(二)上手い人なら回せる
◆ (四)閉じる印
「ここです」
理人は札の外周を指した。
一本の線が円の外側を走り、内側の印へ戻っている。
別の札では、同じ場所にある線が途中で終わっていた。
さらに別の札では、線の終わりに小さな点が置かれている。
「こっちは戻っている。こっちは途中で終わっている」
術具係の男が身を乗り出した。
「描き手の癖でしょう」
「かもしれません」
理人は、魔物が寄ったと報告された札を並べた。
「でも、戻っていない札は、こちらに多い」
次に、羽虫が避けた札を指す。
「虫が避けた場所も、この近くです」
煙が乱れた札。
「煙も、ここです」
リナが荷役獣三番の嫌がった札を置いた。
「三番が嫌がったのも、これ」
術具係の男は札を見下ろした。
先ほどまでのように、すぐには否定しなかった。
理人は急がない。
原因だとは言わない。
「閉じる印がない札は、反応が多い」
セリアが筆を止めた。
「失敗が多い、ではなく?」
「まだ、反応が多いです」
理人は答えた。
「魔物除けとして失敗したかどうかは、分かりません。魔物が近くにいなかった可能性もあります」
「では、閉じる印という名前も確定ではありませんね」
術具係の男が言う。
「はい。だから、閉じる印らしきもの」
男は不満そうだったが、それ以上は言わなかった。
理人は札の線を見た。
戻っている。
点で終わる。
途中で切れている。
違いは小さい。
だが、小さな違いが役割を変えることを、理人は言葉から学んでいた。
行く。
行くな。
見る。
見たら。
最後の一音で、意味が変わる。
魔法陣の線も、同じではないかもしれない。
◆ (五)例外
傾向が見えたと思った直後、例外が出た。
閉じる印らしきものがない札。
線は途中で終わっている。
だが、その札を使った荷車には、魔物被害がなかったと記録されていた。
術具係の男は、すぐにその札を指した。
「ほら。線の問題ではありません」
理人は札を手に取った。
「そうかもしれません」
男の表情に、わずかな勝ち気が戻る。
「やはり、魔力の通し方です。形が多少乱れていても、正しく魔力を通せば術具は働きます」
「それもあり得ます」
理人は札を裏返した。
作り手の印。
魔力を通した者の印。
同じ印が、別の札にも残っている。
セリアが神殿側の一覧と照らし合わせた。
「この印の人は、分院でも腕が良いとされている方ですね」
術具係の男がうなずく。
「術具師のヘルトです。魔力の通し方が安定しています」
理人は、同じ印の札を集めた。
閉じる印がある札。
閉じる印がない札。
被害がなかった札。
反応が不安定だった札。
例外。
だが、ただの例外ではない。
腕の良い者が仕上げた札。
理人は床を見つめた。
線の問題ではない。
そう決めるのは早い。
腕の問題だけだ。
そう決めるのも早い。
「この人が通した札だけ、閉じていなくても被害が少ない?」
セリアが記録を見ながら答える。
「今ある札の中では、そう見えます」
術具係の男は腕を組んだ。
「だから、術者の腕だと言っているのです」
理人は返事をせず、札の並びを変えた。
◆ (六)上手い人なら回せる
閉じる印がある札。
閉じる印がない札。
熟練者が魔力を通した札。
見習いが通した札。
魔物被害が出た札。
被害が出なかった札。
それらを分け直すと、見え方が変わった。
閉じる印がない札は、確かに問題の報告が多い。
だが、熟練者が魔力を通した札では、その差が小さい。
見習いが通した札では、閉じる印の欠けがあるものに、被害や異常反応が寄っている。
理人は小さく息を吐いた。
上手い人間が作れば、壊れた手順でも回ることがある。
前の世界でもそうだった。
資料には書かれていない順番。
ベテランだけが知っている注意点。
数字がずれても、音を聞くだけで異常に気づく作業員。
少し間違った指示でも、現場で帳尻を合わせる熟練者。
それは現場の力だった。
だが、仕組みとしては弱い。
熟練者が休めば止まる。
新人へ渡せば失敗する。
別の場所へ持っていけば再現しない。
そして、熟練者が補っている限り、手順の欠陥は見つからない。
理人は、途中で終わっている線を指した。
「腕で、隠れているのかもしれません」
術具係の男が眉を寄せる。
「何がです」
「線の問題です」
「熟練者が正しく魔力を通した。それだけのことでしょう」
「正しく通せば補えるなら、欠けていても動く理由になります」
理人は、見習いが仕上げた札を指した。
「でも、補えない人が使うと、問題が出る」
男は札を見た。
「見習いの腕が足りない」
「それも正しいです」
理人はうなずいた。
「でも、それだけではありません」
※第13話「閉じ括弧が足りない」は全五回です。
続きます。
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※ネタバレ範囲にご注意ください。
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