古木との約束、そして重なる声
さやさやと鈴の音だけが響いている。
昼間で有るにもかかわらず、瞳が金色に光って見え、
その光景は、ただならぬ気配を感じさせる。
サナが詠唱を始める、詠唱の言葉は、強く言い放つ呪文ではなかった……
その声に重なるように、もう一つの声が響いた。
――ああ、ライカ……一緒にね……
耳に届く音ではない。それでも確かに、美しい女の声として意識に届き、その意味まで同時に理解できた。
――Daoust ha dougiñ a rez ar vuhez, ……
――生命を佩帯するのか……、
イチイの木の周りに薄い球状の結界の様なものが形成され始める。
あまりの大きさに見物人たちは一瞬どよめく
その中で、クララ、アラミールが違う驚きを見せる
――この声を、知っている。
何処で聞いた?
誰の声だった?
サナはそんなクララとアラミールをよそに詠唱を続ける
――gant petra e armez da ene? ……
――何をもって武装するか……
それは拘束するようなものでなく、何かの境界を示すもののようだ。
――Stard ar gouriz, ……
――帯を締めて……、
結界が少しだけ揺らぎ、不気味な地鳴りと共に、球状結界の下半分ごと地面へ沈んでいく、
その揺れに動揺しながらもクララは……
女神ライカでは……
そこまで思考が行った瞬間――
……いや、聞いたことが無いのに、何故そう思った?
アラミールはふらつき、クララによりかかってしまいつぶやく
「クララ、私の、エルフとしての血が湧き踊るようだ……」
クララはアラミールを支えて言う
「ババァに寄りかかるんじゃないよ、しっかりしな。」
――ha diskenn anezhañ, sur ha sioul. ……
――確かに取り下ろす……
陥没した地面から押し出された土砂が、重力に逆らって這い上がる。
球形の結界に沿い、下から上へ、土の殻を作っていく。
見ていた者たちは、頭では解っていたが、ここまで地形を操れる事に驚く
――Kresk, deu da vezañ, ha sav da sked, ……
――生ひ成りて昇華せよ……、
球体が完全に土で満たされた瞬間、バキバキと言うような、
くぐもった音が鳴り球体は崩れ、盛土が出来上ると中心に最初の芽が出る、
異様な光景にもはや学生たちは恐怖し、多少腕に覚えの有る者は皆思い思いに結界を張り始める
――losk da ene. ……
――魂を燃やせ……
周辺に急速に伝播し根吹き、地面を波打たせる。
その芽はサナの足元まで到達し、まとわりつき、足の肉に食い込んで血が飛び散る
少しバランスを崩しながらもサナは続ける
――Doue en deus graet eus an douar-mañ……
――神が不毛の地とし……、
見ている者たちから声が漏れる
死から生への強制的なサイクルを理解できずとも、その異様な循環を肌で感じ、たじろぐ
周辺の土が中心に引きこまれ、先ほど芽吹いた芽と周りの草木が中心に集まる
サナの足に食い込んだ根も赤く染まりながら引きずられて解けてゆく
――ur vro divleuñv, ha savet anezhi.……
――立てられた……
土の色が変わったと同時に集まった草木は枯れ、土に戻る
――Dre youl ar warez,……
――守りの意思により……、
中心は少し盛り上がりはじめ
苔の和毛。
青草。
小さな花。
巻き付く蔓。
若木たち。
――ar gwer-don a c’halv ar repos,……
――深緑が安息を呼び……
それらが中心から外側へ渦を巻くように緑が広がっていき
その中心では、幹が急速に育ち、立ち上がる。
土の匂い……植物の瑞々しい青臭さ……
――hag an douar-mañ a vo renet.……
――この地は統治される……。
――beziadur ar gwezenn-vuhez……
――命樹葬生
周辺の地形の変わりようとは裏腹に静かに呪文を終える
見る間に一本のイチイの大木がそびえ立つ。
根が止まり、
土煙が落ち
風が吹き
葉がざわめく、
見上げると、赤いイチイの実がこぼれ落ちまいと、たわわに色づいていた
「へへ……イチイのジャムが沢山できそう、種はコルサの狩猟用に……」
そんな事を呟きながらサナはぼんやりと木を見上げていた
「「「おおおおっ」」」
多くの者が歓声を上げる。
初めて祖霊魔術を見て、自然すら操る事象に畏怖を感じた者は声すら上げられず、ただ呆然と大木を見上げていた。
「サナー。大丈夫?」
コルサとクララがやってくる。
「ほら、傷見せな」
そんな声をサナは聞きながら意識が遠くなるのを感じる
「ああ、これは、何度感じても慣れないわ……」
………………
…………
……
…
————暗転
霊廟…………
「ここは?」
「術が成立しない、もう空間波動は変えられている??」
――ぎぎぎぎぃぃ
同時に複数の軋む音がする…
箱から?
気がつくと黒塗りの携行箱は左右に開かれていた。
————祭壇?
内部に組まれた異様な祭壇が姿を現す
その祭壇は、おそらく何かの遺体?……人間ではなく動物でも魔物でもない何かの禍々しい異型の遺体、もはや干からびてミイラのようだ。
セシアンたちは呪文を唱え始める
同時に奇妙な祭壇のミイラたちがその呪文を聞いた瞬間から うめき声を上げ叫び始める
セシアンたちの呪文はミイラ達の悲鳴にかき消され、その叫び声はそこにいる人間全てに呪いをかけるようだ
呪文を唱え終えたセシアン達は次々と血を吐き倒れていく
異型の遺体はその血を欲しているように、更にけたたましく声に成らない叫びを上げ続ける
「こう成ったら、私は————」
————暗転
周りの仲間達は……霧の様な姿になって消え、残滓だけが微かに残る
サナ自身も皮膚が薄い紅色に変わり、脈管がひかり始め虹光身となる、
――もう持たない。
脱力と共に身体は縮み、子どものような大きさに成り、様々な色に光っているように感じる。
爪が落ち、髪の毛もサラサラと抜け落ちる
装飾や衣服がぺたりと床に落ちるのが見える
すでに個では無かった、しかし不思議と高揚感に包まれる
今までの出来事が全て同時に垣間見れ…喜びも悲しみも溶け合う気配がする
「ああ。わたし…は…とても………幸せでした……」
————暗転
サナは本来のライカの姿を見ていた。
「……ライカは……黒髪なんだ……」
ライカはサナの声を聞き、目を閉じ微かに微笑む
「ねぇ、あなたが本気で命樹葬生をしたら、町を丸ごと……あー、国ごと?……すごいね……私のは劣化版なんだ……」
ライカは目を開けて、少しだけ寂しそうな顔をする。
「サナ……あまり強い力はこの次元層を壊すわ……」
「ライカ……やっと、おしゃべりできたね……あの空間で私は何年……」
ライカは微笑んでいた。
二人はそれから、しばらく他愛のない話をした。
ただ、その記憶が目覚めた後のサナに残ることはなかった。
————暗転
「………………………………ナ」
「…………サ…………ナ」
「……お……サナ」
「大丈夫?サナ?」
コルサに膝枕をしてもらっていた。
「……あれ?……コルサ?……ここはトーラスの森?」
「学園だよー」
コルサは心配そうに覗き込む。
「サナ、あんた少しの間だけど、気をうしなっていたんだよ」
クララもそばに居てくれたようだ。
サナは、思い出した内容から、かなり時間が経って居ると思い
「ごめん、すごく長い時間……」
安堵したコルサは尻尾を振りながら答える
「そんなに、時間はたってないよ?」
見ると、集まっていた教員や生徒たちはまばらになり、
研究熱心な者がイチイ木の下に集まって色々話し合っているのがみえる
「ほんの数分さ、あ、あんた達、かえって良いよ」
クララは魔工医療師達に声をかける
サナが植物に巻かれ血が飛び散った事に驚き、術が終わったあと、
学園側の魔工医療師と元素治療師が気を利かして来てくれていた。
「いやー。クララ枢機卿の神癒は凄いですな」
魔工医療師達は今日すごい現象を2つも見れたような会話をしつつ去ってゆく
「その治癒能力をあまり一般の人間に見せたくなくてね」
クララが勝手に治っていくサナの身体を見て機転を利かしてくれた。
彼らにはクララの“神癒”が効いたことに成っている。
「あ、そなの? あーそうかぁ……」
サナも自然治癒は孤児院に居た時にラケル爺さんに“知られない方が良い”と言われていた事を思い出す
「随分と顔色も良いね、大丈夫かい?」
クララは安心していつもの調子に戻っている
「えへへ、コルサの膝枕が効いたね、尻尾モフモフしながら寝てて良い?」
サナはコルサに甘える
「あん、やだ、ちょっと、尻尾は……」
コルサは何故か顔が真っ赤であった。
「サナ、じゃあ、ちょっと教員たちに色々説明を頼む」
「えー、クララやだよう、ちょっと、扱き使いが過ぎない?」
ため息混じりにクララは言う
「いやー、元気そうだし、研究熱心な者たちが……」
「ええ、ぜひ、色々ご教示して頂きたい」
サナの後ろに沢山人が集まっていた
「はひ?」
サナはこの後、会議室に呼ばれるのであった




