(二)温かい気がする
◆ (四)線の違い
理人は、札を一枚ずつ並べた。
魔物被害がなかったと報告された札。魔物が寄ったと報告された札。古い札。新しい札。東の細道で使った札。北の道で使った札。
円の形は似ている。
中央の印も、ほとんど同じ。
外側の線も、だいたい同じ。
だが、完全には同じではない。
理人は、魔物が寄ったと報告された札を二枚並べた。
外周の線の一部に、小さな切れ目がある。
いや、切れ目ではないのかもしれない。
そういう記号なのかもしれない。
次に、魔物被害がなかったと報告された札を見る。
同じ場所に、別の小さな印がある。
点。短い線。欠け。
それだけの違い。
理人は、前に聞き間違えかけた言葉を思い出した。
レク。レクナ。行く。行くな。エル。エルカ。見る。見たら。
小さな音が、文の役割を変えた。
なら、線や点にも、何か役割があるのではないか。
理人は、札を見つめた。
まだ分からない。
だが、ただの飾りとは思えなかった。
神殿の男が口を開く。
「それは描き癖でしょう」
「描き癖かもしれない」
理人は答える。
「そういう型かもしれない」
「なら、問題ではありません」
「まだ分からない」
理人は札の位置を入れ替えた。
被害あり。被害なし。古い。新しい。同じ場所。違う場所。線が戻る。線が戻らない。点がある。点がない。
見れば見るほど、分からないことが増える。
だが、分からないことが増えるのは悪いことではない。
混ざっていたものが、ようやく分かれ始めたということだ。
リナが横から札をのぞき込んだ。
「ここ、違う」
彼女は外周の線を指した。
理人が見ていた場所と同じだった。
理人はうなずく。
「そう。違う」
リナは、もう一枚を指した。
「こっちは、戻ってる」
「戻ってる?」
「線、外に行って、中に戻る」
理人は、リナの指先を追った。
確かに、外周を走る線が、内側の印へ戻っているように見える。
別の札では、その線が途中で終わっていた。
理人は木片に書いた。
戻る線。切れる線。点で終わる線。意味、不明。
◆ (五)リナの観察
リナが、一枚の札を見て顔をしかめた。
「それ、三番が嫌がった札」
理人は顔を上げる。
「三番?」
「荷役獣。北の道の時、この札を荷車につけたら、ずっと耳を伏せてた」
神殿の男が眉をひそめた。
「魔物除けの札を、荷役獣が嫌がる?」
「うん」
リナは短く答えた。
昔なら、ここで声が小さくなっていただろう。
だが今は、少し違う。
リナは、自分の観察をただの勘だとは思わなくなっている。
「犬も吠えた。札そのものじゃなくて、札を荷車の右側につけた時」
理人は札を見た。
右側。位置。札の種類。動物の反応。魔物の被害。
それらを一緒に見る必要がある。
ただし、同じものとして扱ってはいけない。
理人は言った。
「三番が嫌がったから、この札が効いたとは言えない」
リナがうなずく。
「効いてないとも言えない」
「そう」
理人は札を指した。
「でも、三番が何かに反応したことは、消さない」
リナは少しだけ胸を張った。
その時、リナが札の近くを飛んでいた小さな羽虫を指した。
羽虫は札に近づき、途中でふっと曲がった。
一度だけではない。
同じ場所で、何度か向きを変えている。
理人は札を見た。
羽虫が避けた場所は、外周の線が途切れているあたりだった。
「虫が避ける。だから失敗、ではない」
理人は自分に言い聞かせるように言った。
「ただ、そこに何かあるかもしれない」
理人は、札の横に小さく印を置いた。
虫、回避。
その下に、もう一つ。
原因、不明。
神殿の男は、少し困った顔をした。
「虫の動きで魔法陣を判断するのですか」
「判断しない」
理人は即答する。
「記録する」
「同じでは?」
「違う」
理人は札を指した。
「答えじゃない。見る場所」
リナがうなずいた。
「虫は答えじゃない。でも、見た」
セリアが、小さく笑った。
「あなたの言い方に似てきましたね」
リナは少し得意げだった。
理人は、札に目を戻した。
動物も、虫も、答えではない。
ただ、同じ場所で反応が重なるなら、そこには見る価値がある。
◆ (六)温かい気がする
理人は、札を指先で触れた。
少しだけ温かい。
そんな気がした。
だが、すぐに手を離す。
「温かい?」
リナが聞いた。
「かもしれない」
理人はそう答えてから、首を横に振った。
「でも、これは使えない」
「使えない?」
「差が分からない」
札が本当に温かいのか。
さっきまで誰かが持っていたからなのか。
火皿の近くにあったからなのか。
木の厚みが違うからなのか。
湿気のせいでそう感じるだけなのか。
手の感覚だけでは分からない。
この世界にも、湯や空気の温かさを見る道具はある。
だが、この札の一部だけがわずかに温かいかどうかを測れるほど、細かいものではない。
理人は、札の横に小さく印を置いた。
温感。
その横に、もう一つ印を置く。
不採用。
リナが首を傾げた。
「温かい、書く。でも、使わない?」
「そう」
理人はうなずいた。
「見たことは消さない。でも、判断には使わない」
リナは少し考え、それからうなずいた。
その言い方なら分かるらしい。
理人は、魔物被害がなかったと報告された札と、魔物が寄ったと報告された札を並べた。
同じ場所に置く。
同じだけ待つ。
同じ火皿から離す。
同じ向きにする。
それから、もう一度触れる。
やはり、違いは分からなかった。
温かい気はする。
だが、差としては見えない。
理人は、温感の印の下に線を引いた。
今回、使わない。
神殿の男が少し不満そうに言った。
「魔力が通れば、熱を持つことはあります」
「あるかもしれない」
理人は答えた。
「でも、今は分からない」
「感じたのでしょう?」
「感じた。でも、比べられない」
理人は、札の外周にある細い線を指した。
「虫が避けた場所。線が切れている場所。そこは同じかもしれない。だから見る」
次に、温感の印を指す。
「これは、まだ同じと言えない」
神殿の男は黙った。
リナが、小さく言う。
「たぶん。でも、まだ使わない」
理人は少し笑った。
「そう。たぶん。でも、まだ使わない」
気がすることには意味がある。
だが、差として見えないものを、差として扱ってはいけない。
理人は木片に書き足した。
感じたこと。比べられること。採用すること。
それらは、同じではない。
※第12話「魔法陣にはおそらく意味がある」は全五回です。
続きます。
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