(三)文章は危ない
◆ (七)水桶と荷役獣
リナは、理人の木片を見て、少し考え込んでいた。
それから、荷役獣の方を指した。
一頭が、水桶の前で鼻を鳴らしている。
リナは、その荷役獣を指した。
次に、水桶を指す。
それから、飲むしぐさをした。
理人はうなずく。
荷役獣が水を飲む。
リナは、今度は水桶を先に指した。
それから荷役獣を指す。
最後に、ひっくり返すしぐさをした。
水桶を、荷役獣が倒す。
理人は一瞬考え、少し笑った。
同じものが出てきても、順番と最後の動きで意味が変わる。
リナは満足そうにうなずいた。
文法を説明したわけではない。
だが、理人には十分だった。
リナはいつも、言葉より先に動きを見る。
だからこそ、語順の違いを、動きの違いとして感じている。
理人は木片に書いた。
順番。最後の動き。誰が。
それだけで、だいぶ違う。
リナはさらに、荷役獣を指した。
「この子、水、飲む。いい」
次に、水桶を指して、倒すしぐさをした。
「水桶、この子、倒す。怒られる」
理人は笑った。
確かに、結果はかなり違う。
水を飲んだのか。
水を倒したのか。
荷役獣がしたのか。
誰かが荷役獣へしたのか。
同じ単語が並んでいても、順番と最後の動きで、現実が変わる。
理人は、リナの説明を木片に残した。
動物の例は、案外強い。
現場の人間にも通じやすい。
そして、理人自身にも通じやすかった。
◆ (八)長い文
午後、セリアが報告文を見せてくれた。
理人は、ゆっくり読んだ。
雨のあと。東の道。崩れた。荷車。遅れた。小型魔物。夕方。目撃。
単語は拾える。
だが、文全体になると怪しい。
雨のあとに崩れたのは東の道なのか。
雨のあとに目撃されたのが小型魔物なのか。
荷車が遅れたから夕方になったのか。
夕方だから小型魔物が出たのか。
理人は、報告文の上に小石を置いた。
雨。道。荷車。魔物。夕方。
次に、線でつなぐ。
セリアが横で見ている。
「何をしているんですか」
「どれが、どれに、かかるか」
セリアは少し考えた。
「……それ、私たちも間違えます」
理人は顔を上げた。
セリアは、少し苦い顔で続ける。
「急いで読むと、魔物が出たから荷車が遅れたように見える。でも、実際は道が崩れて遅れたあと、夕方になって魔物を見た、だったりします」
理人はうなずいた。
それは、かなり大きな違いだった。
原因と結果が入れ替わる。
危険度も変わる。
依頼票の分類も変わる。
言葉の並びは、ただの言い方ではない。
判断そのものに関わる。
理人は、報告文をもう一度見た。
長い文には、情報が多い。
だが、多い情報が正しくつながっているとは限らない。
読む人間が急いでいれば、都合のいい順番でつながる。
そして、そのまま処理される。
理人は小石の線を一本消した。
別の線を引く。
雨のあと。道が崩れる。荷車が遅れる。夕方になる。小型魔物を見る。
この順番なら、危険は道と時間の両方にある。
魔物だけの問題ではない。
そこを間違えると、対策も間違える。
◆ (九)文章は危ない
理人は、報告文をそのまま写すのをやめた。
文章のままでは、あとで読み間違える。
だから、欄に分ける。
いつ。どこ。誰が見た。何が起きた。原因らしきもの。結果。確定していないこと。後で確認すること。
セリアは、理人の木片を見て言った。
「文章じゃないですね」
「文章、危ない」
理人はそう答えた。
セリアは少し笑った。
「神殿の人が聞いたら怒りそうです」
「神殿?」
理人は聞き返した。
セリアは肩をすくめた。
「神殿の文は、もっと古いですから」
理人は、そこで少しだけ手を止めた。
古い文。古い語順。古い省略。
それが神殿に残っている。
まだ、それ以上は考えなかった。
だが、木片の端に小さく書いた。
古い文。後で確認。
リナがそれをのぞき込む。
「神殿の言葉、難しいよ」
「リナも?」
「うん。大人も、ときどき間違える」
理人は顔を上げた。
それは、聞き捨てならない話だった。
大人も間違える文。
それが、ただの祈りならまだいい。
だが、道や危険や決まりに関わる文なら、話は違う。
理人は木片に、もう一つ印を置いた。
要注意。
セリアはそれを見て、少し嫌そうな顔をした。
「また増えましたね」
「増えた」
理人は素直に認めた。
※第11.5話「最後まで聞かないと条件が分からない」は全五回です。
続きます。
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