(二)勇者では救えない時代
◆ (六)小さすぎる改善
理人は二つ目の疑問を書く。
「白倉村でやったことは、確かに必要でした」
エルネストがうなずく。
「ええ」
「でも、俺がやったのは小さな改善です」
村の人数を数え直した。巡回を前倒しした。水位杭を立てた。白布を吊った。荷を移した。連絡役を決めた。
どれも、特別な力を必要としない。
勇者が剣を抜いたわけでもない。
聖女が奇跡を起こしたわけでもない。
「大事ではあります」
理人は言った。
「でも、外の世界から人間を流し込んでまで気にすることには見えません」
若い神官が息を呑んだ。
エルネストは止めなかった。
理人はノートへ書く。
この程度の改善が、女神が気にするほどのものなのか。
◆ (七)何が問題なのか
理人は三つ目の行を空けたまま考える。
「魔王がいる。瘴気が広がる。戦場が崩れる」
エルネストは黙って聞いていた。
「そういう危機なら、勇者や聖女を呼ぶ理由は分かります」
敵がいる。
倒すべきものがある。
だが、理人が見てきたものは違った。
記録が粗い。巡回が遅れる。神託が行動へ変わらない。依頼票が現地とずれる。台帳にある村へ、注意が届かない。
問題ではある。
放置すれば、人も死ぬ。
だが、白倉村一つでは小さすぎる。
カランタの記録改善だけでも弱すぎる。
理人は三つ目を書く。
そもそも、何が問題とされていたのか。
答えは出ない。
だから、疑問として残した。
◆ (八)神官長の依頼
エルネストが、ゆっくりと口を開いた。
「私は、女神の意図を知りません」
若い神官たちが、エルネストを見る。
中央神殿の神官長が口にするには、重い言葉だった。
「神官長であっても、女神の考えを代わりに語ることはできません」
エルネストは理人へ向き直る。
「ですから、これからお話しすることは神託ではありません」
「女神からの命令でもない?」
「はい」
「中央神殿として決定したことでもありません」
エルネストは一度、石台を見た。
「私からの依頼です」
理人はノートの端へ線を引く。
神託ではない。
命令ではない。
神官長個人からの依頼。
「あなたに見てほしいのは、女神が何を考えているかではありません」
エルネストは言った。
「私たちが、何を見落としてきたのかです」
◆ (九)敵のいた時代
降託の間を出ると、エルネストは理人たちを小さな記録室へ案内した。
壁には古い神託文と、勇者の記録が並んでいる。
「かつての危機は、分かりやすい形をしていました」
エルネストが言う。
魔王。瘴気。大軍。魔物の群れ。封印の破綻。
実際には、もっと複雑だったのかもしれない。
だが、伝承には敵がいた。
倒すべきものがあった。
勇者は敵を倒した。
聖女は傷を癒やし、瘴気を祓った。
「敵がいるなら、勇者でよかったのでしょう」
エルネストは机の上へ白倉村の記録を置く。
台帳には村の名がある。水祓いの対象にも入っている。神託も降りていた。神殿もギルドもあった。
それでも、村には注意が届かなかった。
◆ (十)勇者では救えない時代
「今見えている問題は、敵という形をしていません」
エルネストは言った。
理人は白倉村の記録を見る。
敵ではない。
だが、危険はある。
剣で斬る対象ではない。
だが、放置すれば人が死ぬ。
「勇者では救えない時代なのかもしれません」
エルネストの言葉は、記録室へ静かに落ちた。
理人は、すぐには答えなかった。
勇者では救えない。
だから自分が必要だ。
そこまで短く結びつけるには、根拠が足りない。
「時代全体の問題かどうかは、まだ分かりません」
理人は言った。
「白倉村一つで決めるには早すぎます」
エルネストはうなずく。
「だから、見てほしいのです」
一つの村だけの不備か。
それとも、同じ型の見落としが各地にあるのか。
※第22話「勇者では救えない時代」は全五回です。
続きます。
作者個人サイトでは、人物相関図・各話アイキャッチ・用語メモなどの補足資料を公開しています。
※ネタバレ範囲にご注意ください。
https://www.simulationroom999.com/blog/irregular-reincarnation-top/




