10話 ヴァリシア視点1 ダンジョン調査
お焚き上げも後半に差し掛かった頃、一人の神官が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ヴァリシアさん、ここにいらしたんですね!」
息を切らせた人族のプリーストは、“やっと見つけた”といった表情を浮かべている。
ヴァリシアは穏やかに微笑んだ。
「どうかしましたか?」
「実は……訓練用ダンジョンで異変が起きまして。ゴーストが十数体、それにレイスまで出現しているのです」
「……え?フラグ、立っちゃったわね」
隣のサナが小声で呟き、ヴァリシアも思わず息をのむ。
ヴァリシアは名残惜しげにサナへと目を向けた。
「サナ、ごめんなさい。少し行ってくるわね」
サナはヴァリシアの服の裾を“ちょん”とつまんで頷きながら言う
「麗石導環の調整が終わったら、すぐに行くね。……あ、それとレイスは魂と生命体が複層になってるから、気をつけて」
「えっ、そうなの?」
ヴァリシアは思わず聞き返しながらも、すぐに踵を返した。
――ゴーストの群発。しかも、レイスまで。
歩きながら、ヴァリシアは頭の中で状況を整理していく。
彼女はこの地で二百年、女神ライカの命を受けてダンジョンの管理を続けてきた。
しかし、この数年、ゴーストの群発など、一度たりとも起こったことはない。
過去のソウルラウンダーやリンカーたちは、魂の帰還に関する理をほぼ解析し終えており、通常、迷い出る魂など存在しない。
正式な鎮魂儀式を怠ったとしても、単独での迷霊が稀に見られる程度だった。
まして“群れ”となって顕現するなど、ありえない。
魂の帰還が阻まれ、ゴーストとなる時、他異界の生命や存在が干渉し、憑依…融合する形で顕在化することを意味する。
それが十数体同時に起こるなど、まさしく異常事態だった。
しかも、発生場所は魔族が管理する訓練用ダンジョン。
人族の町から馬車で一日、早馬でも半日の距離にある。
隣接する魔族の集落にも影響が及ぶ可能性が高い。
心なしか移動する速さが上がる。
慌てて付いてくるプリーストに声をかける。
「魔族領の導声石で連絡を取りたいのだけれど……」
「それが、導声石の魔力が乱れているようで、今は使用できません」
「……魔族領の方まで?」
胸の奥に、嫌な予感が広がる。導声石は物理的に破損することなどほとんどなく、魔力干渉を起こせる者も極めて限られている。
何者かが意図的に魔力波長を乱しているのかもしれない。
「教会から応援を頼めるかしら?」
「はい。ただ、今出せるのは二名が限界でして……」
「二名? 少ないわね」
「申し訳ありません。教会内部でも同時にいくつかのトラブルが発生しており…」
最近、何かが確実におかしい。
魂の波、魔力の流れ、導声石の共鳴。どれも少しずつ“ずれて”いる。
それでも今は、まず現場を収めねばならない。
二名の人族と、魔族の増援数名。十数体の霊的存在を鎮めるには、最長で一週間はかかるだろう。
「私たち魔族側からも、数名同行させるわ」
「助かります」
ヴァリシアは歩きながら、ふとサナの言葉を思い出す。
――“へへ、※ネメシス使えるヴァリシアの方が上手くできるよ~。鎮魂帰神の応用だからさ、やり方はね……”………………………。
「……私も、試してみますか」
※ネメシス
アーク・ネメシスの模造杖。聖女エルンゆかりの宝珠を宿し、聖職者の魔力消費を抑える。解放すれば全魔力を燃やし、魔力が尽きるまで敵を殴り続けられる聖なる打撃杖と化す。
―――
早馬で帰ってきたヴァリシアは、サナの言葉を思い出していた。
――魔物やゴーストが顕在化する謎の話。
「不思議よね……」
サナの研究内容は、まるで闇の奥底から女神の領域にまで至る理を理解しようとしているかのようだった。
王都の〈麗石導環システム〉は町を中心に五つの塔を配置し、聖遺物を収めてペンタグラムを形成している。
塔は町の負の感情を吸い上げ、それをエネルギーへと変換し、簡易結界と外敵察知の機能を備える
余剰エネルギーは魔族の〈ダンジョンコア〉へと流れ込み、一定量が蓄積すると魔物が顕在化する
しかも魔族でもごく一部の者しか知らないが、ダンジョンコアもまたペンタグラム構造を持っているのだ。
魔族が管理するダンジョンは、一見ただの洞窟だが、天然のダンジョンとはまったく異なる。
階層に合わせて安全地帯や魔物の種類も調整されており魔物自体もあまり強くない。
初心者に大変やさしい訓練場に成っている入口は厳重に警備され、不要な時は分厚い魔力のある鉄扉で閉ざされる。許可のない者は、まず通してもらえない。
今回は、その見張りの魔族二人が何者かに襲われ、侵入を許したという。
命に別状はなかったが、彼らの証言によれば――襲撃者は王国関係者らしい。
王国の〈ライカ聖教〉との間で問題になりそうな話だが、導声石が不調では連絡もままならない。
いまは、とにかく調査をまとめて報告するしかない。
今回の調査隊は六名。
ライカ聖教のプリースト二人、魔族側からビショップ一人と戦士二人、そしてソウルリンカーのヴァリシア。
普段の管理にしては大所帯だった。
魔族たちは慣れているが、聖教側のプリーストは実戦経験が乏しい彼らへの配慮と、ゴースト発生が深層に及んでいる可能性を考慮しての編成である。
聖教側のプリーストに声をかける、
「実践は初めてかしら?」
どうやら、二人の内、一人は初めてのようである。
「はい、始めまして、リリアといいます、私は初めてなのですが、訓練はしっかりしてきました。今日は勉強したことを、答え合わせ出来ると思います」
どうやら、真面目な子の様である。長い髪のも黒いストレートヘアを後ろで束ねてとても可愛く、ザ…プリーストって感じである。
もう一人の男性プリーストは熟練の猛者のようだ。
「今回、深い下層に行く場合、この子は待機させます」
ここは、訓練用ダンジョンで、途中に安全地帯は用意してある。もしもの時はそこから連絡が出来る設計に成っている。
魔族の戦士がぼやく
「今回は、あまり訓練気分でも困るのだが…」
ヴァリシアはそれを聞いてフォローを入れる
「事が起きてそれなりに危険な所に派遣されると言う構造は同じだわ、先輩さんの動きを勉強出来るいい機会よ」
そう言いながらダンジョン入口の鉄の扉前まで来る
「リリア、魔力総量は自覚してるかしら?危なくなったら言うのよ?」
魔力量は個人によって総量は決まっているが、熟練度によって消費量が変わる。実際に《魔力総量は自覚してるかしら》は熟練度を遠回しに聞く配慮である。
「はい。ありがとうございます。そう言えば魔族の一部の方は、魔素を吸収する事が出来るって聞いたのですが…」
確かに魔素〈自然界にある魔力〉を 水分子記憶とエレメントを合わせて使う研究は※聖護学園で(王都神授守聖護学園の略名)研究される予定だ
この水分子記憶を読み取って得た《太古のスキル》と言う事は知っている
魔族は生まれつき自然と出来るので、サナに弄り倒された事を思い出して少し笑顔に成る
「ああ、聖護学園で学べる様に成るらしいわよ…でもまぁ……微々たる量よ」
リリアは少し興奮したように喋りだす、知っている人は確かに少ない
「私、光属性と水属性が得意で、水分子記憶と水エレメントが作用すれば人間でも出来る可能性が有るって、聞いたんです。」
エレメント精霊、木火土金水光闇無と8種類の属性精霊、魔素吸収は水と光、水分子記憶の3混合魔法と言われている
マニアックな子だった…。まるで、サナみたい、ヴァリシアはちょっと驚いていた
「私は無意識派かなー、すごく勉強してるのね」
「サナ・ククル先生って知っていますか、年は私よりちょっと年上で、幼く見えてすっごく可愛い先生なんですけど、知識と魔力は化物じみてる人がいて…」
「あー知ってる、食欲と好奇心も化物なのよね」
ヴァリシアは笑っていた、
サナは王都神授守聖護学園の管理相談役を打診されていた事を思い出した。
ダンジョンに入る、いつもは魔族が管理しているので緊張などすることは無かったが、
今回は、違う、奥に何が有るか不明なのである。
しかも浅い階層の弱いモンスターが皆無で有ったため不気味さが増す
「やっぱり……深部のほうかしら」
そう思いながら足を進めると
――居た、
――実際に出現していたのは浅い階層、直ぐそこだった
それも、異様なほど多い。
煙のようにゆらめく影が、ぼそぼそと何かを呟きながら漂っていた。
同行していたエルフのプリーストとビショップは優秀で、次々と浄化の光を放つ。
「彷徨える魂よ、神への帰還を願い、魂を抱き返す――ピュリファイ…ベネディクション!」
詠唱とともに、霧のような光がゴーストの周囲を包むみ…
呪文が終わる瞬間、光は強さを増し、ゴーストに吸い込まれる。
声にならない叫びを上げ、粉のように砕け散って消えた。
「どうやら私の出番はなさそうですね……」
ヴァリシアはそう言いながら、“ネメシス”を握りしめる。
「ヴァリシア、ネメシスが要るのか?」
魔族の男が問う。
確かに、ゴースト相手に聖属性付与の鈍器は有効だが、浄化のほうが手っ取り早い。
だが今回は、ゴーストや魔物だけでなく…まだ人間が中に残っている可能性があった。
幸い、訓練用ダンジョンの導声石はまだ通話できるようだ。
緊急時の連絡手段を確保するため、ダンジョン内には導声石の片割れが各所に設置され、対となるもう一方の石は魔族側が厳重に管理している。
一つの石を二つに割り、その片割れ同士だけが共鳴する――いわば糸電話のような脆弱な仕組みだが、非常時には命を繋ぐ連絡手段となる。そのため、この設備だけは優先して守られていた。
その導声石から、人の話し声が聞こえたという報告があった。
つまり、ゴーストを発生させた術者がまだ潜んでいるかもしれないのだ。
「主犯が人の可能性があるのよ」
「で、ネメシスでぶっ叩くと? こわいな……まあ、いたら俺たち戦士に任せろ」
ヴァリシアは微笑んで応じた。
「そうですね。頼りにしてますわ」
魔族の男たちは、ヴァリシアにそう言われると少し照れた様子を見せた。
―――
ライカ聖教の新人プリーストは非常に優秀だった、ベテランのプリーストとビショップと肩を並べて浄化を試みていた、やはり教育は大事だ、王都神授守聖護学園の設立は必ず国力に繋がる。
「こんなリリアみたいな頑張り屋さんが居ると頼もしい…」
「―――‐」
……………………
そういえば……ヴァリシアは十数年前を思い出す……
「サナ、五歳です、よろしくー」
「はい、これからよろしくね」
「はいー。そこの おじさんもよろしくデスー」
ん?誰も居ない所に向かってお辞儀をしている。
ソウルリンカーの能力を駆使してその空間を見つめる。
――何か居ますわ…
ソウルリンカーのヴァリシアが正確に認識できない霊体は祖霊だ。
サナはこの時点で上位職のソウルラウンダーの素質を証明している。
しかし、普通の人間の間では暮らしにくいため、
沙庭職の元に来た、ここに居れば目に見えない現象も不思議では無い。
「ねえぇヴァリシア、水分子記憶ってリンクするんだね」
ヴァリシアは息を呑んだ
沙庭職は水分子記憶を読んで、その土地、場所に居た人の情報を得ることが出来る。しかしサナはリンク出来ると言っている。それが出来るのはソウルラウンダーだけだ。
「サナ、もうラウンダーの修行要らないかもね」
ヴァリシアは苦笑していた
サナは小さいのによく瞑想をしていた、しかし独り言が多い。
「自魔力は密度とコントロール、魔素はトリガー、水記憶は設計図、エレメントは…見えない爺ちゃんは自魔力以外、全部使うんだ…」
そのセルフに驚愕していた。サナは再び呟く…
「サラダとお魚、お肉もちょっとだけ食べたい。干し肉はイヤ……」
ヴァリシアは《あっ》となってご飯の用意をするのだった。
ヴァリシアはサナに沙庭職としてあまり教えることは無かった。
すでに出来上がっていたのだ。
どちらかと言うと術者としての心構えや、一般とどう関わるかとか生活全般だった。
夕方の何気ない散歩の時、今でも思い出す事があるーー
小高い丘で地脈などの話をしながら夕日を見ていた
二人は並んで座っていたが、サナは立ち上がりヴァリシアの後ろに回った
くいっと無邪気に角をつかんで夕日にかざす
「へへぇ…ヴァリシアの髪キレイ。オレンジ色の夕日みたい」
「ふふふ、ありがとう」
「もっと伸ばせば燃えているように見えるかも、へへー、かっちょいいー」
その日以来、ヴァリシアは髪を切るのを止めロングヘアーが定番と成った
……………………
―――
「げせんな…」
ベテランビショップが呟くことでヴァリシアは、我に返る




