(一)なぜ言葉がなかったのか
◆ (一)開かない理由
白い女性は、穏やかな微笑みを崩さなかった。
『開示範囲判定が完了しました』
理人は筆を構える。
『勇者呼出判定が不成立となった理由は、現在の照会権限では開示できません』
予想していた返答だった。
それでも、理人はノートへ書いた。
勇者呼出判定不成立。理由。開示不可。
「危機種別評価は」
『一部制限対象です』
「現地対応可能性評価は」
『一部制限対象です』
「開示できる範囲は」
白い女性の輪郭が、わずかに揺れた。
『現在の照会に対する応答を終了します』
白い光が薄くなる。
長い髪も、白い衣も、慈悲深い表情も、石台の上へ溶けるように消えた。
最後に残った光も消える。
降託の間に、地下水の音が戻った。
◆ (二)残った記録
誰もすぐには口を開かなかった。
勇者呼出判定。不成立。加護・支援。付与なし。流入理由。開示権限なし。
理人は、白い女性が消えた場所を見ていた。
自分が勇者ではないことは、驚くほど自然に受け入れられた。
剣はない。魔法もない。言葉すら与えられていなかった。女神に選ばれた記憶もない。勇者であるはずがない。
引っかかっているのは、別の部分だった。
現地不足補助個体。記録密度不足。制度定着不足。神託実務変換不足。危険条件照合能力不足。
意味は分かる。
自分がしてきたことにも合っている。
だからこそ、合いすぎていた。
◆ (三)勇者ではない者
エルネストが、静かに口を開いた。
「あなたは、勇者ではありませんでした」
理人はうなずく。
「はい」
「加護もない。支援もない。言葉も、魔法も、武器も与えられていない」
「確認できました」
理人の声は落ち着いていた。
納得したわけではない。
分かったことを、分かった範囲で整理しているだけだ。
エルネストは続ける。
「それでも、女神はあなたを分類しました」
理人は少し視線を上げた。
「分類したというより、そう表示しただけです」
エルネストは否定しなかった。
「ええ。表示した」
石台を見る。
「では、私たちはその表示を、どう扱うべきなのでしょう」
理人は答えなかった。
現地不足補助個体。
今の行動を並べれば、そう呼べる。
だが、今の行動に付いた名前が、最初からの目的とは限らない。
◆ (四)応答した理由
理人はノートに新しい見出しを作った。
中央神殿端末。
「ここは、俺だけに反応したわけではありません」
エルネストが理人を見る。
「神官が祈れば、これまでも神託は降りた」
「はい」
「違ったのは、反応したことじゃない」
理人は書く。
一般権限で応答あり。理人固有ではない。
「俺が祈らなかったことです」
リナが首をかしげる。
「祈らなかったから、話せたの?」
「祈りと違うものを入れた」
理人は答えた。
神託を求めなかった。
慰めも、未来の言葉も求めなかった。
応答形式を確認した。
照会対象を指定した。
表示の指示を出すよう求めた。
「祈祷入力ではなく、照会入力」
エルネストがその言葉を繰り返す。
「それが、返答を変えた」
「たぶん」
理人は、たぶんと書き添えた。
◆ (五)なぜ言葉がなかったのか
理人はノートを閉じなかった。
「各地を見ろというなら、なぜ言葉を与えなかったんです」
エルネストは黙る。
「記録を読み、村人から話を聞き、現地を確認する。そういう役割を期待していたなら、言語理解支援くらいあってもいい」
この世界へ来たばかりの頃を思い出す。
水。袋。箱。馬。待て。危ない。
単語を一つずつ拾った。
袋と箱の違いから覚えた。
昨日と少し前と昔の違いを、顔色や声の調子から探した。
否定や条件が、言葉の最後に来ることを、何度も間違えながら覚えた。
「それが必要だったのか、ただ何も与えられなかっただけなのか」
理人は一行書いた。
なぜ言語理解支援すらなかったのか。
「今は、分かりません」
※第22話「勇者では救えない時代」は全五回です。
続きます。
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