(二)価値にする紙と出発の朝
◆ (四)価値にする紙
理人は紙の端にある細い魔法印を見た。
雨。
川辺。
地下の湿気。
古い記録の写し。
使い道はいくらでも思いつく。
使い道が多いからこそ、高価なものを消費することになる。
それが受け取りにくかった。
「私が保管しておいても、ただの高いノートです」
セリアは言った。
「あなたが使いたいように使った方が、結果的に一番いい気がするんです」
「使えば、なくなります」
「紙は使うためのものです」
「ギルドの受付としては、ずいぶん思い切った発言ですね」
「誰に使わせるかは選びます」
セリアはノートを取り、もう一度理人の手へ載せた。
「負担には思わないでください」
「無理があります」
「では、投資だと思ってください」
「投資」
「返済は、価値のある記録でお願いします」
理人は少し笑った。
「それが一番重いかもしれません」
「あなたなら大丈夫です」
セリアは、いつもの落ち着いた顔で言った。
少しだけ間を置く。
「たぶん」
リナが吹き出した。
「最後に不安を足さないでください」
「断定すると、あなたが嫌がるでしょう」
それは正しかった。
理人はノートを開いた。
まだ何も書かれていない白い紙。
雨に濡れる場所でも使える。
神託が降りる場所でも使えるかもしれない。
祈る者は手を合わせる。
自分は、たぶんノートを開く。
「分かりました」
理人は留め具を閉じた。
「使わせてもらいます」
「使ってください」
セリアは言った。
「きれいなまま残すより、役に立ててください」
◆ (五)出発の朝
翌朝、カランタの門の前に馬車が並んだ。
中央神殿が使う馬車は、装飾こそ控えめだったが、作りは頑丈だった。
雨の多い季節を越えるため、車輪は太い。
幌にも厚い布が使われている。
荷台には、神官たちの荷と保存食が積まれていた。
理人は、セリアが用意した旅装を身につけていた。
白い長衣の上に濃い上衣。
茶色の外套。
濃紺のスカーフ。
腰には記録具を入れたポーチ。
胸元には、防水魔法のかかったノート。
リナは理人を上から下まで眺めた。
「やっぱり、いつもと違う」
「神官には見えないんだろう」
「見えない」
「冒険者にも」
「見えない」
「では、何に見える」
リナは真剣に考えた。
「本を持って、偉い人についていく人」
「だいたい合ってるな」
「職業の名前は?」
「ない」
セリアが横から言った。
「中央神殿へ同行する記録係で十分です」
「また見た目の話ですね」
「入口を通れば、中で何をするかはあなた次第です」
リナも旅支度をしていた。
動きやすい服。
小さな荷物。
道や動物の様子を書き留めるための記録板。
泥を払うための短い棒。
理人は、その荷物を見る。
「本当に行くのか」
リナは眉を寄せた。
「今さら?」
「安全とは言えないと、神官長も言っていた」
「だから行く」
答えは早かった。
「危ないから、残るとはならないのか」
「理人を一人で行かせる方が危ない」
「俺の心配か」
「理人は、見たいものがあると周りを見なくなるから」
セリアがうなずく。
「それはあります」
「二人で確認しないでください」
門の外では、エルネストが出発を待っていた。
中央から来た若い神官と、記録係の神官もいる。
分院長は見送りのために立っていた。
セリアは、理人の胸元にあるノートを指した。
「中央で何か見たら」
「書きます」
「聞いたことも」
「書きます」
「分からなかったことも」
「残します」
「決めつける前に」
「確認します」
セリアは満足したようにうなずいた。
「白倉村の対策は、こちらで追います。連絡係から報告が来たら、神殿分院にも回します」
「お願いします」
理人は頭を下げた。
カランタは、この世界で初めて長く暮らした町だった。
最初は言葉すら通じなかった。
何者かも分からないよそ者だった。
倉庫の隅で眠り、木片と煤で意思を伝えた。
その町で記録を残した。
疑われた。
役に立った。
誰かの名前を守った。
紙が神殿を動かした。
ここを故郷とは、まだ呼べない。
だが、戻る場所ではあった。
※第18話「川沿いの村を数えよ」は全八回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/irregular-reincarnation-top/




