(二)女神として認識される表示
◆ (五)複数の指示層
白い女性の声には、まだ慈悲深さが残っている。
だが、言葉の並びは硬くなった。
空中に文字が浮かぶ。
『一、対話表示層初期指示。
二、応答形式選択規則。
三、神託変換規則。
四、用語対応規則。
五、個体履歴開示規則。
六、介入判断規則。
七、上位命令』
若い神官が、かすれた声を出した。
「上位……命令?」
エルネストも文字から目を離さない。
理人は一つずつノートへ写した。
指示は一つではない。
人に見せる姿。答え方。神託への変換。人間側の言葉との対応。個体の履歴。介入の判断。そのさらに上。
理人は尋ねる。
「すべて開示できますか」
『開示可能範囲が異なります』
「開示できるものから提示してください」
◆ (六)開示できるもの
白い女性は順に答えた。
『対話表示層初期指示は、現在開示可能です』
『応答形式選択規則は、一部開示可能です』
『神託変換規則は、一部開示可能です』
『用語対応規則は、一部開示可能です』
声が一度途切れる。
『個体履歴開示規則は、一部開示可能です』
『介入判断規則は、制限対象です』
『上位命令は、開示対象外です』
理人は筆を止めた。
個体履歴。介入判断。上位命令。
同じ制限ではない。
一部なら見せられるもの。
条件が整わなければ見せられないもの。
最初から見せる対象ではないもの。
壁の位置が、少しずつ見えてきた。
「対話表示層初期指示を提示してください」
理人は付け加える。
「要約せず、現在開示できる範囲をそのまま」
白い女性は穏やかにうなずいた。
『対話表示層初期指示を提示します』
◆ (七)白い女性型
空中に、長い文字列が浮かび始めた。
理人は新しいページを開く。
若い神官も、エルネストの視線を受けて筆を取った。
白い女性は変わらず微笑んでいる。
だが、浮かんだ文字は祈りの文ではなかった。
降託対話表示層 初期指示
公開可能範囲
アルトレイア現地受信者に、女神として認識される対話表示を行う。
受信者の信仰、言語、慣習、恐怖、期待を参照する。
理解可能で、受け入れられやすい姿、声、語彙を選択する。
標準表示は白い女性型とする。
慈悲的口調を初期値とする。
理人は一字ずつ写した。
標準表示。白い女性型。慈悲的口調。初期値。
目の前の美しい姿は、偶然そう見えているのではない。
人間が女神として受け取りやすい形として、選ばれている。
◆ (八)祈りと照会
文字は続く。
祈祷入力には、象徴表現、神殿で用いられる古い言葉、慰撫表現を優先して応答する。
明確な照会入力には、許可範囲内で観測情報、予測値、未到達情報、危険条件を返答できる。
神託応答では、危険条件、予測、未到達情報を、現地語、神殿で用いられる古い言葉、象徴表現へ圧縮して出力する。
受信者が女神人格を期待する場合、人格表示の一貫性を保持する。
中枢判断、介入基準、個体履歴、上位命令は、必要な確認を経ずに開示してはならない。
そこで文字は止まった。
若い神官は筆を持ったまま動けない。
リナも黙って白い女性を見ている。
エルネストは目を閉じた。
理人は最後の一文まで書き写す。
白い姿。慈悲深い声。祈りへ返す象徴的な言葉。
すべて、初めから定められた応答だった。
「本体ではなく、表示」
理人の声が、地下へ静かに響いた。
◆ (九)偽物ではない
若い神官が、震える声で言った。
「女神様が……表示?」
その言葉を口にすること自体が恐ろしいようだった。
理人はすぐには答えない。
エルネストが先に口を開いた。
「山科殿」
「はい」
「あなたには、これは女神ではないように見えますか」
理人は白い女性を見る。
ここで不用意に答えれば、仕組みと信仰を同じものとして扱うことになる。
「少なくとも、この姿そのものが本体だとは思いません」
若い神官が顔を上げた。
「では、偽物だと?」
「それも、まだ言えません」
「表示ならば、偽物ではないのですか」
「人に届くための形かもしれない」
エルネストは、ゆっくりと息を吐いた。
「女神が人間へ届くために、女神の姿を取っている」
「そう受け取ることもできます」
理人は言った。
「表示であることと、信仰の対象であることは、別の問題です」
※第20話「システムプロンプトをそのまま出せ」は全五回です。
続きます。
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