(三)流れる道
◆ (七)煙
理人は、火皿を少し離した場所に置いた。
そこから細く上がる煙を、札の近くへ流す。
煙はまっすぐ上がらなかった。
札の外周に近づいたところで、少しだけ巻いた。
リナが目を細める。
「今、曲がった」
「風かもしれない」
理人は言った。
「もう一回」
札の向きを変える。
煙の流れを見る。
別の札に替える。
また見る。
何度か繰り返すと、同じ場所で煙が乱れる札と、そうでない札があった。
ただし、これも答えではない。
煙は風で変わる。
人が動いても変わる。
火皿の熱でも変わる。
札の湿りでも変わる。
理人は、煙の印を置いた。
煙、乱れ。
その横に、また書く。
原因、不明。
神殿の男が言う。
「それで魔法陣が分かるのですか」
「分からない」
理人は即答した。
「でも、見る場所は増える」
セリアが苦笑した。
「また増えましたね」
「増える」
理人は、札と木片を見比べた。
魔物被害。動物の反応。虫の回避。煙の乱れ。線の欠け。
どれも答えではない。
だが、同じ場所に寄るなら、見る価値はある。
リナは煙をじっと見ていた。
「こっちの札は、右で曲がる」
「右?」
「うん。さっきの犬が吠えた時も、札の右側だった」
理人は、木片に右側と書いた。
位置。向き。反応。
この三つも必要だ。
札そのものだけではなく、どちらを向けて荷車につけたか。
右側か左側か。前か後ろか。上か下か。
それだけで反応が変わる可能性がある。
神殿の男は、ますます渋い顔になった。
「荷運びの者が、そこまで正しく扱えるとは思えません」
理人は顔を上げた。
「だから、分かりやすくする」
男は言葉に詰まった。
扱いが難しいなら、扱う者を責める前に、扱いやすい形を考える。
理人には、それが自然だった。
ただ、魔法の世界でそれが自然かどうかは、まだ分からない。
◆ (八)床に並べる
理人は、札を床に並べた。
魔物被害がなかったと報告された札。魔物が寄ったと報告された札。荷役獣が嫌がった札。犬が吠えた札。羽虫が避けた札。煙が乱れた札。東の細道で使った札。北の道で使った札。新しい札。古い札。
神殿の男が不満そうに言う。
「魔法陣は、そうやって床に並べて読むものではありません」
「すみません」
理人は謝った。
だが、並べるのはやめなかった。
男はさらに不満そうになる。
セリアが横から助け舟を出した。
「この人は、だいたい何でも並べます」
「何でも?」
「袋も、依頼票も、報告も」
「……それは、魔法とは関係ないのでは?」
理人は札から目を離さずに言った。
「関係あるかどうかを見るために、並べている」
男は黙った。
理人は、札の外周にある印を指した。
魔物被害がなかった札には、この印がある。
魔物が寄った札には、似た印があるが、少し違う。
羽虫が避けた札には、外周の切れ目がある。
煙が乱れた札にも、似た場所に切れ目がある。
偶然かもしれない。
描いた人の癖かもしれない。
素材の違いかもしれない。
だが、まずは分ける。
同じに見えるものを、同じ扱いしない。
理人は、木片に小さく書いた。
同じように見える札。
同じとは限らない。
リナが、札の一枚を持ち上げた。
「これ、古い」
「どこで分かる?」
「端が黒い。匂いも違う」
理人は札を受け取り、匂いを確かめた。
確かに、少し湿った木の匂いがする。
神殿の男が言った。
「それは古い札です。湿気を吸っています。比較には向きません」
理人はうなずいた。
「分ける」
古い札。新しい札。湿っている札。湿っていない札。同じ型に見える札。違う型かもしれない札。
床の上に小さな分類が増えていく。
セリアがそれを見て、肩を落とした。
「床まで表になってきましたね」
「広いから」
理人は真面目に答えた。
セリアは少し笑った。
◆ (九)流れる道
理人は、魔法陣を見つめた。
円。線。点。欠け。反復する印。
外側から内側へ向かう線。内側から外側へ抜ける線。途中で戻る線。途中で終わる線。
最初は、ただの模様に見えた。
だが、並べると違う。
魔物被害がなかった札では、線が戻っている。
魔物が寄った札では、同じ場所の線が途中で切れている。
羽虫が避けた札では、その近くで煙も乱れた。
それが何を意味するのかは分からない。
だが、意味がないとも思えない。
理人は、札を指した。
「これは、絵じゃない」
神殿の男が眉をひそめる。
「魔法陣です」
「うん。だから、絵じゃない」
理人は、外周の線をなぞった。
「たぶん、流れる道だ」
「魔力の流れを導くものですから、それは当然です」
「なら、道が切れていたら?」
男は答えなかった。
理人は、魔物被害がなかった札と、魔物が寄った札を並べた。
「こっちは戻っている。こっちは戻っていない」
「それは、そういう型かもしれません」
「そうかもしれない」
理人はうなずいた。
「でも、魔物が寄った札に多い」
神殿の男は、少しだけ口を閉じた。
理人は、まだ分かるとは言わなかった。
ただ、見えている差だけを指した。
「魔力が弱いのかもしれない。素材が悪いのかもしれない。描いた人の癖かもしれない。でも、線の違いもある」
リナが横から言った。
「虫が避けた札も、それ」
理人はうなずく。
「札の線。置いた場所。動物の反応。虫。煙。全部、分けて見る」
セリアが小さく笑った。
「また増えましたね」
「増える」
理人は札を見た。
この札は、何かの手順をもとに作られたものだ。
その手順がどこかにあるのかもしれない。
神殿の者なら知っているのかもしれない。
だが、今ここにある札は、手順そのものではない。
手順から作られた結果だ。
そして、結果の方で何かがずれている。
理人は、外周の切れた線を見つめた。
「魔法陣には、おそらく意味がある」
その言葉は、少し弱い。
だが、今の理人にはそれ以上言えなかった。
※第12話「魔法陣にはおそらく意味がある」は全五回です。
続きます。
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