2話 非終端領域から終端領域
ライカはなんとか、禁呪を使った魂と自分を繋ぎ止めることに成功していた。
しかし問題も残る。
魔改造された禁呪を使った魂には欠損が多く見られ、その欠損部分をライカが“融合する”ような形でつなぎとめているのだ。
このまま手放せば、この魂は輪廻から外れてしまう。
「本当に……無茶なことを……」
欠損してしまった魂は、やがて、神には見えなくなる。
神が“見ること”をやめてしまった魂は、制御を失い空間の狭間をさまよい地獄の様な世界を作ると言われている。
運が悪ければ女神たちと対極にある者の糧になってしまう。
勝手に魔改造された禁呪を使った者の自業自得な部分もあるが
この様な事も管理するのが女神の仕事の一部である。
ライカは何かを思い出し、苦虫を噛んだような顔をしていた。
何かに追い詰められ禁呪を使った魂
――サナ・ククルの魂を、ライカはある女神との思い出に重ね合わせていた。
狭間の世界や対極する者の糧にはしたくない。しかし魂の欠損によって、このままでは輪廻から外れようとしている。
女神ライカは魂に自分の一部を分け与えることにした。
そもそも人間(多種族も同じだが)は、実は女神、あるいはその上位の神の“現身”なのだ。
欠損した部分を女神自身が補填してゆく
――部分的な融合。
開闢以来、そんなこともあるのだろうかと、困惑しながらもどこか面白がっている自分がいることに、ライカ自身が驚いていた。
「これも融合の……サナの……?」
女神の権能を使い、魂の器を用意する。
ライカの作った世界のある座標に空間を割り込ませる。その空間には何もなく、“色”という観念すら存在しない。
ライカはその世界で上位の神の真似事をする。
自分のフィールドを展開し、そのフィールドに受肉させるポテンシャルを成形する。
静まり返った高いエネルギー場の中心で、完全な対称性を維持する。
「やはり、ずいぶん不安定ね…いや、それは可能性か…」
未分化の可能性を同時に複数作り上げ、絶妙な均衡を保ち、何一つ存在していない状態を維持する。
そこにライカの思考の揺らぎを与えると、その高いエネルギーの均衡が崩れ動き始める。エネルギー場のあらゆる場所に自発的に対象を破り可能性達は固定される
「神様、怒るかしら?」
ここからがライカの得意性だった。
その世界を、いくつものパラレルワールドを作り直し、その多くの世界で同時に作成し星や世界の残骸を元に何億万分の1の確率でサナの身体を作り、本来干渉できない物を干渉させて、重ね合わせ、最適解を持ってくる。
更にライカの世界よりも上位の世界でサナに受肉させ、その身体だけを今の自分の世界へと入れた。
「ここまで周波数が違うと、人の目には映らないのね……」
出来上がった体をライカの世界に取り込み、物質の周波数を調整し、多量の情報を押し付けていく。
自分の世界に適合させ、向こうの世界を切り捨てるように空間を閉じる。
そうするとライカの世界の理に従い、空間も植物も物質もすべてが適合していく。
この世界の質量全てが情報の多さに悲鳴を上げていた
もし、その場面を人間が目撃したならば――
人の形をしているような“光の靄”が異様に蠢き、何かが成型されているように見えただろう。
それはこの世に存在しないもののため、この世界の生き物が認知できる情報しか可視化されないからだ。
やがて、この世界になじむころ……サナの自我が保たれ、サナ自身も気づきはじめる。
「え? ここは……?」
沙庭職のサナは、死後の世界をそれなりに予想していたはずだったが、あまりの違いに混乱していた。
(さにわしょく) 神託を受ける者。この世界ではソウルラウンダー・リンカーなどが居る)
「あれ? んー。あー。へ?」
祖霊たちから聞いていた死後のイメージとは、まるで違っていたのだ。
「サナ……お話できるかしら?」
ライカがサナに話しかける。
サナ「…………」
意識がさらにはっきりし、書物でしか知らなかった“女神ライカ”と話しているという事実が、五感を超えた“何か”として伝わってくる。
「なぜ……私は? あれ? ここは? すごく暗い? いや、白い? え? 無い?」
人間には認識できない空間のため、そこが漆黒なのか真白なのか判断できるはずもない。
サナは少しパニックになっていた。
「ええ、眼球も脳も、まだ出来ていないもの」
ライカの言葉にサナは驚いて声を上げる。
「え?」
ライカもサナの《え?》という驚きに
「ん?」
と、ライカは不思議そうに短く答える
この場所では姿はわからないが、サナには女神ライカがいたずらっ子のように微笑んでいる気がして、少し戸惑う。
「サナ、夢の中だと思ってリラックスして。身体は作成中よ。これから少しの間、一緒にこの体に入ってもらいます」
サナ「ええ? 作成? 一緒? 入る? どういうこと??」
ライカ「まぁ、もう入ってるけど(笑)」
まただ。女神はこんなふうに可愛く笑うのだろうか?
サナは、生前に親戚のお姉さんに可愛い悪戯をされ、ほっこりして二人で爆笑したときのことを思い出していた。
だが同時に、サナは自分が行った“あれ”を思い出し、慌てて口を開く。
「それより私、取り返しのつかないことをしてしまいました。女神様……罰を受ける覚悟はできています」
サナの言葉に、ライカは優しく静かに答えた。
「もう受けているわ。あなたは、もう転生する必要は無かったのよ、でも、思いも、願いも…まだ有るみたいだし、貴方の祖霊の方々の意見も尊重するわ」
サナは思考が追いつかなくなっていた。
「え? 必要が無い?」
思考停止しそうなサナをよそに、ライカは淡々と続ける。
「私が紡ぐ世界では、三番目の身体まで到達した魂は居ないの、あなたが初めてね」
「え?3つ目の身体……うっ…んん…」
サナは、脊髄のような“何かの軸”を感じはじめ、意識が何かに引っ張られていくのを感じ、ぼんやりしはじめる。
「のんびり構えていたから、準備が出来ていなくて…、転生は出来ないの、受肉に近いかな。……そういえばサナ、聞きたいことがあるのだけど」
ライカの問いは、どこか時間がなさそうな気配を帯びていた。
「はい。なんでもお答えします」
「サナの使った…妨害されながら使った禁呪のだけど……」
「間違いにしても、禁呪に即席で再構築、書き換えする方法はいったい、どこで知ったの?」
「はい。私、ソウルラウンダーで(霊媒師のような者の事)…え?間違ったって??…」
サナが説明しかけた瞬間、周囲の雰囲気が変わった。
暗闇なのに、薄っすらと“森”のイメージが浮かび上がる。
よく見ると、禁呪と同じように“植物が成長し、種を残し、また成長し”、そこへ金属のようなプラズマが粘度ある液体のように、ふわりと吸い込まれていく。
吸い込まれた部分から枝葉が落ち、落ちた場所からまた禁呪の動きを繰り返す。
それらはやがてトーラスの形を作りはじめていた。
サナは驚き、言葉を失ってしまう。
「え? 禁呪と同じ術式?? でも改造されている?? すごい……これが正解なの??」
そう考えた瞬間――
時間、感覚、意識が…完全にバグった。
一瞬だったような、十年経ったような、いや百年……?
サナは感覚の混乱に呑まれていく。
「禁呪ではあるけれど……これは禁呪ではなく“進化の種の術式”よ。
あなたの行ったのは“私を降臨させたかったのと、空間の修正”なのかな?
……少し…随分間違っていたけれど。この部分は、私が手伝うことで完結するの、だから、“行う”ではなく、“成す”なのよ」
そう言って、女神ライカは少し微笑んだ。
「あなたは、“祈り”と“感謝”の術式の成功者よ」
しかし、その言葉も表情も、サナにはもう届いていなかった。
「でも……古い祖霊と、日不見の女神が……」(祖霊:先祖のこと)
ライカはサナの鼻の頭を指で微かに触れるような仕草をしながら言う
「ふふ、祖霊でも間違えることは有るの…でもそれ自体、理の意思なのよ」
――意識が滑り落ちる――
サナはそう感じながら“しがみつこう”としたが、この世界にはその観念すらなく、どうすることもできなかった。
「あっ……えっと……んー……早かったわね。……あら? そうだったかしら?」
何の感覚もないのに、ライカと自分が“数歩 歩いた”ような気がした。
「よっと……ふう。まぁ、この身体は、よくできたほうかしら?
新しい体でショックが大きいと思うけど、前世の記憶……まだ世界に統合させてないわ。覚えていてね……ほら、サナ、渡すわ」
耳鳴りなのか爆音なのか、そもそも“音”なのかすら理解できない圧が意識を制圧し――
同時に、一気に体の感覚が戻ってくる。
サナは突然、視界が与えられ、キョロキョロと周囲を見回す。
「おじさんと、子どもと、おじいさん……?」
前世のときよりも、視界も、風も、匂いも、感覚も……
すべてが必要以上に敏感に感じられ、情報量の多さに耐えきれず、サナは意識を失って倒れ込んでしまった。




