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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
砂地を駆ける為に     (承)
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01-13 竜の調和

01-13 竜の調和

Ver1.2




「――――――」


 決着を終えた潜砂艦(フライア)の待機場に、竜の吐息にも似た唸り声が響く。


 その人間が発したとは思えぬ(あいず)にはそれを向けられた(あいて)は元より人間の注意も引く力があり、待機場に居る全員が魔力の乗せられた声の発生元へと視線を巡らせる。


 そうして集まる視線達は、左手に持った竜剣の切っ先をバールゴートの竜へと向けているグランに行き着く。


「――――?」

『――っ』


 まるで竜に戦いを挑もうとしているようにも見えるその光景を目にした者達の反応は大きく2つに分れており、竜騎士(にんげん)達の反応はその全てが困惑に染まり、得体の知れない元竜騎士――竜の里から生きて出てきたグランの行動に理解が追いついていないようだった。


 それに対し、竜騎士(かれら)の盟友である竜達の反応には幾つかの色があり、僅かな驚きと共に首をもたげて羨望の眼差しを加える竜が居れば、その推移に細心の注意を向けるべくグランの事を見据える竜も居た。


 竜達の反応は三者三様であったが、その動きには『珍しい物を見る』という共通した方向性があり、それらの視線の中心に収まっているもう1体――。


 グランに切っ先を向けられているバールゴートの竜は驚きの中に確かな喜びを滲ませながら姿勢を正し、自分へと突き出されている竜剣に左手の爪を合わせる。


「我、問う。汝、答える。是非、問う」


 それはグランの求めにバールゴートの竜が応えた事に外ならず、確かな手応えを感じた彼は初めて成した時のように慎重な口調で竜達が最も重きを置く調和(シキタリ)を開始する。


『――』


 その始まりとなるグランの問いに対するバールゴートの竜の応えは短く、グランや周りの人間の耳に届くのは静かな吐息の音だけだった。


「――感謝」


 しかし、グランの“目”が伝える相手の“応え(いろ)”は待ちわびているような『可』であり、彼は自分の手順が正しく機能している事に安堵しながらシキタリを続ける。


 尚、グランが『人間の世界』でシキタリを開こうとした動機は口から出たその言葉とは真逆の感情に寄るものであったが、求めに応えてくれた事への謝意は確かな“感情(いろ)”であり、その“意味(いろ)”だけを感じ取ったバールゴートの竜の“歓喜(いろ)”は増していく。


「確認。汝、乗り手、味方――否、我、撃つ、願った。汝、実施。我、真偽、問う」

『『っ……!?』』

『――――』


 しかし、そんな前置きで浮かれているバールゴートの竜に対し、グランが『今回の主題』を開示した瞬間――羨望と警戒の眼差しで1人と1(じぶんたち)を見ていた他の竜も含めた竜達の動きが急変する。


 まず、羨望の視線を投げ掛けていた比較的若い2体の視線が驚愕と疑心が混ざり合ったようなソレへと変わり、注意深くグランを傍観していた残りの1体は彼を守るようにその背後へと動き、その頭上へと頭を回す。


「汝、盟友、行動、認め、結果、受けた。汝、行動、真偽、問う」


 そして、グランの追求によってバールゴートの竜が発していた歓喜の“色”が急速にしぼんでいくのが彼にも“見えていた”が、詰問側であるグランにシキタリを止める心算は無く、彼は相手の爪と合わさっていた竜剣を一度離し、急かすようにそれを爪へとぶつける。


「我、会話、意志、有。我、希望、有。詳細、確認、希望」


 言葉だけでは何も解決しないのはどの世界であっても変わる事のない理であり、離れようとするバールゴートの竜に対し、グランはまだシキタリを続ける意思がある事――。


 正確に言えば“逃がす心算がない”旨を伝え、目の前に居る巨大な相手に次の行動を行わせるべく、彼は空いている右の指で自分の額を叩く。


『――――』


 そんなグランの示唆によってバールゴートの竜が発する“色”が変わり、彼の意図に従うように長い首をそろりと下げ伸ばした竜に対し、グランもまた相手を傷付けぬように竜剣の刀身を下げる。


「――――では、失礼する」


 そうして目線を合わせたグランとバールゴートの竜は、グランの言葉を合図として頭突き合うように互いの額を静かに突き合わせる。


 意図の読めないその行動に竜騎士(にんげん)達の困惑が深まる中、1人と1体は卓越した竜騎士と己の盟友(りゅう)とが交わす思考の交流――本来は竜と竜とが意志の疎通を深くする際に行う行為(どうちょう)を始める。


 前記の通り、盟友の枠を超える程の絆を設けなければ人と竜は繋がりを持てないものなのだが、今この瞬間にあってはバールゴートの竜が招き入れるように魔力の“色”を固定させている事からその手順(どうちょう)は順当に進み――。


「――っ」


 そうしてシキタリを進めるべく手順を続けていたグランの意識が馴染みのある喪失感を覚え、彼の目が見ている色、耳に入る音、手足の感じる感覚が激変したのを契機に、青年の意識は別の場所へと移る。


 衝撃の後にグランの五感が感じるのは、継ぎ足された機材に埋まっても尚“霊廟”のような雰囲気を失わないフライアの内装ではなく、バールゴートの竜がこれまで見てきたモノで形作られた世界。


 言い変えればバールゴートの竜が歩んできた記憶の世界であり、周囲に視線を回せば彼の思い出の断片が美術館に飾られた絵のように立ち並び、薄れて消えれば違う物が現れるといった動きを繰り返していた。


『――此方は、グラン・サウスココル。貴方の名前をお聴きしても?』


 広さや時間が意味を成さない空間――竜達が言葉を交わす彼等の内面にある世界の中、漸くまともに話せるようになった相手に対し、グランは最初の問いを投げかける。


『D系フレーム・ドールラオだ』


 そうして返ってきた言葉はグランの周囲全てから響くような声であり、相手――ドールラオの中に居るのだから当然と言えば当然の、里で何度か経験した事のある状態にグランは何とも言えない懐かしさを感じる。


 しかし、グランがどんなに思い出を快く思っていても、竜という人とは隔絶した“存在”の近くに“身体もなく存在”しているという状態が彼に与える圧力は凄まじく、久しぶりという事もあって知らず知らずの内に冷たい汗が青年の背を濡らす。


『D系――ドードガルドの血縁か』


 その汗を宥め賺すべくグランが言葉を洩らせば、里に居た頃から彼が感じていた『妙に固い苗字だ』という思い出が脳裏を掠め、青年はソレを頼りに死の影から気を逸らす事で寒気を薄れさせる。


『……まず、何も考えずに乗り手に従ってしまった私の不徳を認め、謝罪しよう』


 そして、グランの準備が整う事を待っていたドールラオは、相手が息を整えたのを見計らっていたようなタイミングで言葉を切り出す。


『――それを命じた貴方の乗り手への断罪は此方の副官が成した。此方としては貴方が間違いを認めてくれただけで充分だ』

『感謝する。――シキタリを詰めようか』

『ああ』


 そんなドールラオの配慮、経験が浅くとも人間がここに居る事が危険である事を理解してくれている相手の話の速さに感謝しながらグランはシキタリの詰めに掛かる。






D系フレーム・ドールラオはドールラオの乗り手を辱めた人間、ラフィーア・フィルトメルへの害意を有しているか?

回答:否


グラン・サウスココルは里のシキタリに反する行いを成そうとしたD系フレーム・ドールラオの行動を不問とし、代わりに以下のシキタリを刻む。

回答:可


D系フレーム・ドールラオはラフィーア・フィルトメルを害する事をしない。

回答:可


里のシキタリに従い、D系フレーム・ドールラオがこれを覆す必要がある時、ドールラオはグラン・サウスココルともう一度シキタリを交わし、上記のシキタリを上書きする事を許す。

回答:可






『――――』

『…………』


 そんな短い受け答えの連続が続き、交わされた言葉――正確に言えばドールラオが認めた結果が彼の世界の中に残されていく。


 これがシキタリの最終段階であり、あとはこの結果を現実で刻めば全ての手順が完了する。


 尚、里に住まう竜のシキタリに照らし合わせるのであれば同族殺しには極刑を当てるのが正しい理となるのだが、グランの示したモノは里の理を蔑ろにしているとも取られかねない温情案となる。


 これはラフィーアの成した決闘によってこの件の清算は済んでいるというグランの認識に加え、『人間の世界』では有用な戦力である竜を殺す事が今の彼には難しいという現実を加味した結果であり、『人間の世界』ではこれ以上の事は成せない。


 とは言え、欲を言えばドールラオが今回しでかした事の原因となる愚鈍さを直して欲しいとグランは考えていたが、彼の親でも血縁でもないグランがわざわざシキタリで縛ってまで相手を矯正する義理は無く、青年はこの結果を最後に関係の引き離しに掛かる。


『……わざわざ里のシキタリを記載する必要があったのか?』

『貴方はシキタリに慣れていないようだったので、記させてもらった』

『……流石はグゥエルナーが持つ竜の友、痛い所を突く。――君自身、そして君の“姫”を傷つけてしまうかもしれなかった事を、改めて謝罪しよう』

『――――此方の副官は此方の“姫”ではない。我々の認識であれば、竜と乗り手――『人間の世界』で言えば友軍や同胞の関係だ』


 そんなグランの方針に対するドールラオの反応は上々であったが、彼はその返答の中にあった間違いを取り逃がす事なく訂正する。


『……『人間の世界』は不思議が多いのだな』

『――――ああ、本当にそう思う』


 その指摘を素直に認めたドールラオにグランは共感を覚えたものの、今の状態に長居すれば彼の命がないのも確かであり、このまま同郷のよしみに花を咲かせる訳にはいかない。


『無駄話で君を危険に晒すのは気が引ける。竜の友と話せる巡り合わせを用意してくれた魔素の巡り合わせに感謝する』


 そうして互いが幕引きを願った事による変化は劇的であり、ドールラオの中に入った時と同じように、グランが彼の額から離れた瞬間に意識と感覚の全てが現実へと立ち戻る。


「――――」


 グランの目は待機場の壁とドールラオの額を、彼の耳は何かを擦っているようなフライアの駆動音を、その手足は船の振動を青年に伝えており、現実へと戻ったグランは『あの世界』に入った後には必ず成せとグゥエルナーに言い付けられた手順を踏む。


 その手始めとしてグランは自分が何者であるかの略歴、記憶のある所から今に至るまでの流れを頭に浮かべ、その始まりから終わりまでに不審な澱みを感じなければ、次は手足の指の1本に至るまでを1つ1つ丁寧に動かす事で彼は自分を自分として確定する。


「――――大丈夫、だな」


 そうして言い付けられた事を確かめ終えたグランは、シキタリを終えるのに必要不可欠な物を懐から取り出す。


 グランの手の中に収まるのは竜の鱗と爪で作られた小振りな刺突剣であり、その正体はシキタリを記す為の爪を持たない彼がシキタリの結果を記せるようにとグゥエルナーから預けられた彼の指である。


『「――――」』


 その指――グランと彼の盟友(グゥエルナー)は竜の爪針と称していたソレをドールラオの左手に突き立てたのと時を同じくして、ドールラオもまたグランの竜剣の刀身に右手の指爪を突き付け、剣を形作る鉄塊にシキタリを刻む。


 それらの行為によって先程詰めたシキタリの内容がグランの竜剣とドールラオの中に巡り込み、竜剣に刻まれた傷がその鉄塊が滲ませる魔力の流れに異なる“色”を加え、爪針もまたドールラオの発する“色”に新たな色彩を加える。


 そうして互いの“色”の流入が終わったのと時を同じくして、グランとドールラオは申し合わせたように爪針と指爪を離し、自前の爪を持たないグランは竜剣の刃を掌で横へと回す事で爪を引いた事を表し、回した柄を相手に差し向ける事で最後の手順を成す。


「交わす、終えた、忘れる、無きよう」

『―――、―――、―――、――――』


 そうして交わされた握手と言葉によってシキタリは完了し、全ての手順が終わった事で見届けていた他の竜達も興味を失ったように自分の待機場所(ていいち)に移動し始め――その竜の(せつり)を知らない人間達の困惑だけが待機場に残される。


「こちらの用事は済んだ。君の方はまだ何か残っているのか?」

「……いえ。…………ですが、竜士様――今のは、一体……?」

「すまないが、『シキタリの内容を話す事は許されていない』」


 驚き、困惑する人間達の中にあって最もグランに近い所にいる協力者の質問を、彼はそう言って切り捨てる。


 その拒絶はグランとしても心苦しい行為であったが、竜の立場にある今の彼が竜の知る範囲で里のシキタリが定めた事に反すれば、青年は故郷(りゅうのがわ)には戻れなくなる。


「――他に用事がないのであれば、立ち去るとしよう」


 そうして、未だに残る大きな困惑と微かな恐怖の“色”を見せているラフィーアの視線に取り合わないままグランは次の方針を告げ、放り投げられていた彼女の愛銃を拾ってから待機場の扉へと歩き出す。


 それは『人間の世界』に疎いグランでも判る程に強引な先導だったが、それでもラフィーアはいつもの定位置となる彼の右斜め後ろに付き――彼等は待機場を後にした。






 それが――1時間近く前にあった事だ。


 あれからグランとラフィーアはそれぞれの装備を格納庫や士官室に戻し、戦果報告を纏めていた隊員から書類を受け取ると彼等はグランに宛がわれている部屋で『本来の業務』を続けていた。


「――――」

「…………」


 部屋を預かっているグランは奥の執務机に納まり、扱いの上では部下となっているラフィーアが開くと奥に居る人間が出られなくなる格納寝台の(ふち)に腰かけて彼の事務を補助する。


 それはグランが最低限度の書類を出せるようになってから始まった彼等の定位置であり、静かに書類を進めるのもまた変わらぬ日常であったが、今の部屋が占める“沈黙(いろ)”はこれまでとは明確に異なる“雰囲気(いろ)”が漂っていた。


「…………」


 グランの“目”が見る事の出来る“感情(いろ)”。


 それはグランの左斜め前に座っているラフィーアから発せられており、竜騎の待機場から続いているその“色”は書類の確認を進めている今になっても変わっておらず、その仕事運びも芳しくないように見えた。


「――――」


 その調子の悪そうなラフィーアの姿を前にしているグランの背に、自分の事であるというのに理由も判らぬ妙な汗が滲んでいるのだが――それでも青年は自分で決めた方針に従い、慣れない文章(つづき)を書き連ねる。


 『人間の世界』には存在しない理である里のシキタリを持ち込めば協力者との関係にも影響が出るとグランは予期していた。


 だがしかし、まさかこれほどの影響があるとまでは考えが至らなかったグランはその間違いを強く記憶に刻みながらも、『こうなる』前から計画していた対応策を記し上げる。


「――確認したいものがあるのだが……君ならばこれは読めるか?」


 そうしてグランは1枚の(メモ)を書き終え、差し出された『ソレ』を前にしたラフィーアはそれまでの“感情(いろ)”を(ひそ)めた副官の顔で受け取る。


「……?」


 しかし、『ソレ』を受け取ったラフィーアは、取り繕った表情に再び怪訝な影を見せる。


 “困惑”を責務で隠していたラフィーアは、協力者から渡された『ソレ』に読めない文字でも含まれていたのだろうかと考えていたが、彼女が手に取った書類は彼が普段から処理している類であり、自分の予想が外れた事で蓋をした“困惑(いろ)”が顔を出し始める。


「裏だ」


 そんなラフィーアの“色”。


 今の部屋を占める“空気”とは異なる、グランが何故か『また見たい』と思ってしまった“困惑(いろ)”を見せたラフィーアに彼が次の意図を送ると、その言葉通りに書類を返した魔術師はハッと息を呑む。


『先程のシキタリはバールゴートの竜、ドールラオが自分の乗り手を叩きのめした君に害意を持っているかを確認し、もしも害意を持ったのであれば、君に害を成す前に此方にシキタリを通せというシキタリを交わしていた』


 グランが書き込んだのはそんな意味を記した人間の言葉であり、読む事には慣れていたものの書く事には自信の無かった彼の『ソレ』は、キチンと役目を果していた。


「…………どうして? ……先程は――」

「『シキタリの内容を“話す”事は許されていない』だが、竜の大多数は人の文字に興味を持っていない上に“記す”事はシキタリに記憶されていない」

「…………ありがとうございます」


 そうして続いたラフィーアの質問にグランが答えると、彼女は困惑の“色”を晴らしながの謝意で応え、彼が「役に立ったのならば良かった」と安堵を洩らすと協力者も穏やかな“色”を零す。


「……『シキタリの内容を話す事は出来ない』との事でしたが、シキタリという行為自体がどういうものなのかをお聞きする事は可能ですか?」


 見掛けの上では先程までとそう変わらないものの、グランに緊張を強いるような棘ついた“色”を緩めたラフィーアはいつもの静けさを纏いながら格納寝台に深く座り直し、質問を続ける。


「大丈夫だ。――しかし、人間の言葉でどうやって表現すればいいだろうか……」


 その断る理由のない問いにグランは快諾を示すものの、言葉を使わぬ故郷(さと)の事を言葉で表すという難題を前に思わず目を瞑ってしまう。


 長大な寿命と絶対的な記憶力を有する竜達に『文字を使う』という概念はなく、意思の疎通を図る時もシキタリを交わすような案件でなければ簡易的な同調――先程のグランとドールラオが成したような魂を近づける行為で感情と概念を伝達する事で済ませてしまう。


 その弊害は『自分達の文字を持たない』という事に留まらず、必要に駆られて使っている『言葉』すらも曖昧な存在へと成り変わっており、決められた意味の繋ぎ合わせで考えを伝える人間の言葉で竜の理を説明するのはとても難しい。


「――――風習、習慣、評価、名声、制約、約束、契約、法律……此方も名前と意味しか知らない言葉があるが、多分それら全てを1つにしたものがシキタリだ」

「…………1つの単語に、そんなにも多くの意味を持たせているのですか?」


 そうしてグランが捻り出した返答にラフィーアは思っていた以上の驚き(はんのう)を示し、彼が『人間の指標』と位置付けている彼女の反応は、人間の中にあっては言葉が重要である事を青年に強く印象付けるものだった。


「竜達の中ではそうなっている。――人と関わる為に『言葉』を学んでいるが、彼等同士の意思の疎通には言葉を使わず、自分達の中で全ての想いを交換する同調か、シキタリの結果を相手に刻む以外の手段を用いない」


 そして、ラフィーアの反応からグランは竜の行う意志疎通の方法(やりかた)を思い返し、彼女の言葉から至った気付きを思えば確かに偏っている感覚を拭えず、意志の疎通を図るだけで疲弊する竜達は『閉じた』種族となるのだろう。


「――――そんな経緯から竜達にとっての意思疎通は凄まじく疲れる行為であり、彼等の日常は相手の“色”を見て争いや接触を避ける事を基本とし、よく接触する相手や重要度の高い案件に個別のシキタリを設けるのが彼等の常識になっている」

「……そう、ですか」


 そうして思考と共に続けたグランの言葉、彼の知る竜の文化はラフィーアの常識とはかけ離れていたらしく、彼女の返答はらしくない歯切れの悪いものだった。


「…………先程竜士様がシキタリを行った時、関わっていない竜達は羨望のような眼差しを竜士様と相手の竜に向けていたような感覚がありました。……竜にとってのシキタリとは出来れば避けたい事では無いのですか?」


 しかし、知識の探求者を自称していると聞いた事のある魔術師。その才媛であるラフィーアの知識欲はそんな衝撃では止まらないらしく、彼女の質問は途切れない。


「――? いや、シキタリを申し込まれる事はとても名誉な事――誇らしい事とされており、重ねれば重ねる程、更新してもそれを守り続ける事が良いとされている」

「…………そうなのですか?」

「『力、優れる。故に、自分、律し、生きる、楽しむ』とグゥエルナーは言っていた」

「……む」


 グランにとってそんな盟友の言葉はとても眩しい物だと感じていたのだがラフィーアは別の感触を抱いたようで、彼の声に耳を傾けていた魔術師は一瞬硬直する。


「…………ですが、そんな手枷足枷の状態で戦いになれば、後悔が残る筈です。……そんな面倒なモノを竜は求めるのですか?」

「その答えは、聞いた事がないが――多分、後悔しない為に常に何が正しいのかを考え続け、その時点での最善をシキタリとして刻み、その積み重ねが美しいと考えていたのだと思う」


 しかし、その『何か』に挫ける事なくラフィーアは質問を重ね、グランもまた無心に問い掛けに対応する竜の答えを言い続ける。


「……人よりも永く生きられ優位性を持っているのに、その長い時間をしがらみで縛られて過ごす事を良しとするのですか?」

「自分が不自由を被ったという事は、他の誰かが自由を得ると言う事になる」

「…………」

「よって、自分を含めた里の全員が自由を失わないよう、自分にとって不要な事を切り捨てる事で自分以外の自由を確保し、同時にその過程によって自分を見つめ直し、自分が何者であるのかを常に考えている。――そんな風な事を聞いた事があるな」

「…………そんなモノを捨てれば、楽に生きれるのに?」


 ラフィーアが重ねた質問は、彼女の知識欲に起因した物である事は確かだとグランは感じていた。


 しかし、その方向性は最初の時とは随分と変わっているようにグランは感じ、まるでラフィーアの中にある『何か』が竜の常識にも重なっている事を示そうとしているように思えていた。


「グゥエルナーは『年齢、重ねる、しかない、固体。経験、だけ、考える、固体。それら、結末、否定』と言っていた。――多分これは、年齢や経験を重ねるだけでは考えが固まってしまうのがつまらないと言っていたのだと思うのだが……あっていると思うか?

「…………はい」


 しかし、そんなラフィーアの試みは上手くいっていないらしく、グランが答えを重ねる毎に彼女の表情は曇り、最後の方になると何故か怒られた猫のように目を閉じてしまう。


「――――」


 そんならしくない表情を前にしたグランは、自分の行動に問題があったとは思っていなかったものの何かまずい判断をした時のような動揺を覚えており、何か対応をしなければと考えはするものの言葉が浮かばず沈黙しか紡げなかった。


「……ありがとうございました。…………勉強になりました」

「――そうか」


 だが、言葉に窮していたグランに対し、その原因と思しきラフィーアの謝意を受けた彼は『役には立てたようだ』と安堵の息を洩らす。


「それなら良かった。――俺も『人間の世界』について聞きたい事があるのだが……2つ程、構わないか?」

「…………はい、私に答えられる事ならば」


 そして、問答の変更を求めたグランに対し、吐息1つ分の隙間で“感情(いろ)”を平静へと揺り戻したラフィーアの切り替えの早さに驚きながらも、彼は自分の考える認識の確認が『人間の世界』においても正しいかどうかの確認を始める。


「――人間の世界の常識、魔術を使う者の常識で測ると、『君は素晴らしく魅力的である』――この認識は間違いないとしてしまって構わないのか?」

「………………何を持って魅力的であると規定するのは人それぞれですが、魔術を嗜む者からすると、私を殺してでも私の身体を使った子供が欲しいというのは確かですね」


 しかし、その最初の質問を挙げた瞬間、グランの“目”に映るラフィーアの“色”が平静のソレから“嫌悪”のソレへと一気に転落し、その暗い色には『此方との関係を精算した方がいいのでは』と考えているように取れる鈍い嫌気の色彩も混じっていた。


「――そうか」


 覚悟だけは決めていたその予想通りの反応を心苦しく思うものの、グランは言い回しこそ妙であったが前提となる基準が正しい事を断定し、次の確認へと質問を進める。


「では……君を守っている奴は、何故君が自分の庇護下にある事を喧伝しないんだ?」

「…………はぃ?」


 そうして続けた質問――グランの中では確信に近いソレに対し、ラフィーアは嫌悪の“色”を霧散させる程の驚きと呆気の“驚き”を見せ、小首を傾げながらの疑問符で応えた。


「此方は、君に纏わる事が『人間の世界』ではさっき質問した事に当てはまる、という事しか判っていない」


 先程の決闘の過程で得られた情報を精査する限り、ラフィーアが持っている『体質(?)』を自分の感覚に収めれば里の“姫”に当たり、派閥を作れる程に強大な有意性であるとグランは判断していた。


 同時に、ラフィーアは自分の価値を高める筈のソレを見下しており、どんな意図であろうともソレに触れれば過剰で過激な反応を返してくる事までは理解が済んでいる。


 だが、そんなラフィーアの行動指針はグランにとって未知の反応であり、優秀な“姫”を求めるのは里においても間違った事ではないという認識を持つ彼からすると、自らが優秀である事を証明するその『体質(?)』を彼女が虚しいと感じている理由が判らなかった。


 同時に、グランがこの可能性に触れた際に引っ掛かったのはそんなラフィーアが自由な身でここに居るのであれば必ず居る筈の“存在(だれか)”が、何故彼女の事を無防備にしたまま野放しにしているのだろうかという疑問だった。


「そして、君がそれだけ魅力的だと言うのであれば、何も出来ない幼体の頃に確保して隠し通そうとする奴が居た筈だが――脆い人の身でありながら、君は無事な状態でここに居る」

「…………」


 体も心も頑丈な上に食事をとる必要の無い竜であれば5年や10年、悪くすれば20年以上閉じ込められたまま過ごしてもなんとも思わないが、脆い人の身で自由を奪われれば、例え愛情に満たされていても心が病むだろう。


「此方の知っているこの例は、力の無い幼竜が幼い“姫”の感情だけを得る事で“祭”をやり過ごそうとする手だが……人の考え方が竜と似ているなら、幼い頃の君を守り、自由を成せるだけの力を教えてくれた“誰か”が居る筈だ」


 沈黙を続けているラフィーアを前にしたままグランは推論を進め、彼女の後ろにいる存在――彼女を利用し、利用される関係にある自分(グラン)が敵に回してはならない“誰か”の事を炙り出す。


「…………人より優れているのに、そう言う所は人と変わらないのですね」

「『感情の熱を持って理論を紡げる生物であれば、行動は似通ってくる。故に、理解できる』と言い表して良いような事を、グゥエルナーも言っていたからな」

「……それが確かだとしたら、竜士様はどうしたいのですか?」

「――――此方が君の協力者になれたのは、君を守っていた“誰か”のおかげでもある。出来れば礼というものも送りたい」


 ラフィーアから返された言葉は明確な物ではなかったが、自らの発した疑問がそう遠くない所に当たっていると判断したグランはその“誰か”と敵対する意志が無い事と自分が実行したい要望を彼女に伝える。


「…………竜も、独り立ちした後の子供の世話は焼かないのでしょう? 出来れば会いたくもありませんので、あの人に対しての礼は不要です。……もう1つは何でしょうか?」


 しかし、返された答えは普段のラフィーアからは感じる事のない頑なな“色”であり、それを覆す術を持たないグランは大人しく自分の方針を諦め、言われた通りに話題を次へ移す。


「――次があれば、此方を使え」


 しかし、別の題目を挟んだ後だというのに気が急いていたグランは、確約させねばならないと心に決めていた言葉だけを先に示してしまう。


「…………最初に結論を先に言うのが竜の文化なのですね……説明を頂けますか?」

「――――ああ」


 いくら聡明なラフィーアといえども結論だけでその全てを理解できる筈もなく、彼女が半ば呆れながらそこに至った経緯を促すと、グランもまた自分の非を認め、左斜め前から届く静かな圧力に押されながらそこに至った理論を言葉に乗せ始める。


「先程の決闘――バールゴートが冷静に対応していたとしても、君が腰鎧の中にある物を全て使えば勝ちは揺るがなかったとは思う」


 戦闘を優位に進める為に相手以上の戦力を整えるのは当たり前の話だが、それを持ってしても勝敗を決めるのは整えた力を行使する意志と決断であり、力を有していても行使する意思を持っていなかったバールゴートが破れたのは当然の結果と言える


「だが、それでも相手は最強の個人戦力とされる竜騎士であり、地力ではあちらが上だ。――こんな所で君を失ったら、此方はどうやって目的を果たせばいい?」


 しかし、それでも相手がラフィーアを倒せるだけの力を持っていた事実に変わりはなく、その敗北の可能性がグランを悩ませていた。


「……アレは、私が私という我儘を通す為の、私の戦いで――」

「此方はその協力者だ」


 そんなグランの考えは戦力と立場から見れば妥当な筈だったが、ラフィーアの反応は固く――先程と同じ妙な反応、意固地とも思える“頑なさ(いろ)”を前にしたグランはラフィーアの言葉を遮る形で次の言葉を口にしてしまう。


「…………」

「――――」


 そうして感情に感情をぶつけてしまった後に訪れたのは、更なる感情のぶつけ合いではなく互いが驚いた事による沈黙だった。


 グランを見詰めるラフィーアは今までに無かった協力者の反応――相手の言葉を必ず聞いていた筈の彼が他人の意見を潰した事に驚いていた。


 そして、グランもまたそれを起こしてしまった自分の言葉に驚いており、『人間の世界』に居るというのに里のシキタリに由来する危惧を避けようとしていた自身の行動に困惑していた。


「――此方は既に君の力を利用している。ならば、君も俺を使うべきだ」

「…………そうですね。……はい、言われてみれば――その通りです」


 自分の口から出た言葉への当惑を隠しきれていないグランが、そんな状態のまま伝えようとしていた言葉の残りを口にすると、ラフィーアは抵抗もない静かな同意で応え、「……もしも次の機会がありましたら、頼りにさせて頂きます」と彼女が折れた事で場が収まる。


 竜の里にあっては、道理に反すればそう遠くない未来に命を失う事になる。


 それは竜の里で『よくあった事』であり、『人間の世界』ではそこまで厳しくないようだが、(こきょう)の感覚――『親以外にそんな姿を見せた幼竜の末路』――を忘れられないグランは、ラフィーアから洩れていたその『前兆』に反応してしまったのだと自分の行動を分析する。


「――相手は、竜ではないというのにな……」


 そうして自分の行動に理由を付ける事が出来たグランは、その迂闊さに思わず声を洩らす。


 里の許しを得て、里を出た瞬間から『『人間の世界(じぶんたちのいるばしょ)』の理に従うように』というシキタリが全ての竜に課せられており、『人間の世界』に対しては請われた事だけを行うのが決められた道理とされていた。


 だが、今のグランは人間(ラフィーア)に向けるべきではない感情を彼女に向けてしまっており――反した場合の対応がシキタリに記されている訳ではないが、彼は自分自身の行動を『無視する事の出来ない兆候』として捉える。


 しかし、それでもグランが得られたモノは確かにあり、彼が相手の『何か』を変えたいと思ったのはつい先程にもあったのだが、ドールラオの時には『どうでもいい』と切り捨てたのに対し、ラフィーアを前にした自分は『干渉』を選んでいた。


 その結果を鑑みれば、自分はそれだけラフィーアの提案に希望を託しているのだとグランは考え至り――自分にとっての彼女は道を誤って欲しくないと強く願う程の存在に変化しているようだと彼は自覚する


「…………私が竜の炎息(ブレス)を真似た事は、疑問に思われないのですね」


 そんな思案の深みに沈んでいたグランが自分の中にある新しい理を見付けたのと時を同じくして、不満げな感情を伴った声が彼の耳朶に響く。


「――君は竜の魔術陣を使う事が出来た。なら、ブレスぐらいは使えてもおかしくはないと考えた」


 しかし、ラフィーアが発したその質問への答えを既に考えていたグランは、唐突なソレに淀みない応えを返す。


 そんなグランが目線を上げれば自分の視界を縫い留めるラフィーアの髪が映り、彼の意識はそれを纏めている布飾り(リボン)の1つ――先程“使って”しまった為に純白のソレを巻き直している――に向かう。


 髪を飾る装身具を思わせるソレ等は、実の所ラフィーアの少ない保有魔力量を補う彼女の術具であり、事ある毎に消費しているもののグランの見立てでは相当に高価な物では無かろうかと考えていた。


 そう――グランがこの事実に辿り着くまでにはずいぶんと長い時間が掛かってしまったが、ラフィーアはその絶大な技量と魔力の質に加え、竜の術や“身体強化もどき”といった高負荷の魔術を多用しているというのに宿せる保有魔力量がだいぶ少ない。


 しかし、ラフィーアはその欠点を術具(リボン)で補う事で絶大な技量を遺憾無く行使しており、協力関係を結んだグランをしても最初は疑問しか感じていなかった彼女の計画(ゆめ)も、竜の術をああも簡単に操る様を見続けていると『現実に起こせるのでは』と考え始めていた。


「……普通ですと、個人では使おうとすら考えない程の大魔術なのですが……まぁいいです」


 グランが知る唯一の魔術師であるラフィーアの事を、彼は自分にとって身近な竜達を基準として表した。


 それは『世間知らず』であるグランからすれば致し方のない判断であったが、そんな協力者の評価を受けたラフィーアは拗ねたような言葉を溢すものの、妥協を自嘲するとその一言だけで感情の色を平静へと揺り戻す。


「…………私が、竜士様の話しにあった『誰か』のモノであっても……竜士様は心配してくれるのですね」


 そして、何かを思い出したように目を瞑ったラフィーアは、少し前にグランが向けた質問の続きを重ねてくる。


「――? 優れた協力者を失いたくないと考えるのは当然ではないのか?」


 その疑問に対し、グランは自分が認識しているフィーアとの関係を言葉に表すが彼女の閉じられたままの瞳に変化はなく、自分の考えは間違っていないが彼女の求める質問とはズレていると認識したグランは頭を捻る。


「――――君の言い回しはよく判らない時があるが……君が『誰か』のモノになっていても、君が君の自由を成す事はその『誰か』でも止められないし、君の計画(ゆめ)に願いを託している此方が君の安全に気を回す事は間違っていないと考えている」


 ならば、とグランは自分の中に残る感情(ぎもん)を強めた言葉を組み、『そもそも自分達の契約(はじまり)を振って来たのは君の方だぞ』とラフィーアには見えない“意思(いろ)”を示すと、彼女はグランの言葉を確かめるように瞼を開く。


「…………いいえ、竜士様の考えは間違いではありません」


 その真っ直ぐに自分を見据えた緑色の瞳にグランが何故か気圧されていると、当のラフィーアは格納寝台から腰を上げながら肯定を示す。


「……お伺いされたい事は2つとの事でしたので、もう済みましたね」

「――確かに、そうだが……っ」


 その唐突な会話の切り上げに、グランは今の会話に間違いがあったのだろうかと自問しながら席を立とうとするが、宛てがわれている自室の狭さは彼に自由を許さない。


「……機竜が、砂漠という戦場において対空戦車を撃破出来た事」


 その障害、机に阻まれたグランがラフィーアを止められない中、部屋を後にするべく歩き去ろうとしていた彼女はふと足を止めながらそんな言葉を洩らす。


「……これは勝利で祝杯を挙げる以上に素晴らしい成果で……あんな横槍が入っていなければ、今頃部隊総出でお祭り騒ぎをしないといけないんですよ?」


 そして、言葉を続けながら振り返ったラフィーアの“表情(いろ)”は晴れやかな微笑みであり、「……ですので、竜士様名義で艦長に意見具申をしてきますね」と続けた彼女は、その強烈な“色”に固まるグランを置いてきぼりに、上機嫌のまま退出してしまう。


「――――『人間の世界』は、不思議が多いな」


 その艶やかな“背中(いろ)”を見送ったグランの視線をこの(フライア)圧搾音(とびら)が遮った後、自分を襲う何とも言い表せない動悸に困惑する彼が視線を横にずらすと、青年を現実に引き戻すかのように積み上がったままの書類がその視界を埋めた。


「――それに、面倒も多い」


 そうして、そのまま忘れて居たかった現実を前に力尽きたグランが職務(げんじつ)戻るのには――若干の時間が必要だった。


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2019/11/16 Ver1.0:実装

2020/11/10 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

2021/03/25 Ver1.2:プロット確認・調整のついでに行った誤字脱字及び調整を反映

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