(三)信用がなければ届かない
◆ (九)数としぐさ
理人は、地面に小石を並べた。
今度はリナだけが見ている。
朝の袋。
十二。
昼に運んだ袋。
三。
残るはずの袋。
九。
実際の棚。
八。
余った石。
一。
次に、理人は湿った匂いのする飼料袋を指した。
荷役獣を指す。
食べないしぐさをする。
別の袋を指す。
食べるしぐさをする。
リナは真剣に見ていた。
理人の説明は、説明とは呼べなかった。
石。
指差し。
しぐさ。
片言。
それだけだ。
だが、リナは石を一つ手に取り、湿った袋の横に置いた。
理人は目を細めた。
正確な意味は分からない。
だが、リナは何かをつなげた。
数が合わないこと。
袋が違うこと。
荷役獣が嫌がったこと。
リナは小さく言った。
「ネア」
違う。
理人はうなずいた。
「ネア」
それは、二人の間で初めて成立した、異常の共有だった。
理人は数を見る。
リナはしぐさを見る。
見ているものは違う。
だが、同じ場所を指していた。
◆ (十)小さな実証
リナは湿った袋を、棚の端に寄せた。
理人を見る。
本当にそれでいいのか。
そう聞かれている気がした。
理人は、うなずいた。
根拠は弱い。
だが、少なくともその荷役獣は、湿った袋の飼料を嫌がった。
別の袋なら食べた。
なら、今日のところは避けるべきだ。
リナは別の袋から飼料を取る。
三番目の荷役獣に出す。
荷役獣は鼻を近づけ、今度は食べ始めた。
リナの表情が少し変わる。
驚きではない。
確認。
そういう顔だった。
理人は、その顔を見て思った。
この子は、ただ勘で動いているわけではない。
見ている。
比べている。
昨日と今日、この袋とあの袋、この荷役獣と別の荷役獣。
それを言葉にしていないだけだ。
理人は、湿った袋を指した。
「ネア」
リナはうなずいた。
「ネア」
違う。
合わない。
少なくとも、今の二人にはそういう意味だった。
◆ (十一)まだ信用ではない
倉庫番は、湿った袋を見て顔をしかめた。
何かを言う。
リナが答える。
理人には細かい内容は分からない。
ただ、倉庫番の視線が一瞬だけ理人に向いた。
疑い。
面倒。
少しだけの評価。
それらが混ざった目だった。
倉庫番は理人に向かって短く何かを言った。
リナが小さく訳すように、箒を指した。
仕事に戻れ。
たぶん、そういうことだった。
理人はうなずいた。
「了解」
通じない。
理人は箒を取った。
結局、扱いは変わらない。
怪しい異邦人。
言葉の怪しい下働き。
時々、妙なことに気づく男。
その程度だ。
湿った袋を避けたことも、理人の指摘として処理されたわけではない。
リナが気づいた。
袋が悪かった。
だから端に寄せた。
周囲から見れば、たぶんそれだけだった。
だが、リナだけは違った。
彼女は、湿った袋の横に置かれた小石を見ていた。
捨てずに、しばらく見ていた。
理人はそれだけで十分だと思った。
全員に伝わらなくてもいい。
最初は一人でいい。
一人だけでも、異常を異常として見てくれるなら、そこから始められる。
◆ (十二)信用がなければ届かない
夜。
理人は倉庫の隅で、煤のついた木片を見ていた。
ミア。
サル。
レナ。
エン。
ト。
ラ。
ソル。
ネア。
その下に、新しい印を足す。
袋。
朝、十二。
昼、三。
夕、八。
差分、一。
未確定。
そして、湿った袋。
荷役獣、食べない。
別袋、食べる。
理人は、その木片を見ながら考えた。
数は嘘をつかない。
十二から三を引けば九だ。
八にはならない。
同じ荷役獣が、片方の飼料を嫌がり、もう片方を食べた。
それも観測だ。
だが、数字が正しいことと、誰かがそれを聞くことは別だった。
信用がなければ、数字はただの石になる。
理人は、入口の見張りを見た。
まだ見張りはいる。
槍は下がりきっていない。
疑いも消えていない。
リナだけが、少しだけこちらを見ている。
理人は小さく息を吐いた。
「数は嘘をつかない」
そして、続ける。
「でも、信用がないと届かない」
この世界で必要なのは、数えることだけではなかった。
数えた結果を、聞いてもらえる関係。
それを作らなければならない。
理人は木片を伏せた。
明日も、掃く。
運ぶ。
待つ。
覚える。
正しいことを言う前に、ここにいていい理由を増やす。
それが、今の仕事だった。
◆ (十三)ログ
ログ
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原因分類:不能
共有率:低
採用率:未満
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