01-11 仕組まれた決闘(前編)
01-11 仕組まれた決闘(前編)
Ver1.4
ジャルダイム大陸、ザックバール砂漠の中央――その砂中を航行中の潜砂艦フライアはセントルアーバ基地への帰路についていた。
その艦載部隊であり、ファルストリア軍補給部隊への襲撃を完遂した機竜や竜騎もまた母艦が帰還の途についた事でその足や翼を休めていたのだが――。
「……どういうつもりですか、バールゴート准尉」
機竜から降りるやいなや、憤りを隠す事なく格納庫を飛び出していった副官を追いかける緑髪の青年――グラン・サウスココル特務大尉が竜騎待機場の扉に手を掛けると、その耳に少女の静かな怒声が飛び込んできた。
グランの耳に届く声音はいつも彼の傍にある少女のそれであったが、その声に伴う感情の“色”は殺気に近いものを発しており、彼が手に掛けていた待機場の扉を開けば騒ぎの大元として注目を集めている小柄な後姿が見て取れた。
「ラフィーア君……だったかな? どいうつもりとは、何の事かな?」
「…………竜騎隊の任務は戦域の上空警戒であり、地上戦には干渉しないようにとの命令が本営から発せられていた筈ですが」
待機場の視線を集めているその少女――グランの副官であるラフィーア・フィルトメル少尉は、自分の目の前に立つ竜騎士のはぐらかすような返答に対し、今の竜騎達の任務を改めて言い表す。
待機場に居るのは5人と4体。グランと共に出撃していた竜騎隊の隊長を務める大柄な竜騎士――レイル大尉と、控えとしてフライアで待機していた竜騎士の男と女。
そして騒ぎの中心にあるラフィーアとバールゴートの2人を、竜騎士達と契約している4体の竜達が遠巻きに眺めていた。
「……更に言葉を重ねれば、格闘戦を仕掛けている友軍機に向けて炎息を撃たせるなど、同士討ち狙っていると疑いかねない行動であると伝えています」
ラフィーアが最初に口にしたのは今のエクスリックスの地上戦力を悩ませている本国の命令であり、その前置きに続く形で彼女はこの騒ぎの根幹にある疑いを差し向ける。
「なるほどなるほど……君の認識ではそうなっている訳か」
ラフィーアの言う疑念は事実であれば不興を買う所では済まされない行為であるが、当のバールゴートはその追及すらも飄々とはぐらかし、その態度を前にしたラフィーアが「……軍人であるならば階級に倣いなさい」と言葉を尖らせるもバールゴートの態度は変わらなかった。
「被弾し、破れかぶれの特攻を仕掛けた無謀な味方を援護したのだがな――感謝こそされど、咎められる言われは無いと思うが?」
加えて、軍規を語るラフィーアとは違う理に則って動いているように見えるバールゴートの反応、その芝居がかった対応を崩さない彼の対応に、ラフィーアの目元が猛禽類のそれのようにスッと細くなる。
「…………つまり、なんの釈明もない――と?」
「寧ろ、君の方が何かを言う必要があると思うのだが?」
「――――」
その渦中に近づきながら2人の会話を耳に入れているグランは、自分達が再突撃前に被弾したのは事実ではあるが、突撃を再開した時には“矢除け”を発動して敵弾を弾いていた事を思い返す。
2人の言葉はその内容が全く交わっていないものの、それぞれの主張する理論――バールゴートには1つ確認する要素があるが――は通っている。
同時に、ラフィーアの言葉はグランの心内にある疑問と同一であり、彼が自分の副官に確認する事はない。
故に、誤解であれば正し、虚偽であればグランが対応する必要があるものは――。
「バールゴート准尉。こちらの副官と話を進める前に、いくつかの質問に応えて欲しいのだが――」
その判断の下、グランが自らの身の振り方を決定する為の確証を得ようとした瞬間、彼の方へと視線を向けたバールゴートの右頬に『ゴシャリ』という鈍い音と共に灰色の何かが衝突する。
ここで今更の補足となるが――ラフィーア・フィルトメルは聡明で博識だが感情の沸点がだいぶ低い。言い直せば、短気である。
否、短気と言うのは少々語弊があり、その豊富な知識量と理を重んじる口調から思慮深い印象を相手に与えているものの、逆鱗にも似た幾つかの感情に触れてしまうとそれらの理性が抑える間もなく行動が先んじてしまう所がある、と言い表すのが正しいだろう。
「――――」
そんなグランの所感を証明するように、彼がバールゴートの顔を叩いた飛来物の出所を目で追えば左の手袋を投擲したラフィーアの姿が見て取れ、その予想通りの面倒な流れに青年は静かな息を洩らす。
「…………」
その決裂はラフィーアが難儀な衝動に押された結果であったが、そうして『次の交渉』の当事者となった彼女はただ静かに傾いたバールゴートの顔を見据えていた。
「――これはどういうことかな?」
「……手順を通し、魔術契約書も出しています。……それとも、貴方は一から十まで教えてもらわないと理解できない子供ですか?」
そして、後悔などという足踏みをしないラフィーアは感情的に下した『決闘』という決裂を黙考の末に決めた決断であるかのように振る舞い、体躯も年齢も上であろうバールゴートに臆する事無く手順を進めて行く。
「――――」
それは選ばなかった結果をすぐさま切り捨て、自分にはその選択肢以外はあり得なかったと断ずる事で迷いを発生させないラフィーアの生き方であり、自らの決定を覆さない彼女の鋭さと都合の良い流れに笑う相手の顔を、グランは静かに観察していたい。
「……ラフィーア・フィルトメル少尉。――今ならば、私の権限で撤回する事も可能ですが?」
グランが自らの副官を助ける事もなく傍観に徹していると、彼等よりも離れた所で様子を見ていたレイルが歩み寄りながら横槍を入れる。
「……レイル男爵。…………無用な問答を続けられるのならば、竜騎士となった時に男爵位を授与された貴方の品位が疑われますよ?」
しかし、恐らく手助けと思われるその言葉すらも無碍に叩き落としたラフィーアは慣れた手付でスクロールを書き連ねていく。
「――――」
そのやり取りを注意深く見届けたグランは、レイルが階級で呼んだのに対してラフィーアが爵位で応えた事からこの場がこれまでの『人間の世界』とは違う理で動いていると認識。
同時に今の自分の経験で対応するには手に余ると判断したグランは、状況が動いて手詰まりに追い込まれる前に行動を開始する。
「――熱くなっている所で悪いが、こちらの確認が済むまで少し借りるぞ」
こうした場にあっては成したい事を何よりも優先しなくては何も得られない。
それを竜の里で学んでいたグランの動きは迅速であり、彼は殺伐とし始めたラフィーア達の輪の外側にするりと入り込むと、言葉と共に自分の『人間の世界の指標』を渦中から引き剥がす。
「……竜士さ――グラン男爵、取り交わしを終えた決闘に手を出すのは無粋で――」
その方法は殺気立った少女の後襟を掴んでひき上げるという強引なもので、バールゴート達から引き離され、グランの背に載せられてから半ば引きずるようにして待機場の外へ連れていかれるラフィーアは動揺を殺気で上塗りした鋭い口調で抗議を挙げる。
「決闘とは、人間が守っている法を越える為の契約であり、ただの争いでないのであれば準備を整える事も場を仕切り直す事も許されるのだろう?」
しかし、ラフィーアの後襟を持ちながら歩を進めるグランは、そんな彼女の抗議を自らの全てに根付いている竜の調和で切り捨てる。
以前に決裂の危機に晒されたグランが調べた所によると、『人間の世界』に置ける決闘とは手順を通し、証人を立て、結果を求め、その結果を受け入れる特殊な契約であり、それはシキタリの1つ――竜達が“姫”を求めて競う“祭”に近いモノと彼は考えていた。
そして、今のこの場は『人間の世界』に疎いグランの手に余る状況ではあるが、人の世界で考えても異質な理で動いている今の状態ならばシキタリを通しても問題ないと判断した彼は、里に居た頃に通した竜の理を大いに発揮する事で自らの目的を通そうとする。
「竜と縁を結んでいる魔導騎士が動くとなれば広い場所が必要となるから、再開の場所はここでいいだろう。――バールゴート……子爵相当位だったな? すまないが1時間程待たせる。竜騎としての装備を外し、人と争う為の準備を整えておいてくれ」
そうしてシキタリで取り決められた事以外を考慮しない里での流儀を押し通し、状況の急変に付いて行けていない竜騎士達を置き去りにする形で自分の流れを作ったグランはその最後に約束を一方的に取り付け、困惑と動揺に包まれた沈黙だけを残す形で待機場を後にした。
「……竜士様、流石にもう自分で歩かせてください」
竜の待機場を出てから暫くして、物か何かを運ぶように襟首を掴まれて引きずられていたラフィーアは自分の上官に割合多めの非難を含めた言葉で開放を要求する。
「――そうだな。ここまでくれば、流石に戻るとは言えないか」
その要求を聞き入れ、呟きと共に足を止めたグランはラフィーアが無理なく立てるように引っ張り上げてから彼女を開放する。
「…………」
そうして漸く地に足を付ける事の出来たラフィーアは『これだから“身体強化”の使い手は』という自分が使えぬ術への羨望にも似た感情と、そんな膂力を受けても形状を崩さない自分の布鎧の強度に感心と恨めしさの混ざった複雑な感情を浮かべながら襟を正す。
「……どういうつもりなのか、真意を聞かせていただけますか」
「バールゴート准尉の言動を含め、確認したい事があった。――それと、彼に装備を整えさせるなら、君にも魔石銃を取りに行かせる必要があると考えた」
感情の熱を冷やす時間くれた感謝と、物の様に扱われた事への非難。
その相反する“感情”を覆い隠し、同時に協力者への見栄を維持するべく冷徹に務めたラフィーアに対し、自分を見上げる冷ややかな視線を前にしたグランはその追及に怯む事なく嘘偽りの無い本心を言葉とする。
ラフィーアが行動した後に結果の責任を取る性格であるならば、グランは結果を覚悟した上で行動を示す質であり、既に動いている彼は批難や追及では止まらない。
「――すまない。俺の道理を通す為に、君に不利を押し付けてしまった」
だが、それでも自分の行動によって協力者が不利に傾く事は謝っても許されない事実であり、グランにとっては避けられない判断の結果であったが、ラフィーアの戦いに余分な要因を組み込んでしまった事を彼は謝罪する。
グランの知る常識では竜血石の障壁で守られている者に魔石銃は通用しない。
それはラフィーアが愛銃を手にしても彼女の戦力向上が望めないという事であり、相手にも時間を与えたグランの行動は最後の交渉に臨む彼女に余計な枷を掛けてしまった事に他ならず、協力者としてはどんな責にでも望む覚悟を決めていたのだが――
「……いえ、魔石銃があった方が楽に勝てるのは確かですので、そちらは―― 」
しかし、グランの言葉を受け取ったラフィーアはそれを気にした風もなくグランの認識とは異なる言葉を続け、そのすぐ後に何かを思い出したように言葉尻を濁す。
「…………そういえば、新兵達の事を放って来てしまいましたね」
そうして思い出した問題をから目をそらすように他所へと視線を飛ばしたラフィーアは「……戻ったら指示を送りましょう」という呟きと共に感情を切り替え、幾ばくかの黙考を挟んでからグランに視線を戻し、静かに頭を下げる。
「……竜士様、申し訳ありません。……感情に任せて行動し、ご迷惑をおかけしてしまいました」
「――軍律において決闘は許されているから、君が謝る必要はないと思う。……歩きながらでもいいか?」
グランは自分の失敗と考えている条件の悪化を気にも留めていないラフィーアの思惑が気になったものの、先の事よりも今の確認を優先するべきと判断した彼は『人間の世界の指標』に対して現状の確認を始める。
「――バールゴート准尉はこちらが『破れかぶれの特攻を仕掛けた』と言っていたが、“遠見”を使えない竜騎士が居るのか?」
その起点として止まっていた歩みを再開したグランは、右後ろにラフィーアが付くと同時に自分達が憤る原因――バールゴートの反論の根拠となるものの可否、『状況が見えなかった事』が彼の限界であるかどうかの確認を取る。
もしもバールゴートの言葉が事実だとすれば先程の決裂は誤解をそのままに互いが譲らなかった悲劇となり、それで済むのであればグランは“自分が動く事”を止める事が出来る。
最も、もしそうであれば理を尊ぶラフィーアがあんなにも憤った事に疑問が残る上、グランが知る常識にも誤りがある事になるが――。
「……いえ、原則としては存在しません。……エクスリックス王国において、魔導騎士になる為の条件として『“身体強化”が使用できる事』という項目があり、王国の選定で竜騎士となったのであれば“遠見”が使えない筈がありません」
しかし、ラフィーアの答えはバールゴートの理を否定するものであり、「……そして、准尉は選定によって竜と引き合わされた竜騎士です」という言葉が続いた事で、トカゲのように変化の乏しいグランの表情に人間のような鋭さが混じる。
「――そうか。……では、バールゴート准尉が戦闘に介入してきた理由が判るなら、教えてほしい」
「…………」
だが、それでも続けられたグランの言葉は悪意に晒された事があれば子供でも判るような質問であり、そんな愚問を向けられたラフィーアは本気で言っているのだろうかと怪訝を含めた視線で協力者を見上げる。
「…………他人の事ですので、その本心は彼自身にしか判らない事ですが――敬虔な竜信仰の信徒であり、竜士様の事を『先日の会戦で自らの竜を見殺しにした反徒』と見做した判断による逆恨みという案が1つ」
しかし、自分を見下ろす茶色の視線は迷いもない真摯なものであり、それを前にしたラフィーアは自分が知りえる候補を丁寧に挙げ始める。
「……この案には『平民が自分より上位でありながらも活躍する機会に恵まれた事への逆恨み』、『尊敬するレイル大尉が自分以外の者を評価した事が気に食わなかった』なども含まれます」
「――――そうか」
そうしてラフィーアがグランの求めるモノを提示する中でも、それを欲していた筈の彼の表情に変化はない。
「…………」
その静かな横顔と自分を見据え続ける瞳から、ラフィーアはグランの中では既に結論が出ており、これは自分の知識や想像力を試されているのだろうかと勘繰り始めるものの――。
「――まだあるのか?」
「…………私の所為です」
しかし、自分を見据え続ける瞳と重ねられる問いに気圧されたラフィーアは、あの場に居た人間の大半が理解していた事――彼女自身が忌み嫌っている現実の一旦を言葉に乗せてしまう。
「どういう事だ?」
「…………」
そして、自分の中に無い理論を聞いたグランは僅かな驚き共にその続きを求め、避けておきたい事に興味を示されてしまったラフィーアはその忌避感から沈黙してしまう。
「――――」
「…………」
そうして語るべき者が沈黙した事で廊下に静寂が訪れるも、その沈黙は協力者への確かな信頼と個人的な嫌気という明確な違いがあり、協力者という立場ゆえに苦しい状況にあるラフィーアは見上げる形で重なっていた視線を下げ、自分を守るように俯いていく。
「…………竜士様は、私の髪を見て……どう思いますか?」
そんな沈黙が積み重なってから暫くして、必ず応えてくれるというグランの信頼に耐え兼ねたラフィーアは、彼の求める答えではなく新たな問いを重ねる事で応える。
「綺麗な色だと思うぞ」
それはグランからすれば脈略のない質問であったが、協力者の言葉には意味があると信じる彼は自分が発する『この答え』が拙いと判っていながらも明確な断言で応える。
グランがそれを危惧したその理由は、今回の決裂に至るよりも前の出来事。
まだフライアがセントルアーバ基地の近傍で訓練をしていた頃、バールゴートがラフィーアの髪色を口上に乗せた辺りから彼女の気配に殺気が混じり始めた事があり、それを覚えていたグランは『ラフィーアは自分の髪が好きではない』と認識していた。
里には『ソレら』を口にしただけでも怒り狂う“姫”が居た事から、グランにも『ソレら』に触れられた時に相手が抱く感情と結果は理解できていたが、薄っすらと光を発しているようにも見える美しい銀緑を、理を曲げて不細工と言うのはあまりにも難しかった。
「……ありがとうございます。……ですが、今は魔術の観点から見た話で答えてください」
しかし、グランとしては決闘を挑まれても仕方ないと覚悟を決めて発した言葉に対し、ラフィーアは彼の知らない理論で答える。
「――髪と魔術に、関係があるのか?」
「…………え?」
その関連しているとは思えぬ2つの物を並べたラフィーアにグランは素直な問いを重ねるが、その言葉を受けた彼女はまるで『火を水に入れれば消える』といった当たり前の事を問われたような反応を示す。
「君の髪は割いた宝石のように綺麗で、扱う魔術も同じように整っていると思っているが……その2つに関係が――いや、同じように美しいものだから、関係しているのか?」
「…………いえ、あの……。……少し、論点が違うというか……髪色から、どんな魔術が得意そうなのか、と言った話なのですが……」
そんな未知の理論を前にしたグランが今持っている知識から推察を重ねるのに対し、ラフィーアもまた重ねられるグランの言葉に動揺し、最後には薄っすらと頬を赤らめてから交わっていた視線を逸らしてしまう。
「――髪色?」
そうして情報を断たれたグランは最後に得られた言葉をオウム返しのように呟くものの、そんな事で状況が改善する筈もなく――視線を逸らしたままのラフィーアを前に、困惑を深める事しか出来なかった。
『人間の世界の指標』から答えを得られない以上、グランが次に頼るのは里の頃から自分を生かし続けている“目”となる。
しかし、様々な“色”を読むこちらも最初のやり取りにおいて“冷淡”という予想通りの“感情”を示した所までは『いつも通り』であったが、今では判別不能な“色”を伝えるのみで状況の改善に役立ちそうになかった。
そうして生まれた困惑と動揺による沈黙が廊下を満たし、その重さによって2人が足を止めてから暫く経った後――。
「…………本当に、御存じ無いのですか?」
グランの“目”がラフィーアからの美しくも混沌とした“感情”を感じなくなった頃、彼女は大きな溜息によって動揺を強引に切り捨て、仕切り直すように確認に取る。
「――ああ。……すまないが、どの程度の関係性があるのかも判らない」
「……そう、ですか」
その重ね重ねの確認にグランは正直な自分の認識で答え、それを確認したラフィーアはもう一度深呼吸を挟む事で静かに息を整え、グランの“目”に映る“感情”をいつものソレへと強引に修正した彼女は考えを纏めるように目を瞑る。
「…………竜士様は卓越した竜騎士ですので……訓練等で魔導騎士と打ち合った時、赤髪の方々には膂力で押され、竜士様と同じ緑髪の方々の時には御しやすいと思った事はありませんか?」
「――――あるな」
そうして目を瞑ったまま例え話を含んだ解説を始めるラフィーアに微かな怪訝を感じたグランであったが、あの時の訓練場に居合わせていたかのような話しぶりによってその感情は驚きに変わる。
それはグランの竜だったグゥエルナーに促され、エクスリックスの主都に赴いてから暫く経った頃の出来事であり、「君個人の力を見せてほしい」とその場に居た人間に告げられ、半日ほど魔導騎士としての力を示した時の話だ。
結論から言えば、グランは竜の友として相応しく振る舞うべくその力を十全に示し、土が付くような無様を晒す事は無かった。
だが、その時に組み合った相手達の力量に大きな違いは無かったものの、髪色が赤い相手と鍔迫り合いに持ち込まれた際にはその膂力に押し負け、彼等を相手に使には気が引ける技を使わざるを得なかったのがグランの中でずっと疑問に残っていた。
「……それが、生まれ持った属性の差です。赤髪の方が有する火の魔力は膂力に転化しやすく、緑髪の方の風の魔力は俊敏性に関する魔術と相性が良い」
しかし、その経緯を知らない筈のラフィーアの言葉はグランの疑問の真芯を突いており、話を向けた相手の変化に気を良くした彼女は先程見せてしまった困惑を覆い隠すように満足そうな笑みを浮かべる。
「……この説明だけですと、竜士様が同系統の方に対して優位に立てる説明になりませんので……ちょっとした実演を混ぜますね」
そんな軽やかな微笑のまま言葉を続けるラフィーアは右手を軽く上げ、自らの魔力を凝縮する事で『人間の世界』で偶に見掛ける緑色の魔石を2つ生み出し、空いた左手を下方に回す事で腰鎧の内側から『人間の世界』に溢れている赤色の魔石を取り出す。
その3つは時に魔石銃の弾の原料となり、集積する事で竜晶を持たない機竜の動力源としても使われるエクスリックスの力の原石であり、それらを宙へと浮かび上がらせたラフィーアはまず赤と緑の魔石を対峙させる。
「……技量の面で圧倒している事から、赤髪の方は異なる特性を生かす事で切り伏せ……」
そうして、言葉と共に対峙する魔石を動かしたラフィーアは、緑色の魔石を赤色の周囲に高速周回させる事で生じた風刃で赤色を断ち切って魔素へと還す。
「……緑髪の方では劣る点がありませんので、脅威とも思わなかったのでしょう?」
残った緑色同士も同じように対峙させたラフィーアは、動きの素早い方で鈍い方を両断する事でその片割れを魔素に還す。
「なるほどな……引っ掛かっていた事を言葉にすると、確かにその通りだ」
ラフィーアの行ったそれはかつてのグランの行動を魔石で模倣した演技であり、まるでその場で見ていたかのような再現と共に未知の理論を学んだグランはその新しい理を素直に受け入れる。
「……私の髪色の話に戻りますが……竜士様は、私の髪を見てどう思いますか?」
そうしてグランが知らなかった理の説明を終えたラフィーアは、改めて同じ質問を重ねてくる。
「――――」
グランはラフィーアが風の魔術をよく使っているのを知っているが、そこから答えを導く事が質問の意図に合わないという事は『人間の世界』に疎い彼でも判る。
「――光を滲ませているようにも見えるが、人間が扱う魔術は火・風・水・土の4つしかないと聞いている。――君の髪は、その4つには当て嵌まらないと思うが……それしか判らない」
「……半分は正解しています。……私の属性は光と風――割合で言うと、光が9の風が1という異端ですよ」
結果、回答の匙を投げたグランは経緯を言葉とする事で答えの代わりとし、それを受けたラフィーアは先程までの楽しげな笑みが幻であったかのような冷めた表情で自分の事を口にする。
「……魔術の原則がこのような四大属性に縛られている実情にあって、珍しい魔力を持った人間を囲う機会を作りたかったというのが狙いなのでしょう」
そうして、長かった脱線の末にバールゴートが介入した最後の候補を口にした魔術師の少女は、まるで他人の事のように自分が狙われている理由を言い表す。
「――――」
“祭”に際して優秀な“姫”求めるのは里において間違った事ではなく、自らが優秀である事を証明する『証』を語っているラフィーアが虚しそうな“色”を発しているのがグランには判らなかった。
同時に、闘争よりも研鑽を好むグランは、ラフィーアが語った予想の過程で聞く事の出来た新しい理論に思考の重きを据えたいと思っていたのだが――。
「――やはり、バールゴートは“奴”と同じように『意図して味方を撃った』ということか」
その好ましい題目を前にしても見逃す事のできない事実。
協力者に『確認を取る前』から判っていた結論を断定としたグランの目がスッと細くなり、明確な形を成す。
「……っ」
そして、そんな判り切った事を今更になって口にした協力者の事を見上げてしまったラフィーアはその視線の一端を垣間見てしまい、殺意を凝縮して創った“魔眼”のようなその魔力に息を詰まらせる。
『竜はシキタリに反したモノを容赦なく排除するが、共に高みを目指す同胞の可能性を閉じる事をしない』
ラフィーアが見上げる茶色の視線には先程までの静けさはなく、彼女が知りもしない理論を周囲に発し、それを押し付け、それで世界を上書きしているかのような圧迫感は、彼女自身が使える“魔眼”による暗示が子供騙しに思えるような影響力を発していた。
「…………竜士様。……今の『アレ』は私の獲物ですよ?」
その未知の魔力に驚き怯んでしまったラフィーアであったが、しかし、その感情を魔術師としての意地で引き剥がした彼女は退がった自らの足を前へと踏み戻し、協力者としてグラン(あいて)を守るべく、その殺意を向けられている者への対応を譲らない事を表明する。
動揺や恐れが残るラフィーアが発したその言葉は、バールゴートの行為を断定したグランが決闘の手順を無視してしまいそうな危うさを押し止めるべく発せられたものであったが――。
「――――そうだな。……時間を使ってしまった。行こう」
しかし、そんなラフィーアの決意を他所に、既に『別の目的』を思案していたグランは彼女の意思表明に反応の鈍い言葉で応え、歩みを再開してしまう。
「…………」
そんな協力者の言動の急変に驚いたラフィーアは腑に落ちないといった感情を残すものの、しかし、彼女は静かにその右後ろに付いた。
「…………」
先を行く協力者の右後ろに付き、その背を追うラフィーアは自分が見上げる視線の先に先程の魔力がない事に安堵しながら、未だに粟立っている自分の感情を落ち着かせるべくつい先程まで続いていたやり取りを思い返す。
恐らくではあるが――自分の協力者はバールゴートが介入した時点で彼の為出かした事の意味を知っていたし、理解もしていた。
それがラフィーアの見解であり、自分の協力者は1人の判断で動く事を良しとせず、相手の行為が必ず動かなければならない禁忌であろうとも、独断先行した自分を前にしても、彼は己の考えが間違いである可能性を潰す事に専念し――。
全ての要因が出揃って『行為』が断定した事で、漸く殺意を表したのだ。
「…………変わった人」
その慎重に過ぎる言動と決定を定めた時の苛烈さに、ラフィーアは自分の事を棚に上げた呟きを洩らす。
ラフィーアは多少の失敗は後で清算する事として動いてしまう性格であり、即断即決してしまう自分は落ち着きがない方なのだろうかと自問するが――自分の協力者は状況が整っていれば他が動くよりも早く決闘を済ませてしまっただろうという確信もある。
「……それに――」
そうして、この騒動の原因となったモノ――自分を『普通』にしてくれなかった自らの髪に、ラフィーアは思案を移す。
ラフィーアにとっての髪は疎ましい存在であったが、あの捻くれた師ですら褒め称えてくれる髪に確かな誇りも抱いていた。
しかし、その生まれ付いた呪縛を乗り越え、それ以上の自分によって評価を上書きしようとするとその壁は厚く、師にすらも『これ以上の栄達は才能ではなく発想と運の領分』という無慈悲な評価を下されていた。
それを認めまいと研鑽を続けたラフィーアであったが、その非常な現実に屈しつつあった今になって、エクスリックスの歴史による色眼鏡を知らない協力者は疎ましくも誇らしいこの銀髪と同じぐらいに自分の技術が美しいと表してくれた。
「…………本当に、変わった人」
思案を巡らせるラフィーアの指は知らず知らずの内に髪をいじり、久しく感じていなかった感情の揺らぎを反芻する彼女は、協力者が認めた自分を変えぬようにと心に決めながら、置いて行かれそうになる大きな背中を追った。
お読み頂き、ありがとうございます。
ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。
2019/08/05 Ver1.0:実装
2019/09/14 Ver1.1:誤字脱字調整を実施
2019/11/16 Ver1.2:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施
2020/09/18 『幕間』実装に伴う配置変更を実施。
2020/11/10 Ver1.3:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施
2021/03/09 Ver1.4:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施




