(二)汚いまま残す
◆ (五)薬草包みの罠
薬草箱の前で、理人はさらに困った。
包みは、どれも小さい。
布で巻かれている。
紐で結ばれている。
数えれば、一、二、三。
だが、リナはそれぞれに違う名を言った。
理人には聞き分けきれない。
魔物除けに使うもの。傷に使うもの。匂いの強いもの。古いもの。
たぶん、そういう違いがある。
同じ包みではない。
理人は、薬草包みの絵を一つ描いた。
その横に、違う印を三つ置く。
種類。
リナは困った顔をした。
分け方が多い。
それは理人にも分かった。
だが、ただ「薬草包み、一」と書いただけでは、何が一つ減ったのか分からない。
理人は小さく息を吐いた。
「データは、だいたい汚い」
通じない。
リナは首を傾げた。
理人は薬草包みを指し、印を指し、自分の頭を押さえた。
リナは少しだけ笑った。
困っていることだけは、伝わったらしい。
理人は、薬草包みを一つ手に取ろうとして、すぐに止めた。
勝手に触らない。
薬草は、飼料袋よりも扱いが難しい可能性がある。
理人はリナを見る。
リナは小さくうなずき、包みの一つを持ち上げた。
匂いを嗅ぐ。
別の包みを嗅ぐ。
首を横に振る。
同じではない。
理人は木片に、包みの横へ三種類の印を描いた。
正確ではない。
だが、一種類としてまとめるよりはましだった。
◆ (六)聞いたことと見たこと
昼前、荷運びの男たちが何かを言い合っていた。
理人には全部は分からない。
だが、同じ袋を指していることは分かった。
一人は、もう戻したというような仕草をする。
もう一人は、首を横に振る。
まだ。
そんな顔だった。
倉庫番が苛立った声を出す。
話はそこで流れた。
結局、その袋が戻されたのかどうかは分からない。
理人は木片を見た。
記録には、まだ何も残っていない。
口で言ったことは、すぐに変わる。
誰かが嘘をついているとは限らない。
忙しければ忘れる。
聞き間違える。
別の袋のことを話している場合もある。
それでも、結果としては同じだ。
あとで見た時、分からなくなる。
理人は、木片の端に小さな印を作った。
耳。聞いた。
ただし、見てはいない。
リナは、その印を見て、少し不思議そうな顔をした。
理人は自分の耳を指した。
聞いた。
次に、目を指して、首を横に振る。
見ていない。
リナは、ゆっくりうなずいた。
見たことと、聞いたことは違う。
それも、記録に必要だった。
理人は目の印も描いた。
見た。耳の印。聞いた。目と耳。
それだけでも、記録の意味は変わる。
理人は思った。
前世でも、ここがよく混ざっていた。
現物を見たのか。誰かから聞いたのか。帳簿に書いてあったのか。システムがそう表示していただけなのか。
全部「確認済み」になってしまうと、あとで何も分からなくなる。
◆ (七)汚いまま残す
理人は、木片に増えていく印を見て、前世を思い出した。
倉庫別在庫表。棚卸し補正。欠品回数。緊急輸送。作業者別入力遅延。
数字は並んでいた。
だが、その数字が同じ条件で集められたとは限らなかった。
朝に入力した人。作業後にまとめて入力した人。見込みで入れた人。あとで直すつもりで忘れた人。怒られないように丸めた人。
データは、集めれば綺麗になるわけではない。
だいたい、最初から汚い。
だから、綺麗なふりをさせてはいけない。
理人は木片を見た。
粗い絵。石の印。湿り。聞いた。見た。分からない。
帳簿には程遠い。
前世なら、こんなものを正式なデータとは呼ばない。
だが、現場の最初の一歩としては、むしろこちらの方が正直だった。
汚れているものを、汚れたまま残す。
見たもの。聞いたもの。分からないもの。あとで確かめるもの。
それを全部、同じ顔で並べない。
理人は小さく息を吐いた。
「きれいにするのは、後でいい」
通じない。
リナは首を傾げる。
理人は木片を指した。
次に、倉庫を指した。
それから、両手を広げて、少し困った顔をしてみせた。
リナは何かを察したように、同じように困った顔をした。
それで十分だった。
※第5話「データはだいたい汚い」は全四回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/irregular-reincarnation-top/




