(三)分類を分ける
◆ (七)ミナ
新人の少女は、依頼票を握ったまま黙っていた。
理人は彼女を見る。
彼女は依頼票ではなく、掲示板の端を見ている。
目が合わない。
言いたいことがあるが、言うか迷っている顔だった。
理人は、リナに小さく聞いた。
「あの人、名前?」
リナが確認する。
少女は小さな声で答えた。
「ミナ」
理人はうなずく。
「ミナ」
ミナは少し驚いたように理人を見た。
理人は依頼票を指した。
それから、ミナの顔を指すわけにはいかないので、自分の胸を軽く押さえた。
「怖い?」
リナが訳した瞬間、青年の一人が笑った。
ミナの顔が赤くなる。
「怖いなら残ればいい」
たぶん、そんな意味だった。
理人はその笑いを見た。
嫌な笑いだった。
失敗報告を笑う声と似ている。
怖いと言った人間から、情報を奪う声だ。
理人は首を横に振った。
「怖い、悪くない」
リナが訳す。
青年が眉をひそめる。
理人は依頼票を指した。
「怖い、情報」
リナは少し迷った。
それから、自分の言葉で言い直した。
「怖いと思ったなら、何か見てるかもしれない。だから、聞いた方がいい」
ミナは、依頼票を握る手に力を入れた。
そして、小さく言った。
森の奥で見た人がいる。
小さい足跡が一つではなかった。
家畜小屋の近くに来たのは一匹かもしれないが、森へ戻った跡は複数だった。
そんな意味のことを、途切れ途切れに話した。
セリアの顔が変わった。
カイルも、少しだけ目を細めた。
理人は思った。
やはり、怖いは観測だった。
怖いと言った者を笑うと、その観測が消える。
消えた観測は、紙には残らない。
紙に残らなければ、次に見る者は何も知らずに受ける。
それが、一番危ない。
◆ (八)分類を分ける
理人は、依頼票を指した。
「ゴブリン討伐」
次に、指を一本立てる。
「一匹。村、近い。昼」
それから、うなずく。
「初心者、たぶん」
リナが訳す。
セリアは黙って聞いている。
理人は次に、指を何本も立てた。
「たくさん。森、遠い。巣。夕方」
そして首を横に振る。
「初心者、違う」
リナが訳す。
カイルが小さく笑った。
「当たり前だ」
リナがそれも訳した。
理人はカイルを見る。
当たり前なら、紙に書いてほしい。
そう思った。
だが、今の言葉では足りない。
理人は依頼票の余白を指した。
「ここ、分ける」
リナが訳す。
「ゴブリンだから低い、じゃなくて、条件で分ける」
セリアは依頼票を見ていた。
その表情は厳しい。
だが、さっきよりも、少しだけ実務の顔になっていた。
怒っているのではない。
考えている。
理人はさらに、余白を指した。
「数」
指を一本立てる。
一匹。
次に、指を広げる。
複数。
「場所」
足元。
近い。
遠く。
森。
「時間」
空を見る。
昼。
夕方。
夜。
「経験」
カイルを指しそうになって、やめる。
代わりに、自分の胸に手を当ててから首を横に振る。
新人だけ。
それから、カイルを見る。
経験者あり。
リナがそれを必死に訳す。
全てを書けと言っているわけではない。
全部を変えろと言っているわけでもない。
ただ、初心者向けと言うなら、最低限の条件を分ける。
それだけだ。
セリアは、依頼票を持つ手に少し力を入れた。
※第9話「ゴブリン討伐は初心者向けではない」は全四回です。
続きます。
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