私も外に出ます。……竜士様、背中を少し空けてください』
「わかった」
そんな機竜の動きを眺めていたグランは協力者の言葉に素早く反応し、乗機の背に跨っていた自分の両足を乗機の右手に括り付けられている魔石砲へと降ろし、その首に右手を回して支えとする事でラフィーアの場所を空ける。
するとグランの座っていた機竜の背がバネを跳ね上げたような衝撃音と共に捲り上がり、砂漠の中とは思えぬ冷気と共に薄っすらと緑掛かった銀髪が目に留まる小柄な少女が姿を現す。
ラフィーア・フィルトメル――エクスリックス王国軍での階級はグランの1つ下の少尉だが、グランとの間においては対等な関係にある彼の協力者である。
「――――」
『人間の世界』に疎いグランといえどラフィーアの容姿が整っている方に分類される事ぐらいは理解していた。
しかし、砂上という見慣れぬ風景にあるラフィーアの銀髪は溢れるほどの日の光をしっかりと受け止め、いつも以上の光を放つそれに戦場である事を忘れさせる程の可憐な容姿が合わさった細い線はグラン自身でもまだ理解の及んでいない動揺を彼に生じさせ、彼の思考を停滞させる。
「……手早く済ませましょう」
そんな協力者の動揺を知る由もないラフィーアは首を振って意識を覚醒させると乗竜の左足に括り付けられていた魔石銃を引き抜き、弾倉の中に入っていた魔石のいくつかを振り落とした彼女はその髪を飾る布飾り(リボン)の1つを抜き外す。
ラフィーアが準備しているその魔術は竜が使用する炎息の模倣であり、先のグランの言葉通り、竜が持つ最大火力にして力の象徴でもある光の魔術であればこの遠距離であっても充分に届く。
『……第2小隊、10時から11時の方向……仰角65を指向――初弾以降の補正は各員の判断で行うように』
そうして自分の準備を整えたラフィーアは乗機と繋いだままの拡声器を使い、長砲型に大まかな攻撃座標を示す。
ラフィーアが攻撃役に指名した彼等、第2小隊が榴弾砲の代わりに装備している長砲身の魔石砲は、遠方にまで届く魔石の弾幕によって戦車の弱点であるリタイと呼ばれる足回りを破壊する事を目的とした実験兵器であると伝えられていた。
「――――」
グランはその性能を文字でしか知らないが、この状況でラフィーアが『使用させる』のであれば『使える』のだろうと彼は信じていた。
「……竜士様、発砲許可を」
「――そうか。……攻撃開始」
その結果がどうなるのかを期待するあまり自分の行動を失念していたグランはラフィーアの促しにハッと我に帰り、視界の正面に移りつつある敵機へ向けた命令を発する。
次の瞬間、それを待ちわびていたとばかりに光と音の瀑布が撃ち放たれる。
ラフィーアの構える魔石銃は丸々2秒も炎息の光を放ち続け、長砲型の魔石砲に至っては今も尚撃ち続けられている。
それらの猛攻を傍から見れば、たかが1機の偵察機に向けるにはいささか過剰とも思える光景だったが――。
「――――外れたな」
ラフィーアが使用した魔術の光条は何も知らずに飛行していた複葉機を掠めもせずに通過し、第2小隊が放ち続けている魔石群に至っては“遠見”で狭くなったグランの視界外にばら撒かれていた為に観測すら苦労する程の大外れだった。
「……動く物に当てるのは至難の技なんですよ」
「そういうものか」
その散々な結果に“感情”の無い言葉を洩らしたラフィーアは腰鎧から取り出した次の弾倉を魔石銃に仮止めし、髪を飾るもう一方のリボンを抜き取ると半開きだった弾倉に取り込ませる。
それは最初から炎息を速射する為の仕込みであり、魔石の封入量を最初から減らしていた弾倉を用意していたラフィーアの策は本家である竜よりも早くに放たれた炎息の第2射という形で実を結ぶ。
しかし、複葉機が回避行動を始めた事でラフィーアの銃口より生まれた光の末路に変化は訪れず、多大な手間と仕込みが掛かる彼女の炎息が成果を出せなかったのとは裏腹に、数で勝る長砲型の弾幕が徐々に包囲を狭めていく。
「…………」
「――どこを狙っているのかも判り難いのは考えものだが……使い道はありそうだな」
哀愁漂うラフィーアの空気を避け、協力者が労した手間が空振りした事実を無視する事にしたグランは攻撃開始の号令がなされてから今に至るまで撃ち続いている長砲型の初見に話題を向ける。
その過密した赤の乱舞は撃っている方もどれが自分の弾なのか解っていないのだろうが、圧倒的な数と空の高見にまで届く弾速は確かな力であり、それらの内の1発が複葉機の翼の端に当たった瞬間に盛大な炎を撒き散らす。
「……射程だけでも戦車と同等の物を装備し、射撃戦を何とかごまかすべく試作してもらった装備ですからね」
そうしている内に気を取り直したらしいラフィーアは使用したリボンの代わりを巻き直しながらグランの言葉に補足を入れる。
同時に、そんな会話の中でもグランの“遠見”が捉えていた複葉機――布や木材が多く使われていたらしい――の火の手は増していき、遂には速度を失って空から墜ちる。
「――――目標の撃破に繋がらない物を主兵装の代わりに据えたのか?」
「…………竜士様の思い付いた“風盾”が、それだけ画期的だったのですよ。……戻ります」
グランの驚きに“悔しさや不甲斐なさ(かすかないろ)”とそれを1人で思い付けなかった“苦々しい感情”を見せたラフィーアは弾倉を交換した魔石銃を元の場所へと差し戻し、開け放たれていた機竜の背中の中に彼女が戻ると乗機の目に火が入る。
「必要な事ではあったが――ばれたかな?」
『……あの複葉機――ウミーシュ一二型はまだ墜落事故も多い機体と聞きますので、故障による喪失と勘違いされる可能性はあります』
「――――そういうものなのか?」
『……壊れない物なんて存在せず、それが空で起これば墜ちるだけです』
竜以外で空に至る方法を知らないグランにとって空から墜とされるのは戦闘で首を落とされた時しかあり得ず、何もない時にでも『墜ちる』という概念のなかった彼が素直な驚きを洩らすと、ラフィーアは明確な言葉でそれを断ずる。
「――そんなものか」
『……そんなものです――隊列を戻しても?』
「任せる―――竜騎の時はよく当てられていた記憶があるが、これは受ける側の錯覚なのか?」
指揮代行の断りを入れたラフィーアが拡声器で次の指示を部隊に発する中、グランはその合間に別の疑問を投げ掛ける。
『…………竜騎は高い防御力を有していますので、対地攻撃時にあまり動かない事が原因かと』
「――そうか」
グランの経験則はあのラフィーアをしても外した狙撃に加え、対空戦車の砲火と遜色のない長砲型の火線がもたらした結果に対する違和感から来た言葉であったが――言われてみれば尤もな言葉を副官が返した事で、グランは今更ながらに納得を覚える。
竜は連邦が使用する兵器の類では致命傷を被る可能性が極めて低く、空から攻撃を行う際には炎息を狙う事に力を注いでいた。
こちらも言葉にしてみれば当然の話だが、思い出の中にある情景を見直せば動いた分だけ命中率は低下する事を学んでいた竜達は身を守る障壁や鱗に防御を任せ、攻撃に偏重していたのが目に浮かんでくる。
「『お前、攻撃、重き、過ぎる』――そんな事を、言っていた癖にな」
言葉と共に脳裏に過ぎる思い出はグランの経験則が間違いだった事を追認しており、『動かなければ当たる』という当然の理論によって竜達は対空戦車の弾幕によく晒されていたのだろう。
「――この認識は、考えを改める必要があるな」
そして、視点を変えて今の戦闘を見直せば、回避に力を注いだ航空戦力を叩き落すのは『本来』であれば相当な労力を要する行為であると言う事がよく判り、竜の経験は戦車を超える防御力を持つが彼等であるからこそ出来る『異常』なのだと理解する事が出来た。
『……使用した魔石の補充が終わったようです』
「確認する」
隊列を組み直し、後列に戻りつつある第2小隊長が離れる前にその確認を取ると求めていた詳細が返ってくる。
魔石の予備はもう無く、フライアに帰艦するまでは手持ちの分で行軍と戦闘を済ませなければならない。
「――出発する。以後は計画通り、榴弾持ちの2体は此方と共に車列を最短路で急襲、長砲型は車列の進行予定地点に回り込み牽引車両を待ち伏せろ」
現時点で分隊化を行うのは予定よりも少々早いのだが、グランは先程の偵察機の報告が通っている可能性を考慮して方針の微調整を決断。
先行する事になる第1小隊――榴弾持ちの指揮はもちろんグランが、長砲型で組まれた第2小隊の指揮はラフィーアの部下達だった古参組の中でも特に優秀であるとの引き継ぎを受けたジルー曹長が執り、彼等には何があっても牽引車両を潰して貰う。
『……竜士様は隊を分ける事を好んでいるようですが、なにか理由があるのですか?』
その指示に従って部隊が二手に分かれての進出を開始した後、グランの耳に乗機からの問い掛けが届く。
問い掛ける声は拡声器越しのものとは思えぬ程に潜められており、後続の2体には聞かせたくないという意図と機竜の機体越しに見えるラフィーアの“魔力”をグランが“目”で見れば、疑惑の“感情”が含まれているのが見て取れた。
戦力の逐次投入は悪手である。
機竜という緩衝材を挟んでいる為に“色”は読み難くなっているが、協力者から届く
“感情”は『そんな戦術の基本が解っていないのであれば矯正しなくては』という言葉にされると厄介そうな思考と『もしも判っているのであればその意図はなんなのだろう』という感情が見て取れた。
「――最初の時は、此方を囮にして牽引車の破壊だけを果たす心算だった」
『…………そう言えば、突入する前の竜士様にはそんな雰囲気がありましたね』
その厄介事を避けるべく思案を纏めたグランが言葉を発すれば、思い当たる節のあるラフィーアは理解を示す。
『……ですが、今回は何故? ……対空戦車の25mm如きなら、“風盾”を持った此方に負けはありませんよ?』
「その想定を覆された時、その詳細情報を持ち帰る者が居なければ此方の戦いは無駄になり、別の誰かが危険に晒される事のを避けたいのが1つ」
『…………もう1つは?』
しかし、その後に続いたのは自分達への過小評価とも取れる言葉であり、理論の上では完勝も狙える上、部分的には自分達で実証を終えた力を持ってしても負ける事を想定しているグランの姿勢に、ラフィーアは非難の“感情”を強める。
その色は『臆病者を蔑む』というグランが初めて見る感情であり、それを垣間見た彼は『あの小さな身体のどこにこれだけの熱量があるだろうか』と場違いな思案を巡らせる。
同時に、相手を不快にさせるのは『人間の世界』でも拙い事であり、グゥエルナーに指摘された事は無かったものの自分の言動にその気が強いと自覚したグランは『どうすればそれを避けられるのだろうか』というと課題を記憶の端に刻みながら協力者の不満を解きに掛かる。
「――『戦車と戦いたい』と言っていたのは君だろう? だったら、榴弾持ちに乗る新兵に『対空戦車ごときであれば軽く捻れる』という自信と経験を持たせなければ、それを実行できない」
答えを返すまでの沈黙の中であってもラフィーアが滲ませる感情に変わりはなかったが、グランの釈明と共にあまり見ていたくはないその色が立ち消え、その代わりに気まずそうな色が彩り始める。
『……私の所為でしたか』
「この『経験』は古参組であっても避けて通らせる訳にはいかないから、別動隊も後日に同じ事に放り込みたいと考えている。――あとは、出来るなら最初に遭遇する戦車の台数がこちらと同じぐらいならいい経験で済むんだが」
『…………これまでの戦訓を見るに戦車の運用は集団投入が基本のようですから、そちらの希望が叶う可能性は低いかと』
「――『人間の世界』は難しいな」
いつもの“調子”に戻ったラフィーアの情報にグランが口癖になりつつある言葉を洩らす中、彼の視線の先に大型牽引車両が撒き散らす土煙が見え始めた。
果てが見えぬ程の砂地――永遠に続いているとすら錯覚してしまいそうな砂漠の上を、一際巨大な箱を先頭とした車列が砂塵を巻き上げながら疾走している。
大型牽引車両――別の仮称で言うと、浮揚装甲機関車。
全長100m少々というフライアの半分程の巨体でありながら地面と接しておらず、それでいて動力を持たない多数の貨物車を牽引する駆動原理不明の走行物体。
ソレにエクスリックスの常識の範疇にある木造の大型貨物車を組み合わせた車列群が連邦の最重要拠点となりつつあるノースポイントへ様々な物資を輸送している部隊の正体であり、これらの同型機で構築された車列が現在のザックバール派遣軍の最優先目標であった。
『……接触まで、約60』
その威容――戦車よりも強固に見える装甲で覆われている事で動く要塞を思わせるソレに向かって突き進む3体の灰色。
グランの乗騎を左端に置いたフライアの機竜隊は、殺到する機銃弾を弾き散らしながら猛然と間合いを詰めていた。
グランが敷いた陣形は従来と同じ単横陣であるが、彼等が牽引車両の進行方向から斜めに楔を打ち込むように突入している事から、その陣容は魔術と鎧の守りだけで戦場に立つ彼とその乗機を先頭とした斜線陣のようにも見て取れた。
対する連邦側は護衛となる対空戦車が以前に同型車が襲撃を受けた時よりも増えている事からその火線は厚く、従来の機竜が受ければ十秒と持たずに鉄屑へ還せるだけの火力を吐き出し続けている。
しかし、そんな弾丸の雨の中を突き進むグラン達は、その死の猛火の中を回避する素振りも見せずに最短路を走り続ける。
前回の襲撃の際には近づく事すらままならなかった対空戦車の脅威。
それを無視出来るようになった“からくり”は、機竜の各所に取り付けられた7枚の板にある。
「――――敵の攻撃を凌げるだけの防御力を得た。……それだけで、こうも上手くいくか」
『……戦闘とはそんなものですよ』
その力の出処を横目に入れたグランが音も届かぬ火線の中で遣る瀬無く呟くと、乗機の中に居る協力者は甲斐甲斐しくその言葉を拾う。
機体前面各所に配された飾りにも見えるその板には“矢除け”から“風盾”へと名を変えた魔術を発生させる“刻印”が施されており、セントルアーバの魔術師長の目算では3枚で対空戦車の機銃を、5枚で戦車の主砲を逸らせるとされた新兵器である。
その効果は、見ての通り。
前回は数的優位な状況にあっても尚苦戦した対空戦車を相手に対し、今のグラン達は同数を相手取りながらも有利に事を進めていた。
尚、実装に際しては魔術師長とラフィーアとの間で搭載数を7枚にするか5枚にするかの大論争が起こっていたのだが――グランの決定により7枚案が採用されている。
『……突入方向を上手く調整した結果、正面にしか防護範囲を持たない後続機も安全に攻撃を受けられる……良い手ですね』
「――と言っても、此方が先行しているだけだがな」
突入してくる飛翔体をゆっくりと逸らす術理を持つ“風盾”はその性質上正面以外から突入する弾体を防ぐ事は出来ないが、乗機の場合にはグランが竜剣に施された“風盾”を使う事で2方向からの攻撃にも対処する事が出来る。
その特性によって敵に近付く前にも『仕事』が出来るようになったグランは、敵の先頭車両と正対する事で自分達が防ぎ難い自らの左側を無視出来る状態とし、先行する事で右後方に付いている部下達の側面を塞いでいた。
結果、“風盾”の力をまだ知らない対空戦車群は先行するグランに集中砲火を指向するも満足な結果を得られず、その結果に動揺しつつも彼等は火線を後続へと移す。
しかし、グランの右後ろに続いていた2体の機竜にも25mmが通用しなかった事で、対空戦車群はその装甲越しにも判る程の同様を示す。
今日ここに至るまで何体もの機竜を鉄屑へと変えていた定石が通じない。
それは連邦の常識が崩れた瞬間であり、対応に迷うように砲身を巡らせた彼等が無為に弾丸をばら撒いている内に『時間切れ』を迎える。
『……仕上げても?』
「行け」
最前列を走る乗機がグランの合図と共に跳躍し、彼の『優秀な足』でもある灰色の機体が最適位置と彼を届け、その軌道に沿わせて振るわれた竜剣が対空戦車の1両を縦に寸断する。
部隊長であり近接兵装を持つグランが縮めた間合いに零にする事で敵を排除したのに対し、それを持たない彼の新兵達は機竜の右手に括り付けられた魔石砲をそれぞれの目標に指向し、発砲する。
それ等はこの近距離であっても対空戦車の貧弱な装甲すら抜けぬ魔導兵器であったが、相手の細部が判るまで詰め寄った今、非装甲部を狙う事が可能となった魔石は戦闘室の可動部に容赦なく飛び込む事でその動きを阻害する。
その隙に動きの鈍った対空戦車に飛び乗った新兵達の機竜は対空戦車上部の申し訳程度の乗降部を蹴破り、その中へと魔石砲を叩き込むと同時に彼等は飛び退る。
「――よし」
結果、火を噴き出しながら足を止めた対空戦車に思わず声を洩らしたグランは、しかし緊張を緩めずに機首を牽引車両の方へと向けさせる。
「此方は牽引車両を止める、各員は車列の反対側に居る残敵を警戒しつつ貨物車を焼――」
だが、次の方針を伝えようとしたグランの言葉は、強烈な衝撃と飛翔体に屈した金属の悲鳴によって遮られ、彼の乗機にも襲いかかろうとしていた砲弾が、その形状を横目でも判る程の距離を掠めていく。
『…………敵機を視認。……距離1500、対象は戦車――数9両』
お読み頂き、ありがとうございます。
ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。
2019/12/28 Ver1.0:実装
2020/09/18 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。
2021/03/25 Ver1.2:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映
(1.1は未実施装のままだった為欠番)




