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非正規転生 ~転生したけど最弱スキルすらもらってない~  作者: KEI
第8話 ギルドの依頼票は壊れている

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(二)紙の端

◆ (四)欠けた欄


理人は依頼票を読めない。

文字はまだ、ところどころしか分からない。

だが、欄は分かる。

上の大きな文字。

おそらく依頼名。


その下に、行き先。

荷の種類。

依頼主。

報酬。

必要人数。


そして端に、危険度らしき印。

整理されている。

一見、倉庫の木片よりずっとましだ。

だが、理人はすぐに違和感を覚えた。


前回との差を書く場所がない。

道の状態を書く欄がない。

最近の魔物目撃を書く欄がない。

雨の後かどうかを書く欄もない。


到着が夕方にずれ込む可能性を書く欄もない。

依頼票は、依頼そのものを記録している。

だが、依頼を取り巻く状況を記録していない。

理人は、依頼票の余白を指した。


「ここ、ない」


受付の女性が眉を寄せる。

理人は道を指す。


「道」


次に、空を指す。


「雨」


それから、指を二本立てる。

リナが補う。


「小さい魔物、二回」


最後に、危険度の印を指す。


「ここ、同じ」


受付の女性は、依頼票を見下ろした。

その顔に、ほんの少しだけ疲れが浮かんだ。

分かっていない顔ではない。

分かっているが、簡単ではない顔だった。


理人はその表情を見て、倉庫番を思い出した。

面倒だ。

たぶん、彼女もそう思っている。

それは、理人にも分かる。


欄を一つ増やせば、確認することが一つ増える。

確認することが一つ増えれば、誰かの仕事が増える。

仕事が増えれば、どこかで詰まる。

それでも、欄がないものは残らない。


残らなければ、前と今の違いは見えない。


◆ (五)前と今


理人は、床に小石を並べたいと思った。

だが、ここは倉庫ではない。

ギルドの床で石を並べ始めれば、今度こそ追い出されるかもしれない。

だから、依頼票の端に指だけを置く。


前。

今。

二つに分ける。

理人はまず、依頼票を指した。

前。


次に、荷運びの男を指す。

今。

それから、道を指す。

変わった。

リナがそれを言葉にした。


「前は、この危険でよかった。でも、今は道が悪い。小さい魔物も見た。だから、同じ紙でいいか分からない」


受付の女性は、荷運びの男を見た。


「目撃は公式報告か」


おそらく、そんなことを言った。

荷運びの男は首を振る。

公式ではない。

通りがかりの者が見た。

荷運び仲間が見た。


犬が騒いだ。

家畜が怯えた。

そんなものは、正式な報告ではない。

受付の女性の言い分も分かる。


噂だけで依頼ランクを上げれば、依頼主と揉める。

報酬も変わる。

受ける冒険者も変わる。

低危険度の依頼を必要としている新人もいる。


何でも高く見積もればいいわけではない。

理人は、そこも理解した。

問題は、ランクを今すぐ上げるかどうかではない。

分からない変化を、分からないまま残す場所がないことだ。


理人は依頼票の危険度欄を指した。

そして首を横に振る。


「上げる。違う」


受付の女性が、少しだけ目を細める。

理人は余白を指す。


「残す」


リナが訳す。


「危険を上げろ、ではないみたい。雨の後。道が悪い。小さい魔物を見た。そういう話を、紙の端に残したい」


受付の女性は、黙った。

荷運びの男も黙っている。

理人は、自分の言葉がどこまで届いているのか分からなかった。

だが、受付の女性の顔から、完全な拒絶は消えていた。


◆ (六)悪意ではない


受付の女性は、依頼票を指した。

次に、掲示板を指す。

そこには、何枚もの依頼票が並んでいる。

さらに、奥の机を指す。

積まれた紙。


帰還報告らしき木札。

報酬袋。

苦情を言う冒険者。

理人は理解した。

多いのだ。


依頼が多い。

報告が多い。

人が多い。

声が多い。


そして、たぶん人手が足りない。

一枚一枚の依頼に、道の状態や天候や最近の目撃情報を反映させるだけの余裕がない。

受付の女性は悪くない。

少なくとも、それだけが原因ではない。


彼女は、今ある仕組みの中で回している。

倉庫番と同じだ。

面倒だから無視しているだけではない。

面倒を全部拾うと、仕事が止まる。


理人は依頼票を見る。

紙は整理されている。

だが、更新されない情報は、整理されたまま古くなる。

それが危ない。


前の世界でも、似たものはあった。

古い標準手順書。

更新されないリスク表。

一年前の前提で作られた計画。


現場ではもう変わっているのに、紙だけが変わらない。

紙は嘘をついているわけではない。

作られた時には、正しかったのかもしれない。

だが、今を見ていない紙は、正しい顔をしたまま古くなる。


理人は、受付の女性を見た。

彼女は敵ではない。

荷運びの男も敵ではない。

ギルドも、最初から間違えようとしているわけではない。


ただ、紙と現場の間に差が出ている。

そして、その差を書く場所が足りない。

それだけだった。

それだけなのに、十分危ない。


◆ (七)紙の端


理人は、危険度の印を指した。

そして首を横に振らない。

上げろ、と言いたいわけではない。

それは今の理人には早い。

証拠も足りない。


信用も足りない。

理人は、依頼票の余白を指した。


「ここ」


次に、道を指す。


「雨」


指を二本立てる。


「小さい魔物、二」


リナが補う。


「危険を上げろ、ではないみたい」


受付の女性が理人を見る。

理人は、倉庫で使っていた矢印の印を指で描いた。

後で確認。

次に、小さな点を描く。

たぶん。


横線。

不明。

リナがそれを見て、少しだけ表情を変えた。

二人で木片に残した印だ。

リナは受付の女性へ言った。


「まだ決めない。でも、残す。雨の後。小さい魔物。道が遅い。そういう印をつける」


受付の女性は黙った。

理人は依頼票を指す。


「紙、低い。いい。たぶん」


次に、道を指す。


「今、違う。たぶん」


そして、余白を指す。


「ここ、残す」


受付の女性は、長く息を吐いた。

面倒だ。

その顔には、はっきりそう書いてあった。

だが、完全に否定する顔ではなかった。


理人は、その顔を見て少しだけ力を抜いた。

勝ったわけではない。

採用されたわけでもない。

ただ、紙の端に余白があることを、彼女が見た。


それだけでも、今は十分だった。

受付の女性は、短い筆のようなものを取った。

依頼票の端に、ほんの小さな線を一本入れる。

危険度は変わらない。

ランクも変わらない。


依頼票が掲示板から外されるわけでもない。

それでも、荷運びの男の不安は、紙の端に少しだけ残った。



※第8話「ギルドの依頼票は壊れている」は全四回です。

続きます。



作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。

※ネタバレ範囲にご注意ください。


https://www.simulationroom999.com/blog/irregular-reincarnation-top/

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