3話 ライカが開闢した世界
此処は、ライカが開闢した世界。
樹林の奥深く、濃い緑の香りに包まれ、空気はひんやりとしていた。
朝の光が木々の間から差し込み、森は暖かさを取り戻し始める。
微かな生命の息吹が動き始めていた。
「ここはいつ来ても神秘的だね」
男は息子と共に気持ちよさそうに背伸びをしながら、上を見上げる。
「しかし、こう高いところに葉を広げられると……暗くてしょうがない……」
男は斧を出して木を間伐しようとしていた。
背の高い広葉樹は地面に光が入らない為、生態系のバランスを崩し、森が弱くなるからだ。
「森人の祖霊よ、木々の許しを頂き、間伐を許し給え」
男は息子に手本と言わんばかりに、はっきりと詠唱し強化魔法を唱える。
「おわぁ、剛腕だぁ」
息子は父親の屈強な筋力増加に加え、魔素が絡みつく光景を見て声をあげる。
斧の一撃は強化魔法によって思ったよりも深く木にめり込み、思いのほか早く木を切り倒してしまう。
本当なら一撃でも可能だが、間伐はただ切り倒せば良いわけではなく、倒れる方向、切る場所が重要である。
「剛腕だけじゃないぞ。祖霊に頼んでいるから木も少しは柔らかくなるんだよ」
「へー。すげー」
「まぁ、あんまりやり過ぎると筋肉痛になることもあるから、加減が難しいがな」
「土魔法で根っこごとはダメなの?」
「あ、それは開拓の時だ。間伐じゃぁ使えねぇ……」
父親は強化魔法の使い方と木こりの仕事を息子に教えていた。
この世界の魔法は例外もあるが、種族や属性に関係なくほとんどが使える。
魔法の源は「自分の魔力」「魔素」「空間の水分子の情報(記憶)」「エレメント」「祖霊の許し 」の五因子で、最低でも2種関わって発動している。
通常、詠唱し、自分の魔力をベースに他の因子やエレメントに干渉するのが主流である
いま、木こりが使った魔法は主流の魔法では無く、専業魔法と言われるもので認知度が低くあまり知られて居ない、しかし、《祖霊魔術》の類であり。対象に対してもデバフの様な干渉があり、非常に強力である
この《祖霊の許し》を経て使う祖霊魔術の強さは、術者の能力だけでなく、先祖との関係性で変わるため、人徳や家柄、宗派や住んでいる場所などの要因で得意不得意は出てくる。
《祖霊魔術》の習得はソウルラウンダー(霊媒師のような者、沙庭職)に依頼して祖霊との繋がりを整え、魂そのものが得意とする魔法を鑑定する事で、魔法を使えるようになる。その話はまたあとに……。
木こりが木を倒し、太陽の光が地面に差し込む。
少し視界が良くなった。
ふとその先に、何かが居るのを子供が見つける。
「父ちゃん、あれ……」
「なんだ、ありゃ……」
本来、樹林の木々はまっすぐ上に伸びているはずだ。
日が差し込んだことで見えた光景は、木こりも見たことがない森の形だった。
双子の大木が二本、寄り添う様に生えており、その双子の木が成長する際に、周りの木々や植物が吸い込まれたように螺旋を描き、双子の木の根元に“結びトーラス”がその双樹を結んでいた。
その結びトーラスの結び目の中心に、幼女が目を閉じて座っていたのだ。まるでそこに何年も前から瞑想を続ける僧侶のように……。
だがしかし、普通の人間が見ると、その植物トーラスから“生えている”ように見えるらしい。
「こりゃ、アルラウネじゃねーか?」
見間違いだ。しかし無理もない。
木こりの男はアルラウネ自体を近くで直視したことがない上に、この異様な状態の植物の中にいる五歳ほどの幼女をアルラウネと誤認してしまう。
しかも、五歳ほどの幼女なのにその容姿は目を見張るものがあった。
まるで光を纏ったような亜麻色の髪を持ち、柔らかなカールが肩先まで流れている。前髪は目元にかかるほどの長さで、両側に軽く分かれ色艶の良い肌が光っていた
これは、女神ライカにも、生前のサナにも似た容姿だ……。
「うわー、寝てるの? かわいいー」
息子は初めて見るアルラウネ(見間違いだが……)に驚きを隠せない。
この世界のアルラウネは非常に大人しく、成体は会話もでき、容姿も美しいため乱獲が進み、今は極めて数が少ない。
何より、このモンスターはエルフ族の寵愛を受けている。アルラウネが森に居れば間伐は必要なく、森が丈夫になるため、人間の間でも保護対象である。
「こりゃ、ラケル爺さん(エルフの長)に知らせないと」
ラケル爺さんが来てみれば、その場にただならぬ気配があることに震えた。
「この子は本当にアルラウネかのぉ……?」
ラケル爺さんは長く生きた老いぼれエルフだ。しかし年を取った体がアルラウネに近づくほど調子が良くなるのを感じていた。
それは、女神ライカの権能がエルフの感性にリンクして起こる現象だった。
同時に、不思議と膝が折れるのだ。気がつけば、ひざまずいていた。
威圧ではなく、女神に対して絶対の信仰を持っているからだ。
「爺さん、どうしたんだい?」
人間の木こりはこの気配に気づかない。
「これは……?」
爺さんはこの感覚を理解できなかった。
それもそうだ。女神降臨は、この世界が開闢してから初めての事であったからだ。
気がつけば、アルラウネの“本体”のような樹木から、ゆっくりと五歳児ほどの女の子が抜け出てくる。
先程まで目を閉じていた少女の目は薄茶で色素が薄いため金色にも見え、見る者の心を覗き込むような魅力がある。
「おおっ」
ラケル爺さんはブルブルと震えながら感銘のため息をつく
「あれ、おとうさん。アルラウネじゃなくて人間の女の子だよ」
木こりの息子は全裸の女の子を前に顔を真っ赤にして直視できない。
同時に、気配が「ふっ」と変わり、ラケル爺さんの震えが止まった。
女の子はキョロキョロと周りを見回すと、ぱたんと倒れた。
―――
拾われた森からほど近いペチカ村の孤児院に運び込まれていた。
このペチカ村は比較的多種族が生活している町であり、森を管理するために栄えた町なので、エルフと人間と獣人が一番多く、ドワーフやノームは少ない傾向にある。
サナは診察を受けていた。
孤児院長でもあり医療担当でもあるエルフのシャルトリューズは、不思議そうにサナの魔力の流れを診察していた。
「エルフ……エルフの女の子ですよ……でも……」
なんだか煮え切らない物言いだ。
子供のエルフとは思えない魔力回路なのだ。
「まるで、長い年月訓練されたエルフの魔法使いのような……流れを持ってますね。しっかり把握はできないのだけど……」
鑑定眼がほとんど効かない。
興味津々で確認を続けている。
「ラケルさんが“何か”あるって言ってたのは、この魔力流動を感知しちゃったからかも」
エルフは自分の肘を抱くようにしながら、片方の手で顎に触れる。エレメントの助けで鑑定眼のように使えるスキルがまるで封じられているようで、何か引っかかるようだ。
「しかし、かわいいのう」
ラケル爺さんは、ボケているのか、性格なのか……森の中で受けた力のことは忘れているようだった。
「丸耳で、人間にしか見えんが、かわいいのう」
ラケル爺さんのおとぼけぶりに、シャルトリューズは思わず笑いながらも呆れてしまう。しかしその様子は、どこか《どうでも良いだろう》とでも言いたげだった。
「ほんとにこの爺さん、何歳なのかしら……」
笑いつつも、シャルトリューズはふと不思議に思う。
エルフの寿命は非常に多様だ。千年を生きても若者の姿のままの者もいれば、二百歳ほどで老人の姿になる者もいる。逆に老人の見た目のまま長く生きる者もいれば、若々しく見えたまま早く寿命を迎える者もいる。いまだ一貫性のない、謎の多い種族なのだ。
「……ん」
その時、サナが目を覚ました。
「おお、娘っ子。目が覚めたかえ」
ヘーゼル色の瞳が、キョロキョロと周囲を見回す。
「お嬢ちゃん、お名前は?」
相変わらず能天気なラケル爺さんが問いかける。
「わたしは……サナ?……」
名を答えた瞬間、鋭い痛みがサナの頭を突き抜け、視界がぐらりと揺れた。
――これは修行時代によくあった“魔力酔い”…なのか?…。
「?!! え……何? 私……?」
小さな身体の違和感。やけに鮮明に見える視界。五感すべてが以前知っていた感覚よりも精密で、高解像度に拡張されている。
混乱の中、記憶のいくつかが滑り落ちていくのを感じる。しかし――何を忘れたのかは、わからない。
「サナちゃんなのね。それ、魔力酔いみたい。まだ無理しないで横になっていて」
シャルトリューズは慌てて椅子から立ち上がりサナを支え、落ち着かせた。サナはそのまま寝転がると、少しずつ呼吸が整っていく。
「サナちゃんか。かわええのう」
ラケル爺さんはいつもの調子だ
「ちょっ、ラケルさん、それ、私の椅子だから、サナちゃんじゃないし」
シャルトリューズは振り向いて明後日の方をみて喋るラケル爺さんを呆れながら注意する
「ん? おおっシャルトリューズちゃんは綺麗じゃのう…」
あ、この爺さんだめだ……いや、演技かも……
「はぁ……」
シャルトリューズはため息を付いた。
―――
名前は「サナ」。なぜか、それだけは確信があった。
おそらく五歳ほど。
目を覚ましては意識を失うことを一日に何度も繰り返し、七日以上は経っただろうか? 日にちの感覚がない。
その間に、サナは何度も女神と話す夢を見たが多くは覚えていない。
「あなたがもしもの時は、力を貸すわ」
女神ライカはそう告げた――ような気がする。
そして同時に、ひとりの女性の人生を知っていた。
きっと、私なのだろう…
しかし、この体の違和感が“自分は何なのか”そう伝えてくる
目を閉じるだけで、記憶が流れる、まるで夢を見るように…
夢の断片、記憶の欠片をつなぎ合わせながら、
問い続ける日々が続いた。
強い胸騒ぎ。その奥にある、女神ライカの不思議な安心感。
エルフなのに丸耳。小さすぎる身体。女性の日常を追う夢。
――夢に出てくるあの男性は……大切な人「カーム」?
そう思った瞬間、また女神の気配が胸の奥に流れ込んでくる。
孤児院が女神ライカを信仰しているせいだろうか……?
サナはぼんやりと、壁に掲げられた女神のレリーフを眺めた。
女神ライカは細身の女性像。もう一柱の女神エルンストは、がっしりした体躯で、どこかドワーフのようにも見える。この世界は、二柱の女神が創ったとされていた。
夢に出てくる女神は……ライカ様、なのだろう。
―――
孤児院は毎日賑やかだ。他の子供達が大勢いるため、騒がしさが絶えない。
女の子たちは皆、口を揃えて言う。
「ライカ様って素敵よね〜!」
男の子たちは負けじと言う。
「おれ、エルンスト様みたいな強いゴーレムみたいな男になるんだ!」
どうやらエルンストは“強さの象徴”らしい。
サナはつい、口にしてしまった。
「エルンはもっと大人で、色っぽい女性よ……あれ?」
自分で言って、自分で驚く。これは――ライカの権能? 強制認識?
なぜ今、こんなところで?
男の子たちも驚いて叫ぶ。
「えー! おめぇ見たのかよ!」
サナは平然と返した。
「見てないよ。誰が見たの?」
そして何故か子どもたちもサナの言葉を自然に受け入れてしまう。
気づけば「誰が見たんだ?」という流れになり、孤児院長シャルトリューズさんを質問攻めにして困らせていた。
「も〜、サナはおもしろいこと言うね」
子どもたちはそう言って笑う。
サナはその声を聞きながら、女神ライカの気配を感じた。
なんとなく――エルンスト様の容姿は、あのレリーフとは違う気がする。
……ライカ様のレリーフが、今ほんの少し笑ったような……?
サナは孤児院で、そんな穏やかな日々を過ごしていた。
そして後に、夢で見続けた“ひとりの女性”の痕跡を探す旅に出ることになる。
それは――まだ少し先の話だ。




