(三)白倉村と白い石倉
◆ (五)今もある村
白倉村は、そこにあった。
隠されてはいない。
廃村でもない。
畑がある。
家々の煙突から煙が上がっている。
子どもたちが道の端で遊んでいる。
家の前では、年配の女性が野菜を干していた。
村の入口には、古びた木札が立っている。
白倉村。
名前も変わっていない。
理人は現地確認表へ書いた。
白倉村は現地に存在し、村名も変わっていない。廃村ではなく、住民も生活している。
リナが村を見回した。
「思ってたより、普通だね」
「普通だから、見落とされる」
理人は答えた。
「消えていたら、誰かが気づく。名前が変わっていたら、照合で止まる。でも、昔の記録どおりに残っていたら、そのまま通る」
村の年長者が、神官たちの姿を見つけて走ってきた。
エルネストの外套を見て、慌てて頭を下げる。
「中央の神官様が、なぜこのような小さな村へ」
セリアが、その言葉に目を向けた。
小さな村。
村人自身が、自分たちをそう扱っている。
エルネストは年長者の前に立った。
「小さいから、見なくてよいということはありません」
声は穏やかだった。
だが、分院の若い神官は目を伏せた。
年長者は困ったように笑う。
「見ていただくようなものは、何もありません」
理人は、その言葉を聞いた。
何もない。
本当に何もないのか。
それとも、何かがあっても、報告するほどではないと考えているのか。
「最後に分院の神官が来たのは、いつですか」
理人が尋ねると、年長者は首を傾げた。
「いつでしたか。二年……いや、三年ほど前かもしれません」
分院長が巡回記録の写しを見る。
予定には毎年入っている。
だが、実施したかどうかを示す記録は揃っていない。
「町へ知らせを持っていく人は?」
「前は荷車に頼んでおりました。最近は、こちらへ来る荷車も減りまして」
「急ぎの時は?」
「歩ける者が行きます」
理人は表へ書いた。
連絡手段は定期化されておらず、町への連絡は荷運びの往来に依存していた。急ぎの場合は、村人が徒歩でカランタへ向かうしかない。
白倉村は今もある。
だが、現在の話の中には入りにくくなっていた。
呼ばれし村。
呼ばれぬまま残る。
過去の村ではない。
今も存在する村だった。
◆ (六)白い石倉
白倉村の川沿いには、古い石倉があった。
白い石を積み上げて造られている。
雨風を受けて一部は黒ずんでいたが、遠目には確かに白く見える。
村の年長者が倉を見上げた。
「昔は、ここが荷の中継場所でした。麦や薬草を入れて、川沿いの荷車へ積んでいたのです」
「今も使っていますか」
「量は減りましたが」
理人は倉と川の距離を見た。
近い。
荷を積み下ろすには便利だったのだろう。
だが、水が増えた時には近すぎる。
倉の床も、それほど高くない。
壁の下部には、色の違う帯が残っていた。
理人はしゃがんだ。
「これは水の跡ですか」
年長者は少し困った顔をした。
「大水ではありません。雨の後に、少し水が入ったことはあります」
「いつですか」
「去年だったか、その前だったか」
「何回くらい」
「そこまでは数えておりません」
理人は確認表へ書いた。
白い石倉を現地で確認。
倉は川に近く、床も低い。壁の下部には過去の水跡が残っていたが、水が入った時期と回数は記録されていなかった。
倉の中へ入る。
麦袋。
薬草の包み。
乾燥させた木の皮。
水に弱いものが、床へ直接置かれている。
リナが奥を指した。
「薬草、低いところにある」
セリアが包みを確認する。
「濡れたら使えなくなります」
年長者が慌てて言う。
「今までは、ひどい水は来ておりません」
「今まで大丈夫だった可能性はあります」
理人は答えた。
「でも、水が来た回数も高さも記録していないなら、どの程度まで大丈夫だったのかは分かりません」
「今年だけ、急に危ないと?」
「まだ分かりません」
理人は川を見た。
「だから、周りも見ます」
エルネストは、倉の白い壁へ目を向けた。
神託文の写しを開くことはしなかった。
まだ、その時ではないと考えているようだった。
※第17話「川沿いの村を数えよ」は全八回です。
続きます。
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