(四)選ばれた者の聖所
◆ (十六)選ばれた者
エルネストは、地図の印へ小さな丸を加えた。
「いくつかの場所には、伝承もあります」
「どんな伝承ですか」
「勇者が、そこで女神と語った」
別の印を付ける。
「聖女が、そこで啓示を受けた」
さらに一つ。
「選ばれた者だけが、沈黙した石から声を聞いた」
理人は中央神殿地下の白い女性を思い出す。
中央神殿では、普通の祈りにも応答があった。
理人が照会すれば、別の形式で返答した。
地方は違う。
普通の神官にも、参拝者にも反応しない。
だが、伝承上の勇者や聖女には応答した。
理人は書く。
勇者・聖女伝承あり。選ばれた者のみ応答を得たとされる。起動条件。未確認。
◆ (十七)同じではない
「中央神殿と、地方の聖所は似ている」
理人は地図を見ながら言う。
「でも、同じではない」
「ええ」
「中央神殿は、一般の祈祷にも応答する。地方は、通常は沈黙している」
「伝承では、勇者や聖女にだけ応えています」
「祈り方の違いかもしれない」
理人は言った。
「接続状態が違うのかもしれない。必要な権限が違う可能性もある」
「壊れている可能性は?」
リナが尋ねる。
「ある」
「眠ってるだけかも?」
「それもある」
今の情報だけでは決められない。
理人はノートへ書いた。
中央神殿端末との差分。要確認。
地方聖所は、各地を調べる理由そのものではない。
だが、各地へ行くなら確認すべき対象にはなる。
◆ (十八)神官長の書状
エルネストは、地図の横へ厚い封筒を置いた。
封には、中央神殿の紋章が押されている。
「地方神殿へ入るための書状です」
理人は封筒を手に取る。
表には、エルネスト・ワルトの署名があった。
「これを見せれば、奥の聖所まで通されます」
「そこまで効くものですか」
「神殿の内側では、十分に」
エルネストは言った。
「聖所の記録も、可能な範囲で見せるよう記しています」
理人は封筒を見る。
「ただし」
エルネストが続ける。
「これは、神殿側の許可です」
「中にあるものが応答するかは別」
「そのとおりです」
理人は書く。
地方神殿聖所。立入許可あり。応答権限ではない。
◆ (十九)別々の権限
神殿の扉を開ける許可。聖所へ入る許可。石台へ触れる許可。端末が応答する条件。情報を開示する権限。
すべて別だった。
「書状で開くのは、人間が閉めた扉だけです」
理人は言った。
「そうなります」
「その奥が反応する保証はない」
「ありません」
理人は、書状をノートと一緒に鞄へ入れた。
エルネストが渡したのは、力ではなかった。
地方聖所の所在一覧。神官長の署名入り書状。中央神殿端末と地方聖所の比較記録。情報と許可だけだった。
理人には、その方が扱いやすかった。
与えられた力よりも、使える範囲が分かる紙の方がよい。
◆ (二十)中央に残らない
「あなたを中央神殿へ留めるつもりはありません」
エルネストが地図を畳みながら言った。
理人は少し眉を動かす。
「中央が嫌いというわけではありません」
「そういう意味ではありません」
エルネストは微笑んだ。
「あなたが見てきたものは、机の上にはありませんでした」
カランタ。ギルド。倉庫。白倉村。依頼票。現場で交わされる言葉。
中央神殿で得た情報は大きい。
だが、その意味を確かめる場所は、地下ではない。
「まず、カランタへ戻ります」
理人は言った。
「そこで、今の情報を整理します」
「それでよいでしょう」
エルネストがうなずく。
「次に来られる時には、今より具体的な問いを持ってきてください」
※第22話「勇者では救えない時代」は全五回です。
続きます。
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