(四)表の神殿と勇者碑文
◆ (八)表の神殿
数日後、馬車は王都へ近づいた。
道は石で固められている。
荷車の列が途切れない。
大きな橋の下では、荷を積んだ船が行き交っていた。
整った文字の看板が並び、店先には同じ形の札が掛けられている。
カランタでは一枚ずつ作られていたようなものが、ここでは決められた形で並んでいた。
リナは馬車の窓から身を乗り出すように外を見ている。
「人が多い」
「多いな」
「馬も多い」
「そこを見るのか」
「馬車が多いと、道が傷むでしょ」
理人は少し笑った。
建物より先に、道と動物を見る。
リナらしかった。
やがて、高い城壁が見えた。
さらに、その奥から白い塔が伸びている。
王城よりも高いわけではない。
だが、町のどこからでも見える場所に立っていた。
「あれが中央神殿です」
エルネストが言った。
理人はノートを開いた。
王城。
中央神殿。
政治と信仰の中心。
並立。
エルネストが文字を見て言う。
「よく見ていますね」
「違っていたら直します」
「大きくは違いません」
王都の門では、神官長の馬車だと分かると、ほとんど止められなかった。
理人は自分の服を意識した。
セリアが用意した旅装。
濃紺のスカーフ。
茶色の外套。
腰のポーチ。
以前の服のままなら、神官長の同行者ではなく、荷物に紛れ込んだ者に見えたかもしれない。
信用は、中身だけでは決まらない。
少なくとも入口では、見た目が先に判断される。
それは不愉快だった。
だが、無視できることでもなかった。
中央神殿は、近くで見るとさらに大きかった。
白い石の階段。
高い柱。
磨かれた床。
天井近くの窓から差し込む光。
大きな女神像。
その前には、多くの巡礼者が並んでいる。
病が治るように祈る者。
旅の安全を願う者。
水害除けの札を受け取る者。
亡くした者の名を告げる者。
家族の帰りを待つ者。
中央神殿には、人間領中の不安が集まっていた。
そして、その不安へ祈りという形を与えていた。
リナは小さく言った。
「静かだね」
「人は多いのに」
「みんな、小さい声で話してる」
足音はある。
祈りの声も聞こえる。
衣が擦れる音。
神官の案内。
それでも、全体としては静かだった。
静かであることを求められている場所。
エルネストは白い柱の間を進んだ。
「ここは、表の神殿です」
理人は、その言い方に引っかかった。
「表」
「はい」
エルネストは歩みを止めない。
「まず、勇者碑文を見ましょう」
◆ (九)浮いている名前
勇者碑文は、女神像の脇にあった。
一枚の大きな白い石板。
上部には女神の紋章。
その下に、過去の危機と、世界を救ったとされる者たちの名が刻まれている。
勇者ガレス。
勇者レンシ。
聖女ミサキ。
勇者カスマ。
勇者ハルト。
勇者トーマ。
理人は、三つ目の名で目を止めた。
ミサキ。
意味を考えなくても読める。
現地語の名としてではない。
日本語の名前として、自然に受け取れた。
「……ミサキ」
理人は小さく口にした。
リナが碑文を見上げる。
「知ってる人?」
「違う」
「でも、知ってる名前?」
「俺のいた世界にある名前に近い」
リナも発音する。
「ミサキ」
現地の音で聞けば、少し違っている。
それでも、違いきってはいない。
理人は他の名を見る。
レンシ。
カスマ。
ハルト。
トーマ。
ガレスは、この世界の古い英雄名だと言われれば受け入れられる。
だが、いくつかは音が浮いていた。
アルトレイア。
アルウェイン。
カランタ。
オルメル。
ワルト。
これまで聞いた人名や地名と比べても、碑文の名には違うまとまりがある。
理人は防水ノートを開いた。
勇者碑文名。
ガレス。
レンシ。
ミサキ。
カスマ。
ハルト。
トーマ。
名前の音が浮いている。
現地名ではない可能性。
外来者?
疑問符をつける。
リナがのぞき込む。
「外から来た人?」
「まだ分からない」
理人は答えた。
「でも、ミサキは偶然だと決めるには近すぎる」
エルネストは黙っていた。
肯定しない。
否定もしない。
その沈黙も情報だった。
※第18話「川沿いの村を数えよ」は全八回です。
続きます。
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