(一)怖がってるだけ
◆ (一)槍より先に来たもの
車輪の音が近づいてきた。
土を踏む重い足音。
鈴の小さな音。
木の車輪が石を噛む音。
そして、人の声。
山科理人は、道の脇で両手を上げたまま動かなかった。
声の意味は分からない。
距離のせいかもしれない。
言語が違うせいかもしれない。
そもそも自分の耳が、緊張で意味を拾えていないだけかもしれない。
だが、どちらにせよ同じだった。
通じない前提で動く。
通じるなら、その時に修正すればいい。
通じないのに通じるつもりで動けば、取り返しがつかない。
「手を見せる。急に動かない。近づかない」
理人は小さくつぶやいた。
「相手から見れば、宇宙人はこっちだ」
やがて、木々の間から荷車が現れた。
荷車は二台。
引いているのは、馬に似た動物だった。
馬に似ている。
だが、首が少し太く、耳が長い。
蹄の形も、理人が知っている馬とは少し違う。
荷車の周囲には、槍を持った男たちが数人いた。
粗い革鎧。
腰には短剣。
肩には荷紐。
その後ろに、一人の少女がいた。
荷役獣の手綱を持っている。
年は十代の後半くらいだろうか。
華やかな服ではない。
町娘というより、倉庫や厩舎で働く人間の服装に近い。
けれど、周囲を見る目だけが妙に落ち着いていた。
理人は、彼らの顔を見た。
驚き。
警戒。
敵意。
そして、槍の穂先がこちらを向いた。
◆ (二)通じない前提で動く
最初に向けられたのは、言葉ではなかった。
槍だった。
理人は、反射的に足を止めた。
両手は上げたまま。
指を開く。
手のひらを見せる。
武器はない。
少なくとも、手には何も持っていない。
男の一人が何かを叫んだ。
「――――!」
意味は分からない。
だが、声の調子は分かる。
止まれ。
動くな。
何者だ。
たぶん、そういう種類の声だった。
理人はゆっくりとうなずいた。
相手の言葉を理解したわけではない。
ただ、「動くな」という要求には従った方がいいと判断した。
もう一人の男が、こちらへ近づこうとする。
理人は一歩下がりかけて、すぐ止めた。
逃げる動作に見える。
だめだ。
「大丈夫。大丈夫じゃないけど、大丈夫に見せろ」
日本語で言っても、相手には通じない。
だが、自分には必要だった。
男たちの槍は下がらない。
理人は喉の渇きを感じた。
唾を飲み込む。
喉が鳴る。
その音まで、相手に聞こえた気がした。
理人は、少し考えた。
自分の立場を説明したい。
現代日本から来た。
気づいたら森にいた。
敵意はない。
水が欲しい。
町があるなら助けてほしい。
どれも言えない。
言ったところで通じない。
なら、目的を絞るしかない。
殺されないこと。
理人は、ゆっくり膝をついた。
男たちがざわつく。
「――――!」
怒鳴られた。
まずかったか。
いや、立ったままよりは低い。
飛びかかる姿勢ではない。
逃げる姿勢でもない。
理人は両手を上げたまま、地面に座り込むような姿勢を取った。
それから、片手で自分の胸を指した。
「山科」
相手は反応しない。
「山科、理人」
もう一度、自分を指す。
「リヒト」
男たちは顔を見合わせた。
通じていない。
理人は、次に喉を指した。
口を開く。
空の手を口元に持っていく。
水を飲むしぐさをする。
ゆっくり。
相手が槍を突き出す前に、すぐ手を戻す。
「水」
もちろん、日本語だ。
「ウォーター。水。飲む。飲みたい」
どれも反応が薄い。
理人は地面を指でなぞりかけた。
水滴の形。
いや、待て。
魔法陣に見えたらまずい。
この世界で、地面に図形を描く行為がどう見えるか分からない。
合図かもしれない。
呪いかもしれない。
召喚かもしれない。
知らない土地で、知らない相手の前で、知らない記号を書くのは危険すぎる。
「やめよう」
理人は手を膝の上に戻した。
男たちはまだ警戒している。
理人は、あえて荷車を見ないようにした。
武器も見ない。
動物にも近づかない。
ただ、手を見せる。
相手の判断を待つ。
これは会話ではない。
審査だった。
◆ (三)怖がってるだけ
荷車の後ろで、犬が一匹、理人を見ていた。
犬と言っていいのかは分からない。
耳が大きく、脚が細い。
尻尾は短い。
毛並みは灰色に近い。
だが、理人には犬に見えた。
その犬は、吠えていなかった。
荷役獣も同じだった。
耳を動かし、鼻を鳴らしてはいる。
だが、後ずさりはしていない。
少女は、それを見ていた。
理人ではなく、まず動物を。
次に、理人の手。
足。
目線。
荷車との距離。
男たちの槍の向き。
少女が、半歩前に出た。
「待って」
短い声だった。
理人には意味が分からない。
だが、男たちの動きが止まったことで、その言葉が制止だったことだけは分かった。
少女は理人を見た。
そして、言った。
「怖がってるだけ」
男の一人が言い返す。
「森から出てきたんだぞ。盗賊か、北からの間者かもしれない」
理人には分からない。
ただ、男の声が荒くなったことは分かった。
少女は首を横に振った。
「盗賊なら、荷車の前に出る。逃げ道を塞ぐ。犬が吠える」
少女は荷役獣の耳を撫でた。
「この子、逃げようとしてない」
別の男が言う。
「魔に当てられた者かもしれん」
「それなら、もっと目が変」
少女は理人を見る。
理人は動かない。
動けない、という方が近かった。
少女は続けた。
「怖い人なら、あんなに手を見せない。怖がってる人だよ」
理人には言葉は分からない。
だが、自分へ向けられていた槍が、ほんの少しだけ下がったことは分かった。
※第2話「宇宙人と遭遇したと思え」は全三回です。
続きます。
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