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竜の息子と鬼の弟子、魔術と機械の世界で出会い、そして――。  作者: サーデェンス・ロー
砂地を駆ける為に     (承)
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01-12 仕組まれた決闘(後編)

01-12 仕組まれた決闘(後編)

Ver1.3




 潜砂艦(フライア)の上層区画。


 その過半を占める竜の待機場にて、2人の男とその仲間達が戻ってくる筈の『相手』を待っていた。


 男の片割れ、彼等がここで待つ原因を作った彼は戦場で見掛ける事が少なくなった全身鎧を着込んでおり、久しぶりに示す鎧の高揚と近づいてくる幸運を覆い隠すように佇んでいた。


 男が着込むソレは“刻印”も兼ねた装飾によって纏う者が位の高い者である事を示しており、実体のある装甲と魔術的な防護の相乗効果によって機竜をも越える防御力を有していた。


 そんな鋼の中に収まる男の名は、バールゴート・ラバイス准尉――年若い女魔術師に決闘を申し込まれた竜騎士である。


 残るもう一方の偉丈夫は彼の上官であるレイル・エクトーラ大尉であり、バールゴートと同じく陸の上にあっては重りとなる竜騎士の戦装束を脱いではいるものの、その装いは戦場とは縁遠い平服であり、騎士剣こそ帯びているものの気を緩めているように見えた。


「……ふふ」


 待機場の中央で待ち構えている2人を包む静寂。砂中を航行するフライアの駆動音しか響かぬ静けさの中、バールゴートは家名を示す装飾と“刻印”から儀礼用としてしか使っていなかった全身鎧の感触を再び確かめながら、この幸運に至った経緯に思いを馳せる。


 バールゴートが先の戦闘で行った介入は亡き(バールドラ)への義理立てであり、相手が過剰に反応すれば“こうなる”可能性も考慮には入れていた。


 しかし、まさかそんな幸運を掴めるとは思ってもいなかった兜の(かれのかお)は知らず知らずの内に笑みに形を取る。


「……私は、運がいい」


 その緩んだ己の表情を正すべく、バールゴートは自分の感情を言葉に表す事で揺らいだ感情を整えに掛かる。


 バールゴートにとっての弟とは家督を狙うかのように自分の後を追う煩わしい存在であり、“独力”で竜騎士となってから前線に赴き、大竜ドードガルドが招いた竜騎の下で武勲を荒稼ぎしていたソレは警戒せずにはいられない政敵であった。


 しかし、例え消えても貰った方が好ましい存在であろうともラバイス家の人間である事に変わりはなく、それを守れなかった平民(グラン)の行いは万死に値する所業であるとバールゴートは考えていた。


 とは言え、頭の中でそう考えていても実際に軍規を破り、エクスアード公爵に睨まれてまで報復を成すかと言われれば『否』であり、バールゴートはその因縁以外の要素がなければグランに対して不干渉に沿った対応で通す心算であった。


 だが、ソレが連れていた不相応な存在(ぎんいろ)がバールゴートに『一連の行動』を決断させた。


 銀髪の持ち主が産んだ子は、魔術の才能を約束される。


 それはこの世界の魔導における真理であり、セントルアーバ基地で見掛けたその時からバールゴートはその銀色に注目し、その獲得に向けた様々な計略を巡らせていた。


 その内の1つ――あの銀色を獲得した際の横槍を避けるべく各地に放った使いはその出自を追い切れていないものの、有力貴族が保有している銀髪の所在は確定している事から彼女がどこかの没落子爵か平民出の拾い物であるとバールゴートは確信していた。


 そして、バールゴートの思案が彼へと届く調査状況に触れた事で、青年の思考は先日届いた報告――あの銀色が軍務に就いてからの2年間、ソレと関わった子爵やそれに準ずる権力者が総じて破滅の道を歩んだという情報が浮かび上がってくる。


 だが、その一覧に竜騎士のような強力な戦士が居なかったという結果が、現状の継続を後押しする。


「…………これも父の計略の結果か」


 銀色が自分以上の戦士と遭遇する前に事を起こせた巡り合わせ(こううん)を前に、バールゴートは自分の背負う不運とも幸運とも取れる境遇を作った男の事を薄っすらと呟く。


 子爵以上の貴族が竜騎士に選ばれるのは大変珍しい事であるが、バールゴートの場合には母が優秀な竜騎士であった事からこの幸運(ちから)を掴む事が出来ていた。


 そして、あの銀色がただの魔導騎士を打倒出来る程の特異な魔術師――“塔”を持つ程の大家に近しい能力を有していても、決闘において竜の加護を得た状態で力を振るえるバールゴートが遅れを取る事はあり得ない。


「我の代を諦めたその判断、恨んだものだがな……」


 バールゴートの父は自分の次の代を金色に押し上げる事よりも家の基盤を固める事に注力した変わり者であり、子爵の権利に竜騎士の特権を重ねる事でラバイス家は侯爵に準ずる影響力を持つようになったものの、その代償としてバールゴートの髪は茶色のままだった。


 いや、むしろ現当主であるバールゴートの父よりも彼の髪は赤みが増している事から、魔導の血筋としての彼は父よりも劣化していると言える。


 赤よりも金に近い茶色(じぶん)の髪色――それは平民ではまず成しえない色ではあったが、しかし魔導に生きる全ての子爵がそうであるように“その程度”の色では光の魔力を生み出す事も出来ない半端物であった。


 だが、そんな半端者であろうとも銀髪と混ざれば次代は必ず金へと至り、それらは魔導を心得る者の憧れである光の魔術を扱えるようになり、子孫らの道によっては“塔”の占有も目指せるかもしれない。


「――――これ以上はいかんな。……まずは、手堅くあの銀色を手中に収めなくては」


 そんな思案を回していたバールゴートは思わぬ幸運に感情が飛躍している事を自覚し、その情動を諫めるべく竜騎士となる前から続けている習慣をなす事で揺らいだ感情を鎮めに掛かる。


「(――我が居る理由は、エクスリックスの平和を維持する為に)」


 その始まりの言葉はラバイス家の家訓であり、同時に国の宝である女子供が戦火で失われる事などあってはならないというバールゴートの感情がそれに含まれる事で彼の魔術が始まる。


「(――我が一族が在る理由は、エクスリックスの人々の繁栄を成す為に)」


 そして、ラバイス家次期当主であるバールゴートの秘めたる願い――損益しか生まないこの戦争を止めさせ、民草の安全を確保する事で国力を回復し、復興の道筋に連邦の経済方式を取り入れる事によって王国をジャルダイム唯一の超大国へと返り咲かせるという夢がその魔術に確かな力を持たせる。


「(――その道程、その願い……常、その在り方を損なわぬように)」


 その途方もない大望は子爵位でありながらも竜騎士の力を得ているバールゴートをしても不可能に等しい夢であるが、そんな遠すぎる願望を現実へと近づける存在(ぎんいろ)が彼の手の届く所に居る。


「(――大竜ドードガルドの加護が、我にあらんことを)」


 その切符を得る為には相手を傷付けないような手加減をした上での勝利が絶対条件であるが――獲物が兎であろうとも、先ずは平静を保たなければ成功は成しえないという事実を強く認識する事で、彼の魔術が完成する。


 彼の魔術――その経験と家訓を基調とした“暗示”を重ねる事で強力な鎮静作用と集中力の向上をなす術を編み出したバールゴートは、それを習慣づける事で戦場における躍進と生存の両立を成し、結果として彼は今もここに立っていた。


「――――」


 あとは術式を閉じる事で彼の魔術が完結する。


「――バールゴート准尉。時間が余っているのであれば、魔術契約書(スクロール)の練習でもしたらどうだ?」

「…………大尉?」


 しかし、その集束する瞬間に声を掛けられたバールゴートは、瞑想状態から抜けきれない浮遊感を覚えながら応え、声の届いた方向へと視線を向ける。


 その先にはバールゴートの上官であるレイルが居り、横で静かに時を待っていた筈の彼はいつの間にか手に持っていたスクロールをバールゴートへと差し出していた。


「――そうですね……流石に指揮官ともなれば、平民でも気が回るのですね」


 完了を待たずに術式を閉じた事による影響で若干のふらつきを覚えたバールゴートであったが、貴族が平民の前で膝を折る事などあってはならないという意地によってそれを堪えた彼は差し出されたスクロールに手を伸ばす。


 平民である筈のレイルが指揮官という立場に立っている事からも判る通り、戦前では貴族がその役目を担っていた王国の軍事は今、平民がその多くを担い、貴族に纏わる者の上に平民が立っている事も珍しくはなくなっていた。


 バールゴートは今の軍の実情を『嘆かわしい話だ』と常々考えているのだが、しかし彼の上官に当たるレイルは学ぶ所の多い指揮官であり、首も垂れずにいる無礼を許せる程には認めている上官(へいみん)が差し出したスクロールを、バールゴートは漸く手に納める。


「――――」


 契約内容を記すスクロールは仕掛けた(ラフィーア)が用意するものではあるが、どこかの大家に献上するかもしれぬ物を見栄えの良いものとするべく、バールゴートは本物のソレに記すように同梱された羽ペンに魔力を通し白紙のスクロールに名を刻む。


 そうして、自ら勝利を疑わず、魔術師如きでは10人が束になろうとも突破出来ぬ程の“刻印”を刻まれた全身鎧を纏う騎士は、ただ冷静に全力を出せる状態へと自分を高めていく。


 ――――しかし、普段のバールゴートであれば思い至れそうな違和感に、彼は最後まで気付く事が出来なかった。


 何故、バールゴートが『拾い物』と定めた銀色(ラフィーア)があれほどまでに優秀な魔術師としてここに立ち、魅力的な姿の(だれにもてをつけられていない)ままでそこに居るのか。


 そう――バールゴートが考えた通りの存在であれば、何も成せぬ幼子の内に囲い込み、何の力も持たぬ内に全てを奪い尽くし、何の痕跡も残さぬように秘匿してしまえばその優秀な母体を思うが儘に使えたというのに、何故あの銀色は成人するまで無事でいられたのか。


 バールゴートは多くの人間(へいみん)から見れば高慢と感じる男ではあるが、他の貴族と比較すれば功を焦らず、周到で盤石な行動を好む彼はその理由の一端を既に知り得ていた。


 しかし、自分の夢を一気に手繰り寄せる可能性を前にしたバールゴートは、彼自身を助け、ここまで生き長らえさせていた気質が鈍っている事に気付けなかった。


「…………」


 そして、そんなバールゴートの傍に控えるくすんだ赤髪の大男の口元に、微かな笑みが浮かんでいる事にも彼は気付く事はなかった。






 そうして時計の針が約束の位置を刻もうとした時、2人の当事者は竜の待機場へと踏み込んだ。


 それは2人が事前に伝えた通りの行動であったが、待機場に赴いたグランの右手には彼の竜剣――全長4メートルにもなる鉄塊が握られており、中で待っていた竜や竜騎士達を驚かせる事となった。


「――では、此方は端の方で待っている」


 狭い艦内通路を通る事が判っていながらも強引にその鉄塊を持ち込んだ意味。


 そして竜騎士たる彼等自身も使用するその存在感によって待機場の面々を凍り付かせたグランであったが、しかし彼は周りの反応を余所に右後ろで控える自分の副官(ラフィーア)に断りを入れてから何事もなかったように道を譲る。


「……はい。……手早く済ませますので、少々お待ちください」


 そんなグランに応えたラフィーアは彼の脇を抜けて待機場の中心へと歩み始め、その小柄な身体と髪飾り(リボン)によって纏められた銀髪とは不釣り合いな事この上ない魔石銃と魔導剣を揺らしながら相手の元へと進んでいく。


「――――」


 グランが見送るその背中からは、これから決闘と呼ばれる人間の理――里の“(サイ)”よりも敗者に厳しい戦いに挑む気概を感じられず、疑問に思う所があったものの自分の『人間の世界の指標』であるなら何か考えがあるのだろうと彼はその後ろ姿を静かに見送る。


「…………こちらの上官の意向に沿って頂き、ありがとうございます」

「中々に退屈な時間を過ごさずに済んだが、我も最後の自由ぐらいは好きにさせる度量はある心算だよ」


 堂々と待機場を進むラフィーアに竜騎隊と竜の視線が集まる中、彼女はそんな言葉を向けながらこれから挑む相手と対峙し、重厚華美な鎧姿に変わっていた相手(バールゴート)はラフィーアの口だけの謝意による皮肉めいた牽制で応える。


 同時に、グランという異物が離れた事で『決闘』という儀式が正常に機能し始める。


 まず、ラフィーアとバールゴートに加え、ラフィーアが強引に指名した立会人――待機場の端に居た竜騎士の1人――によってスクロールの読み合わせが行われる。


 その内容はラフィーアの記した『軍規に従え』とバールゴートの『我が家のモノになれ』であり、それが確認された後、緊張しているのかガチガチに震えている立会人の口上が開始される。


「…………グラン特務大尉。まず、面倒事に巻き込んでしまった事を謝罪しよう」


 そうして静かな熱を帯び始めた待機場の中心に対し、その端へと移動した事で関係者から傍観者に転じた筈のグランの傍にバールゴートの上官であるレイルが近寄り、影か何かの様な足取りで彼の横に並んだレイルは呟くような口調でそんな言葉を洩らす。


「――?」

「視線は前に向けたまま。――なるべく話をしている素振りも隠して」


 人間の理を阻害し、周囲に面倒を押し付けたのは自分だと考えていたグランはレイルの言葉に疑念を抱いたものの、場の主導権を持っているレイルはその疑問を先取りしてグランの行動を指定する。


「――――そうか。……ラフィーアのアレも、芝居というものか」

「いえ、あの茶番は少尉の場当たり的な行動の結果ですよ。――私の左手に目を」


 その言葉に従いながらもレイルの告げた言葉と状況からグランは『人間の世界』に倣った予測を立てるが、それを否定したレイルは下ろしたままの自分の左手を微かに動かす事でグランの視線をソレに誘導する。


「あの『ぼんぼん』が書き慣らすのに使った、自分の名前と条件だけが記されたものです」


 示されるままにグランがソレに視線を飛ばすとレイルの右手には巻き留められスクロールのようなものが握られており、グランの動きを確認したレイルがそんな『独り言』を続ける。


 決闘に使われるスクロールには書き記された文字を“刻印”とする機能が付与されており、名前が書かれていればそれだけでその契約(けっとう)から逃げる事が出来なくなるとグランは聞いていた。


「ラフィーア少尉が油断している『ぼんぼん』に遅れを取るとは思いませんが、万が一の際には准尉に斬りかかれる為の保険です」


 レイルの意図を読めないグランが横にいる相手への警戒心を引き上げ、同時に示されたモノにまつわる概要を思い返している中、当のレイルはバールゴートの(あちら)側に居るとは思えぬ言葉を続けてきた。


「ところで――君の上官が持っている、竜剣(アレ)は何だ? 威嚇の心算か?」

「……さぁ? ……ですが、竜士様にどんな考えがあろうと、私に倒される貴方には関係のない事ですよ」

「――――貴様。これが終わった後の扱われ方を心配した方がいいぞ 」


 グランが沈黙した事で彼の耳にも中央でのやりとりの声が届くようになり、ラフィーア達にこちら側を向く余裕は無いと判断した彼が左に視線を向けると、思案に全てを傾けているような横顔――そう、戦場を眺める指揮官のようなソレでラフィーア達の事を眺めているレイルの顔が目に映る。


「――此方に、何をしろと?」

「お恥ずかしい話、あの『ぼんぼん』には『新人教育』をうまく避けられていましてな」

「新人教育……」


 主に経験不足からレイルの意図を図りかねていたグランであったが、その言葉によって決闘という『法』を超えた理を利用し、命令を徹底させる為の通過儀礼として使われている事を思い出す。


「――なるほど、此方の副官はうまくノせられた訳だ」


 そうしてこの状況がレイルの仕組んだ策略である事に考え至ったグランは、自分達すらも駒であった事に微かな不満を覚えながらも自分の予測が当たっているかどうかの確認を取る。


「貴族連中にはラフィーア少尉の髪は眩し過ぎるようでしたので、そうなれば都合が良いとは思いましたが――少尉がああも短気だとは思いませんでしたな」


 その感情に対する言葉は自分にとっても予想外な事だったので堪忍して欲しいという“意志(いろ)”が滲んでおり、レイルの意図をとりあえず認めたグランと交渉が続けられる事に安堵を示したレイルは諍いを続ける駒に視線を向けたまま密談を続ける。


「――言葉ぶりから察するに、此方の副官がああいった事に追い込まれるのは前にもあったのか?」

「おや、ご存じないとは」


 そうして続けられたグランの問いが余程意外だったのか「女性の過去を詮索しないのは良い男の条件と言いますが、問われたのであれば俗世に落としてみましょう」という悪魔のような囁きを続けたレイルによって、グランに彼の知りえなかったラフィーアの過去が齎される。


 曰く、寄って来た貴族が敵地調査という過酷な調査任務に割って入ってきたものの、下手に出て忍ぶ事に耐え切れずに正体が露呈した貴族(ソレ)を敵地で切り捨てた。


 曰く、戦場跡で竜の遺産を探している所で取り入ろうとして寄って来た商人付きの傭兵団と衝突し、延々続いた諍いの妥協点を見出せなくなった結果として商人諸共決闘の手順を踏んでその全て討ち取った。


 曰く、ラフィーアの境遇が過酷なだけの不幸であると勘違いをし、安全な後方に引き上げようとした貴族と対立し、結果として双方に益のない決闘をする羽目になり貴族(ソレ)等の恨みを買った。


 それらの全てはラフィーアに取り入ろうと考えた彼等の『好意』によって引き起こされた出来事であったが、『彼等の好意』そのものを忌避しているように見えるラフィーアはそれら全てを拒絶し、その軋轢の果てに彼女はここに居る――というような話だった。


「――変わらないのだな、彼女は」


 そして、レイルの語るそれらをグランはそんな言葉で纏め、目を閉じれば浮かび上がって来そうな凛々しい情景に目を細める。


 ラフィーアの協力者となってからの日も浅い上、『人間の世界』に対する経験も乏しいグランの判断は間違っているのかもしれないが、言葉の中にあるラフィーアはとても彼女らしいとグランは静かに笑みを浮かべる。


「だが――『人間の世界』は判らないな」


 そうしてこんな機会がなければ触れる事の無かったであろうラフィーアの過去を知ったグランであったが、竜の里では有り得ないその経歴の面倒臭さに思わず呆れの吐息が洩れる。


「どのあたりが、ですかな?」

「殺されるような事になるまで擦り寄るような面倒くさい事などせずに、欲しいのならば欲しいと言い、断わられても諦められないのであれば交渉し、その結果――“良くも”“悪くも”納得を得れば命を賭ける必要など無いのではないのか?」


 里は調和(シキタリ)を破れば速やかに命の危険が迫る場所であったが、“姫”を求める“祭”にあって竜が命を落とす事は極めて稀であり、シキタリよりも判り易い『法』が定められた世界にあっても尚命の危険がある事、そうまでして執拗に固執する理由がグランには解らなかった。


「……竜の里は恐ろしい場所だと聞いていたのですが、案外平和な場所のようですな」

「――シキタリを守らない者は容赦なく排除される。そして、シキタリの内容は血縁で無い者が聞いてもタダでは教えてくれないし、『知らなかった』でも許されない。――シキタリを知らない人間が行くのは止めた方が良いと思うが」


 『人間の世界の指標』ではないレイルがグランの疑問に答えてくれる事はなかったが、レイルが誤解しているように聞き取れた里の認識をグランが端的に解くと、レイルは引き攣ったような顔でグランを見据えてくる。


「それは…………大尉も苦労――と言うよりも、よく生きて帰れましたな」


 人間など息を吹くだけでも殺せる存在がそれぞれ独自のルールを持ち、比較的狭い範囲に犇めいている魔境。


 恐らくそれが人間から見た竜の里の正しい姿であり、ソレが無事に伝わり、安易に里に入るような無茶をしなければそれでいいと考えていたグランが待機場の中央へと視線を戻すと、それを待っていたかのように開始の号令が挙げられた。






「…………っ!」


 開始の合図と共にラフィーアはあの回りくどい術式の“身体強化もどき”を使用する事で一気に距離を離し、着地と同時に魔石銃の連射を開始する。


 その魔石投射量は苛烈であり、瀑布にも似たその弾幕は防御力に乏しい歩兵であれば小隊規模の集団を焼き殺せるだけの火力を撃ち放っていた。


 しかし、そんな魔石の嵐に晒されているバールゴートは涼しい佇まいでその場に留まっており、その在り様はつい数時間前の戦闘におけるグラン等と対空戦車の関係を連想させるモノだった。


 ラフィーアが使っている魔石銃は王国軍に行き渡ったばかりのマーセント型と呼ばれる魔導兵器を彼女自身が改造した術具であるが、装填された小石大の魔石を投射する事で対象を加害するという動作原理は原型と変わってはいない。


 つまり、防御力に乏しい者を相手取れば凶悪な魔導兵器となるものの、加害対象が魔術の代表的な守りである“障壁”やファルストリア連邦が用いる隙間の無い装甲の類であった場合には殆ど意味を成さなくなるという極端な特性を、ラフィーアの術具はそのまま受け継いでしまっていた。


 そして、魔力ある限り減衰しない“防壁”と表せる竜血石の障壁を持つ竜騎士が相手となれば、その殺傷能力の程は押して知るべきと言った所であり――炎の嵐とも表せそうなあの弾幕も、この場にあってはただの派手な花火と化していた。


「…………」

「はは、我を倒すと大きく出た割にはそこらの歩兵と大差ない力だな」


 沈黙を通したまま魔石銃を撃ち続けるラフィーアに対し、バールゴートはその守りの効果を見せつけているような歩みを始め、自らの障壁に着弾した魔石を弾かずに“刻印”された魔術ごと魔素に還す余裕を見せながら距離を詰める。


 魔導騎士と魔術師。


 その2つを分ける要素は幾つもあるが、視覚的にも判り易い差異はその手に持った武器と言えるだろう。


 魔導騎士の主兵装は言わずもがな魔力を通せば竜剣にも比肩する切れ味を発揮する騎士剣であり、使用者の特性に合わせて調整された魔導剣――連邦の戦車や竜すらも切り裂く事の出来る最上の近接兵器が彼等の得物となる。


 それに対し、昨今の魔術師の主兵装としている術具は歩兵も使用している魔石銃であり、対抗手段を持たない相手であれば容易に焼き殺す事の出来るそれは、しかし隙間の無い装甲や魔術効果を有する守りには効果が薄い。


 その力の差がそれら2つの戦力の差、待遇の違いとして現れ、ジャルダイムにおける格差の1つとなっていた。


「どうした? もう半分程まで来てしまったぞ? ……我の賞品は君自身であるが故に、刃が届く前に降参して欲しいのだが」

「…………」


 また、視覚的には判別しようのない要素としては“身体強化”の魔術を使用できるかどうかも両者を分ける違いであるとされ、人の身を超えた膂力を行使できる魔導騎士に対し、“身体強化”を使えない者が組み伏せられれば逃れる術はない。


 その明確な戦力差に酔っているバールゴートは降伏勧告にも似た言葉をラフィーアに投げ掛けるが、沈黙を続けたまま魔石銃を撃ち続ける彼女はその慢心に付け入るように左手で自身の髪を留めるリボンの1つを引き外し、流れるような所作でそれを握り纏める。


「なに……?」


 その意図の読めないラフィーアの行動にバールゴートは怪訝を浮かべるが、彼女はその戸惑いすらも自分の時間とし、魔石銃の銃口を上へと引き上げた彼女は魔石(たま)が残ったままの弾倉を半開放とする事でバールゴートの困惑を加速させる。


「……御(ON)」


 そんな間隙の中、ラフィーアは半開放した弾倉に巻き集めていたリボンを押付け、濃い緑色に染められている(それ)を魔術行使によって魔石の詰まった箱の中に取り込ませた彼女は半開きだったソレを魔石銃に再固定する。


「…………我は咎人。……なれど、正しい光を知る者なり」


 そして、不可思議なその行動に続き、ラフィーア自身にしか意味を成さない詞を紡いだ彼女は獲物を狙う鷹のように魔石銃の銃口を定め――。


「……御(ON)」


 その起動式と共に、全てを貫く竜の魔術が待機場に奔る。


「――む」

「……炎息(ブレス)、か?」


 その光に静かな驚きと竜騎隊の驚愕が洩れる中、発現した魔術の一閃はバールゴートの持つ竜血石の障壁を紙屑か何かを抜くように穿ち、その軸線上にあった全身鎧の装飾を消滅させながら彼の肩を焼く。


「っぁあぁ!?」


 光と鋼の衝突から僅かに遅れ、待機場に混乱と痛みが重なった悲鳴が待機場に響く。


 その発生元――虚を突かれたバールゴートが“生きている”事からも判る通り、致命に至れた筈の一撃(ブレス)はラフィーアが意図的に逸らした結果として彼の左肩を焼き穿つに留まっていた。


 しかし、そんな猶予を与えられても尚、人の身で竜の魔術を成した相手と抜かれる筈の無い守りを突破させられた事実に混乱したバールゴートは自らが負った傷口へと視線を向けてしまう。


「……っ!」


 それは未熟の証のような失策であり、攻撃側へと転じた魔術師の少女はこれから成す事の前では重りにしかならない魔石銃を放り捨て、その隙を抉るべく鋭い加速から銀の影となって座り込んだ騎士へと襲い掛かる。


「なにっ……!?」


 余所に気をやっていたバールゴートがその危機(ソレ)を察した時、既に眼前にまで迫っていた危機(ラフィーア)に向けて彼は迎撃の剣を振り上げる。


 しかし、それが型を為す前に横薙ぎに構えたラフィーアの魔導剣がバールゴートを捉え、全身鎧の腹に払い抜けを直撃させた彼女は“身体強化もどき(さきほどの)”の魔術を自らの剣に上書きする事で打ち据えた相手を壁面にまで叩き飛ばす。


「――なるほどな」


 その豪快な魔術の技を“遠見”で確認したグランは、ラフィーアがよく使っている“身体強化もどき”の仕組みを漸く理解する。


 グランも使う“身体強化”を自分の身体(うちがわ)に干渉する魔術とするなら、彼女の使う風の魔術は自分の外側に干渉する事で“身体強化”に類似した結果を成す魔術であり、簡単に言い換えるなら『身に付けている物を加速させて自分を引っ張らせている』と表せるだろうか。


 走りたいのであれば靴や服を飛ばす事で身体を引っ張らせる事で速度を出し、今のように剣を振り回したいのであれば剣を加速させてソレを掌と腕で支える。


 なぜ竜の魔術陣すら模倣出来る程の技術を持ったラフィーアが“身体強化”を使わず、回りくどい上に魔力の無駄も多い“身体強化もどき(そんなもの)”を使っているのかを疑問に思うグランであったが、彼の考察が進むよりも早く彼女等の状況が動く。


「……御(ON)」


 壁面にまで弾かれたバールゴートが衝撃で動きを鈍らせた隙を使い、ラフィーアは身に纏う魔術を更新しながらの疾走を開始。


 それに続いて魔導剣を刺突の構えで固定したラフィーアは“身体強化もどき”の魔術を刀身にも纏わせ、その剣に引っ張られるように更に加速した彼女はバールゴートへと一気に詰め寄り――。


「……たぁ!」


 喚声と共にその勢い全てを乗せた魔導剣をバールゴートへと突き入れる。


「がっ!?」

「……っ」


 その刀身。“刻印”の施された全身鎧と激突した魔導剣の切っ先は折れ飛んだものの、与えた衝撃によってバールゴートが立ち直るのを阻害したラフィーアは握り直した魔導剣を振り上げ、壁に座り込んだままの相手に切り掛かる。


 その剣閃は速く、一見すると鋭い剣撃だったが――。


「傍から見ている分には、痛そうですが……」

「――まぁ、効かない訳じゃない」


 しかし、卓越した才女(ラフィーア)といえども剣の心得は無かったのか太刀筋も何もあったものではないソレは鈍器による殴打と変わりなく、魔術による速さ頼りのソレを遠目で眺めている2人の隊長(グランとレイル)が酷評する中、追撃というには温い衝撃がバールゴートを打ち続ける。


「調子に、乗るなぁ……!」


 そんな見かけ倒しの剣撃によってラフィーアの魔導剣が更に欠け、バールゴートの全身鎧に施された装飾が見るも無残になった頃――その犠牲(ぼうぎょりょく)によって守られていた彼が怒声と共に剣を巻き上げ、魔導剣を振り下ろそうとしたラフィーアの手首を狙う。


「……っ!」


 だが、相手が動き、その防御が崩れる瞬間を待っていたラフィーアは魔導剣に纏わせた術式を変更する事で体勢や慣性を無視した後退を成し、バールゴートの迎撃から逃れた剣は持ち手である彼女を旋回させながら無防備となった相手に迫る。


「か、はぁっ……」


 そうして魔術による軌道変更によって振るわれた一撃――術式更新の再加速も加えられた魔導剣はバールゴートの側頭部に直撃し、“構造強化”の“刻印”が施された重厚な兜ですら抑えきれなかった衝撃が彼の意識を刈り取った事で2人の動きが止まる。


「――慢心すれば、当然ああなる」

「まったくです」


 その結果、判り切った結末を前にした遠くの2(グランとレイル)は冷めた感想を重ねる。


 魔導騎士と魔術師との戦力差は甘く見積もって9対1と表す事が出来、魔術師からすれば真正面から対峙する事自体が無謀の類となる。


 それに対し、バールゴートとラフィーアとの戦力差の実情は7対3といった所であり、火力・防御力・機動力の全てで勝る騎士の勝ちは揺るがないが、先程の炎息以外にも隠し札を持っているように見える彼女は、騎士が侮っていい相手ではない。


「――――」

「……さて、あのおっかない少尉を説得しなくてはな」


 壁にもたれ掛かったまま動かなくなったバールゴートの状態を検分していた見届け人が裁定を確定し、その結末を見届けたグランが無用となったスクロールを破り捨て、部下を『使える状態』で返して貰いたいレイルは足早に勝者の元へと向かう。


 そうして、人と人とが折合いを付ける為の決闘は幕を閉じた。


「――行くか」


 しかし、まだ為すべき理を通せていないと考えている者がこの場に居ようとは、その感情を秘めた者以外は考えもしていなかった。




公爵(王家)>侯爵>子爵(ここまで世襲可)>男爵

であり、まだ『伯爵』が無いのが本世界。

(ウィキからの情報収集ですので、信憑性は微妙ですが)


追記:

お読み頂き、ありがとうございます。

ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。


2019/09/14 Ver1.0:実装

2019/11/16 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

2020/09/18 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。

2020/11/10 Ver1.2:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施

2021/03/16 Ver1.3:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施


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