15話 ヴァリシア視点 歌姫の楽屋裏・幽渡エリゾン
今日も宿屋横のパブ、“バルーハウス”は盛況だった。
その喧騒の中で、ヴァリシアは今夜も歌い続けている。
カームとの約束の時刻が近づいていた。
聞き出した情報を伝えるには、まだ十分に時間がある
ギルドのセインにはすでに連絡済みだ。
問題はない。
――とりあえず、歌でも歌いながら待ちましょうか。
日が傾き、空が茜色に染まる頃。
カームが現れた。
見るからに、少し肩が落ち、どこか覇気がない。
――いい情報は得られなかったみたいね。
そう思いながら、歌い続けつつゆっくりとカームに近づく。
歌と歌の合間に、自然と彼の席にたどり着くようコントロールする。
こちらに気づいたようだ。
隣の獣人の子と何やら話しながら、少し呑気な顔をしている。
――へぇ……行く場所ごとに、雰囲気が変わるのね。
――サナもそうだったわね……少し似てるかも。
ヴァリシアに気づいたカームが、少し驚いたように目を見開いた。
歌が終わるころ、彼女が席にたどり着くと、カームは笑って言った。
「吟遊詩人さんに、一杯奢ろう」
そう言って、グラスを差し出してくる。
――やだわ、なんだか慣れてるのね。
ヴァリシアは、グラスの縁にそっと唇を触れさせ、微笑んだ。
「お心だけ、いただきますわ。ありがとう」
そう言いながらグラスを戻し近くに寄る
――おかげて自然に接近が出来た。
「セイン君、目をつけられているわ。今夜の帰り道――北の裏通りで……」
ヴァリシアは小さく囁き、すぐにまた歌い出した。
その瞬間、カームはグラスの酒を一気に飲み干し、
すぐさま席を立つ。
――すぐ動くところも、サナと同じ。
――サナたち夫婦は、きっと似た者同士なのね。
そんなことを思いながら、ヴァリシアは次の詩を告げた。
「――本日最後の曲です。『Madder Sky Pathos』――」
そう言って、彼女は魂の歌を、再び静かに紡ぎはじめた。
亡き吟遊詩人の為の曲、今は、自分の未来のために
――
歌の内容はヴァリシアが編曲し、
ライカ聖教バージョンとしてアレンジされ、
恋人達の歌として、このバブに定着している
―――
Again and again the sunset burns to red,
夕焼けは幾度も赤く燃え上がり、
and sears my waiting heart.
待ちわびる私の心を焦がす。
Did you turn back somewhere on the way?
どこかで引き返したの?
I meant to ask—yet tomorrow wandered off,
聞こうとしたけれど、明日はどこかへ迷い込み、
and sank into still, unspoken dark,
静まり返った、言葉のない闇の中へと沈んでいった。
but I remain here,
でも私はここに、
quietly.
静かに。
Again and again the sunset burns,
夕焼けは幾度も燃え上がり、
and sears my waiting heart.
待ちわびる私の心を焦がす。
I need you to know—
あなたに知ってほしい。
even if I can’t touch you.
たとえ触れられなくても。
I’m here with you, even now.
明日を歌い、存在を紡ぎたい。
I want to sing tomorrow into being.
今も、私はあなたと一緒にいる。
Will my voice ever reach your side?
私の声は、いつかあなたのそばに届くのだろうか?
There has to be an answer, something kind.
きっと何か、優しい答えがあるはずだ。
I think I carried it all along:
ずっとそう思っていたと思う。
I love you.
あなたを愛している。
Again and again the sunset burns,
夕焼けは幾度も燃え上がり、
and sears my waiting heart.
待ちわびる私の心を焦がす。
Even unseen,
たとえ誰にも見られなくても、
I bloom here—bright.
私はここで咲き誇る。
(Oh God,)
(ああ、神よ)
(bring lovers back together,)
(恋人たちを再び結びつけてください。)
(let them be bound once more.)
(彼らが再び結ばれますように。)
―――
最後の歌を終え、楽屋代わりに借りていた部屋のソファに身を預ける。
技魂インヴォーグで習得していても、普段行わない動作を長時間続ければ身体に負荷はかかる。
「歌い続けるのは、けっこう疲れるのね……」
「おつかれさまです。歌声、すごく素敵でしたよ」
従業員用の部屋なので、気を利かせた獣人の給仕がハーブティーを運んできてくれた。
「ありがとう」
歌とで酷使した喉と同じく楽器のハーディ・ガーディの調子を見ながら
複数のハーブで調合されたハーブティーを飲む。
芳しい香りと温度が身体に染みわたり、睡魔がやってくる。
「すこし、様子を見てこようかしら・・」
沙庭職の熟練者が行う〈幽渡エリゾン〉と言うスキルが有る。
制限はあるが、思念体で出歩き、現し世と幽世を利用し、
自在に場所を移動し諜報めいた行動が可能となるスキルだ。
上位職であるソウルラウンダーの〈幽渡エリゾン〉は同名だが、さらに少しだけ“可能性の世界線”まで垣間見えるらしい。
因みに制約というのは、土地の地場や波長、同系統の術者、聖職者の存在などで干渉を受け、身体に引き戻されたり行動が制限されたりするという。
理論は解明されておらず、今後の研究が望まれているスキルである。
――そう言えば、サナが言ってたわね…意識の最小単為の情報…であり…あちらの世界を自由に移動出来るエネルギーとか…
研究熱心なサナの事を思い出しながら少し笑みを浮かべながらまどろむ…
「王都は異常事態にあるようだし近くまで行けるかしら?」、
この〈幽渡エリゾン〉でライカ聖教に行けたことがない。
「あの土地は無理でも、町中は…」
ヴァリシアは来てから驚くほど“同業者”の気配が少ないことに気づいていた。
ある意味、こんな街の中で〈幽渡エリゾン〉が使えるこ事は逆に好機だとさえ感じていた。
「まあ、城周りや大聖堂は無理だけれど・・・」
睡魔を利用し、ヴァリシアは〈幽渡エリゾン〉を行使する
「かすか・・・ わたらふ・・・・わぁ・・んん・・」
寝ぼけながら呪文なのか寝言なのか、うわ言のように呟く・・
――我が陰よ 静まりて世を憚る―幽渡エリゾン
ソファに腰掛けていたはずが、いつのまにか横になっていた、
眠りと覚醒の狭間で聞いたことのない耳鳴りが響く。
身体はその音に緊張をするが、意識では視界が視界では無く、
空間や建物、しかも自分さえ、すり抜けていくのを感じる
ソファーに接触しているはずの体は感覚は無く成ったのに、
触れていると言う事は定義として理解している、が、
全てが同化していくようですり抜ける感覚は理解に変わる
耳鳴りは音量、いや音量も音質も変わらないのに最大のピークを向かえる、
それを耐えようとするが、身体では無く魂で耐えなくては成らない
方法を知らない人はここで我に戻るが、ヴァリシアはそれが周波数の調整だと知っている。この感覚は、身体がないのにオーガムズを得ると言ったほうが正確かも知れない
やがて、“ふっ”と鳴り止み軽い頭痛の様な、それでいてとても快適な感覚が残る。
世界の境界と言う枠が取り払われ世界と溶け合う自由を享受する、
色は鮮やかに…視界は近くから遠くまで自在に見える。
場所さえも…肉体で得られる情報とは、とはまるで違う自由度だ。
本当に身体の制約が無くなり幽渡エリゾンが上手く行った事を物語る
気がつくと、もう希望の場所に居り、高い場所からカームたちを見下ろしていた。
カームが腕のない男を踏みつけている。組織の人間は逃げた後というのが、彼らの波動から理解が出来る。
――
――あっ
腕の無い男が逃げていく、と同時にヴァリシアはセインとカームの間におり、
――追いかけますね
と、イメージだけを残す。彼らには言語としてつたわるかしら?
と心配する…が、
セインはかなり驚いていた
――あら?セインは見たこと無いのかしら?
セイン「え、うわ、ばば化・・あ、あれ?・・・」
――だれが婆婆よ?
セイン「えー?」
――思念体はどんな風に見られてるのかしら・・
そんな風に思いながら、手負いの男を追った・・・
一方そのころ――パブの従業員用ソファでは従業員が慌てていた。
「ジェルマンさん、エロい魔族が従業員用のソファで寝てますぅ」
ジェルマンは“アレ?”みたいな顔をして、覗き込む
赤みを帯びたオレンジ色の長い髪が乱れ、顔を隠しているが、
それが逆に唇を強調した絵図に成っていた、
手の平を合わせて片方の頬の下に敷いて、まるで乙女のような寝方だが…
しかし、その分胸が圧迫され、たわわな柔らかさを主張していた。
しかも長い脚がほとんど露わで、色気がだだ漏れである
「あら、ヤダ、セクシー」
驚きのあまり、ジェルマンは何だかオネェのような口調になる。
あまりにエロいので獣人の給仕が毛布をかけた。
「あー。また、はいはい。ちょっと、ヴァリシアさん、無防備ですよ!!」
どうやら、いつもの事のようである。
「はーい、男性立ち入り禁止ねー」
獣人の給仕は、ヴァリシアの寝姿を守るように前に立ち、腕を組んで仁王立ちする。
逆に女の子たちは集まってきて、興味津々で覗き込んでいた
「あら、寝顔、可愛い」
「髪、きれいー、角触ったら起きるかなー」
そんな従業員休憩室の騒ぎをよそに――
ヴァリシアはすでに、しっかりと諜報活動の最中であった
――
しばらくして、カームとセインがやってくる。
「ヴァリシアはいるか?」
カームが尋ねると、獣人の給仕が慌てて立ちはだかる。
「ああ、今は、見ちゃダメです。」
背の低い給仕は立ちはだかるが、カームもセインも身長が高く、状況は見て取れる。
「あ、起きてますね…」
給仕はセインを見て声を上げる
「ああ、セインさんー。」
セインは給仕の頭を撫でながら優しく言う
「ジェシー、お疲れ様です。ヴァリシアさんはどんな状態なのですか?」
セインはギルドでも獣人の就職先の仲介や保護等をになっているので有名人だ
「仮眠を取られてたみたいで…」
テレながらジェシーは尻尾を振る
「見張っていたんですね、ジェシーありがとう」
セインは獣人族からも慕われて居る
「ああ、セインさん」
ジェシーの尻尾は更に強く振っていた
そんなやり取り横目にカームはヴァリシアに近づく
ヴァリシアは未だソファで朦朧としながら頭を垂れるように俯いていた。
「ヴァリシア、何か掴んだかのか?」
カームは膝を付いてヴァリシアの顔を覗き込む
「私たちを欺く…目的…表、裏、と本当の…」
ヴァリシアは天井を仰ぎ潤んだ目を閉じた。
一瞬、歯を食いしばるような表情をしたかと思うと泣きそうな顔をし、真顔にもどったりしている
「これは?」
「ああ、見てきた情報を整理しているらしいな、サナも同じだった…」
カームはサナの幽渡エリゾンを見て知っていた。
時間軸を移動すると記憶の定着は難しく成ると…
「本人が喋り始めるまで待ったほうが良いみたいだな」
ヴァリシアが喋り始めるまでさほど時間はかからなかった。
また歌を書いてしまった、
良ければ、イメージ足しに…
Madder Sky Pathos
https://on.soundcloud.com/vbt0iUkzmyCcl7VWpG




