19話 旧友と再開のソウルラウンダー
昼も過ぎる頃に、馬車を引く夫婦が何かソワソワし始める。
その事にいち早く気がついたのは、サナとコルサだった。
コルサは獣人の耳の良さで、
サナは新しい身体の聴力で夫婦の会話を聞くことが出来た。
「あんた、どうするんだい……」
「ナタリア、俺、逃げたい」
御者台から聞こえる声は、いつもよりずっと低い。
「今さら? もう受け取っちまったろ」
「分かってる。……でも、“始末”なんて、私らには無理だ」
男は片手で顔を覆い、黙り込む。
「……だったら、人買いに渡して、それで終わりにしよう」
「そもそも最初の依頼はこんな話じゃなかっただろ」
女もすぐには答えなかった。
「だよね、なんでこんな話になってるんだい」
「だったら逃がす。金は……どうにかする」
「あんな金、受け取った時点で使っちまったろ」
「……結局、渡すだけだ。渡して、俺らは遠くに行く。それで終わりにする」
「でも、あの子が……まだ……」
そんな会話が馬車の軋む音に混ざって聞こえて来た
「ねぇサナ…」
コルサは不安そうにサナに声をかける
サナは額に手を当てていた、
「セシアン…何だっけ?」
サナは軽い頭痛を振り払う様に顔を上げる
「あの人達、不運に括られているわ、私が解くわ」
そう言うとサナは荷馬車の後ろからひょっこり顔を出して言う
「ああ、だめですよ、人買いも、セシアンが牛耳ってるよ」
夫婦「うわぁぁ」
御者をしていた夫婦二人は大声で驚くが、
馬はいつもの事と言わんばかりで歩みを止めない。
「なななん…なぁ」
「いやー、セシアンより、面倒なのが近づいて来ていて…」
ふと、馬が前方に見える人をみて、止まり怯え始める。
見ると、金髪のスラリとした女性が凄い形相でハルバートを構えて立っている。
女性と言えど肩も腕も女にはない厚みを備えていて鍛え上げられている。
それは彼女の美しさを損なうどころか細く締まった腰と豊かな脚の線を、
いっそう鮮やかに際立たせている。
しかもこちらを凝視していて、立っているだけなのに隙がない。
それでいて目を奪うほど美しいのが、
どこか理不尽にさえ思え女性を見ているはずなのに、
同時に強者と向き合っているような緊張を覚えた。
「うわ、こんな王都近くで盗賊か?ん?一人?」
「あ、あれ、王都のギルドマスター、カルラだよ」
カルラの戦闘狂とその性格は王都では有名である。
カルラはハルバートのフラッグを高くなびかせる
それを見たサナは夫婦に呑気な口調で言う
「あ、あのフラッグ盗賊殲滅の識別のやつだ、まずくない?」
そんなカルラの姿が“フッ”揺れたかと思うと、すごい勢いで近づいて来る。
「ひいぃぃぃ。」
夫婦は悲鳴を上げる
「あ、やば、―――願い重なりて波は層に沈む、刻界結晶ドミニオン」
サナの瞳が薄い金色のように光ると
ハルバートを持ったカルラの周りの空間が歪み、
まるで透明なビズマス結晶で包まれるように空間に幾何学模様が発生する。
ビシビシと音を立てながら成形され、
同時に虹色の虹彩が揺れるように付き始め完全に包まれる。
まるで拘束して固めたように見えるが、半透明で中のカルラが確認でき、
よく見ると、僅かに動いており時間が究極まで遅延されている
「さて、どうします?私たちを始末します?」
人間を変な魔術で拘束した子供に対して、夫婦は怯える
「まぁ始末しても、カルラに殺されるでしょうけど」
途方にくれる夫婦。
「そこで、ちょっとお話が…まず、あなた達、騙されてるよ。」
「は?」
御者の夫婦は顔を見合わせる
サナは夫婦の頭上の中空の…少し遠くを見るような仕草をする
「テ…テオ君ね、セシアンに捕まってないわよ」
サナは積み荷に方杖をつきながら話す
「は?何で息子の名前、知ってるんだ?」
夫婦は目を見開いて視線を向ける
「私はね、ソウルラウンダーなの。知らないけど、見えるのよ」
こんな子供がと言わんばかりに目を見張る
「あんた、本当に神の子…ソウルラウンダーなのか?」
夫婦は、驚愕するが、直ぐに助けを求め始める。
周知の事実として、ソウルラウンダー、ソウルリンカーの沙庭職は、
王族やライカ聖教の相談役であり、どの権力にも属さず、
常は国民の味方で有るからだ。
子供で有っても、能力は変わらないし、それは神童とか神の子と呼ばれる
サナは虚ろに答える
「ええ、本当は全ての人は神の子なのだけれど…」
呟くサナの声は夫婦の心配事にかき消される
「テオは無事なのか?」
サナは少し目を閉じ、半目で左右を見回す仕草をする。
「無事も何も、北の…ドウェルガズの町…鍛冶屋で働いているわ」
サナは、印を切り夫婦の額に印を組んだ指先を当てる。
夫婦の思考にサナの見えるイメージを見せる
「え?ああ?テオ、無事なのね」
夫婦は手を取り安堵していた
「テオが無事で良かった、でもなんで?」
サナは積荷の上に座り直し
「あ、それはね、私たちと同じ様にさらわれたけど、首謀者が逃がしたみたい、今の貴方達のようにね」
王都の市民がこんなに子煩悩なのは理由がある。
それは、麗石導環が大きく影響していて国民の負の感情を吸い上げる機能を持っているのだ、テオをさらった人も王都市民なのであろう
「あなた達は王都には入らない方がいいわ、セシアンはあなた達を殺すつもりよ」
「え?」
夫婦は顔を見合わせる
「セシアン…あの人達、人間だけど、自分ら以外は人と見ていないわ」
「そんな…」
夫婦の顔色が変わる
サナは呟く
「人間至上主義とか言いながらセシアン至上主義ね…」
と呟きながら軽い頭痛を感じ、顔を歪めるが夫婦の祖霊が干渉してくる。
サナは夫婦の左上の中空を見ながら呟く。
「ええ、わかっていますよぉ…」
サナは素早く手印(契手)の結びを数回繰り返し問いかける
「ご夫婦の護送、誠に感謝致す事成れど、かの人 謀られ気付き、思ふわが子迎へ入れぬとし 行先がかはり、たより無き者となるゆえ、とくとく先参られよ」
再び手印の結びを数回行い、八握剣と言う手印を組み
その指先に息を吹きかける。
「あんた、何している?」
サナと祖霊にしか見えていないが、夫婦の先祖が変な付き物を落とすように要請が有ったのだ。
「“送り喰らい”よ、最近多いのよ。」
常人には見えない大きな口の化物は目もないのに煙たそうにサナをみて半開きの口を閉じ消えてゆく
「祖父様…テオムさんかなぁ、その人のお願いで払いました」
“送り喰らい”死にそうな人間につきまとい死んでしまった人の魂と喰らい(融合し)ゴースト系の魔物に成りうる言わば他世界の霊体≒異世界の生命体だ。生前サナがこの仕組みを研究していた現象の一つだ
本来なら、死人が沢山出るはずだったこの馬車一行に目をつけ取り付いていたのである
サナは心当たりが有った、そう生前に…この術を仕込む人間と対峙していたことを
――セシアン・マギステル
「確か…わたしは…気がつけば…禁じ……」
蒼黒の波、魔素もエレメントも吸収され…魔祖が…
記憶をたどり思い出す、霊廟内で興奮した中年男性の声…
「まずは、こちらから導くのです。神を必要としない■■■■■を…」
サナは軽い頭痛を感じ記憶を探るが…
「おい、ソウルラウンダーの嬢ちゃん」
夫婦の声で我に返る。
「あたいの死んだ爺さんの名前まで解るのかい?ここに居るのかい?」
サナは頭を軽く振るが、こう答える
「居ませんけど、血を通じて繋がっているわ。」
「ああ、悪いことをするから、怖いことが…テオム爺、すまねぇ」
夫婦は両手の指を交差させ手の平を組んで震える
「またぁ…ご先祖様は怒ってませんよ、先祖の祈りは子孫の幸福に有るの、恐れじゃなく、喜びや…感謝で…祈りを届けてあげて…」
いつもそうだ、皆、祖霊との関係を誤解する、怖い物のように誤解してしまい優しい姿を見失っている。
「あなた達の幸せが最高の供養よ…。それより…」
「早く逃げたほうがいいわね、セシアンもそうだけど、あのカルラの方が厄介だわ」
そう言うと術で拘束しているカルラに目を向ける。サナに取っては生きている人間の方が厄介なのかも知れない
「早く行ってあげて、テオ君…寂しがっているわ、あなた達はまだ、悪いことは何もしていないわ。」
「ありがとう」
そう言うと、夫婦は何度も頭をさげ、2頭居る内の1頭の馬とともにその場を後にした。
夫婦が見えなくなってから呟く
「さて、術をほどくか」
虹彩が花びらの様にパリパリ乾いた音を立てて崩れはじめ空間結晶が解かれていく
花びらのように成った虹彩は剥がれ、離れるほど粉の様にキラキラ光りながら消えていく
――ドガッ
完全に術が解けると同時に先程居た馬の場所に槍が突き刺さる。馬ごと叩き切るつもりだったらしい。
隣の馬は怯えて暴走しそうになる。
「む?にがした?」
そう言いながら馬の首を抱き込み逃げないように何かの呪文で縛り付ける。
あまりに熟れていて何をしたか解らないが馬を制圧している。
くるりとサナを見て、近づき、サナは胸元を捕まれ持ち上げられる。
「てめぇ、逃がしたな?」
サナは、首をがっしり掴まれ人形の様に持ち上げられてプラプラしている
――普通、気が付かないのに…
――さすが、元沙庭職系の修幻道だ、本能で私が逃がしたって解るのね
「あいたたたぁ、いやいや、ちょ、子供にコレする?」
今にも投げ飛ばしそうである
「うるせぇ、誘拐している奴ら逃がしやがって、てめ、何者だ」
――ん。やばい、投げられそう、生前にもそんな事が有った様な…既視感…
「ま、ま、かるるん、落ち着いて、彼らは未だ悪いことしてないよ」
サナは笑顔で対応する
「あー?」
カルラは怪訝な顔をし、持ち上げた子供の顔を見る
「あ…」
サナはカルラの昔の愛称“かるるん”と呼んでしまった。
「てめぇ、誰だ、私をその愛称で呼ぶ奴は限られてんだが……」
ちょっと考え込んだが、はっと気がつく
「んー。てめぇ、サナだな?なんで子供になんか化けてやがる?どうせ、また、変な祖霊魔法を開発したな、ったく、」
初めて生前を知る者に出会って、どうしたら良いか解らず、とりあえず嘘を付いてみる。
「へへ。いえ、私はマリアンヌです」
サナの目は思いっきり泳いでいる。
「あー、なんだと?その喋り方、そして、そのヘラヘラした笑い方は絶対…」
その時コルサが割って入る
「サナちゃん大丈夫?」
「やっぱり、サナじゃねーか」
カルラ何か嬉しそう
「あーうー。とりあえず、おろして」
―――
「ところで、霊廟からどうやって出てきた?」
「へ?」
「あそこには、お前含め 彼奴等(王族、ライカ聖教者、セシアン達とソウルラウンダー、リンカー、冒険者)が取り込まれて出てこれねぇだろ?」
カルラは眉根を寄せ、探るような目でサナを見た。
「その見た目が関係しているのか?中はどうなっている?何か大きな術が動いたようだが?」
どうやら、カルラはちょっとした魔力暴走だと思っているようだ
「あ…うーん。」
サナにはその辺の記憶が戻っていない。
「おい、サナ…まさかお前?」
カルラは額に手を置いて何か考え込む。
「覚えてないのよ…」
サナは頭痛に表情を曇らせ何時もの口調ではなく吐き捨てるような低い声だった
カルラはその声に気づき我に返り、誤魔化すように言う
「まぁ、昔にも有ったな、そんな事…」
何よりサナが真顔の時はこの“豪胆”で有名なギルドマスター、カルラでさえ怯えてしまう。
カルラは数年前にもサナの祖霊術や魔法の研究により事件が有った事を思い出す。
サナが怒ると恐ろし…いのはカルラが一番知っていた、誤魔化すように慌てて喋るカルラ本人はサナがご機嫌斜めの時はもはや厄災とまで思っている
「なるほど、術を駆使して出て来たら記憶飛んでるのか、その身体だもんなぁ」
間違えているが、それで合っているとも言える
カルラは会話の流れの誤魔化しと、少しの勘違いをしているようだがサナはそれに合わせて、諦めたのかサナは本当の事を言う。
「えへへ。そんな感じ…」
カルラは同じ沙庭職で有るがソウルラウンダー・リンカーと違い昇華衆修幻道の人間で日不見の神の力を借りて人間の嘘を見抜いてしまう、そう言う特性を持つカルラに嘘を付いても、ある程度読まれてしまう、御者夫婦の時の様にバレてしまう。
その上カルラは嘘が大嫌いなのである。
だからこそ、サナは霊力で脅してしまった。
「この身体になって、記憶が抜けているのよ」
――うん。嘘じゃない(笑)
カルラは何故か安心したように口調を戻す
「そうか、とりあえずライカ聖教の霊廟まで急ごう、もうヴァリシアとカームが動きはじめている」
――あ…
その二人の名前を聞くとサナの胸がときめく。
「ふん。幸せそうな顔をしやがって、」
「え、そかな?」
「てっきり、ヴァリシアを伴侶にするかと、私は思ってたわ、」
「ん?なんですと?」
サナが困惑する、
――ヴァリシアって女性よね?んん?
「えーと…」
カルラは馬車を動かす準備をしながら言った
「まぁ、カームもいい男だし、それが良いのかもしれない」
サナは思考が追いつかない。
「ちょ?どうゆうこと?」
同じ沙庭職というのも有ってカルラはいつも、雑なのだ、
「まぁ、進みながら話そう」
そう言うとカルラは御者をするために馬をにらみつけた、その瞬間馬は何かを諦めた様にうなだれ動き出した
―――
サナはカルラの御者を任せて馬車に揺られていた
―――なんの使命感だろう?
やり残した事が有るはずだ、学園の講師だったと思っていたが、最近、王都で問題を起こしているセシアン・コーディックスと関わりが有るのでは無いかと感じる。
サナはセシアン・コーディックスの事を聞こうとすると、気分がわるい
この身体でこんな事は初めてだ。
「サナ、閉鎖されている霊廟から臭せぇ魔力が漏れてる。その件に関してライカ聖教側も有る伝承を言い出したんだ」
――霊廟…セシアン…
サナはその言葉から反射的に記憶を探り、目眩がする
「私たちの昇華衆修幻道の日不見の神とライカ密教の話は知っているか?」
「――霊廟で多くの命が溶ける時、我らはこの地を友に捧げる…かな?」
沙庭職や王族、聖教者関連の一部が知っている口伝だった
忘れた記憶を探ろうと。サナの思考が鈍くなる
「その予兆だと教皇は言っていたな」
「あの妙な結界は貼られる前は、ソウルラウンダー達の気配が消えて、ライカ聖教達の気配は有ったみたいなんだ」
サナは考え込んでいた
「あ…みんな…先に還ったんだ…」
馬車が揺れと馬のいななきによってサナの言葉は届かなかった
「だから、お前を心配してたんだ、どちらにせよ霊廟の結界をこじ開けるしか無いわけだ」
サナは頭の中の記憶を呼び覚まそうとし、虚ろになる。
「霊廟に行けば…しかし、何があった?…死んだ場所…禁呪?…」
サナの声は轍を刻む音と車軸の軋みで後半の方はカルラには届いて居なかった。




