01-9 潜砂艦
01-09 潜砂艦
Ver1.3
ザックバール砂漠。
ジャルダイム大陸の東に広がるこの大砂地は国家間の交流すら妨げる天然の要害であり、往来する生物の少ないこの地にあっては物が動く事すら珍しい。
その中にある静寂――日の光を浴びて宝石のような光を発する砂塵、その熱に抗って生を謳歌する微かな緑、そして圧倒的な空の青だけが占める世界は今日も変わりなくそこに在った。
しかし、生物が立ち止まって眺める事の叶わぬ景色を作る灼熱の地上に対し、そこからは窺い知れない地下――砂と岩盤との間にある狭い領域に、その船がいた
フライア級1番艦、フライア。
エクスリックス王国が潜砂艦と称するそれは魔術的な効果によって船体を砂へと擬態する事で砂中を進む魔導技術の粋であり、今の世界とは出自の異なるソレは航行を続ける事でその動かし方を自らの乗組員に叩き込んでいた。
そんな未知の技術体系にエクスリックスの工兵達が苦労している事など露知らず、微かな振動と共に進む船の狭い艦内通路を緑髪の青年とその副官と思しき小柄な少女が歩みを進めていた。
2人の出で立ちはエクスリックスの兵科の1つである魔導騎士と、軍が扱う全ての術具の保全を担う魔術師と思しき物であり――少女の方はその着こなしが少々特異であったが――彼等が担う職務もそれに相違なかった。
そんな彼等は艦橋作戦室での会議を終えた部隊長の1組であり、艦載機竜隊を率いる彼――元竜騎士であるグラン・サウスココル特務大尉は右後ろを進む少女に視線を向ける。
「そういえば、基地を出る前に合流した新人連中の調子はどうだ?」
「…………最低限、部隊運用が可能な段階――と、言った所でしょうか」
グランがふと浮かべた思い付き――『部隊長は部下の動向に気を払うべし』という教え――に従った彼の問いに、その右側に控える小柄な少女は甲斐甲斐しく応える。
少女は薄っすらと緑がかった銀髪を大小3つの布飾り(リボン)で纏めた魔術師であり、丸みを帯びた目尻は穏やかな印象を与え、小柄だが布鎧越しにも判る減り(メリ)張り(ハリ)と薄らと光を弾く美麗な髪色は軍属とは思えぬ雰囲気を醸していた。
「……編入試験の仕上げに竜士様がノして頂けると、更に従順になって使い易くなるのですが?」
しかし、その嫋な唇から紡がれる言葉は中々に辛辣であり、その言動に慣れていなければ目の前で紡がれた言葉すら少女が発したモノとは思えず、自らの耳を疑う事だろう。
「――アレ、結構命がけなんだが?」
「……冗談ですよ」
その鈴のように可憐な声音と釣り合わぬ物騒な物言いを横目で捉えたグランは茶色の瞳に静かな抗議を乗せるが、そんな視線に晒された少女は全てを帳消しにするような微笑で応える。
彼女の名は、ラフィーア・フィルトメル少尉。
グランが竜であるグゥエルナーと共に空から追い落とされていたのを助け、彼に復讐の機会を示し、フライアの艦載機竜隊へと誘った彼の協力者である。
「……竜士様に居なくなられて困るのは私も同じです。……必要なら無理をして頂きますが、今度からは私も一緒にお付き合いしますよ」
冗談に慣れていないのか気を悪くしたように見えるグランに対し、ラフィーアはそんな弁明を続ける。
その横顔には彼等が初めて会った時のような鋭さはなく、『あの夜』から2か月も経っていない間柄とは思えぬ信頼が見て取れるようだった。
「――そうか。……しかし、君の言う竜士とはなんだ?」
「……出来れば『竜騎士様』とお呼びしたいのですが、今の竜士様には盟友がいらっしゃいません」
『あの夜』に2人が協力者となった折、彼等は対等な関係として契約を交わしていたのだが、そんな2人が属する軍隊は階級が全ての縦社会であり、協力関係にある事を潜ませているラフィーアは今の役職通りの丁寧さで上官の問いに応える。
「……そんな中で『竜騎士様』とお呼びすると他の竜騎士の方々との軋轢が生まれるかもしれませんので、『竜士様』と。……この言葉は昔使われていた竜との交渉役の意味らしいので、我ながら最適な呼び方かと」
「――まぁ、君が言うのなら間違いはないのだろう」
そして、グランもまたこの状況を正しく理解しており、従者のような振る舞いをするラフィーアの所作に踊らされること無く、調和に反しなければ『人間の世界の指標』と位置付けた彼女の意見を重視し、尊重していた。
「話を変えるが――この後の予定は?」
そうして部隊長が成すべき事だという『思い付き』を成したグランは、これから自分が成さねばならない事が無いかを問い掛ける。
先程の会議ではフライアの現状と予定航路の説明が成されており、グランが預かっている艦載機竜隊の目的である展開訓練が出航前の計画通りに行われるとの通達が成された。
だが、それらは全て明日行われる話であり――要約すれば、今日の2人には予定が無い。
よって、『人間の世界』は元より竜騎士としての振る舞い以外の軍務にも疎いグランは、機竜の元に向かって『整備』というものに立ち会うのか、はたまた『休養』と呼ばれるものに充てるのかの指示を仰ぎたかったのだが――。
「……私は今回の訓練の後に出す書類の準備をしてしまおうかと」
「――凄いな」
その表面上では真面だが本質的には情けない実情で織られたグランの問いに、ラフィーアは彼が思いつきもしなかった言葉で応え、それを成そうというラフィーアに青年は素直な称賛を洩らす。
ラフィーアの言う『書類』というものはグランの記憶にある『手紙』の山の事であり、『人間の世界』に氾濫している文字の読み書きが出来てもソレに慣れていない彼にとって、『書類』に関わるという事は誰の力も借りずに竜に挑む程の難題に等しい事だった。
「……竜士様の担当は指揮官になるのですよ? 今は私が代行しますが、いずれは1人で熟せるように備えて――」
「……ん? そこに居るのは元竜騎士の魔導騎士ではないか?」
そうして型に嵌めるようにグランの負い目を突いたラフィーアの示唆は、しかし苦い“色”を伴った誰かの声によって遮られる。
「――」
「…………」
向けられた言葉に2人が視線を正せば、フライアの艦内昇降装置へと至る通路の先から4人の男女が歩みを進めているのが見て取れた。
その内の1人――前後に並ぶ彼等の中心に居る大男は先程の会議でも同席したフライア竜騎隊の隊長であり、取巻きはグラン達に言葉を向けた男を前に置き、その男の言葉に驚いている男女1組が最後尾で纏まっていた。
「バールゴード准尉、言動を慎め。グラン特務大尉は2騎の竜騎の撃墜記録をお持ちの方だぞ?」
「ですが、それは過去の事でしょう? 盟友を殺され、その亡骸使って地べたを走り回っている者の記録なぞ、自分がすぐに塗り替えて差し上げますよ」
竜騎隊の隊長――レイル・エクトーラ大尉がバールゴードと呼ばれた細身の目線が鋭い男を嗜めるが、年若い竜騎士は態度を改めない。
「…………准尉、貴方は自分が今何をしているのか――理解していますか?」
そんな竜騎士達の言葉が途切れた時、彼等の事を窺っていたラフィーアは科が違えども同じ艦載部隊の仲間に向け、彼女が持ちうる最大限の警告を発する。
「―――」
ラフィーアと関わり始めてからそう日の経っていないグランでも把握出来た事だが、彼女は聡明で博識だが感情の沸点はだいぶ低い。
それは『人間の世界』に疎いグランをしても『これは弱点ではなかろうか』と危惧する問題であったが、
彼としては竜の里に居る“姫”達の事を考慮に入れれば『これも彼女の性格なのだ』と捉え、納得出来ていた。
そう――他の“姫”よりも翼が短い事を口にしただけで炎を吹いて暴れるのも居れば、グランの不手際を前にしても舐めて許してくれる“姫”も居た。
そういった極端な反応を示す存在と比べれば『理論を違えた者に怒る程度は可愛いものだ』と。
だが、例えグランが納得していてもそれが『人間の世界』での『常識』なのかを図る術を彼は持っておらず、その匙加減を見極めんとしている青年は沈黙を続けながら協力者であるラフィーアの本心を探るように彼女の“気配”を読み続ける。
「銀髪の娘――そんな場所に居るのは不憫であるな? ――こちらの秘書官にでもなれば、その髪諸共に私の家で有効活用して差し上げるが」
そうして、人間の応酬に付いて行けないまでも自分達の目的に余計な問題が起こらぬようにと警戒を続けるグランを他所に、ラフィーアは自分の髪色が言葉に乗せられた瞬間に状況を急変させる。
「乗船する時に見かけた時から気にはなっていたのだよ。――君も平民のままで終わるよりも貴族に関わり、安定した暮らしがしたいだろう?」
「…………」
バールゴードから強引な勧誘と取れる言葉を受けているラフィーアの変化は、目を細めて眉間に微かな皺が刻んだ程度のもの。
しかし、グランの“目”に映る“色”――静かに佇むラフィーアが発する“気配”は既に殺気を帯び始めており、バールゴードから続く言葉によって滲み出ている“色”は際限なく鋭くなっていく。
「――もう良いだろう。……君の事は判らないが、グゥエルナーが殺られた事は本当だ。事実を否定するのに、決闘なんてするもんじゃない」
その“色”が以前に自分が見る羽目になったモノの比ではない事に驚いたグランは、温度差の酷い視線を交わしている2人の間に言葉を差し込む。
グランの行動はあと一瞬でも時間を置けば“以前のような決裂”に至ると察した上での判断であり、『人間の考えはよく判らない』と思いながらも自分より前に出ていたラフィーアの横に並び、今にも腰鎧の内側から魔術契約書を出しそうな副官の動きを阻害する。
「此方の副官はなにかと多忙なので、此方の事で手を煩わせたくない――ああ、だがその前に1つだけ」
そして、この自分の行動がラフィーアに対して失礼な行為だと判っていながらも、グランは自分よりも前に出ていたラフィーアの後襟を引っ張る事で彼女を自分よりも後ろの位置に引き戻し――。
「貴官の言葉に、どんな意図があるのかは知らないが――もしもグゥエルナーを愚弄するような事があれば、その首を撥ねさせて貰うぞ」
グランはただ定型的に自らに課されているシキタリとその手段をバールゴードに通知し、彼が話し掛けてきた理由を待つ。
「…………」「――っ」「む――」
グランの言葉は『決闘』という手段がある『人間の世界』にあって、自分からソレをしない為の条件説明だったのだが、そんな彼の言葉によって竜騎士達やラフィーアすらも凍り付いたように言葉を詰まらせる。
「――? ……此方からは以上だ。――話し掛けたのなら、何か用事があったのだろう? 早めに頼みたい」
そんな周囲の変化を不思議に思いながらも、グランがグゥエルナーから聞いた人間の会話の作法を続けると――何故かラフィーアとバールゴードの横に移動していたレイルが堪えきれずといった感じに笑みを吹きだす。
「――どうかしたのか?」
「……いえ、すみません――なんでも、ありません」
「はは――大尉、すまなかった。バールゴード准尉は強者に突っ掛かる悪癖があってな」
そうして続くのは、先程までの剣呑さはどこへ行ったのか口元に手を当てて笑いを押し込めるラフィーアと、静かに表情を緩めたレイルのはぐらかしであり、大尉の方はバールゴードを抑えるようにその肩を掴み上げながら軽い会釈を加える。
「バールゴード准尉も特に用事があった訳ではないのだろう。――時間を取らせて悪かったな」
「いえ――ですが大尉殿。自分は大尉ではなく、特務大尉です」
この場の雰囲気が急に穏やかになった経緯も判らないグランであったが、その中であっても1つだけ確かな間違いを彼は訂正する。
特務大尉とは中尉が大尉相当の事をしなければならない時に使われる階級であり、その扱いは生粋の大尉とは違うモノでなければならない。
「はは……そう変わるものでもないし、すぐに追いつけると思うがな。――貴官と比べれば殻を被った雛のような連中だが、敵竜騎隊への警戒ぐらいは十分に果たして見せる。……地上を任せきりになるのは心苦しいが、存分に暴れてくれ」
「――了解しました」
だが、グランの訂正すらも楽しそうに流したレイルは言葉と共にバールゴードを引っ張りながら通路の左側へと移り、後ろの2人もそれに従ったのに続いてグラン達もその反対側へと身体を逸らした事で互いに道を譲り合う。
「――――」
そうして艦載竜騎隊の面々と別れ、その後ろ姿を見送ったグランは昇降装置の前まで歩みを進めてからラフィーアにも判らぬ程度の静かさで息を洩らす。
日が経てば慣れるのかもしれないが――『人間の世界』のやりとりは難しい、と。
艦底部を除いた全ての階層を縦に縦断する昇降装置を使用して下層へと降りたグランとラフィーアは艦載機竜隊の隊長として与えられた彼の自室の前で足を止める。
周囲を形作る壁や扉は石材や木材とは明らかに違う素材で組み上げられており、グランの持つ知識で近しい物を例えに出すなら“霊廟”のソレ――継ぎ目の無い金属の硬さと蟲甲のような滑らかさを併せ持つ構造体が2人の視界を占めていた。
その素材が織り成す様式はグランにとっては馴染みのあるモノだが『人間の世界』では見た事もないソレに戸惑う人員も多いらしく、先程使った昇降装置や彼の目の前にある“触るだけで開く引き戸”等の可動装置に至っては意味もなく使用する者すら居るらしい。
「――――」
そして、宛がわれた自室を前にして嫌な予感に晒されているグランは、ラフィーアとしてはこの様式をどう思っているのかと無駄話を振ろうとするも――。
「…………」
無情にも“触るだけで開く引き戸”が当のラフィーアの操作によって開かれる。
そうして開かれた先にあるのもまた“霊廟”のそれと似た『人間の世界』では見掛けない素材で組まれた机と椅子、壁面に隠れた簡易ベッドのある個室だった。
その個室はセントルアーバ基地でグランに与えられた自室と比べると広さは四分の一も無いが、フライアの艦内にあっては上等な部類らしい。
そして、その個室の机には――グランが見るだけで気が滅入ってくる『書類』の束が鎮座していた。
「――――よくは知らないが……新設の部隊は凄いのだな」
「……軍隊の日常は訓練と事務処理ですよ?」
竜騎隊を率いていた頃とは比べ物にならない『書類』の山にグランが視線を向けていると、背後に立つラフィーアが過酷な現実を突き付けてくる。
「――そんな話、聞いてないぞ」
グランの経験にある『書類』とは、最初の引継ぎこそ多かったが通常業務に入れば日誌と戦果や調査の報告しか無く、こんな山になるような『書類』を彼は見た事も無かった。
「……竜騎士の方々は消耗品が少ないからでしょうか」
「むぅ――」
そうして告げられる逃げ場のない現実に呻くグランを他所に、ラフィーアは「……とりあえず、終わった書類を了承していいかどうかを確認しながら慣れてください」と業務に取り掛かる。
静かにグランの脇を抜けたラフィーアが部屋の奥にある机と椅子とが組み合わさった場所に収まり、椅子の無くなったグランは開くと出口を塞いでしまう簡易ベッドを開き、その端に腰掛ける。
そうして特に意気込む事なく筆を取ったラフィーアに遅れる事、数分。
「――――――やるか」
長い溜息をおいてから、逃げ場が無い事を完全に認めたグランは机の端に置かれ始めた『書類』の確認を開始する。
「――――」
置かれている『書類』の10枚に1枚はグランも昔に処理した事のあるものを記したものだったが、それ以外の全ては全く馴染みのないものだった。
その見慣れない『書類』は魔石砲やリュウダン砲で使用する物資、機体を動かすだけでも消耗する術鋼や魔導鋼線等の物資に関わる物が大半を占めていたが、関わる人員が多いのか要望書の類も多く、保全作業に使う消耗品の類も含まれているようだった。
「――――――――」
取っ掛かりこそ慣れない文字の山に尻込みしていたグランであったが、彼は“霊廟”という教材しかない環境の中で幾つかの言語とその読み書きを習得した経歴の持ち主であり、覚悟を決めて取り組んでしまえばのめり込むのは早かった。
加えて、グランが無意識に区切っている認識――艦内は比較的安全であり、協力者も傍に居るという状況がその集中を加速させ、彼を幾度となく窮地から救った“目”が危機を察しなければ抜け出せない程に、青年は書類へと集中する。
「…………まさか、これほど使える人だとは――思いませんでしたね」
そして、その集中により――グランは捻くれた協力者からの称賛を、あっさりと聞き逃した。
黙々と書類に目を通し、すらすらと羽ペンを走らせる事で書類の山を削っている銀髪の少女は、垂れ下がった自身の前髪の先にいる上官の事を静かに一瞥する。
「…………」
ラフィーアがグランと協力関係を結んだ後、彼女が最初に驚いたのはグランの理解力の早さと学識の広さだった。
王制を敷き、貴族が支配階級に納まっているエクスリックスでは満足な読み書きが出来る者は限られており、その状況は出自を考慮しない竜騎士にも当て嵌まっている。
加えて、エクスリックスにおいて最も低い習字率を叩き出している南部の一部の苗字をグランが背負っている事も考慮するれば、ラフィーアは彼と契約する前の段階から精神と身体の両面で相当な苦労を強いられると見越していた。
しかし、いざ蓋を開けてみれば朴訥である事からして武力に偏っていそうなグランはその見た目に反して高い教養を身に着けており、ラフィーアの危惧は杞憂に終わっていた。
「……そういえば、竜士様は何処で文字を習われたのですか? ……南方には平民にも開かれている学び舎は無かった筈ですが」
そうして処理が必要な書類の確認を終えたラフィーアは、浮かんでいた疑問を解消するべく今度はきちんと聞こえるように言葉を向ける。
「――グゥエルナーや文字に興味を持っていた竜達から基礎を学び、あとは“霊廟”からだが……仕事はもういいのか?」
「……確認だけの書類なら、雑談しながらでも出来ます。……ですが――竜から、ですか」
グランがよく口にする“霊廟”というモノが何なのかをラフィーアは詳しく把握できていなかったが、彼女はそれを図書館に似た物と仮定し、推し量れる物としたそれを思考の端に移した少女は、その心根の中で最も難解なモノと化している竜を思考の中心に置く。
竜――エクスリックスの象徴であり、その守護者として王国民から信仰すら集めている生き神の類。
圧倒的な戦闘力と不老とも言える寿命、その重ねた歳月による膨大な知識量は人の尺度で測れる物ではなく『俗世に確かに存在する生物でありながら神に類するモノとして信仰の対象に成ったのも頷ける』と軍に関わる前のラフィーアは考えていた。
しかし、軍に深入りし竜騎と接する機会が増えてしまえば自ずとその片割れである竜との接点も増え、今のラフィーアは生き神とすら称される彼等は実はとても単純で――実の所、力と寿命に長じただけの生物なのではと考えてしまっていた。
その考えは竜信仰の信者からすれば不道徳な理論であり――生家の都合から国教であるソレに常識を置いていたラフィーアとしてはそれが間違いであって欲しいと願って思案を重ねているが、その熟思熟考は今の所実を結んでいない。
「…………正直な所感を言いますと、竜の事が解らなくなっています」
「――君にも、判らない事があるんだな」
そんな流れと竜の里を知るグランであれば答えられるかもしれないという気の緩みにより、鬱積した疑問を洩らしてしまったラフィーアに対し、そんな彼女の悩みの種に向けたグランの言葉は多分に的外れなものだった。
「……私は定命薄命な人間の小娘ですよ? ……何でもかんでも知っている訳ではありません」
その過大な評価と秘めていた悩みを洩らしてしまった気恥ずかしさを前にしたラフィーアはさも心外だと頬を薄らと赤め、恨めしさを込めた視線をグランに向ける。
「そうか。――だが、良かった」
「……? ……良かった、とは?」
「竜の事なら俺でも何かを教えられるかも知れないからな。――試しに、なにか答えようか?」
しかし、ラフィーアの緑色の瞳に収まっているグランの言葉はまたしても彼女の常識から外れたもので、困惑する彼女を他所にグランはそんな提案を続ける。
「…………」
その恩を返せる機会を喜ぶ子供のようなグランの反応と、竜の里から生きて帰った稀有な存在から話を聞ける機会を前にしたラフィーアはいつの間にか置いていた書類を纏め、何を聞き出そうかと黙考する。
「……先程の竜騎士――バールゴード准尉と言いましたか……あのような方に、竜が従う理由を考えられないのですが」
訪ねたい事は山のようにあれど、グランと出会う前から積りに積もった竜に纏わる疑問を一度に聞く事など出来る筈もない。
しかし、協力関係を築けたのであれば機会はまだあると割り切ったラフィーアはつい先程遭遇した不愉快な貴族の事を題目に挙げる。
「――中々に厳しい事を言うのだな」
「…………戦場で中途半端な事をすれば、死に繋がります」
「いや、褒めている――そうか。グゥエルナーからは『口に出す言葉は常に考えろ』と言われていたが、戦場に在っては違っても良いのか」
「…………」
グランの誤解した納得を前にしたラフィーアは、エクスリックスの常識で考えればグランの盟友の方が8割ほどは正しいと思い、その判断を正そうと口を開こうとしたものの――。
「………………」
しかし、それでも自分の考え方は間違っていないと信じているラフィーアはグランの誤解を解くに解けず、ただ黙してグランの言葉を待つ。
「――――昔、グゥエルナーに聞いた事のある話だと……たしか、前の乗り手だった親が偉大だったからソレに賭けてみたらしい」
「…………竜士様は竜の言葉も判るのですか?」
その静かな視線の中、随分と昔の記憶を手繰り寄せている様に見えるグランがうろ覚えな思い出を言葉にすると、その言葉があまりにも意外だったラフィーアは外見相応の可愛らしさが滲んだ驚きの表情を見せる。
「――いや、言葉での意思疎通は難しい。断片的な感情を聴き、それを纏めてから予測した言葉だ」
そんなラフィーアの反応を前にしたグランが『女性はよく表情を変える』という観察結果を『彼女らの特徴』と断定しながら自身の経験から来る前提を言葉とし――。
「…………」
そんなグランの内情を知る由もないラフィーアは、ただ静かに『答えを知っているかもしれない人間』からの言葉を待つ。
「確か――『昔』『優れる』『乗り手』『子供』『可能性』『乗せている』『奴』『不憫』『奴』『性格』『付き合えない』だったか……? グゥエルナーに他の竜騎士の事を聴いた時に受けた言葉だが、准尉の事だったのだな」
そうして引き寄せた思い出から長年引っ掛かっていた疑問に納得を得たらしいグランは、そのトカゲのような表情に幾ばくかの色を浮かべるものの――対するラフィーアの表情は未だに曇っていた。
「……確かに、そのような感情であれば『子供に希望を賭ける』という言葉の予測が立ちそうですが……そんな理由で、竜は人と縁を交わすのですか?」
「竜が騎士を取るのは乗り手にした人間が死ぬまでの人生を見て楽しみ、それに介在して得られる経験を得る為にやっている事だ」
表情を曇らせたままのラフィーアから続けられた問いに対し、グランは竜騎士の中にある常識で応える。
「……自分の命も掛かっているのに、ですか?」
「ああ。――その辺りだけは死に難い竜だからこその思考なのかもしれないが、『巻き添え』『自分』『責』と聞いたから……『その時は自分に力が無いだけだ』と言いたかったんだろう」
その限られた常識――空の中に行ける者のみが交わした事のある言葉を受けたラフィーアが自分の常識を言葉にすると、グランは竜の里に居たからこそ言える竜の意思を代弁する。
「…………」
その言葉を前にしたラフィーアは竜にも聡いモノもいればそうでないモノもいるという当たり前の事に気付き、信仰に足るモノも確かに居るのだろうと自分の中で引っ掛かっていた信仰にある程度の折り合いを付ける。
「……空を飛べる筐体は、必ず用意します」
同時に、ふと狭い船室の中で視線を遠くに伸ばした協力者の想う所――過去に想いを馳せた事で亡くなった盟友へと心を寄せている協力者を現実に留めるべく、ラフィーアは声を張る。
『死者の背を追う者もまた、死者に成り果てる』
それはエクスリックスに伝わる諺であり、自分が思わず発していた言葉と『他人を気遣う』という当たり前の事を成した久しぶりの感覚にラフィーア自身も驚きながら、彼女は思い出に沈みつつある協力者の事を真っ直ぐに見据える。
「――今でも信じられないが、それ以外に手が無いからな」
ラフィーアが示した言葉には応えたものの協力者の目はまだ現実を見ておらず、同時に言葉を発したラフィーア自身もまた長らく“普通”とは程遠い関係しか築けない場所で育った事による久々の感情に戸惑い、次の言葉が浮かばなかった。
だが、2人が交わした契約とは異なる“特典”であったが、自分を“普通”の場所に引き戻してくれる上に優秀な協力者を諺などで失いたくないラフィーアは、思い出から協力者を遠ざける術を考え続ける。
「……失望はさせませんので、筐体が届くまでは機竜に乗るのに慣れる事に全力を尽くしてください」
しかし、夢を見ずに現実しか信じていないラフィーアが言えたのは、ただの予定を淡々と告げる事だけだった
「――少し、違うな」
「…………?」
それはラフィーア自身ですら『それはないだろう』と落ち込むような言葉であったが、それによってグランの目が現実の事を見据え、彼との会話の際によく含まれる主語の無い言葉に彼女は驚き、続く静けさに幾分かの恐怖を覚えながらも少女はその先を待つ。
「君がどんな目的を持って機竜に成るのかは知らないが、竜の娯楽と竜騎士の目的とを併せて勝利に向かうのが竜騎の在り方だ」
ラフィーアには知る由もなかったが、グランが続けた言葉は彼が竜騎士となった時に言い聞かされた、彼の師父の言葉であり――。
「他人に乗られる事が君の願いであるなら、俺もグゥエルナーから教えられた竜騎の在り方を封じ、新しい在り方を探さないといけなくなるが――君は、そんな人間ではないのだろう?」
更に続いたグランの言葉はラフィーアが磨いた彼女の技術に対する信頼であり、その挑発めいた評価に稀代の女魔術師は自然と笑顔で応える。
「…………私は意外と狂暴ですので、そう簡単に乗りこなせませんよ?」
「奇遇だな? 俺もグゥエルナーに粗暴と言われた事があるから、荒っぽく扱うかもしれん」
そうして続いた2人の言葉は、それを並べただけでは険悪にも思えるものであったが彼等は互いに満足気な笑みを浮かべ、その雰囲気を楽しんでいるように相手をみて笑い続ける。
「……私は、自分の願いを達成する為に竜士様の力をお借りします」
「――俺はグゥエルナーの誇りを守る為に、君を利用して戦場に立たせて貰う」
そして、軍務や雰囲気に流されぬように、変わらない決意を明確にするように、2人は『あの夜』に交わした契約を口にする。
「……『ドーラ』という方を探すのも、きちんとお手伝いしますよ?」
「ああ――頼む」
仕事に私情を挟むのは悪しき事であるが、その理を知らぬ彼はただ自分を形作る竜のシキタリを守る事に尽くし、それを知っている彼女は自分の良心に折り合いを付けて我を通す。
才は有るものの善人とは程遠い2人。
そんな彼等が再び戦場に立つ日は、刻々と迫っていた。
潜砂艦のイメージは、その名前の由来であるゼノギアスのユグドラシル。
子供が大きくなって溶剤とかが再使用できるようになったら、ガミラス艦ベースで自作したいものです。
追記:
お読み頂き、ありがとうございます。
ブックマークや評価は執筆を加速させる燃料となりますので、よろしければお願い致します。
2019/05/12 Ver1.0
2019/11/16 Ver1.1:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施(誤字多い)
2020/09/12 配置変更に伴い、前後を仮分割。
2020/09/18 『幕間』実装に伴う配置変更を実施(前後分割を再統合)。
2020/11/06 Ver1.2:23話作成の合間に直したバージョンに更新。
2021/03/09 Ver1.3:プロット確認・調整のついでに誤字脱字及び調整を実施




