(一)山科理人という報告者
◆ (一)分院長の机
翌朝、カランタ神殿分院の執務室に、薄い紙束が置かれていた。
冒険者ギルドから届けられたものだった。
神託文中の未来・距離表現に関する仮対応表。
川沿い村落の交流・祈祷対象確認表。
川沿い村落の対象漏れに関する確認提案報告書。
作成者、山科理人。
提出者、セリア。
照合協力、リナ。
分院長は、表題を見ただけで眉をひそめた。
神託文に、神殿の外の者が触れている。
それだけなら、慎重に扱うべき紙だった。
古い神託の言葉は、読み方一つで人を動かす。
災いが来ると騒がせることもできる。
逆に、危険はないと思わせることもできる。
信仰を利用しようとする者がいないわけでもない。
分院長は、最初の紙をめくった。
神託文の語。
神殿側の訳。
現地で受ける感覚。
報告者の仮説。
時間的な遠さ。
空間的な遠さ。
情報の未到達。
分類保留。
次に確認すべき記録。
細かな欄が並んでいる。
神託は誤りである。
神殿の訳は間違っている。
白倉村に災いが起きる。
そのような断定は、どこにもなかった。
書かれているのは、確認すべき対象の提案だった。
遠き水。
後なる濁り。
呼ばれし村。
それらを未来の予言として待つだけではなく、まだ届いていない異常や、現在の注意から外れた場所として確認できないか。
報告書は、そう問いかけている。
分院長は、次の紙を見た。
東川村。
南瀬村。
水原小村。
白倉村。
台帳への掲載。
水祓いの対象。
直近の巡回。
荷運び。
祭礼参加。
冒険者ギルドへの依頼。
白倉村だけ、現在の接触が薄い。
台帳にはある。
水祓いの対象にも入っている。
だが、巡回の実施記録がはっきりせず、荷運びも減り、祭礼への参加も少ない。
記録上は存在している。
現在の注意対象としては後退している可能性がある。
分院長は、報告書の最後まで目を通した。
祈る前に、まず数えるべき対象がある。
不遜な一文だった。
だが、その前には、神託も祈祷も否定していないことが繰り返し書かれている。
祈るべき対象が抜けていないかを確認せよ。
そう読めば、神殿の務めと反するものではなかった。
分院長は紙を閉じず、背後の棚へ目を向けた。
◆ (二)同じ名前
分院長が棚から取り出したのは、以前に作られた暫定記録だった。
魔物除け札の外形補正に関する暫定記録。
荷運びに使われる魔物除け札の一部で、線が閉じていなかった。
その線を補うと、煙の乱れが弱くなった。
羽虫の回避が減った。
荷役獣の反応も軽くなった。
魔物除けとしての効果は、未確認。
長期観測が必要。
そこにも、同じ名前があった。
外形補正案提示者、山科理人。
分院長は二つの記録を並べた。
魔法を使えない男。
神殿の術具を学んだこともない男。
その男が、札の形と反応の違いを並べ、神殿側の者に補筆させた。
札の効果そのものを証明したわけではない。
だが、形を変えれば局所的な反応が変わることは、神殿の術具係も確認している。
今回も似ていた。
神託の意味を理解したとは書いていない。
正しい解釈を見つけたとも書いていない。
ただ、記録を並べた。
神殿の台帳。
巡回予定。
荷運び。
祭礼。
依頼。
そして、見落とされているかもしれない場所を一つ示した。
分院長は椅子へ深く座った。
外部の者を、神託へ近づけるべきではない。
それは変わらない。
だが、妄言として退けるには、紙が整いすぎていた。
神殿への批判として片づけるには、言葉が慎重すぎた。
さらに、冒険者ギルドの記録が添付されている。
分院長が自分の判断だけで捨てれば、白倉村に何かあった時、報告を退けた記録だけが残る。
かといって、そのまま現地確認を命じれば、外部者の神託解釈を分院が認めたように見える。
分院長は新しい紙を取り出した。
中央へ上げる。
その判断だけをした。
※第16話「神託は予言ではない」は全五回です。
続きます。
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