(七)祭壇ではなく端末
◆ (十五)降託の間
階段の先には、広い部屋があった。
天井は高くない。
壁に窓はない。
外の光も届かない。
それでも、部屋は薄く照らされていた。
壁や床を走る線が、ごく弱い光を持っている。
中央には、石の台があった。
祭壇と言われれば、祭壇に見える。
だが、理人はすぐに違和感を覚えた。
祈るための台にしては低い。
捧げ物を置くにしては、表面が細かく区切られすぎている。
石の上には、複数の浅いくぼみがある。
細い線が、そのくぼみから台の縁へ伸びている。
台から床へ。
床から壁へ。
壁から天井へ。
線の交点には、小さな銀色の点が埋められていた。
魔法陣にも似ている。
だが、円を描いて終わってはいない。
入口がある。
出口がある。
分岐がある。
戻る線がある。
閉じている場所と、閉じていない場所がある。
理人は無意識に、防水ノートを開いた。
降託の間。
中央台。
線路状構造。
複数の分岐。
接続点。
壁および床へ接続。
エルネストが言った。
「ここが、神託が降りる場所です」
リナは部屋を見回した。
「ここに、女神さまが現れるの?」
「ええ」
「どこに?」
エルネストは石の台の奥へ視線を向けた。
何も置かれていない空間だった。
壁までは数歩ある。
女神像もない。
絵もない。
「神託を賜る時は、あの場所にお姿を現されます」
リナは空間を見つめた。
「今は、いないね」
「祈祷を行っていませんから」
理人は石の台と、その奥の空間を交互に見た。
女神の姿が現れる。
声が返る。
文字が浮かぶこともある。
それを神官が記録する。
エルネストは、それらを見たことがある。
それでも、この場所の仕組みは分からない。
女神が存在することと、目の前の構造を理解していることは別だった。
理人は石の台へ近づいた。
「触っても?」
若い神官が止めようと一歩出る。
エルネストが手を上げた。
「まだ触れずに」
「分かりました」
「まず、見てください」
◆ (十六)祭壇ではなく端末
理人は台の周囲を歩いた。
表面を上から見る。
側面を見る。
床へ伸びる線を見る。
台の前には、祈る者が膝をつくための場所がない。
供物を置いた跡もない。
香を焚いた焦げ跡もない。
代わりに、手を置くのにちょうどよい浅いくぼみがある。
人間の指へ合わせたような細い溝。
理人はノートへ書く。
手置き状構造。
接触入力の可能性。
魔力入力?
音声入力?
「入力って何?」
リナが尋ねる。
「何かを入れること」
「祈りを入れるの?」
「祈祷が問いなら、そうかもしれない」
理人は石の台を見る。
祈り。
願い。
問い。
要求。
神殿は、女神へ祈りを捧げる。
女神は、その問いへ古い言葉で答える。
それを別の言い方へ置き換えるなら、人間が情報を送る。
何かが受け取る。
答えを返す。
神官は返されたものを記録し、神託として扱う。
祈祷が入力。
神託が出力。
女神の姿も、応答の一部。
そう考えれば、目の前の構造は祭壇よりも理解しやすかった。
「何に見えますか」
エルネストが尋ねた。
理人は答えなかった。
女神を否定するつもりはない。
エルネストが見たものを、見間違いだと決めつける材料もない。
女神は現れる。
言葉を返す。
その前提を置いたままでも、目の前のものが祭壇にしか見えないとは限らない。
理人は、台の上にある線をもう一度追った。
一方向ではない。
返りがある。
受け取るだけの場所ではない。
送ることもできる。
何かを受け取り、何かを返す場所。
「祭壇というより」
理人は言葉を選んだ。
リナが理人を見る。
若い神官が息を詰める。
「端末に見えます」
部屋が静かになった。
エルネストは目を閉じた。
驚いた様子はない。
その言葉を待っていたようだった。
※第18話「川沿いの村を数えよ」は全八回です。
続きます。
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